海の声

漆湯講義

39.夕暮れの崖の上で


「えっ?」
俺は薄ら笑いを浮かべて聞き返した。

『初めて。キミが笑ったの。』

海美はまた真面目に答える。

「えぇ?そう?俺笑った事無かったっけ??」

自分自身ではいつも笑っていた気がするのだが。

『うん、誠司くんいつも真面目な顔したりちょっと怖い顔したりだった。』

海美はそう言いつつ、"その時"の俺の真似だろう表情を真似た。
それがあまりにも可笑しくて、我慢しきれずに噴き出して笑ってしまう。
「ぶぅっ!!はははッ!なんだよそれぇーッ、まじヤバいからその顔っ…」
俺の反応に海美がわざとらしく頬を膨らませた。
『こんな顔だったんですッ!!ちょっと怖かったもん!』
子供のように必死になって説明する海美が可愛らしく思えて笑いが止まらなかった。
こんなに笑ったの久しぶりだ。
「え?俺が??ないない!てゆーかそんなこと言ったら海美こそ無口で無愛想だったじゃん!!」

『それわッ…色々あって落ち込んでたのッ!!もう吹っ切れたからいいのっ!!』

地面に向かって両手をブンブンと振り下ろしている姿は本当に子供みたいだ。

「吹っ切れんのはやっ!」

そう言うと海美の表情が変わった。

『ウソ。まだ吹っ切れてない。』

突然の変化に戸惑うも"吹っ切れていない"海美の抱えている悩みが気になった。

「あの…俺で良かったら聞くけど。


海美は一瞬何かを口にしようとしたが『私も良く分かんないの。』と口を濁らせる。

「なんだよそれ。」

つま先で弾いた小石が崖の下へ落下していく。
その先には沈みゆく太陽が黄金色に輝き、溶け出したアイスクリームみたいに水平線に広がっていた。

『誠司くん写真っ、今ベストショット!!』

俺はその言葉に慌ててカメラを構え、ボタンを押す。
「あれっ、これ撮れてんのかなぁ。」

すると海美が近寄りカメラに手を伸ばした。

『ちょっと貸してっ、え、ナニコレ……ごめん分かんない!』

なんだよ、海美も使い方知らないのか。
その間にも太陽はゆっくりとその身を水平線へ沈めていく。

「あぁ!!沈んじゃうっ!!ちゃんと
ボタン押してんのに!」

…苦戦する俺たちを横目に、太陽はその姿を隠してしまった。

「だめだったかぁ…」

『最新のカメラって難しいんだね。』


最新…でもない気がするけど。

紺色に染まり行く空を2人で眺める。群れからはぐれた海鳥が寂しそうな声で鳴きながら飛んでいくのが見えた。






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