海の声

漆湯講義

71.その先のコト

海沿いの道をとぼとぼ歩いている間も海美は下を向いたままだった。

「海美…ごめん。俺、あんなつもりじゃなかったんだ。」

海美はその言葉にも"うん"と小さく答えるだけで、陽の光に煌めく長い髪の下の表情は分からない。

そして無言のまま、辺りの景色だけが移り変わっていく。"あの浜辺"が見えてきた時、海美がそっと口を開いた。

『わたし、何のためにここに居るんだろ…』

何のため…そんな事俺にだって分からない。だけど…

「俺は…海美のおかげで変われた気がするよ。」

『なんで?キミは私が居なくたってきっと大丈夫だったよ?』

「そんな事ないよ。だって俺…」

だって…なんだ?
俺はその先の言葉を探した。
甘酸っぱいような苦いような…だけど甘くて温かい。そんな気持ちのような気がするのだけれどそれを言葉という形にするにはまだ勉強が足りないみたいだ。

『ひょっとしたらキミに会うためにココに来たのかな…なんて。』

「えっ?」

"ドクン"と脈打った衝撃と共に、霞んだ答えが明瞭に浮かび上がったような感覚を覚える。

『うそ、ジョーダンだよ。やっぱり海石…お祭りを責任持ってやり遂げなさいって神様が言ってるのかな…』

「冗談…えっと、けどそんな気がするよ!!俺ッ!!」

すると、いつのまにか海美の前に回り込み、その両肩を掴んでいることに気づき俺は慌ててその手を後ろへと回した。

「あっ、ごめん!!その…俺…海美の為にも祭り頑張るから!!いや、なんだろっ…そうすれば海美はさぁ…」

どうなっちゃうんだ…

俺が海美の代わりに渡し子をやったら海美はその後どうなるんだ…
もし本当に海美がその為に現れたんだとしたら…
その瞬間、俺の中に漆黒の闇が漂い始める。その闇は俺の中の"光"を容赦なく吸い込もうと、その身をゆらゆらと浮遊させ、こちらを眺めていた。

『絶対だよ?私も応援するからね。』

その言葉が胸へと突き刺さる。
海美はその事を理解した上で言っているのだろうか…
俺は刻一刻と迫る"その日"にただならない恐怖を覚えたのだった。


「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く