魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
夏休みといえば:夏休みの宿題
後日、俺と三縁は三縁の両親の墓参りへと向かった。
三縁は元々静岡県出身だったらしく、電車に揺られること約一時間半。海辺が澄み渡り、海の向こう側に小さな島が見える街へ俺と三縁は降り立ったのだった。
「あの時私が海岸にいたのも、自分のふるさとを思い浮かべていたからかも」
三縁はそう言うと、その地に足を踏み入れた。
聞けば、九年ぶりに戻って来たらしい。長年ここに帰ってきてなかったせいか、街並みがすっかり変わっていることに三縁は驚いていた。
「……でも、不思議。自然と『ああ、ここは私の生まれ育った場所なんだ』って思えてくるよ」
確かに変わってしまったけど、変わらないものもあるんだね――と三縁。
「……道の案内は三縁に任せても大丈夫か?」
「ふっふっふ、ちょちょいのちょいだよケンジくん! お姉さんに任せたまえ!」
「そういえばあったな、そんな設定。夏休み初日ぐらいの時に」
自慢げに胸を張る三縁に、俺は苦笑する。
「じゃあ――お任せするぜ、三縁お姉ちゃん」
「……お、おお! うん! じゃあ一緒に行こっか!」
俺が三縁をお姉さんとして扱うのは予想外だったのか、三縁は少し動揺しながらも俺の手を取る。
潮の匂いがする街の中を俺と三縁は歩いて行く。
中には桟橋学園付近には見当たらない、珍しい店がズラリと並んでいて――いや、この話はまた別の機会に取っておこう。今語るべきではないことだ。
街を抜けていき、住宅街へと入った所に三縁の両親の墓はあった。
「いやあ、覚えているもんだね! ここには一度や二度ぐらいしか来てないのに」
「それだけお前も印象深かった場所、ってことだろ?」
「……そうだね」
俺の言葉に三縁は途中で買ってきた花束をぎゅっと抱え込む。
「お母さん、お父さん。全然顔を見せなくてごめんね。私は今も元気だよ!」
元気よく答える三縁。
三縁らしい答え方だなと思って笑っていると、三縁は顔を少し紅潮させながら俺の方へ振り返る。
「今、『三縁らしいな』って思ったでしょ?」
「だって三縁らしかったからな」
「……もう」
茶化すように言うと、三縁は恥ずかしそうに顔を背けた。
その後の夏休みも色々あった。
時には喧嘩もした。
時には相手を傷つけ合ったりもした。
でもそんな風に過ごしていくうちに夏はあっという間に終わり。
俺と三縁が一緒に過ごす夏休みは残り僅かとなっていて、思い残すことはもう何もなかった。
* * *
「お願い、ケンジくん! まだ思い残すことがあるの!」
三縁がそう言ってドサリ、と広げられるのは夏休みの宿題の山。多分、すっかり忘れていたのだろう。
「……奇遇だな三縁。俺もまだ思い残すことがあるんだ」
そういう俺が持っているのも、宿題の山だった。うん、ごめん。まだあったわ、思い残すこと。
「なんだ、ケンジくんも忘れてたのか」
「まあな。夏休みの間は、ずっと遊んでいたわけだし」
「じゃあ、丸写しする作戦が出来ないじゃないか!」
「もし俺がやっていたとしても、お前に見せる気はないからな?」
「ケンジくんのイジワルーッ!」
うがーっと唸る三縁。俺は無視して、筆記用具とノートをテーブルの上に広げる。
「でも、一緒にやることは出来るよね?」
「ん? ああ、そうだな」
三縁の言葉に俺は頷く。
すると三縁はノートを持ってきて、俺の隣へと座り始めた。
「お、おい?」
「おっと、これはケンジくんのノートを写す為じゃないですよ? 一緒に宿題をやる為だから。それなら別にいいよね?」
「ま、まあ別に構わないが……」
俺が言いたいのはそういう事じゃないんだ。その、なんか近いというか……。
少し困り果てる俺と対照的に、三縁はなんだか嬉しそうに身を寄せてくる。
「ケンジくん、提出までの制限時間はっ?」
「俺は明日に荷物を寮へ戻るから、明日は出来ないと思う……」
「じゃあ、あと半日だね! 急いでやらなくちゃ!」
「そうだな」
俺は宿題に取り組もうとするが、ふと気がついたことがあって三縁に問いかける。
「そういえばさ」
「んん?」
「こういう時、三縁ならイタズラに魔法を使ったりしてたよな」
「えっ」
「いや、今までそんな感じだっただろ? 最近はしてこないよな」
「……ケンジくんは、そっちの方がいいかな?」
「え? うーん、別にそういう事じゃないんだが。ただ、変わったなって思ってさ」
「ふ、ふーん……」
と、三縁はぎこちなく返事をする。どうかしたのだろうか?
「……えいっ!」
「おわっ!?」
突然三縁が手を重ねたかと思うと、パキリと音を立てて俺と三縁の手が凍る。
「い、言った傍から行動に移すなよっ!」
「あははー。そんな事を話題にふるから、もしかしてケンジくんはマゾなのかなって思って」
「んなわけあるか!」
「いやはや、困ったものですね」
「困ったのはお前だよ……」
俺が呆れていると、三縁は床へ俯く。
「本当に困ったものですね、ケンジくんは……」
「え? なんか言ったか?」
「なんでもないですよーだっ!」
何やら小声でよく聞き取れなかったが、三縁は気にするなという風に顔をパッとあげる。
「さあ、そろそろ真面目に宿題やらないと! 遊んでいる場合じゃないよ!」
「遊び始めたのは三縁の方だと思うんだがな……」
三縁の言葉に俺は苦笑し、一緒に宿題を進めていった。
* * *
「な、なんとか終わったね……」
「そう、だな……」
翌日になり、いつの間にか日が昇ってきた頃。
俺たちの大量の宿題がようやく終わったところだった。
三縁は目の下に隈を作りながら、眠そうに目を擦る。
「宿題を舐めたね……こんなに時間がかかるなんて……」
「全くだ、まさか徹夜するとは思わなかったな……」
夜には終わるだろと思っていたが、ここまでかかるとは思わなかった……。
「い、今から寝る……?」
「いや、今日は朝早くから移動しないといけないからな……。ここで寝たら駄目だと思う……」
ふと時計を見てみると、時刻は既に七時を過ぎていた。こっから寝たら、次に起きるのは正午になってしまうだろう。
「それもそうだね……んしょっと」
三縁は立ち上がって大きく伸びをすると、元気よく声をあげる。
「それなら、近くまで送っていってあげよう!」
「えっ、いいのか?」
「いいのいいの、どうせ暇だし」
俺の質問に三縁はヒラヒラと手を振る。まあ、本人がいいって言うのならいいのだろう。
「じゃあ……お願いできるか?」
「うん! この三縁っちお姉さんに任せなさい!」
と、三縁は元気よく答える。
俺は自分の荷物を片付け始め三縁の手伝いもあってか、八時前には家を出ることが出来る状態になっていた。
「じゃあ行こっか」
「……そうだな」
俺は腰をあげて荷物を持つと、一ヶ月暮らしたこの家から外に出て行く。
「いやあ、楽しかったね夏休み」
学園まで行く途中、三縁がそんな事を急に言い出した。
「ん? ああ、そうだな」
「一緒に買い物に行ったり、ジョギングしたり、寝たり」
この信号を越えると、すぐに学園の正門だ。俺と三縁は赤く照らされる信号の真下で立ち止まる。
「みんなと図書館で勉強したり、プールに行ったり、夏祭り行ったり、花火大会をしたり、肝試ししたり……」
「思い返すと結構遊んできたんだな、俺たち」
「そうだねー」
思い返せば思い返すほど、色んな思い出があるばかりだ。
信号がとうとう青になり、俺が足を前へ踏み出すと。
ぎゅっと、手が何かに掴まれた。
「三縁?」
「……また、こうやって遊べる、よね?」
三縁は――泣いていた。
……そりゃそうか。
一ヶ月も一緒に暮らしてきたんだ、寂しいのは当然だろう。俺もちょっと寂しいしな。
俺は涙を流す少女の頭をポンポンと優しく叩く。
「大丈夫だ。またこうやって一緒に遊べるからさ」
なんなら来年の夏も三縁の家にお邪魔していいくらいだ。
「……うん」
三縁は俺の返事を聞くと、手を離す。
俺は振り返って、三縁に頭を下げる。
「一ヶ月間、お世話になりました」
「こちらこそ、一ヶ月間ありがとね! じゃあまた二学期で!」
「おう」
三縁に手を振られて、横断歩道を抜けて学園の中へと向かっていく。
俺はきっと、夏の最後に見た三縁のあの笑顔を忘れることはないだろう。
* * *
こうして、私と彼の長いようで短かった夏は終わった。
私の九年間の『嘘』はたった半日で崩れ落ち、『偽りの私』は消え去ってしまった。
ああ、やはり嘘は脆く、弱いものなんだと改めて実感したほどだ。
しかし、失ったものばかりではない。新しく生まれたものもある。
それは嘘と同じくらいに脆く、弱いもの。
でも――嘘と違って、心地よいもの。
私は彼の事が……ケンジくんの事が――
* * *
「……夏休みの間、私達がやってきた仕事の愚痴でも言おうとしたけど。あんな二人の姿を見てたら言う気も失せたよ。今回は何もコメントしないことにしよう」
三縁は元々静岡県出身だったらしく、電車に揺られること約一時間半。海辺が澄み渡り、海の向こう側に小さな島が見える街へ俺と三縁は降り立ったのだった。
「あの時私が海岸にいたのも、自分のふるさとを思い浮かべていたからかも」
三縁はそう言うと、その地に足を踏み入れた。
聞けば、九年ぶりに戻って来たらしい。長年ここに帰ってきてなかったせいか、街並みがすっかり変わっていることに三縁は驚いていた。
「……でも、不思議。自然と『ああ、ここは私の生まれ育った場所なんだ』って思えてくるよ」
確かに変わってしまったけど、変わらないものもあるんだね――と三縁。
「……道の案内は三縁に任せても大丈夫か?」
「ふっふっふ、ちょちょいのちょいだよケンジくん! お姉さんに任せたまえ!」
「そういえばあったな、そんな設定。夏休み初日ぐらいの時に」
自慢げに胸を張る三縁に、俺は苦笑する。
「じゃあ――お任せするぜ、三縁お姉ちゃん」
「……お、おお! うん! じゃあ一緒に行こっか!」
俺が三縁をお姉さんとして扱うのは予想外だったのか、三縁は少し動揺しながらも俺の手を取る。
潮の匂いがする街の中を俺と三縁は歩いて行く。
中には桟橋学園付近には見当たらない、珍しい店がズラリと並んでいて――いや、この話はまた別の機会に取っておこう。今語るべきではないことだ。
街を抜けていき、住宅街へと入った所に三縁の両親の墓はあった。
「いやあ、覚えているもんだね! ここには一度や二度ぐらいしか来てないのに」
「それだけお前も印象深かった場所、ってことだろ?」
「……そうだね」
俺の言葉に三縁は途中で買ってきた花束をぎゅっと抱え込む。
「お母さん、お父さん。全然顔を見せなくてごめんね。私は今も元気だよ!」
元気よく答える三縁。
三縁らしい答え方だなと思って笑っていると、三縁は顔を少し紅潮させながら俺の方へ振り返る。
「今、『三縁らしいな』って思ったでしょ?」
「だって三縁らしかったからな」
「……もう」
茶化すように言うと、三縁は恥ずかしそうに顔を背けた。
その後の夏休みも色々あった。
時には喧嘩もした。
時には相手を傷つけ合ったりもした。
でもそんな風に過ごしていくうちに夏はあっという間に終わり。
俺と三縁が一緒に過ごす夏休みは残り僅かとなっていて、思い残すことはもう何もなかった。
* * *
「お願い、ケンジくん! まだ思い残すことがあるの!」
三縁がそう言ってドサリ、と広げられるのは夏休みの宿題の山。多分、すっかり忘れていたのだろう。
「……奇遇だな三縁。俺もまだ思い残すことがあるんだ」
そういう俺が持っているのも、宿題の山だった。うん、ごめん。まだあったわ、思い残すこと。
「なんだ、ケンジくんも忘れてたのか」
「まあな。夏休みの間は、ずっと遊んでいたわけだし」
「じゃあ、丸写しする作戦が出来ないじゃないか!」
「もし俺がやっていたとしても、お前に見せる気はないからな?」
「ケンジくんのイジワルーッ!」
うがーっと唸る三縁。俺は無視して、筆記用具とノートをテーブルの上に広げる。
「でも、一緒にやることは出来るよね?」
「ん? ああ、そうだな」
三縁の言葉に俺は頷く。
すると三縁はノートを持ってきて、俺の隣へと座り始めた。
「お、おい?」
「おっと、これはケンジくんのノートを写す為じゃないですよ? 一緒に宿題をやる為だから。それなら別にいいよね?」
「ま、まあ別に構わないが……」
俺が言いたいのはそういう事じゃないんだ。その、なんか近いというか……。
少し困り果てる俺と対照的に、三縁はなんだか嬉しそうに身を寄せてくる。
「ケンジくん、提出までの制限時間はっ?」
「俺は明日に荷物を寮へ戻るから、明日は出来ないと思う……」
「じゃあ、あと半日だね! 急いでやらなくちゃ!」
「そうだな」
俺は宿題に取り組もうとするが、ふと気がついたことがあって三縁に問いかける。
「そういえばさ」
「んん?」
「こういう時、三縁ならイタズラに魔法を使ったりしてたよな」
「えっ」
「いや、今までそんな感じだっただろ? 最近はしてこないよな」
「……ケンジくんは、そっちの方がいいかな?」
「え? うーん、別にそういう事じゃないんだが。ただ、変わったなって思ってさ」
「ふ、ふーん……」
と、三縁はぎこちなく返事をする。どうかしたのだろうか?
「……えいっ!」
「おわっ!?」
突然三縁が手を重ねたかと思うと、パキリと音を立てて俺と三縁の手が凍る。
「い、言った傍から行動に移すなよっ!」
「あははー。そんな事を話題にふるから、もしかしてケンジくんはマゾなのかなって思って」
「んなわけあるか!」
「いやはや、困ったものですね」
「困ったのはお前だよ……」
俺が呆れていると、三縁は床へ俯く。
「本当に困ったものですね、ケンジくんは……」
「え? なんか言ったか?」
「なんでもないですよーだっ!」
何やら小声でよく聞き取れなかったが、三縁は気にするなという風に顔をパッとあげる。
「さあ、そろそろ真面目に宿題やらないと! 遊んでいる場合じゃないよ!」
「遊び始めたのは三縁の方だと思うんだがな……」
三縁の言葉に俺は苦笑し、一緒に宿題を進めていった。
* * *
「な、なんとか終わったね……」
「そう、だな……」
翌日になり、いつの間にか日が昇ってきた頃。
俺たちの大量の宿題がようやく終わったところだった。
三縁は目の下に隈を作りながら、眠そうに目を擦る。
「宿題を舐めたね……こんなに時間がかかるなんて……」
「全くだ、まさか徹夜するとは思わなかったな……」
夜には終わるだろと思っていたが、ここまでかかるとは思わなかった……。
「い、今から寝る……?」
「いや、今日は朝早くから移動しないといけないからな……。ここで寝たら駄目だと思う……」
ふと時計を見てみると、時刻は既に七時を過ぎていた。こっから寝たら、次に起きるのは正午になってしまうだろう。
「それもそうだね……んしょっと」
三縁は立ち上がって大きく伸びをすると、元気よく声をあげる。
「それなら、近くまで送っていってあげよう!」
「えっ、いいのか?」
「いいのいいの、どうせ暇だし」
俺の質問に三縁はヒラヒラと手を振る。まあ、本人がいいって言うのならいいのだろう。
「じゃあ……お願いできるか?」
「うん! この三縁っちお姉さんに任せなさい!」
と、三縁は元気よく答える。
俺は自分の荷物を片付け始め三縁の手伝いもあってか、八時前には家を出ることが出来る状態になっていた。
「じゃあ行こっか」
「……そうだな」
俺は腰をあげて荷物を持つと、一ヶ月暮らしたこの家から外に出て行く。
「いやあ、楽しかったね夏休み」
学園まで行く途中、三縁がそんな事を急に言い出した。
「ん? ああ、そうだな」
「一緒に買い物に行ったり、ジョギングしたり、寝たり」
この信号を越えると、すぐに学園の正門だ。俺と三縁は赤く照らされる信号の真下で立ち止まる。
「みんなと図書館で勉強したり、プールに行ったり、夏祭り行ったり、花火大会をしたり、肝試ししたり……」
「思い返すと結構遊んできたんだな、俺たち」
「そうだねー」
思い返せば思い返すほど、色んな思い出があるばかりだ。
信号がとうとう青になり、俺が足を前へ踏み出すと。
ぎゅっと、手が何かに掴まれた。
「三縁?」
「……また、こうやって遊べる、よね?」
三縁は――泣いていた。
……そりゃそうか。
一ヶ月も一緒に暮らしてきたんだ、寂しいのは当然だろう。俺もちょっと寂しいしな。
俺は涙を流す少女の頭をポンポンと優しく叩く。
「大丈夫だ。またこうやって一緒に遊べるからさ」
なんなら来年の夏も三縁の家にお邪魔していいくらいだ。
「……うん」
三縁は俺の返事を聞くと、手を離す。
俺は振り返って、三縁に頭を下げる。
「一ヶ月間、お世話になりました」
「こちらこそ、一ヶ月間ありがとね! じゃあまた二学期で!」
「おう」
三縁に手を振られて、横断歩道を抜けて学園の中へと向かっていく。
俺はきっと、夏の最後に見た三縁のあの笑顔を忘れることはないだろう。
* * *
こうして、私と彼の長いようで短かった夏は終わった。
私の九年間の『嘘』はたった半日で崩れ落ち、『偽りの私』は消え去ってしまった。
ああ、やはり嘘は脆く、弱いものなんだと改めて実感したほどだ。
しかし、失ったものばかりではない。新しく生まれたものもある。
それは嘘と同じくらいに脆く、弱いもの。
でも――嘘と違って、心地よいもの。
私は彼の事が……ケンジくんの事が――
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「……夏休みの間、私達がやってきた仕事の愚痴でも言おうとしたけど。あんな二人の姿を見てたら言う気も失せたよ。今回は何もコメントしないことにしよう」
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