転生しました。本業は、メイドです。

岡パンダ

ー26ーメルの正体



蝋燭の火が揺れる薄暗い店内に、リトとオヤジさんは向かい合って座っていた。

しばらく沈黙が続いていたが、意を決したリトはオヤジさんに視線を向けると口を開いた。

「オヤジさん……いえ、ギルバートさん、メルさんの事を教えて下さい!」

リトの言葉に、オヤジさんーギルバートは片眉をピクリと動かし、下に向けていた視線をリトに合わせた。動揺の無い真っ直ぐな視線がリトの瞳をとらえると、とらえられた側のリトの瞳が揺らいだ。
しかし、リトは視線をそらしたりはしない。
絶対に全て聞くんだという、彼の強い覚悟がそこに現れていた。

「わかったよ。いつかは話さなければいけない話だ。今日、話そう。」

ギルバートがフッと笑い目を伏せそう言うと、リトはホッとしたのか肩を下げ、ハァ、と息をついた。

ギルバート。
オヤジさんの本名。
いつの頃からかその名を呼ぶものはほぼいなくなり『オヤジさん』が定着した。まるで意図的に誰がそう仕向けたかの様に……。



「それで、何が聞きたいんだ?」

ギルバートは机に片肘をつき手の甲に顎を乗せるとリトを見た。
話す準備が整った事を感じ取ったリトは、姿勢を正し両手をテーブルに乗せると真っ直ぐな瞳で答えた。

「僕がまだ知らないメルさんの全てです。」

ギルバートは瞳を一瞬見開いたが、すぐ優しげに細めるとハハッと笑った。

「全てって両親の事もか?欲張りな弟子だなぁ。」

「僕は、知りたいんです……。」

「わかった。わかった。さっきも言ったが、いずれは話さなくてはいけなかった事だ。………そうだな、まずお前が一番知りたがってる事を話そう。単刀直入に言う。お前が感づいている通り、メルには魔女の血が流れている。……だが、半分だ。」

「……半分。」

「ああ、メルは人間と魔女のハーフブラッドだ。」

リトの喉がゴクリと鳴った。

「メルの父親はわしの親友で、メルの母親は家族に見捨てられた魔女だった。」

「見捨てられたって……どうしてですか?」

「メルの母親は魔女の能力をほとんど持っていなかった。だから家族から見放されたんだと本人は言っていた。彼女はしばらく一人で森の中で生活していたんだが、ある日わしらと出会った。たまたま森に入っていたわしらが彼女を見つけたんだ。」

たまたま・・・・……ですか?」

「ああ、たまたま・・・・…だ。まあ、それがメルの両親の出会いだ。メルの父親はジェインというんだが、普段とにかく目付きが悪くて無愛想な男のくせに、メルの母親のティアの前ではデレデレでなぁ、もうベタ惚れで大変だった。」
ギルバートは懐かしそうに、そして嬉しそうに目を細めた。

「ティアさんは美しい方だったんですか?」
釣られてリトも笑顔になる。

「ああ。黒髪に赤い瞳。目元も優しげでなぁ、儚げな美人だった。まあ、出会った時は最悪だったんだがな。赤い瞳は魔女の象徴だから敵対してしまったんだ。こっちが一方的に。」

「一方的にって、ティアさんは敵対しなかったんですか?」

「ああ、ただただ怯えていた。嘘かとも思ったが…………まぁ、結果丸く収まって、ジェインはティアに惚れちまったというわけだ。それで、その後しばらくしてジェインとティアは結婚した。望まれた結婚ではなかったから、ほぼ駆け落ち状態だったがな。ジェインは家も仕事も捨ててティアを選んだ。」

「……ジェインさんの家は……。」

「……平民……だ。あいつは家に迷惑をかけない為に家族との縁を切って出ていった。わしはあいつらだけじゃ心配だったからそれについて行くことにしたって訳だ。」

「結婚した後はどこに住んだんですか?」

「そのまま森に住んだんだ。そして組織を作った。」

「それが前にギルバートさんが言ってたフェンリルの前の組織ですか?」

「そうだ。組織というよりは半端者や孤児の集まった集落みたいなもんだな。名前はつけていなかったが、何でも屋みたいな感じだ。護衛とか傭兵みたいな仕事が主だった。剣の扱いは心得があったからな……。」

「平民なのに剣の心得があったんですか……?」

「……昔は戦争が多かったからなあ。身を守るためには平民だって剣や武術の心得は必要だったんだ。」

「……。」

「……おい、疑ってるのか?まぁ細かいことはいいだろう!それよりな、他にも薬なんかも売っていたんだ。ティアは薬学に優れていてな。薬草なんかにも詳しくてだな!」

「……あの、メルさんはいつ生まれるんですか?」

「おいおい、せっかく前の組織の話してやっているのに。……まったくしかたないな、メルが生まれたのは組織を作って2年程経ってからだ。父親の目付きの悪さをそのまんま引き継いだ可愛い女の子だった。」
皮肉めいたセリフだがそう言うギルバートの声と表情はとても優しげでメルへの愛情が感じられるものだった。

「メルの右目は魔女の瞳だった。だが、魔女の力なんて何ももっちゃいなかった。目以外は俺達人間と変わらない。まぁ、すこーし自己治癒力が高かったがそれだけだ。魔力だって低い。だから俺達はメルを人間として育てると決めた。そして普通の魔女は能力で瞳の色を変える事が出来るがメルはそれが出来なかったから隠すことにした。一応周りにはオッドアイということにしたんだがただでさえ珍しいのに『赤』となると変な噂が立ちかねないから途中から失明したことにしたんだ。……あ、そういえばリトにはメルがオッドアイの事話していたな。」

「はい……メルさんが話してくれました。だから僕はそれを信じました。」

「ああ、メルは自分が魔女の血が入っていると知らないからな。今でも自分も母親も人間だと思っている。左目の翡翠色は両親の色を受け継いだんだと思っている……ティアはジェインと同じ瞳の色にしていたからな。死ぬ直前まで……。」

ギルバートはそう言うと片手で顔を覆うとハハッと笑い下を向いた。
悲しい記憶が彼をそうさせた。
彼が思い出したのは儚く微笑み赤い瞳から涙を流す彼女の姿。

「ギルバートさん……。」

リトがそう呼ぶとハッと顔を上げ、悪い悪いと困ったように笑った。

「魔女は死ぬ直前と興奮や怒りが絶頂に達した時は変化が解けて瞳の色が戻ってしまうらしい。お前が見たメルもそういう状態だったんだろう。」

「メルさんが、敵の瞳の色も赤く染まっていたと言っていました。ということは今回の襲撃の主犯は魔女ということですか……?」

「ああ、なら間違いないな……。法の改定で魔都との平和的条約が結ばれたからな……現に本部が魔女との接触を認めているし……魔女がいてもおかしくない。……はぁ、頭が痛いぜ。」

「あの……、実はその魔女が、メルさんの事を知っているような口振りだったんです。メルさんは知らないと言っていましたが。」

「なんだって!?………まさか……っ!ちっ、慎重に調べる必要があるな。」

「ギルバートさん、僕も手伝います。」

「ああ、頼むぞ。……それで、もうお前に話して無い事ないんだが……終わりでいいか?ジェインが死んでフェンリルになった後の話はしただろ?」

「あ、はい。ありがとうございました。また、聞きたいことができたら聞きます。」

「そうしてくれ!よーし、じゃあ、話も終わったし例の貴族のお屋敷に行くとするか。いい時間帯だ。リト、戸締まりと用意を頼む。」

「はい!」

リトは返事をすると店の方に駆けていった。
それをギルバートは微笑み見送る。











「全部話してやれなくてすまないな、リト。」

そして小さく息を吐くと呟いた。


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