異転神話~異世界へ転生した少年と女神に選ばれた少女が出会う話~
世界が終焉へと導かれる運命の出会い(2)
2014年7月31日、ある少年がいた。
父は医者、母は学者となかなかの裕福な家庭の高校生だ。
自分が何もしていなくても金が貰える。――小さな頃からそんな環境だった彼は“自分にお金があって当たり前”という考えの中、暮らしていた。
好きな絵本も、オモチャも全てすぐに手に入ってしまう小さい頃の彼はよく友達に自慢げに見せびらかした。
そのまますくすくと育ち、小学生・中学生・高校生へとなっていく。
両親の遺伝子なのか、頭もよく顔もそこそこのイケメン、運動神経もそれなり、更に遊ぶ金が山のようにあった彼にはたくさんの友達がいた。
性格も明るく、彼に恋する女子は多数。
趣味の範囲も幅広く、スポーツ・読書・映画鑑賞・ゲーム・料理・旅行・釣り・音楽鑑賞・カラオケ・将棋などのボードゲーム・絵描き・アニメ鑑賞などなど……。
普通なら引かれるような趣味でも“程々”にしている彼は引かれない。
少しの知識があれば彼はどんな人の趣味を理解し、共有し、談笑が出来る。
そんな彼を嫌いになる人は少なかった。
ただ、少なかっただけであり、いなかったわけではない。
高校に入って間もなく、クラスメイトに彼を嫌う女子生徒が一人いた。
彼女のルックスはまあまあ、ほとんど無口に近かった。だが彼女は誰にでも親切だった。
そんな彼女に彼は少し興味を引き、彼女に話しかけてみることにした。
最初は無視されつつも、次第に相槌を打ったり、彼からの質問に返答したりと和解していった。
だが、一ヶ月もしないうちの5月の始めに、彼女は彼を忌み嫌うような態度を取り始めた。
戸惑った彼は、何か悪いことをしたのかと思い返してみるが、特にそんな事はなかった。
困った彼は彼女に直接聞いてみると、彼女は立ち上がり、睨みつけるようにピシャリと彼にこう告げた。
『私はあなたが嫌い』
『何の努力もしてない、あなたが嫌い』
『それを努力したように見せかけるあなたが嫌い』
『親が稼いだ金を自分で稼いだ金と思い込んでいるあなたが嫌い』
『人のプライベートにずかずかと入り込んで知ったかぶりをするあなたが嫌い』
彼は生まれてからそんな事を言われた事がなかった。
だが、非常におおらかな性格をしている彼は、彼女の言った言葉を反省点として、彼女に接してみようと反省した。
しかし、その翌日。
彼は驚愕した。
彼女の机の上に落書きがされていたのだ。
明らかに悪意が込められた文字がチョークで刻まれていた。
登校してきた彼女も最初は驚いたものの、黙って雑巾で清掃する。
昨日、彼女が彼に言った言葉はクラスメイトに聞かれていた。
彼を好いている少年少女たちにとって、彼女は非常に嫌な存在となった。
この日を境に彼女はいじめられた。
誰一人、味方がいない。彼女は孤独になった。
ある時は彼女のロッカーの中身がゴミ箱に捨てられていた。
ある時は彼女の教科書が水に浸されていた。
ある時は彼女の机と椅子が消えていた。
ある時は彼女のノートがビリビリに引き裂かれていた。
ある時は彼女の下駄箱に大量の泥が入れられていた。
ある時は。
ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。
ある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時は――。
「馬鹿」「アホ」「きもい」「ブス」「消えろ」「ウザい」「学校に来るな」「近寄るな」「臭い」「汚い」「頭おかしい」「まだ学校に来てるの?」「さっさと辞めろ」「目の前からいなくなれ」「っていうか存在価値あるの?」「生きている意味ある?」「お前なんかこの世にいらない」「口だけでかい女」「何も出来ない女」「お前が死んだところで誰も悲しまない」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」
彼女は耐えられなかった。
目の前には敵しかいなく、味方は誰一人としていない。
親にも先生にも打ち明けられなかった。
自分に迷惑をかけたくないという思いと。
いじめを打ち明ける『勇気』がなかった。
彼女は弱かった。
彼は何も出来ずに彼女を見ているしか出来なかった。
自分の友人がやっている事は明白であった。
だからこそ、何も出来なかった。
自分を好いてくれている、自分自身が好いている人たち。
そんな関係が壊れるのが怖かった。
やめさせる『勇気』がなかった。
彼もまた弱かった。
一学期が終わって夏休みに入り。
7月31日。深夜。
彼女は学校の屋上に佇んでいた。
学校の屋上には窓を突き破って無理矢理入った。
そして彼女は。
学校の屋上から飛び降りた。
か弱な彼女の身体は地面に打ちつけられて。
血をじわりと地面に滲ませながら。
彼はその事を知り、絶望した。
彼の視界は急に暗くなり始めた。
自分が止めていれば何かが変わったのかもしれない。
自分が彼女の味方になっていれば何かが変わったのかもしれない。
彼は初めて自分に嫌悪感を抱いた。
「金があるからって何になるっていうんだ」
「頭がいいからって何になるっていうんだ」
「運動が出来るからって何になるっていうんだ」
「モテるからって何になるっていうんだ」
「たくさんの趣味を持っているからって何になるっていうんだ」
「俺は弱いじゃないか」
「俺は無力じゃないか」
「俺は何も出来ないじゃないか」
「俺はただの馬鹿じゃないか」
「俺は少女一人救えないじゃないか」
「俺は」
俺は人を殺した。
俺は犯罪者だ。
俺は罪を償っても償いきれない。
そして、今に至る。
2014年7月31日午後11時55分、ある少年が学校の屋上にプレゼントのような包み紙を持ちながら佇んでいた。
実は8月1日は少女の誕生日だった。
少女の好きなレアチーズケーキを少年は密かに作れるように練習していた。
それは少年が初めて努力した証でもあった。
これらの情報は彼女との関係がまだマシだった頃に少年が聞いたものだった。
少女が誕生日より前に自殺したのは誕生日なんかいらないという思いだったのかもしれない。
こんな自分の人生に自分を祝う日なんていらない、と。
少年は渡すはずだったプレゼントをただただ黙って握りしめていた。
少年はポケットにあるスマートフォンで時間を確かめる。
午後11時59分。
あと少しだ。
あと少しで少女の誕生日だ。
「君! 何をしている!」
と、背後から声がして少年は振り返ると、一人の警備員がライトで少年を照らしていた。
「来るな! 来たら今すぐ飛び降りるぞ!」
フェンス越しに少年はそう怒鳴る。
そういえばしばらくの間は何も出来ない、というのを少年はわかっていた。
――まだか。まだ来ないのか!
少年は何とか応援を呼ぼうとする警官に焦りつつあった。
そして。
ピピピッというアラーム音が少年のスマートフォンから鳴る。
8月1日午前0時――時間だ。
少年はふっと足を動かし、宙へと彷徨わせた。
「バーカ」
と、少年は警官を嘲笑しながら言い放ち。
少年の身体は重力の原理に逆らう事なく、そのまま下へと沈んでいく。
そして――。
頭に強い衝撃が走り、視界がぼやけ始める。
少年は自分の体が冷たくなっていくを感じた。
少年の目が、鼻が、耳が、口が、喉が、血管が、肺が、筋肉が、心臓が、脳が停止していくのを少年は理解した。
いや、もう理解できてないのかもしれない。
少年は大量の血を溢れ出させながら。
少女が倒れたと言われる場所に堕ちて。
死を目の当たりにしながら。
「誕生日……おめでとう」
くしゃくしゃの誕生日プレゼントを片手に少年の意識はそこで途切れて。
少年は『死んだ』。
少年の意識はまだあった。
目をゆっくりと開けてみると、そこは完全な闇。
何一つ光のない真っ暗な世界。
「ここは……」
と自分が話すことができることに少年は心底驚いた。
ここはどこだ?
そもそも自分は何故生きている?
不思議を積もらせる少年の目の前に。
まばゆいばかりの光が収束し始める。
やがて光は一つの人間の形を型どり始める。
そして目の前に現れたのは、水色の長髪の少女だった。
「やあ、『目が覚めた』みたいだね」
10歳前後とも思われる、そんな少女は少年にニコリと話しかける。
「私はスクルド。『未来』を司る神様だよ」
「スクルド、聞いたことがあるな。確か……北欧神話の『運命』を司る三姉妹の一人……」
「流石、“そこそこ”の知識はあるね」
少女――スクルドが笑顔に言うが少年はそれどころではない。
「そんな事より、だ。何故俺は生きている? 屋上から飛び降りて死んだはず――」
「そう、『死んだ』。君の生命の糸は私によって『断ち切られた』」
スクルドの両手から切られたであろう形跡がある金色の糸が、無理矢理赤い糸に片結びされていた。
「それを私が『紡ぎ直した』。つまり今の君は『死んでない』んだよ」
「ちょっと待て。どういう事だ?」
頭が混乱し始めた少年にスクルドはふふっと笑う。
「簡単なことだよ。私は未来を司る女神。つまり『死と滅び』を操る事が出来るんだ。ただ私は君という運命の糸を切った後に、別の運命の糸に結んだだけ。あ、今いるこの空間は結び目だよ」
「まあ……大体の知識はあるからわかる。それはわかったんだが……どういう事だ?」
「ん?」
「何故俺を生かしておく? 一度殺した、と言ったがその理由は?」
「おいおい、命の恩人に対しての言葉がそれかい?」
「…………」
少年はスクルドの言葉に黙り、しばらくして口を開く。
「俺はもう生きる証もない人間なんだ。だから死んだ方がマシなんだ」
「そんなそんな。死んだ方がマシな人間なんてこの世にはいないよ?」
「実際にそうなんだから仕方ないだろう」
「それを事実かどうかは君が勝手に決めたことだろう?」
「もう放っといてくれ……殺してくれ……俺は生きる意味なんてもう――」
「あー、もう! じれったいなあ!!」
と、突如声を荒げるスクルドに少年はギョッとする。
「生きる意味なんて最初から誰にもねえよ! この世に生まれてきた、それだけだ! それで何? クラスメイトが死んだ事に“責任”や“罪”を感じて自殺? “逃亡”の間違いじゃないの? お前は自分の人生に、彼女の死に、起こった事実に、逃げているだけじゃないの? そりゃそうだよねえ! 死んじゃった方がむしろ責任を他の人に擦り付けられるから楽だもんねえ? ねえ、私、何か間違った事言ってる?」
「い、いや、俺は逃げてなんか……」
「逃げた結果が自殺だろうが! お前は死んだからいいとして、他の人はどうなる? 家族は、友人は、先生たちは? みんな、お前みたいに自殺すればいいの? 私はそうやって一人一人の糸をちょん切っていけばいいわけ? あはは、それなら解決するもんねえ! “逃げるが勝ち”って言うしね! この場合“逃げるが価値”か。お前が言う、“生きる価値がない人間”は! あははははははははははははははは!」
「違う、違う違う違う違う違う違う!」
「違くねえよ、これが真実だ。お前はそういう事をたった今、したんだよ」
「俺は、俺は……!」
「殺してくれ、だって? そんな容易く命を絶とうとしてんじゃねえよ!」
「…………」
「命ってのはなあ! お前が思っているのよりずっと重いモノなんだよ! お前という人格はその命にしかないんだ! 記憶も、感情も、友人関係も、家族も、過去も、今も、未来も!」
「…………」
「私たちはそういうのを背負いながら生命の『運命』を担ってんだよ! 折角与えた命を勝手に捨てるんじゃねえ!」
スクルドは少年に叫び終えると、ふうと自分自身を落ち着かせるように軽く深呼吸をする。
「だから私はそんなお前が『気に食わなかった』。だからもう一度だけ『チャンス』を与えてやることにした」
「チャンス……?」
「記憶を持ったまま、別の世界の、別の生命と繋いでやったんだよ。そこでお前は再び『生き返る』」
「生き返る……」
「ただ、お前の知っている世界とは違う、“異世界”ってやつでな。言語も何もかもが違うが……記憶を持ったまま生き返らせるだなんてラッキーな事なんだから文句は言うな」
「異世界……」
「自殺した罰だ。死んだ彼女の罪を償いたいっていうなら『世界を救え』。いいな?」
「……は? それってどういう――」
「詳しいことは後で話す。じゃあ『始める』ぞ」
すると、スクルドの全身が青く光り始める。
少年は何か言おうとしたが、全てが光に包まれ、何も見えなくなっていく。
そして――。
少年は目を覚ますと目の前に森林が広がっていた。
――森?
見たこともない植物が生い茂っていて、ああ本当に異世界なんだ、と少年は再確認する。
……と。
びっくりしたような中年の男の声がして、少年はそちらの方を向くと目を向いた。
まるで軍隊のような深緑色の服を来た30代くらいの男。
その手には鋭く、怪しげに光る剣を持っていた。
西洋風な創りなのはどうでもいいとして、少年は一気に警戒する。
――なんだ、この男は……。危ない職をしているのか?
と、男は何事が呟くと少年に近づき、いとも容易く少年を持ち上げてしまった。
というか、少年には男が何を言ってるのかすら、理解出来なかった。
「『こんな所に置き去りにするなんてひどい親だ』って言ってるんだよ、あれは」
と、目の前に先程のスクルドが現れ、教えてくれた。
少年は必死な限り、抵抗してみるが身体が思うように動かない。
男がまた何事か少年に言い、すかさずスクルドは少年に訳を言う。
「『こら、暴れるな。よしよし、俺は安全な場所に連れて行ってやるから大人しくしていろよ“赤ん坊”』」
――え?
スクルドの言葉に少年はようやく理解する。
自分は赤ん坊に『生まれ変わった』のだと。
こうして少年は『生まれ変わり』。
セイハ・エアハートはリーパという化物が溢れかえっている世界に『生まれた』のだった。
父は医者、母は学者となかなかの裕福な家庭の高校生だ。
自分が何もしていなくても金が貰える。――小さな頃からそんな環境だった彼は“自分にお金があって当たり前”という考えの中、暮らしていた。
好きな絵本も、オモチャも全てすぐに手に入ってしまう小さい頃の彼はよく友達に自慢げに見せびらかした。
そのまますくすくと育ち、小学生・中学生・高校生へとなっていく。
両親の遺伝子なのか、頭もよく顔もそこそこのイケメン、運動神経もそれなり、更に遊ぶ金が山のようにあった彼にはたくさんの友達がいた。
性格も明るく、彼に恋する女子は多数。
趣味の範囲も幅広く、スポーツ・読書・映画鑑賞・ゲーム・料理・旅行・釣り・音楽鑑賞・カラオケ・将棋などのボードゲーム・絵描き・アニメ鑑賞などなど……。
普通なら引かれるような趣味でも“程々”にしている彼は引かれない。
少しの知識があれば彼はどんな人の趣味を理解し、共有し、談笑が出来る。
そんな彼を嫌いになる人は少なかった。
ただ、少なかっただけであり、いなかったわけではない。
高校に入って間もなく、クラスメイトに彼を嫌う女子生徒が一人いた。
彼女のルックスはまあまあ、ほとんど無口に近かった。だが彼女は誰にでも親切だった。
そんな彼女に彼は少し興味を引き、彼女に話しかけてみることにした。
最初は無視されつつも、次第に相槌を打ったり、彼からの質問に返答したりと和解していった。
だが、一ヶ月もしないうちの5月の始めに、彼女は彼を忌み嫌うような態度を取り始めた。
戸惑った彼は、何か悪いことをしたのかと思い返してみるが、特にそんな事はなかった。
困った彼は彼女に直接聞いてみると、彼女は立ち上がり、睨みつけるようにピシャリと彼にこう告げた。
『私はあなたが嫌い』
『何の努力もしてない、あなたが嫌い』
『それを努力したように見せかけるあなたが嫌い』
『親が稼いだ金を自分で稼いだ金と思い込んでいるあなたが嫌い』
『人のプライベートにずかずかと入り込んで知ったかぶりをするあなたが嫌い』
彼は生まれてからそんな事を言われた事がなかった。
だが、非常におおらかな性格をしている彼は、彼女の言った言葉を反省点として、彼女に接してみようと反省した。
しかし、その翌日。
彼は驚愕した。
彼女の机の上に落書きがされていたのだ。
明らかに悪意が込められた文字がチョークで刻まれていた。
登校してきた彼女も最初は驚いたものの、黙って雑巾で清掃する。
昨日、彼女が彼に言った言葉はクラスメイトに聞かれていた。
彼を好いている少年少女たちにとって、彼女は非常に嫌な存在となった。
この日を境に彼女はいじめられた。
誰一人、味方がいない。彼女は孤独になった。
ある時は彼女のロッカーの中身がゴミ箱に捨てられていた。
ある時は彼女の教科書が水に浸されていた。
ある時は彼女の机と椅子が消えていた。
ある時は彼女のノートがビリビリに引き裂かれていた。
ある時は彼女の下駄箱に大量の泥が入れられていた。
ある時は。
ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。ある時は。
ある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時はある時は――。
「馬鹿」「アホ」「きもい」「ブス」「消えろ」「ウザい」「学校に来るな」「近寄るな」「臭い」「汚い」「頭おかしい」「まだ学校に来てるの?」「さっさと辞めろ」「目の前からいなくなれ」「っていうか存在価値あるの?」「生きている意味ある?」「お前なんかこの世にいらない」「口だけでかい女」「何も出来ない女」「お前が死んだところで誰も悲しまない」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」
彼女は耐えられなかった。
目の前には敵しかいなく、味方は誰一人としていない。
親にも先生にも打ち明けられなかった。
自分に迷惑をかけたくないという思いと。
いじめを打ち明ける『勇気』がなかった。
彼女は弱かった。
彼は何も出来ずに彼女を見ているしか出来なかった。
自分の友人がやっている事は明白であった。
だからこそ、何も出来なかった。
自分を好いてくれている、自分自身が好いている人たち。
そんな関係が壊れるのが怖かった。
やめさせる『勇気』がなかった。
彼もまた弱かった。
一学期が終わって夏休みに入り。
7月31日。深夜。
彼女は学校の屋上に佇んでいた。
学校の屋上には窓を突き破って無理矢理入った。
そして彼女は。
学校の屋上から飛び降りた。
か弱な彼女の身体は地面に打ちつけられて。
血をじわりと地面に滲ませながら。
彼はその事を知り、絶望した。
彼の視界は急に暗くなり始めた。
自分が止めていれば何かが変わったのかもしれない。
自分が彼女の味方になっていれば何かが変わったのかもしれない。
彼は初めて自分に嫌悪感を抱いた。
「金があるからって何になるっていうんだ」
「頭がいいからって何になるっていうんだ」
「運動が出来るからって何になるっていうんだ」
「モテるからって何になるっていうんだ」
「たくさんの趣味を持っているからって何になるっていうんだ」
「俺は弱いじゃないか」
「俺は無力じゃないか」
「俺は何も出来ないじゃないか」
「俺はただの馬鹿じゃないか」
「俺は少女一人救えないじゃないか」
「俺は」
俺は人を殺した。
俺は犯罪者だ。
俺は罪を償っても償いきれない。
そして、今に至る。
2014年7月31日午後11時55分、ある少年が学校の屋上にプレゼントのような包み紙を持ちながら佇んでいた。
実は8月1日は少女の誕生日だった。
少女の好きなレアチーズケーキを少年は密かに作れるように練習していた。
それは少年が初めて努力した証でもあった。
これらの情報は彼女との関係がまだマシだった頃に少年が聞いたものだった。
少女が誕生日より前に自殺したのは誕生日なんかいらないという思いだったのかもしれない。
こんな自分の人生に自分を祝う日なんていらない、と。
少年は渡すはずだったプレゼントをただただ黙って握りしめていた。
少年はポケットにあるスマートフォンで時間を確かめる。
午後11時59分。
あと少しだ。
あと少しで少女の誕生日だ。
「君! 何をしている!」
と、背後から声がして少年は振り返ると、一人の警備員がライトで少年を照らしていた。
「来るな! 来たら今すぐ飛び降りるぞ!」
フェンス越しに少年はそう怒鳴る。
そういえばしばらくの間は何も出来ない、というのを少年はわかっていた。
――まだか。まだ来ないのか!
少年は何とか応援を呼ぼうとする警官に焦りつつあった。
そして。
ピピピッというアラーム音が少年のスマートフォンから鳴る。
8月1日午前0時――時間だ。
少年はふっと足を動かし、宙へと彷徨わせた。
「バーカ」
と、少年は警官を嘲笑しながら言い放ち。
少年の身体は重力の原理に逆らう事なく、そのまま下へと沈んでいく。
そして――。
頭に強い衝撃が走り、視界がぼやけ始める。
少年は自分の体が冷たくなっていくを感じた。
少年の目が、鼻が、耳が、口が、喉が、血管が、肺が、筋肉が、心臓が、脳が停止していくのを少年は理解した。
いや、もう理解できてないのかもしれない。
少年は大量の血を溢れ出させながら。
少女が倒れたと言われる場所に堕ちて。
死を目の当たりにしながら。
「誕生日……おめでとう」
くしゃくしゃの誕生日プレゼントを片手に少年の意識はそこで途切れて。
少年は『死んだ』。
少年の意識はまだあった。
目をゆっくりと開けてみると、そこは完全な闇。
何一つ光のない真っ暗な世界。
「ここは……」
と自分が話すことができることに少年は心底驚いた。
ここはどこだ?
そもそも自分は何故生きている?
不思議を積もらせる少年の目の前に。
まばゆいばかりの光が収束し始める。
やがて光は一つの人間の形を型どり始める。
そして目の前に現れたのは、水色の長髪の少女だった。
「やあ、『目が覚めた』みたいだね」
10歳前後とも思われる、そんな少女は少年にニコリと話しかける。
「私はスクルド。『未来』を司る神様だよ」
「スクルド、聞いたことがあるな。確か……北欧神話の『運命』を司る三姉妹の一人……」
「流石、“そこそこ”の知識はあるね」
少女――スクルドが笑顔に言うが少年はそれどころではない。
「そんな事より、だ。何故俺は生きている? 屋上から飛び降りて死んだはず――」
「そう、『死んだ』。君の生命の糸は私によって『断ち切られた』」
スクルドの両手から切られたであろう形跡がある金色の糸が、無理矢理赤い糸に片結びされていた。
「それを私が『紡ぎ直した』。つまり今の君は『死んでない』んだよ」
「ちょっと待て。どういう事だ?」
頭が混乱し始めた少年にスクルドはふふっと笑う。
「簡単なことだよ。私は未来を司る女神。つまり『死と滅び』を操る事が出来るんだ。ただ私は君という運命の糸を切った後に、別の運命の糸に結んだだけ。あ、今いるこの空間は結び目だよ」
「まあ……大体の知識はあるからわかる。それはわかったんだが……どういう事だ?」
「ん?」
「何故俺を生かしておく? 一度殺した、と言ったがその理由は?」
「おいおい、命の恩人に対しての言葉がそれかい?」
「…………」
少年はスクルドの言葉に黙り、しばらくして口を開く。
「俺はもう生きる証もない人間なんだ。だから死んだ方がマシなんだ」
「そんなそんな。死んだ方がマシな人間なんてこの世にはいないよ?」
「実際にそうなんだから仕方ないだろう」
「それを事実かどうかは君が勝手に決めたことだろう?」
「もう放っといてくれ……殺してくれ……俺は生きる意味なんてもう――」
「あー、もう! じれったいなあ!!」
と、突如声を荒げるスクルドに少年はギョッとする。
「生きる意味なんて最初から誰にもねえよ! この世に生まれてきた、それだけだ! それで何? クラスメイトが死んだ事に“責任”や“罪”を感じて自殺? “逃亡”の間違いじゃないの? お前は自分の人生に、彼女の死に、起こった事実に、逃げているだけじゃないの? そりゃそうだよねえ! 死んじゃった方がむしろ責任を他の人に擦り付けられるから楽だもんねえ? ねえ、私、何か間違った事言ってる?」
「い、いや、俺は逃げてなんか……」
「逃げた結果が自殺だろうが! お前は死んだからいいとして、他の人はどうなる? 家族は、友人は、先生たちは? みんな、お前みたいに自殺すればいいの? 私はそうやって一人一人の糸をちょん切っていけばいいわけ? あはは、それなら解決するもんねえ! “逃げるが勝ち”って言うしね! この場合“逃げるが価値”か。お前が言う、“生きる価値がない人間”は! あははははははははははははははは!」
「違う、違う違う違う違う違う違う!」
「違くねえよ、これが真実だ。お前はそういう事をたった今、したんだよ」
「俺は、俺は……!」
「殺してくれ、だって? そんな容易く命を絶とうとしてんじゃねえよ!」
「…………」
「命ってのはなあ! お前が思っているのよりずっと重いモノなんだよ! お前という人格はその命にしかないんだ! 記憶も、感情も、友人関係も、家族も、過去も、今も、未来も!」
「…………」
「私たちはそういうのを背負いながら生命の『運命』を担ってんだよ! 折角与えた命を勝手に捨てるんじゃねえ!」
スクルドは少年に叫び終えると、ふうと自分自身を落ち着かせるように軽く深呼吸をする。
「だから私はそんなお前が『気に食わなかった』。だからもう一度だけ『チャンス』を与えてやることにした」
「チャンス……?」
「記憶を持ったまま、別の世界の、別の生命と繋いでやったんだよ。そこでお前は再び『生き返る』」
「生き返る……」
「ただ、お前の知っている世界とは違う、“異世界”ってやつでな。言語も何もかもが違うが……記憶を持ったまま生き返らせるだなんてラッキーな事なんだから文句は言うな」
「異世界……」
「自殺した罰だ。死んだ彼女の罪を償いたいっていうなら『世界を救え』。いいな?」
「……は? それってどういう――」
「詳しいことは後で話す。じゃあ『始める』ぞ」
すると、スクルドの全身が青く光り始める。
少年は何か言おうとしたが、全てが光に包まれ、何も見えなくなっていく。
そして――。
少年は目を覚ますと目の前に森林が広がっていた。
――森?
見たこともない植物が生い茂っていて、ああ本当に異世界なんだ、と少年は再確認する。
……と。
びっくりしたような中年の男の声がして、少年はそちらの方を向くと目を向いた。
まるで軍隊のような深緑色の服を来た30代くらいの男。
その手には鋭く、怪しげに光る剣を持っていた。
西洋風な創りなのはどうでもいいとして、少年は一気に警戒する。
――なんだ、この男は……。危ない職をしているのか?
と、男は何事が呟くと少年に近づき、いとも容易く少年を持ち上げてしまった。
というか、少年には男が何を言ってるのかすら、理解出来なかった。
「『こんな所に置き去りにするなんてひどい親だ』って言ってるんだよ、あれは」
と、目の前に先程のスクルドが現れ、教えてくれた。
少年は必死な限り、抵抗してみるが身体が思うように動かない。
男がまた何事か少年に言い、すかさずスクルドは少年に訳を言う。
「『こら、暴れるな。よしよし、俺は安全な場所に連れて行ってやるから大人しくしていろよ“赤ん坊”』」
――え?
スクルドの言葉に少年はようやく理解する。
自分は赤ん坊に『生まれ変わった』のだと。
こうして少年は『生まれ変わり』。
セイハ・エアハートはリーパという化物が溢れかえっている世界に『生まれた』のだった。
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