海の声

漆湯講義

49.見覚えのある訪問者

ふと窓の外が気になっていつもの浜辺に目をやる。
しかしそこに人の姿は無く、眩しい程に光る砂浜が止まることなく上がり続ける外気温を感じさせるだけだった。
ってこんな朝から居る訳ねっかー…海美も身体弱いんならもっと気をつけさせないとな。あいつに倒れられても困るし。

エアコンの乾いた冷気が眠気を誘う。
ぼーっと天井を見つめていると、外に響く蝉の声と静まり返った室内とが混ざり合って、俺はだんだんと微睡みの中へと吸い込まれていった。

"ピンポーン"

聞きなれないチャイムの音に目が覚めた。

って寝てたのか…
今のって俺の家?初めて聞いたけどなんか、やる気のないチャイムだな…

耳を澄ませてみると玄関からは微かに母さんと誰かの会話が聞こえる。

『誠司ーっ、ちょっと降りてきなさい!』

突然下から母さんの声が響いた。
えぇ?俺?祭関係とか学校とかそーゆーめんどくさいやつじゃなきゃいいけど…

軋む階段をゆっくり降りていくと玄関先にふたつの人影が見えた。

『こんにちは。どうもうちの子が申し訳ないね。』

俺を覗き込むように言ったそのお爺さんは…って誰?うちの子?なんの話だ?

するとそのお爺さんの陰から見覚えのあるガキ…いや男の子が姿を現した。

「なんだ、お前か。なんだよ?」

するとお爺さんは男の子の背中をバシッと叩き、その小さな頭をグイと下へ押し下げる。
『うちの子が失礼な事をしたそうで、本当に申し訳ない。おいっ!美雨(みう)もしっかり謝れ。』

『別に謝るコトなんてしてないし、"うちの子"なんて言われる覚えないし。』

『バカモン!!お前は本当にどうしようもない…』

…ハイ!ストップ!
えっと…ちょっと巻き戻して。
うん、そこ。
これ!ちょっと気になる会話があったんですけど?
"美雨もしっかり謝れ"
男で"美雨"は無い…と思うが。

「え?お前女なの?!」

一瞬の間が空きお爺さんが口を開いた。
もし俺の勘違いだとしたら…超気まずい。はは…
『あぁ…美雨はいくら注意しても自分を"ボク"といいよるからなぁ…見た目もこんなだしなぁ。間違えるのも無理ない。あはははは!』

「なんだっ、それなら早く言えよっ!!俺はてっきりその…」

『別にどう思われてもいいもん。カンケー無いし。』

『こら!美雨、いい加減に…』

「いいですよおじさん!!俺、別に何にも気にしてないですから!」

『そうですよ。うちの子もこう言ってますから気になさらずに。そうだ、良ければこれを機に友達になってあげてくださいよ♪』

はっ?なんでそうなんの…?
それは母さん、しゃしゃり出すぎだ。

『ヤダ。ボク友達なんて要らないし。あのさぁ、友達って人に言われてなれるような関係じゃないよおばさん。』

よく言ったガキ!!ってどこ行くんだよ。

『こら!!人様になんて口を…お前ッ、今回ばかりは俺も許さんぞ!!…ほんと申し訳ないっ、帰ったら十二分に叱っておきますで…』

そう言っておじさんも美雨の後を追って照りつける日差しに消えていった。

俺は母さんに"やっぱりこの島でもおばさんじゃん"と嫌味を言ってやろうとした…んだけどやめた。目がマジだったから。




「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く