魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
夏休みといえば:プール5
この公園プールは流れるプールこと流水プール、競技用プールの他に波が起きる造波プール、スライダープールが二つに、更には幼児用のプールなどもある。
流石に幼児用プールへ行くつもりはないが、波の起きるプールとかを見てみるのもいいかなというふとした思いつきから燦々《さんさん》と輝く太陽の中、今こうして造波プールへと歩いてきたのだ。
だが期待していたのとは大きく違っていて、確かに波は起きてはいるんだが小さな波の大きさ程度でしかない。
想像していたのと異なっていたことのせいか、ガックリと肩が落ちたのが自分でもわかった。
「もっと凄いのを期待していたんだがな……」
「あんたが想像している波の高さを実際に起こしたら、安全面に問題が出るでしょうが。そこのところをもう少し考えなさいよ」
という呆れた声がして後ろを振り返ると、そこには予想通り京香が呆れた目で俺を見て立っていた。
「なんだ、京香も色々見て回っているのか?」
「あんたと一緒にしないで。私は遊んで回っているのよ」
「いや、そんな胸を張って言われても……」
別に誇るべきことではないと思うんだが。と思っていたら、考えていたのがばれたのか、京香は心外そうに
「はあ? プールってのは遊びの場なのよ? ただ黙って見ているだけのあんたと違って、しっかりと遊んでいる私は胸を張ってもいいことじゃない」
と反論してきた。うん、プールは遊びの場だから遊ぶっていうのは普通のことなので別にいいんだが、何故そこで胸を張るのだろうかという疑問が浮かぶ。
「それよりケンジ、今暇よね? ちょっと付き合いなさい」
「いや、俺はまだ暇だなんて言ってないんだが……」
「一人でプラプラしている奴が暇じゃないわけないでしょ」
「…………」
まあ、それもそうか。どうせ何を言ったって京香が耳を貸さないことは知っているので、俺はやれやれと小さなため息をつくと大人しく京香についていくことにした。
ずんずんと歩いていく京香の後をついていく俺。そうして歩いていくうちにだんだん近づいてきたモノはというと。
「……スライダープール?」
「そう。楽しそうでしょ?」
ウォータースライダープール。文字通りの水で作られた滑り台のプールである。階段から上へと上がっていき、そこからその滑り台を使って急降下して遊ぶアトラクションである。
そしてこの公園プールには二種類のスライダープールがある。一人用のグネグネとしたコースで作られているのと、四人用の下まで一直線で行くコース。
「まあ、楽しそうっていえば確かにう楽しそうだが……」
「はいはい、つべこべ言わず行くわよ!」
と、俺がそれ以上言葉を続ける前に京香が遮り俺の手を掴むと、階段を上り始める。強引な奴だな、知ってるけど。
「で、どっちのを滑るんだ?」
「断然一直線ね! スピード感があっていいじゃない!」
「ああ、お前らしいな……」
京香はルンルンとスキップするように階段を上がっていく。どうやらご機嫌のようだ。
普段からそうやって嬉しそうな顔していればいいのに。
「……なんか失礼なことを考えてない?」
「んっ……いや、そんなことはないぞ。別にお前はいつも恐い顔しているから、なんとかならないかなあとか、そんなこと全然考えてないぞ」
「考えてんじゃない! 何よ、恐い顔って!」
京香が毅然とした態度で俺にずいっと顔を寄せる。……その顔だよ、その顔。
しかしそんなことを言ってしまったら最後、俺の頭が黒焦げになる未来は見えていたので俺は曖昧に微笑んで誤魔化すことにする。
「まったく、誰が恐い顔っていつしてるのよ……」
「例えば……魔法学の実習授業の時」
「そ、そりゃあ、実習の時はちょっと本気になっちゃったりするけど」
「そのちょっとの比率がおかしいだろ。男子複数を一人で一発KOさせるのはちょっとどころじゃないだろ」
傍から見ていたが、あれはぞっとしたぞ。
というか、みんなA組の男子だから普通より魔力が高いはずなんだけどな。
そして、俺の時は結構手を抜いてくれていることもわかったし。
「あと、自習している最中に騒がしい声や音を睨むのも、な。みんな恐がっていると思うぞ」
「うっ……」
言葉を詰まらせる京香。思い当たる節があるのだろう。
まあ俺も読書している時に周りがうるさかったらイラッとするから、気持ちはわかるんだが。ただ、なにも睨むことはないだろ。
「他にも色々と――」
「…………」
と俺が口を動かしているといつの間にか京香は急に黙り込んでしまい、顔を下に向けて俺を握っている手をすっと離す。
「京香?」
「…………嫌?」
「え?」
「そんなに……そんなに私のこと、嫌?」
京香は蚊の鳴くような声で、つぶやく。
俺は軽い気持ちで口走ってしまったが、当の本人にはこう聞こえたのだろう。「お前は恐いから嫌だ」と。
別にそういう意味で言ったわけじゃないのだが、どうやら何か誤解させてしまったようだ。
表情こそ俯いているのでよく見えないが、それだけでどんな顔をしているのかわかった。
それが人には見せられない表情だということも――すぐにわかった。
「ケ、ケンジが私のことが嫌っていうのなら……もう無理しなくて私に付き合わなくても――」
話していくにつれ、どんどんと消え入っていく京香の言葉を遮るように、今度は俺が京香の手を握る。すると京香は顔を上げて、俺の方を向く。
「別にそういうつもりで言ったわけじゃない……すまない」
「…………」
「ただ、俺が言いたかったのは、その……」
「……?」
と、俺はやや口ごもる。そんな態度に京香は不思議そうに首を捻る。
……こういうのはあまり言いたくないんだがな、恥ずかしいから。
「その……お前は嬉しそうな顔とかの方が似合うんだから、もう少しその表情を見せてほしいというか……なんというか……」
「……えっ?」
と、俺の言葉にポカンとする京香。目を丸くしているところから驚いているんだろう。
今度は俺が顔を伏せ、京香から目を逸らす。多分、今の俺は人には見せられない表情をしているのだろうから。
「…………」
「…………ふん、ケンジのくせに生意気ね」
と、少し微妙な間が空いてから京香の口が動く。
「何よ、ならそんな遠まわしに言わず直接言いなさいよ」
「言えるかよ、こんな恥ずかしいこと」
「私なら言えるわ」
そりゃお前ならな、とさらりと受け流した京香に目線を向ける。
京香の表情はさっきと同じく満面の笑みを溢していた。
「でも、まあ……ありがとね」
「……おう」
お礼をされたのが少し照れくさくて、俺はまた目線を京香から逸らす。
「さあ、こんなところでモタモタしてないで、ウォータースライダーを滑るわよ!」
「はいはい」
京香は元気よく歩き出し、俺もそれに続く。
ただ、そのいつも通りの変わらない空気が妙に心地よかった。
* * *
「あれ、京香っちにケンジくん?」
ということで、ウォータースライダーの順番待ちをしていると、後ろからそんな声が聞こえて振り返ってみると三縁と優梨が上ってきていた。
「よう。お前らもウォータースライダー目的か?」
「うん、そうだよ! 千恵子っちも誘ったんだけど、断られちゃって」
「そうか……」
まあ豊岸だしな。断るのは目に見えている。
「でも、これで四人揃ったわけだし、結果オーライってことで……一緒に滑ろう!」
「まあ、別にいいが……」
どうも嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
そう考えて頭をブンブンと振る。いや、さっきまでこの三人に遊ばれてたせいで(俺は遊んでなどいない、決してだ)、そんなことを思い浮かんだだけだ。魔法の使用は禁止されてるし、何もされないだろう。
「あれ、ところで桜先生とみさとはどうしたんだ?」
「ああ、二人とも休憩していますよ。なんか気持ち悪いって……酔ったのでしょうか?」
「…………」
こいつら、どんだけあの二人を振り回したんだ……。
「で、暇になった私と優梨っちはウォータースライダーを滑ろうってきたわけだよ」
「お前らは元気だな……」
今日でどんだけ遊んでるんだ。と、俺が呆れた目で見ていると、三縁がチッチッチと指を振る。
「いやいや、こんなの普通だよ普通。ねえ、優梨っち?」
「はい、まだまだ遊べますよ!」
底なしの体力かよ。
「じゃあ競い合いしない? 誰が速く滑れるか」
「あ、それ面白そう!」
「私もやります!」
と、京香の提案に三縁と優梨が賛同する。うん、そうやって友達と遊んだ方がより楽しいだろうから、普通なら俺も賛成だ。
そう、普通なら……な。
「あれ、ケンジくんはノリ気じゃないね?」
「いや、うーん……」
疑問に思う三縁に俺は曖昧に返す。
「ああ、わかった! ケンジくん、ビビってんでしょ!」
「確かに、三縁が考えているのとは違う意味でビビってはいるな……」
何をしでかすのか、とかの意味で。
「まあ、そんなに速くないから大丈夫だって」
「いや、速いのが怖いとかじゃないから」
「うん、ジェットコースターくらいの速度だよっ!」
「ねえよ。そんな危険なウォータースライダーあってたまるか」
「えー、ないのー? やってみたかったんだけどなあ……」
ちぇっと残念そうにする三縁。
まあ、別に心配することはないか。大丈夫、何も怖くない、怖くない。
* * *
「では次の人たち座ってください! 笛が鳴ったら滑ってくださいね!」
と、ようやく俺たちの番となって係員のお兄さんの優しい指示通りに俺はスライダーに座り、手すりをしっかりと掴む。
下を見てみると、今さっき滑ったばかりの人たちがえっちらおっちらとプールから上がっているところだった。
しかし、結構高いな……。ジェットコースター並じゃなくても、結構速度は出るかもしれない。
まあ誰が速いか、勝負するらしいし。一番遅かったとかだったら悔しいから……うん、ビリにはならないようにしよう。
と、笛が鳴るまでそんなことを考えているとお兄さんが首から下げていた笛をピッと鳴らす。俺は手すりから手を離し、いざ滑り出そうとした。
その時、隣に座っていた三縁が何か放ったのが視界に捉えた。
ここで三縁について、誤算が三つ。
一つ目は三縁は面白いことが大好きなこと。周りを巻き込んでまで全力で振り回す。
二つ目は三縁はよくイタズラすること。俺も今まで数えきれないくらいされている。
そして、三つ目は。
何を放ったのだろうと疑問に思った次の瞬間、後ろから突然勢いよく水が流れ出し――ものすごい勢いで俺の身体を押し出した。
「「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
――三縁はルールなんて守らないこと。禁止されてようが、面白いためなら魔法だってなんだって使うのだ。
風の圧が痛い。速すぎて目がまともに開けない。なんか少し浮いてる感覚がする!
怖い怖い怖い! 速すぎて、怖い!
ジェットコースター並の速度を想像させるような速度で俺は下にあるプールへと突っ込んでいく。
ズババババババッ! と、数メートルに及び水面上を滑った俺の身体はやがて速度を落として、ずぶずぶと水の中に沈む。
俺は勢いよく浮き上がる。し、死ぬかと思った……。
「な、何すんのよ三縁!」
ザバアッと音を立てて若干涙目になった京香が三縁に怒鳴る。
「いやあ、スリルが欲しくて。楽しかったでしょ?」
「楽しくない! 速すぎよ!」
「あれ、怖かった?」
「こ、怖くないわよっ!」
と、三縁の質問に京香は若干目を逸らして答える。……怖かったんだな。
「えー、楽しかったよね優梨っち!」
「とっても楽しかったです!」
と、反対側の優梨はちっとも怖がった様子もなく満喫したという表情。そうか、絶叫系は苦手じゃないのか……。
「いや、危ないだろ三縁。しかも魔法を使うなって書いてあっただろうが」
と、注意する俺に三縁はキョトンとする。
「え? バレなきゃいいんじゃない?」
「…………」
三縁にそう言われ、俺がとる行動はたった一つ。
俺は三縁の手をがっしりと掴み、ニッコリと笑って一言。
「一緒に係員さんへ謝りに行こうな?」
「えー」
えー、じゃねえよ。
流石に幼児用プールへ行くつもりはないが、波の起きるプールとかを見てみるのもいいかなというふとした思いつきから燦々《さんさん》と輝く太陽の中、今こうして造波プールへと歩いてきたのだ。
だが期待していたのとは大きく違っていて、確かに波は起きてはいるんだが小さな波の大きさ程度でしかない。
想像していたのと異なっていたことのせいか、ガックリと肩が落ちたのが自分でもわかった。
「もっと凄いのを期待していたんだがな……」
「あんたが想像している波の高さを実際に起こしたら、安全面に問題が出るでしょうが。そこのところをもう少し考えなさいよ」
という呆れた声がして後ろを振り返ると、そこには予想通り京香が呆れた目で俺を見て立っていた。
「なんだ、京香も色々見て回っているのか?」
「あんたと一緒にしないで。私は遊んで回っているのよ」
「いや、そんな胸を張って言われても……」
別に誇るべきことではないと思うんだが。と思っていたら、考えていたのがばれたのか、京香は心外そうに
「はあ? プールってのは遊びの場なのよ? ただ黙って見ているだけのあんたと違って、しっかりと遊んでいる私は胸を張ってもいいことじゃない」
と反論してきた。うん、プールは遊びの場だから遊ぶっていうのは普通のことなので別にいいんだが、何故そこで胸を張るのだろうかという疑問が浮かぶ。
「それよりケンジ、今暇よね? ちょっと付き合いなさい」
「いや、俺はまだ暇だなんて言ってないんだが……」
「一人でプラプラしている奴が暇じゃないわけないでしょ」
「…………」
まあ、それもそうか。どうせ何を言ったって京香が耳を貸さないことは知っているので、俺はやれやれと小さなため息をつくと大人しく京香についていくことにした。
ずんずんと歩いていく京香の後をついていく俺。そうして歩いていくうちにだんだん近づいてきたモノはというと。
「……スライダープール?」
「そう。楽しそうでしょ?」
ウォータースライダープール。文字通りの水で作られた滑り台のプールである。階段から上へと上がっていき、そこからその滑り台を使って急降下して遊ぶアトラクションである。
そしてこの公園プールには二種類のスライダープールがある。一人用のグネグネとしたコースで作られているのと、四人用の下まで一直線で行くコース。
「まあ、楽しそうっていえば確かにう楽しそうだが……」
「はいはい、つべこべ言わず行くわよ!」
と、俺がそれ以上言葉を続ける前に京香が遮り俺の手を掴むと、階段を上り始める。強引な奴だな、知ってるけど。
「で、どっちのを滑るんだ?」
「断然一直線ね! スピード感があっていいじゃない!」
「ああ、お前らしいな……」
京香はルンルンとスキップするように階段を上がっていく。どうやらご機嫌のようだ。
普段からそうやって嬉しそうな顔していればいいのに。
「……なんか失礼なことを考えてない?」
「んっ……いや、そんなことはないぞ。別にお前はいつも恐い顔しているから、なんとかならないかなあとか、そんなこと全然考えてないぞ」
「考えてんじゃない! 何よ、恐い顔って!」
京香が毅然とした態度で俺にずいっと顔を寄せる。……その顔だよ、その顔。
しかしそんなことを言ってしまったら最後、俺の頭が黒焦げになる未来は見えていたので俺は曖昧に微笑んで誤魔化すことにする。
「まったく、誰が恐い顔っていつしてるのよ……」
「例えば……魔法学の実習授業の時」
「そ、そりゃあ、実習の時はちょっと本気になっちゃったりするけど」
「そのちょっとの比率がおかしいだろ。男子複数を一人で一発KOさせるのはちょっとどころじゃないだろ」
傍から見ていたが、あれはぞっとしたぞ。
というか、みんなA組の男子だから普通より魔力が高いはずなんだけどな。
そして、俺の時は結構手を抜いてくれていることもわかったし。
「あと、自習している最中に騒がしい声や音を睨むのも、な。みんな恐がっていると思うぞ」
「うっ……」
言葉を詰まらせる京香。思い当たる節があるのだろう。
まあ俺も読書している時に周りがうるさかったらイラッとするから、気持ちはわかるんだが。ただ、なにも睨むことはないだろ。
「他にも色々と――」
「…………」
と俺が口を動かしているといつの間にか京香は急に黙り込んでしまい、顔を下に向けて俺を握っている手をすっと離す。
「京香?」
「…………嫌?」
「え?」
「そんなに……そんなに私のこと、嫌?」
京香は蚊の鳴くような声で、つぶやく。
俺は軽い気持ちで口走ってしまったが、当の本人にはこう聞こえたのだろう。「お前は恐いから嫌だ」と。
別にそういう意味で言ったわけじゃないのだが、どうやら何か誤解させてしまったようだ。
表情こそ俯いているのでよく見えないが、それだけでどんな顔をしているのかわかった。
それが人には見せられない表情だということも――すぐにわかった。
「ケ、ケンジが私のことが嫌っていうのなら……もう無理しなくて私に付き合わなくても――」
話していくにつれ、どんどんと消え入っていく京香の言葉を遮るように、今度は俺が京香の手を握る。すると京香は顔を上げて、俺の方を向く。
「別にそういうつもりで言ったわけじゃない……すまない」
「…………」
「ただ、俺が言いたかったのは、その……」
「……?」
と、俺はやや口ごもる。そんな態度に京香は不思議そうに首を捻る。
……こういうのはあまり言いたくないんだがな、恥ずかしいから。
「その……お前は嬉しそうな顔とかの方が似合うんだから、もう少しその表情を見せてほしいというか……なんというか……」
「……えっ?」
と、俺の言葉にポカンとする京香。目を丸くしているところから驚いているんだろう。
今度は俺が顔を伏せ、京香から目を逸らす。多分、今の俺は人には見せられない表情をしているのだろうから。
「…………」
「…………ふん、ケンジのくせに生意気ね」
と、少し微妙な間が空いてから京香の口が動く。
「何よ、ならそんな遠まわしに言わず直接言いなさいよ」
「言えるかよ、こんな恥ずかしいこと」
「私なら言えるわ」
そりゃお前ならな、とさらりと受け流した京香に目線を向ける。
京香の表情はさっきと同じく満面の笑みを溢していた。
「でも、まあ……ありがとね」
「……おう」
お礼をされたのが少し照れくさくて、俺はまた目線を京香から逸らす。
「さあ、こんなところでモタモタしてないで、ウォータースライダーを滑るわよ!」
「はいはい」
京香は元気よく歩き出し、俺もそれに続く。
ただ、そのいつも通りの変わらない空気が妙に心地よかった。
* * *
「あれ、京香っちにケンジくん?」
ということで、ウォータースライダーの順番待ちをしていると、後ろからそんな声が聞こえて振り返ってみると三縁と優梨が上ってきていた。
「よう。お前らもウォータースライダー目的か?」
「うん、そうだよ! 千恵子っちも誘ったんだけど、断られちゃって」
「そうか……」
まあ豊岸だしな。断るのは目に見えている。
「でも、これで四人揃ったわけだし、結果オーライってことで……一緒に滑ろう!」
「まあ、別にいいが……」
どうも嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
そう考えて頭をブンブンと振る。いや、さっきまでこの三人に遊ばれてたせいで(俺は遊んでなどいない、決してだ)、そんなことを思い浮かんだだけだ。魔法の使用は禁止されてるし、何もされないだろう。
「あれ、ところで桜先生とみさとはどうしたんだ?」
「ああ、二人とも休憩していますよ。なんか気持ち悪いって……酔ったのでしょうか?」
「…………」
こいつら、どんだけあの二人を振り回したんだ……。
「で、暇になった私と優梨っちはウォータースライダーを滑ろうってきたわけだよ」
「お前らは元気だな……」
今日でどんだけ遊んでるんだ。と、俺が呆れた目で見ていると、三縁がチッチッチと指を振る。
「いやいや、こんなの普通だよ普通。ねえ、優梨っち?」
「はい、まだまだ遊べますよ!」
底なしの体力かよ。
「じゃあ競い合いしない? 誰が速く滑れるか」
「あ、それ面白そう!」
「私もやります!」
と、京香の提案に三縁と優梨が賛同する。うん、そうやって友達と遊んだ方がより楽しいだろうから、普通なら俺も賛成だ。
そう、普通なら……な。
「あれ、ケンジくんはノリ気じゃないね?」
「いや、うーん……」
疑問に思う三縁に俺は曖昧に返す。
「ああ、わかった! ケンジくん、ビビってんでしょ!」
「確かに、三縁が考えているのとは違う意味でビビってはいるな……」
何をしでかすのか、とかの意味で。
「まあ、そんなに速くないから大丈夫だって」
「いや、速いのが怖いとかじゃないから」
「うん、ジェットコースターくらいの速度だよっ!」
「ねえよ。そんな危険なウォータースライダーあってたまるか」
「えー、ないのー? やってみたかったんだけどなあ……」
ちぇっと残念そうにする三縁。
まあ、別に心配することはないか。大丈夫、何も怖くない、怖くない。
* * *
「では次の人たち座ってください! 笛が鳴ったら滑ってくださいね!」
と、ようやく俺たちの番となって係員のお兄さんの優しい指示通りに俺はスライダーに座り、手すりをしっかりと掴む。
下を見てみると、今さっき滑ったばかりの人たちがえっちらおっちらとプールから上がっているところだった。
しかし、結構高いな……。ジェットコースター並じゃなくても、結構速度は出るかもしれない。
まあ誰が速いか、勝負するらしいし。一番遅かったとかだったら悔しいから……うん、ビリにはならないようにしよう。
と、笛が鳴るまでそんなことを考えているとお兄さんが首から下げていた笛をピッと鳴らす。俺は手すりから手を離し、いざ滑り出そうとした。
その時、隣に座っていた三縁が何か放ったのが視界に捉えた。
ここで三縁について、誤算が三つ。
一つ目は三縁は面白いことが大好きなこと。周りを巻き込んでまで全力で振り回す。
二つ目は三縁はよくイタズラすること。俺も今まで数えきれないくらいされている。
そして、三つ目は。
何を放ったのだろうと疑問に思った次の瞬間、後ろから突然勢いよく水が流れ出し――ものすごい勢いで俺の身体を押し出した。
「「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
――三縁はルールなんて守らないこと。禁止されてようが、面白いためなら魔法だってなんだって使うのだ。
風の圧が痛い。速すぎて目がまともに開けない。なんか少し浮いてる感覚がする!
怖い怖い怖い! 速すぎて、怖い!
ジェットコースター並の速度を想像させるような速度で俺は下にあるプールへと突っ込んでいく。
ズババババババッ! と、数メートルに及び水面上を滑った俺の身体はやがて速度を落として、ずぶずぶと水の中に沈む。
俺は勢いよく浮き上がる。し、死ぬかと思った……。
「な、何すんのよ三縁!」
ザバアッと音を立てて若干涙目になった京香が三縁に怒鳴る。
「いやあ、スリルが欲しくて。楽しかったでしょ?」
「楽しくない! 速すぎよ!」
「あれ、怖かった?」
「こ、怖くないわよっ!」
と、三縁の質問に京香は若干目を逸らして答える。……怖かったんだな。
「えー、楽しかったよね優梨っち!」
「とっても楽しかったです!」
と、反対側の優梨はちっとも怖がった様子もなく満喫したという表情。そうか、絶叫系は苦手じゃないのか……。
「いや、危ないだろ三縁。しかも魔法を使うなって書いてあっただろうが」
と、注意する俺に三縁はキョトンとする。
「え? バレなきゃいいんじゃない?」
「…………」
三縁にそう言われ、俺がとる行動はたった一つ。
俺は三縁の手をがっしりと掴み、ニッコリと笑って一言。
「一緒に係員さんへ謝りに行こうな?」
「えー」
えー、じゃねえよ。
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