海の声

漆湯講義

59.思わぬ提案

『この家もキレイにしてやんなきゃな…』

美雨が小さな声で呟く。

「俺も手伝うよ。」

『セイジはやるコトがあるだろッ?』

「なんだよ、やることって?」

『渡し子…やるんだろ?』

「美雨…いいのか?」

『なんだよ。やりたきゃやりゃいいじゃん。ボクもやりたいことやるよ。』

小さな拳が俺の胸にポンとぶつかる。
にこりと微笑んだ口元から小さな八重歯が白く輝く。

「おうっ、そうだな。なんだか分かんないけどお前がそう言うなら。」

『ボクがじゃないだろ?自分がやるかやらないかだ。ボクがセイジの人生決めていいのかッ?ダメになっても責任取るのはジブンだぞ?』

「なんだよ急に大人みたいな事言いやがって。俺は俺のやりたいようにやるさ、きっと。」

『ふーん。まぁいいけど。ところでさぁー、セイジって彼女とかいんの?』

「んにゃ?!彼女?!」

思いがけない質問に思わず変な声が喉の奥から飛び出してしまった。
俺の反応に美雨はクスクスと笑いだす。

「なんで俺が彼女なんてできんだよ…トモダチすらろくに居ないってのに…」


『ほぉー、そりゃ寂しいコトで♪』

美雨は足元の長い草を引き抜くと俺の顔に先端を向けてこう言った。

『じゃぁボクがトモダチんなってやろーかッ?』

屈託の無い笑顔から放たれたその一言に俺が喜びを覚えない筈もなかった。
トモダチ…俺が避けてきたその存在をまた作ることができるのだろうか…

この島に来て海美と出会い、海美は俺を"トモダチ"と言ってくれた。
そしてこの美雨も俺とトモダチになってくれると。

俺の過去は今と違う。そんなことは誰よりも分かっている筈だ。海美と仲良くする事も抵抗が無かった訳では無い。入り乱れる葛藤を曖昧にしたまま俺は海美の言葉に甘え、友達をつくらないと決めた心に嘘をついて海美との時間を過ごしたのだ。
そして今も俺の心はコイツと"トモダチニナリタイ"と言う。

『なんだ…嫌なの?』

ふと我に帰ると心配そうに俺を見上げる美雨の顔が目に映った。





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