魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:夏祭りと花火大会5

「も、もう一回! もう一回だけお願いします!」
「ちょっと待った! もう十回目だよ!? もう少し考えようよ!」
「みさと、ここで手を止めたら金魚は逃げていってしまうんだ!」
「さっきの優梨ちゃんと同じこと言ってる!?」

 くそ、あと少しなのに、なのに!
 豊岸はさっきから失敗を続ける俺を見て声にならない笑いをして腹を抱えている。……くそうっ。なんで、上手くいかないんだ。

「あははっ……ああ、おかしすぎてっ……お腹が痛いっ……。もう、仕方ないわねっ……」

 未だ半笑いになっている豊岸は屋台の人から小銭とポイを交換すると、俺の隣に座る。

「いい? こうやるのよ」

 と言いつつ、豊岸はスッと流れる動作で近くにいた金魚を掬って椀の中に入れる。……えっ、何でそんなに簡単に出来るんだこいつ?

「志野くんは少しりきみすぎなのよ。……じゃあ、はい。今みたいにやってみなさい」

 豊岸はまだ破れていない自分のポイを俺に差し出す。

「よ、よしっ……」

 俺はごくりとつばを呑み込み、目の前にあるプールに集中する。
 自然な動作で、ゆっくりと、力みすぎずに……!

「よっ!」

 目の前に泳いでいた、黒い出目金をスッとポイの上に掬う。よし、出来たっ!
 と、思ったのも束の間。金魚を乗せたポイは一瞬にして真ん中から破れてしまった。

「あっ――」

 気がついた時にはもう遅い。目の前で、スローモーションのように破れたポイから黒い出目金が落ちていく光景が流れていく。
 俺はそのまま反応出来ずに――。

「――えいっ!」

 優梨が落下地点へと咄嗟に移動させた椀の中へと入り込んだ。
 俺は一瞬、理解出来ずに呆気にとられていたが、だんだんと頭が現状を理解してくる。

「……や、やった! やりましたよ、ケンジくん!」
「よ、よっしゃあ!」

 俺と優梨は歓喜の余りにその場でパァンと良い音を鳴らしながらハイタッチ。少し卑怯な気がするが、協力プレイってことで許してくれる……よな?

「……最後のはどうかと思うけど、まあ屋台の人がいいって言うのならいいんじゃないかしら」

 笑顔で「別に構わないよ」という風に笑っているおじさんをチラリと見た豊岸は、掬った金魚が入ったビニール袋を受け取って俺に差し出す。
 俺はそれを受け取ると、そのまま優梨に差し出す。

「ほら、優梨」
「い、いえっ! 私はっ!」

 優梨は受け取れないという風に手をブンブンと振る。

「いや、遠慮するなよ。最後の方はお前のおかげで取れたわけだし」
「で、でも」
「それに俺は別に金魚が欲しかったわけじゃない。もし取れたらお前にあげようと思ってたんだよ」
「う、うう……それじゃ……」

 ぶっちゃけ押し付けにしか聞こえないが、それでも優梨はおずおずと手を伸ばしてくれた。

「ケ、ケンジくんからのプレゼント……ケンジくんからのプレゼント……!」
「恥ずかしいから何度も言わなくていいからな?」
「ケンジくんから貰った金魚さん……ケンジくんから貰った子……!」
「誤解する言い方を何度も言わなくていいからな?」
「ケンジくんがプレゼント……ケンジくんはプレゼント……!」
「それだと俺がプレゼントみたいになってるぞ」
「あ、ありがとうございます!」

 優梨は少し嬉しそうに頬を赤らめて俺の方を見ると、おでこと足がくっつきそうなくらいにペコーッと勢いよく頭を下げる。

「き、きちんと大切に育てます!」
「いや、そんな大したことじゃねえよ」
「ま、まずは名前から決めた方がいいでしょうか!?」
「いや、俺が決めることじゃねえよ」
「だって、ケンジくんの子ですよ!?」
「誤解する言い方をやめろ。俺の子は金魚なのか」
「ケンジくんと私の子ですよ!?」
「それはもっと誤解するからな!?」
「ケンジくんと私の共同作業によって出来た子ですよ!?」
「一体何を言ってるんだ、お前は!?」
「い、一旦落ち着こ? ね、優梨ちゃん?」

 と、錯乱する優梨の手をとるみさと。と、優梨はキョトンとした顔で首を捻りながら、みさとの方を見る。

「え? 大丈夫ですよ、みさとちゃん? 私は落ち着いてますよ?」
「そ、そう? それなら良いんだけど……」
「ええ、大丈夫です。……私の大事な娘、みさとちゃん」
「良くない、全然良くない! やっぱり落ち着いてないよ、優梨ちゃん!」
「何を言ってますか! 自分の娘の事を忘れるなんてあるわけないでしょう!」
「忘れるどころか、そんな事実は一切認められてないよ!?」
「もう、誰に似たんだか……ねえ、お父さん?」
「嫌だ! こんなのが父親なんて、私は死んでも嫌だ!」
「みさと、今のはちょっと傷ついたぞ。こんなのって何だ、こんなのって」
「そうですよみさとちゃん。自分の父親に向かってこんなのって」
「「そうじゃねえええええっ!」」

 ……なんだか、だんだんと疲れてきたぞ。俺は暴走を続ける優梨をどんよりと見つめる。
 同じく疲れた顔をしたみさとは、俺の方をチラリと見る。

「と、とりあえずケンジくん、一旦別れようか。このままだと、らちがあかないよ……」
「激しく賛成だ……じゃあ、また後でな……」

 みさとの意見に俺は頷くと、そそくさとその場を去ろうとする。が、いつまで経っても歩こうとしない豊岸を見て俺は振り返る。

「豊岸、一緒に来ないのか?」
「いえ、私は別に一緒に行かなくてもいいでしょう?」
「まあ、そうではあるが……」
「それに、あまり志野くんの近くに居たくないの」
「……お前はそんなに俺の事が嫌いなのか?」
「あら、気がつかなかったの? いつもそういう風な態度を取っていたのに、志野くんは鈍感ね」
「…………」

 もう言い返す体力もないので、俺はそのままトボトボと歩いて行くことにする。
 ……とりあえず、少し休憩しよう。


 * * *


 しばらく一人で歩いていると、赤髪の姉妹のような二人の後ろ姿が目に入る。

「あっ、ケンジお義兄ちゃん!」

 と、片方のサイドテールをしている背が低い方が俺に気がつき、ボブカットの背が高い方もこちらに視線を向けた。
 ……っていうか、どちらとも低いけどなこいつら。

「よう、三縁はどうしたんだ?」
「三縁は今、近くのスーパーに買い物に行ってるわよ」

 俺が軽く片手をあげると、京香は今買ったのであろう鰹節かつおぶしが踊っているアツアツのたこ焼きを手に持っていた。

「っていうか、千恵子はどこなの?」
「豊岸なら優梨とみさとの二人と一緒にいるぜ。なんでも、俺と一緒にいるのが嫌だとかなんとかで」
「ああ、なるほど……千恵子だもんね……」

 何か悟った顔をする京香。でも、豊岸が女子に向かって毒舌を吐いたところを見たことがないんだが、そこら辺は何か聞いているのだろうか。
 と、そんなやり取りをじーっと黙って見ていた叶子は何か思いついたような顔をしたのかと思うと、急に早口で喋り始める。

「あっ、そういえば三縁さんは買い物一人で大丈夫かなっ?」
「え、大丈夫じゃないの? だってもう高こ――」
「あー、ちょっと心配だなあ。誰か様子見しておかないとダメかもなあ」
「ああ、それなら俺が見に行っても――」
「いえ、ここは一番年下であるこの叶子にお任せあれっ!」
「なんだ、そんな急に年の差なんか気にし始めるなんて。そんなのは、別にい――」
「というわけで行ってまいります! お姉ちゃん達は二人で待っててね!」

 と、俺と京香が何か言おうとする前に勝手に自己完結させて駆け出す叶子。

「ちょっ、待ちなさい! また迷子になったらどうするのっ!」
「もうそんな歳じゃないから大丈夫ーっ!」

 叶子は声を張り上げてそう言い、人ごみの中へと消えていった。

「追いかけるか?」
「……いや、別にいいわ。確かに叶子は昔からしっかりしてたから大丈夫でしょ」

 京香は少し温かみのある目で去った後を見つめる。まあ、確かにしっかりしてそうだから大丈夫だろう。
 でもなあ……。

「年下に心配される三縁って……」
「……今、考えると確かにそうよね。急に三縁を心配しだした叶子もちょっとわからないけど」

 三縁はそこまで周りから心配されるのだろうかと少し考えてみたが、されそうだなあという結論に辿たどりついた。

「食べる?」

 と、たこ焼きを差し出す京香。俺は爪楊枝を使って一つ貰うことにする。
 口に入れた瞬間、熱いものが口内に広がる。

「あ、あつっ!」
「馬鹿ねえ……熱いに決まっているじゃない」

 あまりの熱さにハフハフと口を動かす俺を呆れた目で見る京香。

「でも、美味しいでしょ?」
「……まあな」

 少し頷くと、京香はふふっと微笑む。
 その優しい笑顔に少しドキリとして、少し赤くなりかけた顔を誤魔化すように逸らす。
 うん、その、なんだ。浴衣だとたまに別人に見えるから困る。
 しばし無言が続き、気まずくなった俺は話題を変える。

「そういえば、さっき買い物って言ってたけど。三縁は何を買いに行ってるんだ?」
「ああ、夏祭りの後といえばやることは決まってるでしょ?」

 俺の質問に京香は、さっきとは違う勝ち気ないつもの京香らしい表情で、ニッと笑う。

「……なるほどな。大体察しがついたぞ」
「あら、ケンジのくせに勘がいいわね。じゃあ言ってみなさいな」

 と、京香と俺は口を揃えて同時に言う。

「「花火大会!」」

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