海の声

漆湯講義

44.海美のキオク

温かく、真っ暗で静かな海の中、私は胎児のようにぷかぷかと浮いて心地よい眠りについていた。

いつまででもこうしてたいな…ただそれだけを思い続けて。

ある時、私の前に光の玉が現れた。

太陽のように眩しくて、お月様のような柔らかで優しい光が。

その光は私を呼んでいた。声は聞こえない。けれど確かに私を強く呼んでいたのだ。

嫌だよ。まだこうしてたいよ…だめ?

そう願う私の思いに反して、その光の玉はどんどん輝きを増していく。

やだ…眩しいよ。やめて…

ついに私を包み込むほどに輝きを増した時…

私は"あの"砂浜に立っていた。

懐かしい波の音。
なんで懐かしいんだろう…
島中から哮り立つ蝉の声。
これも。
そしてジリジリとした陽射し…生温い潮風…

この場所ははっきりと覚えている。沖洲の海。私が生まれ育った島。

私は記憶の糸を辿るも、その他の記憶に靄がかかったように何も思い出せないでいた。

ふと前方に目を向けると、目の前の岩の上に人影が見える。
その影は太陽と重なって後光を放っているように見えた。

あれは…天使…?そう、なんとなくそんな気がした。
なんでかはまだ思い出せないけど私は死んでしまってお迎えが来たんだなって。

私は真意を確かめる為、天使に近づいた。

だんだんと天使のシルエットが明らかになっていく。

ところがその天使はイメージとかけ離れたものだった。

私と歳が変わらないくらいの男の子。"その子"は空を見上げて何やら呟いている。

私は意を決して"その子"に問いかける。

『キミは…誰?』

すると"その子"は一瞬にして姿を消したのだ。

やっぱり…天使…だったのかな。

そう思ったのもつかの間、バシャバシャと水飛沫を上げその子が海から顔を出す。

あれッ…違うの?

だけどおっちょこちょいな天使なのかもしれないし…

そう思い、警戒しつつ近づいていく。

そしてビショビショになって何かを叫んでいる"その子"に再び同じ質問を投げかけた。
"キミは…誰??"
しかし返ってきた答えは何の変哲も無いモノだった。
良かった…天使では無いみたい。
優しいその子の声に力が緩む。なんとなく聞き取れたのは"引越し"という単語だった。










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