海の声

漆湯講義

56.溢れる

『冗談?…誤解してるようだから言ってやるけどココに住んでるワケじゃないから。ま、考えれば分かると思うけどさ?』

「どういう事だよ?」

俺は、廃墟をただただ見つめる美雨の背中に向かって静かに問いかけた。
するとしばらくして小さな溜息に続いてそれもまた小さな声が。
『……あーぁ、なんでお前なんか連れて来ちゃったんだろ。』

美雨はそう呟いて空高く真っ直ぐに伸びた杉の木を見上げている。
そんな美雨の姿がなんだか海美と重なって見えて俺は何も言えずに次の言葉を待った。

『…海美ねぇはね、ボクのたった1人の家族なんだよ。』

「えっ?どうしたんだよ?ってか家族ってお前は海美とは…」

『家族みたいなもんだよ。血は繋がってなくたって小さい頃からずっと一緒だったもん。ボクには海美ねぇしか居なかった。海美ねぇだけが優しくしてくれたんだ。』

すると美雨は、まるで感傷的な幽霊かなにかに取り憑かれてしまったかのように、
突然大きく息を吸ったかと思うとめいいっぱいにその空気を悲しみに満ちた声とともに吐き出したのだ。

「ちょっ…え?な、なんだよっ…おいっ美雨。大丈…夫??」

まるで意味がわからなかった。ついさっきまで普通に喋ってたのに…急に何だよ!!この廃墟の悪霊にでも取り憑かれちまったのか?!
俺は美雨の横へと歩み寄り恐る恐る顔を覗き込んだ。

そして俺は悩んだ挙句、触れるか触れないかの距離を保ちつつ、美雨の肩へとそっと手のひらを添えた。

「なんか分かんねーけど大丈夫か?」

『キモい…触んなぁ…カンケーないのに優しくすんな…』

口は悪いけど、これってコイツなりにお礼言ってんだよな。まぁそういうことにしとこう。

しばらく美雨は泣き続けた。俺はどうしていいか分からずにそのまま美雨の横に佇む。

そしてやっと落ち着いた美雨がスーッと息を吐くと静かに口を開いた。



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