海の声

漆湯講義

70.辛い現実

木漏れ日と蝉たちの鳴き声が俺たちを包み込んでいる。
さらさらと擦れ合う葉の音に、小鳥の囀りや枝葉の落ちる音が混じるこの場所は、なんだかここだけ別の空間みたいだ。

俺は海美の腕を握ったまま海美の体温を感じていた。時折、"もしこの腕を離してしまったら…."なんて思いが頭に浮かんでは海美の横顔を見て安心してしまう自分がいる。突然の告白にまだ確信は持てないが、その微々たる可能性ですら、俺の心を揺さぶるには十分だった。

木々たちの音に紛れて規則的な音が遠くに聞こえる。
その音がだんだんと近づいてくると『セイジ、なにやってんの?』と声が背後に響き、俺に安堵の感情が広がる。

それと同時に海美の腕の強張りが伝わってくる。
そして意を決したように振り向いた海美の腕をぎゅっと握り俺は立ち上がった。

海美は確かにここに居るんだ…それを美雨が証明してくれる。
俺はそう信じてゆっくりと振り向いた。
覚束ない足取りで海美が横へと並ぶと俯いた海美に「大丈夫だよきっと」とそっと声を掛けた。

俺はゆっくりと顔を上げ無言のまま美雨の表情を確かめる。

『え…なに?どうしたの?』

その瞬間、海美の身体から力が抜け落ちるのが分かった。
そしてその言葉の意味を理解してしまった俺の心臓がギュゥと締め付けられる。それでも俺は、まだ残っているであろう可能性に賭けることにした。

「お前…もっと驚けよ。見せたかったんだろ?ここ…」

その問いにも美雨は困惑した表情のまま俺の顔を見つめる。

『驚くって…なに?どうしたのホントに。頭おかしくなったのか??てかずっとここに居たの?』

「マジで言ってんの?なぁ…冗談だよな?美雨…お前にも見えるだろ?ここに居るう…」

急に腕を引かれ、海美に視線を落とした。

『もぅ…いいよ…これでわかったでしょ?』

俺は何のためにこんな事をしたんだろう…下を向いたまま大粒の涙を静かに流し続ける海美を見て自分のした事を悔やんだ。
俺はただ自分を納得させる為に海美を利用したんじゃないか…そんな気持ちが頭の中を掻き乱している。

『おいッ、セイジッ!!大丈夫…なの?頭でも打ったんじゃ…』

心配する美雨に「ごめん…なんでもない。」と一言告げると俺たちはその場を後にした。



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