転生しました。本業は、メイドです。

岡パンダ

ー24ー襲撃⑥



「まて!!」

若い男はチュッとメルに向けて投げキッスをすると、獣に乗って森に消えた。

ローブの男が後を追おうとしたが、メルはそれをローブを強引に掴んで制止し、「もう追っても無駄でしょう。」と、すでに男の気配の無い森を見て言った。


「くっ………メルさん、アイツと知り合いなんですか!?」

「いえ、私にあんなサイコパスオネェの知り合いはいません。」

「サイコパスオネェ……。」

メルはローブの男の言葉に首を横に振りながら答えた。
いくら殺人ドール時代の記憶が曖昧であるとは言え、あれだけインパクトの強い人物を忘れたりはしない。メルは男を思い出しゾワッとした。

「それよりもリト、止めてくれてありがとうございました。私の力では倒せていなかったかもしれませんが、それでも私は相手に殺意を抱いていました。あの場にいる全員殺す気でいました。あのままだったら落ちていたかもしれません。」

メルはローブの男ーリトに深々と頭を下げお礼を言うと、ニコリと笑った。瞳の色はいつもの翡翠色に戻っており溢れ出ていた殺気ももう感じられない。

「い、いえ!……あぁ、よかった。メルさんの左目、戻ってる。」

いつものメルの姿にリトがホッとしたように言うと、メルは首を傾げた。
「私の左目がどうかしましたか?」

「え?さっきメルさんの左目…………っ!?」
「!?」

会話の途中で急に気配を感じた二人は反射的にその方向を向いた。

森の奥から木々をぬって一頭の馬がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

「メルさん、王子の護衛です!深くフードを被ってください!」

「リカルド様の!?わかりました!」

リトの言葉にメルはフードを深く被るとさらに念のため下を向いた。


森から現れたのはリトの言った通りリカルドの護衛のヴァイエルだった。
最初は馬にリトと二人で乗っていたが、前方での異変を感じ取ったリトが早々に馬を降り走っていってしまった為ヴァイエルは一人馬で追いかけてきたのだった。

「シルヴィア様はご無事ですか!?」
ヴァイエルは馬から降りると焦った様子で二人に駆け寄りながら言った。辺りを見回すがシルヴィアの姿が見えないことに不安げな表情を浮かべている。

メルはそんな彼の横を何も言わずに通り過ぎると、木の影に寝かせていたシルヴィアの元に向かった。
彼女は相変わらずスヤスヤと眠っており、顔色も悪くない。
メルはヴァイエルに見られないように優しくシルヴィアの頭を撫でるとソッと体の下に手を入れゆっくりと彼女の体を抱き上げ、抱き上げる時に一瞬だけギュッと彼女を抱きしめた。
彼女の生きている温もりを確かめるために。

その後そのまましっかりとシルヴィアを抱き上げたメルは後ろを向き、ヴァイエルが来るのを待った。

「シルヴィア様、良かった……。」

側まで来たヴァイエルは、シルヴィアの無事を確認できた事に安堵の表情を浮かべ、メルに「ありがとうございます」と笑顔を向けた。メルはそれに対し下を向いたままただコクりと頷いた。

「……あ、あの……あなたはーーー」

「我々の用は済んだのでもう行きます。貴方も自分の主の元にお戻りください。」

ヴァイエルがお礼の後にメルに何か言いかけた時、それを遮るようにいつのまにか隣に来ていたリトが二人の間に入って言った。
手には二頭の馬の手綱を持っており早く馬に乗って行けと言わんばかりに一頭の馬の鞍をポンポンと叩く。

「…は、はい、そうですね。早くシルヴィア様をお連れしないと行けませんね。」

ヴァイエルは何か言いたげだったがそれ以上は何も言わず、リトの言葉に素直に従い馬に跨がった。
メルは馬上のヴァイエルに近づくと、抱いていたシルヴィアを彼に預けた。やはり下を向いたまま慎重に。

「……」
「……」
ヴァイエルはそんなメルを意味あり気にジッと見つめる。
メルも視線を感じるのか下を向いたまま動かない。



沈黙が流れた。



が、突如リトが先程と同様に二人の間に体を滑り込ませ、
「さぁ、早く行ってください。」
そう言ってヴァイエルが乗っている馬の尻を叩いた。突然叩かれた馬は『ヒィン』情けない声をあげ、リトから距離を取るように少し駆けけた。
『さぁ早く。』と、さらに急かすリトに観念したヴァイエルは「本当にありがとうございました。」と二人に改めて礼を言うともう一頭の馬を連れて颯爽と駆けていった。

「ふぅ、やっと行きましたね。………メルさん?どうしました?」

ヴァイエルが駆けて行った方を見たまま何も反応を示さないメルに、リトは心配して声を掛けた。

「あ、すみません。何でもありません。……少し疲れただけです。」

メルはフードを取りリトにニコリと笑うと、先程までシルヴィアの下に敷いていたローブを手に取った。

「アイツら何者なんでしょうね。」

「わかりません。ただ、あのサイコパスオネェと他の者達は一緒にはいましたが別の様に感じました。とにかくあのサイコパスオネェは別格です。まるで人では無いような……瞳の色も時折赤く見えた気がしました。私の右目のように……。」

メルは言いながら前髪で隠している右目に触れ、時折若い男の両目が赤く色付いて見えた時があった事を思い出した。

「しかし、見間違いかもしれません。瞳の色が変わるなんて聞いた事ありませんしね。」

充血や光の加減でそう見えただけかもしれない、メルはそう思った。

「メルさん……あの、さっきメルさんの………いえ、なんでもないです。それより早く帰らないと、メルさんのお嬢様が先に帰ってきてしまうんじゃないですか?」

リトはメルに左目の事を言おうとしたがグッと飲み込むと無理やり話を変えた。

「……言いかけた事が気になりますが、確かに早く帰らないといけませんね。着替えと荷物は持ってきているので、どこかで着替えてそのまま帰ります。この服はボロボロになってしまったので燃やしてしまっていいですか?」

メルは手に持っているボロボロになったローブと現在着ている服の状態を見ながら言った。

「大した話では無いので気にしないで下さい。服は処分してもらっていいですよ。また新しいの用意しておきますので。あの、結構血がついてますけど傷は大丈夫ですか?」

先程の獣達との戦闘でローブは破れ、着ている服も引っ掛かれたり噛みつかれたりした事で所々破れ血がついていた。

「はい、平気です。かすり傷程度だったのでもう傷は治りました。私は普通より自然治癒力が高いですから。」

「そう……ですか、それなら良かった!あ、今回の件調べておきますので、またお店に来て下さい!」

「わかりました。近いうちに伺いますので、オヤジさんにも宜しくお伝え下さい。では、またお店で。」

「はい!またお店で!」


メルは軽く会釈するとすぐ森へと入って見えなくなり、
一人残ったリトはメルの走って行った方を寂しそうな顔で見つめた。


「ねぇ、メルさん、いくらかすり傷程度の傷だって、いくら自然治癒力が高いからって、普通はそんなに早く治ったりしないですよ…。」

リトは少し悲しげな表情でそう呟くと、ヴァイエルが乗ってきた自分の馬に跨がり駆け出した。目的地はもちろん自分の現在の居場所であるあの店。
オヤジさんもヴァイエルが戻ればあの店に帰ってくるだろう。

「オヤジさん、僕に話してくれるかな……メルさんの事」
リトは暗闇を駆けながらポツリと小さく呟いた。


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