海の声

漆湯講義

63.ガイネン

『バッッカじゃねーのッ!!』

俺の耳元で叫ばれたその声に思わず後ろへ倒れてしまう。その俺を覗き込むように美雨の顔が視界の隅から姿を現して、落ち着いた声で言った。

『あのさぁー、ボクと友達になってもならなくてもボクとのカンケーは変わんないと思うけど?いい加減"友達"ってガイネンに囚われるのやめたら?別にセイジが気にするなら"友達じゃない"って位置付けにするならしても構わない。ボクはなぁーんにも変わんないから。』

俺は何も言えなかった。美雨の言っていることが俺の探していた"答え"だった気がしたからだ。
友達はつくらない。そう決めていた俺は何を求めていたんだろう。結局は海美と仲良くなりたいなんて心の奥では考えていたし、コイツとだって仲良くなれて嬉しいと思った自分がいた。俺は過去のトラウマをずっと引きずって、関係ない人たちにまでそれを自分勝手に押し付けていただけなんだ。

頭の中ではうまく纏まらないその"答え"は俺の心の奥底で過去へと固く結ばれた鎖を緩めた。

『じゃっ、ボクお腹空いたから家戻る。』

俺の頭に優しい感触が伝わった。
何も言えないまま草を踏みしめる音が遠ざかっていく。
なにやってんだよ俺…美雨があんな真剣に向き合ってくれたってのに。

「美雨ッ!!」

木漏れ日の中、美雨は歩むのをやめ、ゆっくりと振り向いた。
『なに?』
風に靡く前髪を抑え、静かに俺の言葉を待つ姿に不本意ながらも俺の心臓が大きな脈を打った。

「あの…ホントにありがとう…感謝してる…」

美雨は小さく微笑み『はいよ。』とだけ答えると再び木漏れ日の中を歩き始める。

ちげぇよ、俺が言いたかったのは…

「美雨ッッ!!俺で良かったらよろしくお願いしますッッ!!」

再び足を止めた美雨の肩が小刻みに震えているのが分かった。




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