魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
夏休みといえば:お盆2
「どこにいるんだよ……!」
三縁が出て行ってしまった後、俺は慌てて外へと飛び出したが既に三縁の姿は見当たらなかった。
俺は間違っていたのだろうか。
三縁の言う通り、そのままにしておいた方がよかったのだろうか。
今までの日常が保ち続けられるのならば――それでよかったのだろうか。
「……くそっ!」
そんな考えを振り切るように、俺は街を駆けていく。
まずは三縁を捜す事が先決だ。早く見つけ出さないと。
* * *
「はあっ……はあっ……!」
俺は額の汗を拭いながら、息を整える。
東にあった太陽はすっかり南側に移動していて、時計を見なくても既に数時間過ぎていることがわかっていた。
結論から言うと、見つからなかった。
心当たりがある所は全て捜したつもりだ。
毎朝のジョギングのルート、いつも買い物に行くスーパー、病院、図書館、プール、夏祭りが行われた場所、その近くの公園、ゴールデンウィークの時に行ったケーキ屋にゲームセンター……。
どこへ行っても三縁の姿を見つける事は出来ず、時間がただ無駄に過ぎるばかりであった。
時間が過ぎていくごとに、自分を責める気持ちが強まっていた。
本当に、三縁にあんな事を言ってしまって良かったのだろうか?
ただ三縁が傷ついただけで無意味だったのではないのだろうか?
俺がやった事は、本当に三縁の為だったのだろうか?
「……もう一度、回ってみるか」
どうすればわからない中で出来ることといえば、それしか思いつかなかった。
だが、それは本当に意味があるのだろうか。
こうして闇雲に捜していることは、本当に三縁の為になるのだろうか。
俺は、何を求めて、何を言いたくて、何の為に、三縁を捜しているのだろうか。
「…………」
やめよう。今、考えたところで自分へ疑心暗鬼が広がるばかりだ。
俺は再び地を蹴って街を駆けようとする。
「あれ、ケンジくん? 一人なんて珍しいね」
と、背後からそんな声が聞こえたので、俺は駆け出そうとしていた足を止めて振り返る。
買い物の帰りなのか買い物袋を持ったみさとが不思議そうに俺の方を見ていた。
「三縁ちゃんはどうしたの? 出かけるときはいつも一緒なのに」
「……みさと、三縁をどっかで見かけなかったか?」
「えっ? いや、見かけなかったけど……何かあったの?」
「そうか……。ありがとな、じゃあまた」
「えっ、ちょ、ちょっと!? 待って!」
みさとの返事を待たず、俺は止めた足を再び動かす。
やはりもうここの近くにはいないだろうか。それならばやっぱり俺がやっている事は無意味であって――。
「待てって、言ってるでしょうが!」
「っ!?」
突然、身体に電流が流れたような感覚がする。思わず立ち止まった俺の襟首が掴まれて、グイッと後方に引っ張られる。
「答えて、三縁ちゃんと何かあったの?」
みさとがやや眉を吊り上げながら、いつもよりきつい口調で問いただしてくる。
「ちなみに黙っていても、きちんと話してくれるまで離さないからね」
そういうみさとの台詞には怒りが含まれているような気がした。
「…………」
こうなってしまった以上もうどうすること出来なくなった俺は、三縁と何があったのかを素直に吐き出す。
三縁との考え方の違いを。
三縁が自分に何をしているのかを。
三縁に何を言ったのかを。
全て、洗いざらい吐き出す。
みさとに話していて、我ながら三縁に酷いことばかり言ってしまっていた事に気がつく。
自分の感情のままにただ言葉をぶつけていただけ。
三縁の事なんて何も考えてない。
「ふうん、なるほどね」
しかし、みさとの反応は薄かった。こんなにも醜い話を言っていたのに。
「……みさとは、何も思わないのか?」
「別に? ただの喧嘩みたいなものじゃん」
むしろ、今まで喧嘩してなかったのが不思議なくらいだよ、とみさとは続けた。
「友人と喧嘩するのは当然なんだよ? だから君はそんなに自分を責めなくていいの」
「…………」
本当にそうなのだろうか。
俯き加減な俺に、みさとから小さなため息が聞こえる。
「はあ……仕方ないな」
ふと顔を上げると、みさとは目を閉じて何か念じるような動作をしていた。
おそらくテレパシー通信だろう。……でも、誰に? 三縁か?
しばらくして、みさとは目を開けて俺の方を向く。
「はい、ケンジくん。考えられる限りの事はしてみたから、後はケンジくん次第だよ」
「……?」
「残念ながら私一人じゃ力不足っぽいからね。増援を呼んだの」
「増援……?」
「そう、優梨ちゃん」
途端に、ポケットの中に仕舞っておいたデバイスが震える。
デバイスの画面を確認してみると、そこには『優梨からの着信です』との文字が。
『もしもし、ケンジくん』
ボタンをタップし、耳に当ててみると優梨の声が聞こえてくる。
「優梨……」
『大体の事情はみさとちゃんから聞きました。私は、総員で三縁さんを捜したいと思います』
総員、というのは優梨の家にいるお手伝いさん達のことだろう。
『三縁ちゃんを見つけたらケンジくんをその場に連れて行きますが、いいですか?』
「……ははっ、俺じゃ友人を見つけ出すことすら出来ないのか……」
俺はつい弱音を吐き出してしまう。
こういう時は頼りにするべきなのに、自分の無能さに呆れてしまって。
何も出来ない自分が悔しくて。
俺の言葉にデバイス越しから『そうですね』と冷たい声が返ってくる。
『確かにケンジくんは友人を見つけ出すことが出来てませんね。多分、今のままじゃ一人でやっても出来ないと思います』
「…………」
黙り込んでしまうと、『でも』と言葉は続けられる。
『ケンジくんじゃないと、傷ついた友人を癒すことが出来ないんですよ?』
聞こえてきたのはいつもの温かい声。
優しくていつでも支えてくれる、そんな友人の声だった。
『ケンジくんは三縁ちゃんの意見が間違っていると思うんですよね? なら、それを三縁ちゃんに言わなくちゃいけないんです』
「…………」
『私はケンジくんが正しいと思うことを信じます。ケンジくんが私を信じてくれているように』
「……でも、優梨」
それでも俺は、まだ納得が出来ない。
本当にそれでいいのだろうか。
「三縁はこのことを問題としていなかった。だとしたら本当のことを教えるのは……あまりにも残酷なことなんじゃないのか?」
『…………』
「間違い続けても問題ないのなら、いっそこのままでも」
『ケンジくん』
と、俺の言葉は優梨の少し強い口調によって遮られる。
『数学の復習をします』
「…………はっ?」
あまりにも唐突な言葉に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。
今、なんて言ったんだ?
『図書館で一緒に勉強した内容なので、すぐにわかりますよ』
「お、おい、いきなり何を!」
『あるところにエックスさんがしました』
俺の反論を無視して優梨は続ける。
『エックスさんは本当の自分を知ることができません』
優梨の話は確かに、一度聞いたことのある内容だった。
『本人が本当の自分に気がついていないからです』
三縁は本当の自分に気がついてない。
『でも、あなたはその答えを知っています。エックスさんに教えることも出来ます』
本当は三縁だって悲しいはずなんだ。
『しかし本当のことを教えてしまうと、今までのエックスさんを否定してしまいます』
だから、俺は三縁と喧嘩した。
『ここで問題です。それでもあなたはエックスさんに本当のエックスさんを教えますか?』
……。
…………ああ。
ああ、そうか。
そういえば、そうだった。
あの時、俺は優梨に教わったはずだ。
なんてことない、答えは考える必要もないくらいに簡単だったんだ。
「……それでも、俺は教える」
俺は答えを述べる。
「それがどんなに残酷なことでも、本当のことを教えなければいけないんだ」
だって。
「だってそれが――三縁の為なんだから」
そうだ。
自分は何を迷っていたのだろうか。
間違ってていいわけがない。
それなら、間違いを直していかないといけないんだ。
しばらくして、聞こえてきたのは優梨の安堵するような返事だった。
『――正解です』
* * *
「よう、やっと見つけたぜ」
夕日が沈みかけている頃。砂浜に座り込んで海辺をボーッと眺めていた少女に、俺は声をかけた。
こんな所まで来ていたのか、こいつ。
「……あはは、見つかっちゃった」
三縁は俺の姿を見て少し目を見開いたが、すぐにいつもの笑顔を向ける。
そう、まるで今朝のことをまるでなかったかのように。
「私でさえここがどこだかわからないのに、よく見つけられたね」
「俺だってわかるか。優梨たちに協力してもらったんだよ」
隣の県の海辺にいるだなんて、誰が想像出来ると思ってんだ。
「そっか……優梨っち達にも迷惑かけちゃったか……」
「ああ、大迷惑だ。だから、帰ったら二人で謝りに行くからな」
俺の言葉に三縁は苦笑しつつ、立ち上がって砂を払う。
「じゃあもう帰ろ。これ以上、心配はかけられないよ」
「そうだな……けど」
『けど』と。
俺は前の言葉を続け――否定する。
目の前の少女の行動を否定するかのように。
「三縁、お前には言わなくちゃいけないことがあるんだ」
「…………」
ピタリ、と三縁の動きが止まる。
「……ケンジくん、それは今言わなくちゃいけないことかな?」
「ああ、今言わなくちゃいけないことだ」
今じゃないと駄目で。
今しか言えないことだ。
三縁の足が少し後退したのが目に映る。
「あーあ。折角忘れかけてたのになあ……」
「三縁、聞いてくれ」
「別に蒸し返さなくてもいいのになあ……」
「やっぱりお前は間違ってる」
「そしたら、明日からまたいつも通りの日常に戻っていたのになあ……!」
「お前は――」
「やめてっ!」
と、突然三縁の表情が豹変し、叩きつけるような大声が聞こえてくる。
三縁が初めて見せた表情だった。
「もう、やめて……! 別にいいでしょ、このままでも! 私が、それでいいって言ってるんだからさ!」
「よくない。お前は自分に嘘をついているんだよ」
俺は一歩、三縁に向かって右足を踏み出す。
「来ないで!」
三縁はポケットからチップを取り出すと、俺の方へ向かって弾く。
バチッと音を立てて、足元で閃光が走った。
「それ以上来たら、本当に魔法で攻撃するから」
「…………」
三縁が手の中にあるチップを見せる。
俺は続いて左足を踏み出す。
「来ないで、って言ったでしょ!」
パキリと砂が凍る。
右足で凍った砂を踏み砕く。
続いて、足元が爆発する。
衝撃で俺は少しよろけそうになりながらも、足を止めない。
一歩一歩、三縁へと近づいていく。近づく度に攻撃は繰り返される。
だが、それでいい。
三縁は今怒っているから、俺を拒んでいるんだ。
怒っているから、俺に攻撃をしているんだ。
自分にとって嫌なことだから、怒っているんだ。
今、三縁は怒っているんだ。
それでいいんだ、三縁。
お前は、それでいいんだ。
どんどん近づいていき、遂に俺は三縁の目の前まで来ていた。
「嫌、嫌なの……! 私が悲しんだり、怒ったりしてみんなが変わっちゃうのなんて嫌なの……!」
気がつくと、三縁は今すぐにでも泣きそうな声で俺に訴えかけていた。
「私が笑っていれば、みんなも悲しまないし怒らない!」
「……そうだな」
「でも私が悲しんだり怒ったりすれば、今まで通りの関係じゃなくなっちゃうかもしれないんだよ!」
「……そうだな」
「それだったら、私は!」
「でも」
俺は三縁の言葉を遮る。
両腕を横に広げ、そのまま目の前にいる少女の背中に手を回し。
ぎゅっと、三縁を強く抱きしめた。
「っ!?」
「でも――それでいいんだって」
「それで、いい……?」
三縁の消え入りそうな言葉に俺は頷く。
「ああ。お前が悲しんだり怒ったりすれば、今まで通りの関係ではなくなってしまうかもしれない」
「…………」
「でも俺は……俺たちは、変わらずにこうして側にいてやるから」
「――!」
どくん、と。
どちらかの心臓が波打つ音が聞こえる。
「お前が泣いたり怒ったりすれば、俺たちが慰めて叱って励まして――助けてやるから」
三縁と触れている場所がどんどんと温度を上がっているのを感じる。
上がっているのは三縁の方か、それとも俺の方か。
「だからもういいんだ。怒りたければ怒って、泣きたければ泣けばいい」
「うっ……」
「お前は自分を受け入れていいんだよ、三縁」
ポタリと。
乾いた砂浜に一滴の雫が落ちた。
それは目から零れ、頬を伝って、地面に落ちた三縁の涙だった。
「う――あああああああああああああああ! ああああああああああ!」
三縁の両親が亡くなってから九年。
この九年間、どれほど悲しんだのだろう。
この九年間、どれほど怒ったのだろう。
この九年間、どれほどストレスを溜めていたのだろう。
この九年間、どれほど涙を溜めていたのだろう。
「うあああああああ! あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その全てを吐き出すかのように――三縁は泣き続け、俺は泣き止むまで三縁を離さなかった。
九年の時を経て、ようやく。
ようやく三縁は――自分を受け入れることが出来たのだ。
三縁が出て行ってしまった後、俺は慌てて外へと飛び出したが既に三縁の姿は見当たらなかった。
俺は間違っていたのだろうか。
三縁の言う通り、そのままにしておいた方がよかったのだろうか。
今までの日常が保ち続けられるのならば――それでよかったのだろうか。
「……くそっ!」
そんな考えを振り切るように、俺は街を駆けていく。
まずは三縁を捜す事が先決だ。早く見つけ出さないと。
* * *
「はあっ……はあっ……!」
俺は額の汗を拭いながら、息を整える。
東にあった太陽はすっかり南側に移動していて、時計を見なくても既に数時間過ぎていることがわかっていた。
結論から言うと、見つからなかった。
心当たりがある所は全て捜したつもりだ。
毎朝のジョギングのルート、いつも買い物に行くスーパー、病院、図書館、プール、夏祭りが行われた場所、その近くの公園、ゴールデンウィークの時に行ったケーキ屋にゲームセンター……。
どこへ行っても三縁の姿を見つける事は出来ず、時間がただ無駄に過ぎるばかりであった。
時間が過ぎていくごとに、自分を責める気持ちが強まっていた。
本当に、三縁にあんな事を言ってしまって良かったのだろうか?
ただ三縁が傷ついただけで無意味だったのではないのだろうか?
俺がやった事は、本当に三縁の為だったのだろうか?
「……もう一度、回ってみるか」
どうすればわからない中で出来ることといえば、それしか思いつかなかった。
だが、それは本当に意味があるのだろうか。
こうして闇雲に捜していることは、本当に三縁の為になるのだろうか。
俺は、何を求めて、何を言いたくて、何の為に、三縁を捜しているのだろうか。
「…………」
やめよう。今、考えたところで自分へ疑心暗鬼が広がるばかりだ。
俺は再び地を蹴って街を駆けようとする。
「あれ、ケンジくん? 一人なんて珍しいね」
と、背後からそんな声が聞こえたので、俺は駆け出そうとしていた足を止めて振り返る。
買い物の帰りなのか買い物袋を持ったみさとが不思議そうに俺の方を見ていた。
「三縁ちゃんはどうしたの? 出かけるときはいつも一緒なのに」
「……みさと、三縁をどっかで見かけなかったか?」
「えっ? いや、見かけなかったけど……何かあったの?」
「そうか……。ありがとな、じゃあまた」
「えっ、ちょ、ちょっと!? 待って!」
みさとの返事を待たず、俺は止めた足を再び動かす。
やはりもうここの近くにはいないだろうか。それならばやっぱり俺がやっている事は無意味であって――。
「待てって、言ってるでしょうが!」
「っ!?」
突然、身体に電流が流れたような感覚がする。思わず立ち止まった俺の襟首が掴まれて、グイッと後方に引っ張られる。
「答えて、三縁ちゃんと何かあったの?」
みさとがやや眉を吊り上げながら、いつもよりきつい口調で問いただしてくる。
「ちなみに黙っていても、きちんと話してくれるまで離さないからね」
そういうみさとの台詞には怒りが含まれているような気がした。
「…………」
こうなってしまった以上もうどうすること出来なくなった俺は、三縁と何があったのかを素直に吐き出す。
三縁との考え方の違いを。
三縁が自分に何をしているのかを。
三縁に何を言ったのかを。
全て、洗いざらい吐き出す。
みさとに話していて、我ながら三縁に酷いことばかり言ってしまっていた事に気がつく。
自分の感情のままにただ言葉をぶつけていただけ。
三縁の事なんて何も考えてない。
「ふうん、なるほどね」
しかし、みさとの反応は薄かった。こんなにも醜い話を言っていたのに。
「……みさとは、何も思わないのか?」
「別に? ただの喧嘩みたいなものじゃん」
むしろ、今まで喧嘩してなかったのが不思議なくらいだよ、とみさとは続けた。
「友人と喧嘩するのは当然なんだよ? だから君はそんなに自分を責めなくていいの」
「…………」
本当にそうなのだろうか。
俯き加減な俺に、みさとから小さなため息が聞こえる。
「はあ……仕方ないな」
ふと顔を上げると、みさとは目を閉じて何か念じるような動作をしていた。
おそらくテレパシー通信だろう。……でも、誰に? 三縁か?
しばらくして、みさとは目を開けて俺の方を向く。
「はい、ケンジくん。考えられる限りの事はしてみたから、後はケンジくん次第だよ」
「……?」
「残念ながら私一人じゃ力不足っぽいからね。増援を呼んだの」
「増援……?」
「そう、優梨ちゃん」
途端に、ポケットの中に仕舞っておいたデバイスが震える。
デバイスの画面を確認してみると、そこには『優梨からの着信です』との文字が。
『もしもし、ケンジくん』
ボタンをタップし、耳に当ててみると優梨の声が聞こえてくる。
「優梨……」
『大体の事情はみさとちゃんから聞きました。私は、総員で三縁さんを捜したいと思います』
総員、というのは優梨の家にいるお手伝いさん達のことだろう。
『三縁ちゃんを見つけたらケンジくんをその場に連れて行きますが、いいですか?』
「……ははっ、俺じゃ友人を見つけ出すことすら出来ないのか……」
俺はつい弱音を吐き出してしまう。
こういう時は頼りにするべきなのに、自分の無能さに呆れてしまって。
何も出来ない自分が悔しくて。
俺の言葉にデバイス越しから『そうですね』と冷たい声が返ってくる。
『確かにケンジくんは友人を見つけ出すことが出来てませんね。多分、今のままじゃ一人でやっても出来ないと思います』
「…………」
黙り込んでしまうと、『でも』と言葉は続けられる。
『ケンジくんじゃないと、傷ついた友人を癒すことが出来ないんですよ?』
聞こえてきたのはいつもの温かい声。
優しくていつでも支えてくれる、そんな友人の声だった。
『ケンジくんは三縁ちゃんの意見が間違っていると思うんですよね? なら、それを三縁ちゃんに言わなくちゃいけないんです』
「…………」
『私はケンジくんが正しいと思うことを信じます。ケンジくんが私を信じてくれているように』
「……でも、優梨」
それでも俺は、まだ納得が出来ない。
本当にそれでいいのだろうか。
「三縁はこのことを問題としていなかった。だとしたら本当のことを教えるのは……あまりにも残酷なことなんじゃないのか?」
『…………』
「間違い続けても問題ないのなら、いっそこのままでも」
『ケンジくん』
と、俺の言葉は優梨の少し強い口調によって遮られる。
『数学の復習をします』
「…………はっ?」
あまりにも唐突な言葉に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。
今、なんて言ったんだ?
『図書館で一緒に勉強した内容なので、すぐにわかりますよ』
「お、おい、いきなり何を!」
『あるところにエックスさんがしました』
俺の反論を無視して優梨は続ける。
『エックスさんは本当の自分を知ることができません』
優梨の話は確かに、一度聞いたことのある内容だった。
『本人が本当の自分に気がついていないからです』
三縁は本当の自分に気がついてない。
『でも、あなたはその答えを知っています。エックスさんに教えることも出来ます』
本当は三縁だって悲しいはずなんだ。
『しかし本当のことを教えてしまうと、今までのエックスさんを否定してしまいます』
だから、俺は三縁と喧嘩した。
『ここで問題です。それでもあなたはエックスさんに本当のエックスさんを教えますか?』
……。
…………ああ。
ああ、そうか。
そういえば、そうだった。
あの時、俺は優梨に教わったはずだ。
なんてことない、答えは考える必要もないくらいに簡単だったんだ。
「……それでも、俺は教える」
俺は答えを述べる。
「それがどんなに残酷なことでも、本当のことを教えなければいけないんだ」
だって。
「だってそれが――三縁の為なんだから」
そうだ。
自分は何を迷っていたのだろうか。
間違ってていいわけがない。
それなら、間違いを直していかないといけないんだ。
しばらくして、聞こえてきたのは優梨の安堵するような返事だった。
『――正解です』
* * *
「よう、やっと見つけたぜ」
夕日が沈みかけている頃。砂浜に座り込んで海辺をボーッと眺めていた少女に、俺は声をかけた。
こんな所まで来ていたのか、こいつ。
「……あはは、見つかっちゃった」
三縁は俺の姿を見て少し目を見開いたが、すぐにいつもの笑顔を向ける。
そう、まるで今朝のことをまるでなかったかのように。
「私でさえここがどこだかわからないのに、よく見つけられたね」
「俺だってわかるか。優梨たちに協力してもらったんだよ」
隣の県の海辺にいるだなんて、誰が想像出来ると思ってんだ。
「そっか……優梨っち達にも迷惑かけちゃったか……」
「ああ、大迷惑だ。だから、帰ったら二人で謝りに行くからな」
俺の言葉に三縁は苦笑しつつ、立ち上がって砂を払う。
「じゃあもう帰ろ。これ以上、心配はかけられないよ」
「そうだな……けど」
『けど』と。
俺は前の言葉を続け――否定する。
目の前の少女の行動を否定するかのように。
「三縁、お前には言わなくちゃいけないことがあるんだ」
「…………」
ピタリ、と三縁の動きが止まる。
「……ケンジくん、それは今言わなくちゃいけないことかな?」
「ああ、今言わなくちゃいけないことだ」
今じゃないと駄目で。
今しか言えないことだ。
三縁の足が少し後退したのが目に映る。
「あーあ。折角忘れかけてたのになあ……」
「三縁、聞いてくれ」
「別に蒸し返さなくてもいいのになあ……」
「やっぱりお前は間違ってる」
「そしたら、明日からまたいつも通りの日常に戻っていたのになあ……!」
「お前は――」
「やめてっ!」
と、突然三縁の表情が豹変し、叩きつけるような大声が聞こえてくる。
三縁が初めて見せた表情だった。
「もう、やめて……! 別にいいでしょ、このままでも! 私が、それでいいって言ってるんだからさ!」
「よくない。お前は自分に嘘をついているんだよ」
俺は一歩、三縁に向かって右足を踏み出す。
「来ないで!」
三縁はポケットからチップを取り出すと、俺の方へ向かって弾く。
バチッと音を立てて、足元で閃光が走った。
「それ以上来たら、本当に魔法で攻撃するから」
「…………」
三縁が手の中にあるチップを見せる。
俺は続いて左足を踏み出す。
「来ないで、って言ったでしょ!」
パキリと砂が凍る。
右足で凍った砂を踏み砕く。
続いて、足元が爆発する。
衝撃で俺は少しよろけそうになりながらも、足を止めない。
一歩一歩、三縁へと近づいていく。近づく度に攻撃は繰り返される。
だが、それでいい。
三縁は今怒っているから、俺を拒んでいるんだ。
怒っているから、俺に攻撃をしているんだ。
自分にとって嫌なことだから、怒っているんだ。
今、三縁は怒っているんだ。
それでいいんだ、三縁。
お前は、それでいいんだ。
どんどん近づいていき、遂に俺は三縁の目の前まで来ていた。
「嫌、嫌なの……! 私が悲しんだり、怒ったりしてみんなが変わっちゃうのなんて嫌なの……!」
気がつくと、三縁は今すぐにでも泣きそうな声で俺に訴えかけていた。
「私が笑っていれば、みんなも悲しまないし怒らない!」
「……そうだな」
「でも私が悲しんだり怒ったりすれば、今まで通りの関係じゃなくなっちゃうかもしれないんだよ!」
「……そうだな」
「それだったら、私は!」
「でも」
俺は三縁の言葉を遮る。
両腕を横に広げ、そのまま目の前にいる少女の背中に手を回し。
ぎゅっと、三縁を強く抱きしめた。
「っ!?」
「でも――それでいいんだって」
「それで、いい……?」
三縁の消え入りそうな言葉に俺は頷く。
「ああ。お前が悲しんだり怒ったりすれば、今まで通りの関係ではなくなってしまうかもしれない」
「…………」
「でも俺は……俺たちは、変わらずにこうして側にいてやるから」
「――!」
どくん、と。
どちらかの心臓が波打つ音が聞こえる。
「お前が泣いたり怒ったりすれば、俺たちが慰めて叱って励まして――助けてやるから」
三縁と触れている場所がどんどんと温度を上がっているのを感じる。
上がっているのは三縁の方か、それとも俺の方か。
「だからもういいんだ。怒りたければ怒って、泣きたければ泣けばいい」
「うっ……」
「お前は自分を受け入れていいんだよ、三縁」
ポタリと。
乾いた砂浜に一滴の雫が落ちた。
それは目から零れ、頬を伝って、地面に落ちた三縁の涙だった。
「う――あああああああああああああああ! ああああああああああ!」
三縁の両親が亡くなってから九年。
この九年間、どれほど悲しんだのだろう。
この九年間、どれほど怒ったのだろう。
この九年間、どれほどストレスを溜めていたのだろう。
この九年間、どれほど涙を溜めていたのだろう。
「うあああああああ! あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その全てを吐き出すかのように――三縁は泣き続け、俺は泣き止むまで三縁を離さなかった。
九年の時を経て、ようやく。
ようやく三縁は――自分を受け入れることが出来たのだ。
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