魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:プール4

「あー……疲れた……」

 叶子に食べ物を買ってあげ(結局、チュロスにしていた)、戻ってきた俺はフラフラとベンチウェアに倒れこむ。なんで買い物一つでこんなに疲れなくちゃいけないんだ……。

「あー……疲れた……」

 と。
 同じような台詞を吐いて、誰かが隣に倒れこむ。
 チラリと横目で見てみると、みさとが疲れたような顔をして倒れこんでいた。

「…………あ」

 みさとも視線をこちらに向け、俺と同じような体勢になっていることに気が付くと、慌てて姿勢を正す。

「……お前、どこに行ってたんだ?」
「競技用の25メートル用プール」

 ……水泳の練習にでもしに来たのか、こいつは。

「最初は一人でやってたんだけど、途中で三縁ちゃんが入ってきて……それで……」
「あー……」

 それだけで大体想像がつく。なるほど、大変だったんだろうな……。

「……君は?」
「京香たちにさんざん振り回された挙句、叶子と一緒に買い物して……それで……」
「あー……」

 大体想像が出来たのか、みさとが納得した顔をする。
 ……まあ、ぶっちゃけ京香たちとは本気で遊んでたし、叶子に至っては俺がツッコミを入れなきゃいい話なだけで自業自得なのだが……これは別に言わなくてもいいことだろう。
 みさとは「んっ」と大きく伸びをする。

「でも楽しくないことはないけど。こうして誘ってくれたのも嬉しいし」
「まあその台詞は優梨たちに言うといいと思うぞ。あいつらが誘ったんだし」
「……そうだね」

 クスリと笑うみさと。
 いい機会なので、俺はずっとみさとに訊きたかったことを質問してみることにする。

「なあ、みさと」
「ん? 何?」
「お前さ、前に言ってただろ? 俺と昔知り合いだった奴が似てるって……」
「……若干だよ」
「まあそうでもいいや。で、俺に超似てるっていう知り合いのことなんだが……」
「私の話聞いてた!? 若干って言ったじゃん!」
「いや、それ多分俺じゃん。絶対俺じゃん」

 髪色と性格以外は何の変わりようもなさそうなんだが。人間観察が趣味なんて、暗い性格してないし。

「君みたいにそんな陰気くさくないよ!」
「誰が陰気くさいだこの野郎! お前だって危なっかしい雰囲気出しまくってるじゃねえか!」
「何をぅ!?」

 と、みさとは近くにあった自分の荷物から素早く魔法道具の模擬刀を取り出す。なんでこんな所にまで持ってきてるんだ、こいつは!

「ちょっ、ストップ、ストップ! 入口の掲示板にも書いてあっただろ!? 『プール内での魔法の使用を禁止します』って!」
「……ふんっ」

 慌てて俺が手をぶんぶんと振ると、みさとは不機嫌そうに鼻を鳴らして刀をしまう。なんとか助かった、らしい……。

「で、その子がどうしたの?」
「あ、あぁ、極力でいいんだけどさ……そいつが何か言ってたとか、他に思い出せることはないか?」
「思い出せること……」

 と俺の言葉にみさとが額に手を当てて、考え込む。
 もし。もしも。そいつが本当に俺だとしたら。
 他に何か教えてくれたら――何か思い出せるかもしれない。
 そんな僅かな期待を込めての質問だった。

「うーん……」

 みさとはしばらく考え、やがて「あっ」と小さく声を上げる。

「そういえば、確かこんなこと言ってたっけ。『どこもかしこも同じ景色ばかりでつまらない』って」
「……え?」

 なんだそれは。全く意味がわからない。
 同じ景色……同じ景色? 駄目だ、何も頭に引っかからない。

「ほ、他には――」
「みさとちゃーん!」

 俺が他にも思い出せることを訊こうとしたが、みさとを呼ぶ声に遮られる。
 見ると、優梨が走ってきていた。

「一緒に遊びましょう、みさとちゃん!」
「ああ、ごめんね優梨ちゃん。私、疲れてて今はちょっと……」
「そうですか……では一緒に遊びましょう、みさとちゃん!」
「優梨ちゃんも私の話を聞いてた!? なんでその結論に達するの!?」
「大丈夫です、京香ちゃんや三縁ちゃんも一緒です!」
「それは更に不安なことだよ!? ちょっ、まっ、引っ張らな――」
「では行きましょうか!」
「や、やめ……ケ、ケンジくん! 助け――!」

 とみさとがボンヤリと眺めている俺に助けを求めるが、そのSOSエスオーエスむなしく、ズブズブと水の中に沈んでいく。
 そして、ビーチボールで待ち構えていた京香と三縁にボールをぶつけられまくり、

「こんのお! 待てええええええええええええええええ!」

 さっき見たような光景が目に入って、四人の姿が消えていく。
 っていうか、さっきの俺と全く同じ行動じゃねえか。そういうことが似てると言われるのだろうか。

「…………ん?」

 俺は特にすることも助けることもないのでしばらく流れるプールに流されていく人たちを眺めていると、とある女性に目が行く。
 焦げ茶色の若干ウェーブがかかったロングヘアを後ろに束ねていて、紫のビキニ姿。
 それにどこか優しそうな雰囲気が出ている。どこかで見たような気が……。
 と、女性も俺に気が付くとぶんぶんと手を振ってプールから上がってくる。立ち上がった身長から、どうやら大人の女性らしい。
 大人の女性……? 俺の知り合いに大人の女性なんていたっけ……?
 頭を悩ませている俺に、その女性は歩いてきて笑顔で話しかけてくる。

「奇遇だね志野くん!」
「……どちら様で?」
「担任なのに忘れられてる!? ほら、私だよ! 桜仁美!」
「あぁ……」

 と言われてようやく思い出す。そうだ、A組担任の桜先生だ。

「奇遇ですね先生。俺もああ、桜先生だと気が付いて見てたんですよ」
「今さっきどちら様って言ってたよね、志野くん……」

 桜先生の疑わしそうな目に、俺はそっと視線を逸らす。

「桜先生はきっとインパクトが足りないんですよ。多分クラスの半数も桜先生のことを覚えてませんよ?」
「そ、そんなに!?」

 俺が冗談めかして言うと、桜先生が素で驚いた顔をする。面白いなこの人。

「そうですよ。だからイメージチェンジが必要です」
「イ、イメージチェンジ?」
「そうです。例えば理事長とか」
「……あー、理事長……」

 と、最もインパクトのある教師(?)をあげてみると、桜先生は顔を引きらせ微妙な反応をする。……何か理事長に思うことがあるのだろうか?

「あの人は色々な意味で無理だし……ほら、体格とか」
「ああ、なるほど……」

 確かにあの子供っぽい身長にはなれないよな。それは仕方ない。

「じゃあ学園長」
「あの如何いかにもおっさんな人を真似てもなあ……」

 と、こちらも微妙な反応。どうやらあのおっさんも駄目らしい、まあ当然か。
 ……っていうか。

「先生、あの人たちと何か知り合いみたいですね……いや、仕事上の関係じゃないというか、もっと密接な関係のような」
「え゛っ!? そ、そんなことないよっ?」

 俺の言葉に桜先生はギクリとして、スススと少しだけ離れる。
 額に流れる冷や汗……いや、さっきまでプールに入っていたからただの水かもしれないがその態度からして明らかだった。嘘つくの下手すぎるだろこの人。

「いやいや、別にそこら辺はどうでもいいですので何も聞きませんが」
「そ、そっか」

 別に聞いても、どうせどうでもいいような情報だしな……。そんなことを考え、ふとある疑問が脳裏のうりを過ぎる。

「そういえば先生。あの人たちってどうして教師になろうとしたんですか?」
「えっ、あの人たちって……学園長と理事長?」
「そうそう、あの人たち。どう見ても教師っぽくないでしょ」

 何も知らない人たちのあの二人の第一印象は怪しい人物だろう。それくらい、教師に見えない。
 桜先生も思う事があるらしく、ああと納得したような顔をする。

「まあ……そこら辺はよく知らないや。それより、私が教師になろうとしたのは――」
「あ、そこはどうでもいいです」
「反応冷たくない!?」

 俺が手で制すと、先生はショックを受けたような反応をする。いや、どうでもいいし。疑問にも思わない。

「ねえ志野くうん……。聞いてよお……」
「うっ……」

 すがるように涙目で俺に訴えてくる桜先生。そういう反応には困る、色々と。

「し、仕方ないですね……」
「ほ、本当!? やったぁ!」
「五秒だけですよ?」
「制限時間付き!? しかも短い!」

 本当、いじると楽しいなこの人。

「いや、それは冗談として。まあ聞いてやらなくてもないです」
「そ、そうっ? 本当?」
「ええ、本当です本当」
「え、えっとね、私が教師になろうとしたきっかけは――」
「あれー? 桜先生?」

 と、今まさに語ろうとしたところで、いつの間に帰ってきたのか、三縁がこちらへと歩いてきていた。

「あっ、秋原さん。奇遇だねっ」
「おお、やっぱり桜先生だ! 奇遇ですね!」
「秋原さんは志野くんと一緒にプール?」
「そうですよーっ! ……あ、そうだ。先生、一緒に遊びませんか?」
「えっ?」
「いやあ、京香っちが途中で抜けちゃって。人数合わせを探してたんですよ!」
「は、はあ……」
「じゃ、じゃあ行きましょう先生! 戦場は時間を待たせてくれませんよっ!」
「や、やめ……し、志野くん! 助け――!」

 と桜先生がボンヤリと眺めている俺に助けを求めるが、そのSOSエスオーエスむなしく、ズブズブと水の中に沈んでいく。なんかこの光景、さっきも見たな……。

「じゃあ、俺はこれで」

 俺は特にこれ以上することも助けることもないので、腰をあげ少し回ることにする。ちょっとした気分転換だ。
 後ろで悲鳴が聞こえた気がしたが……まあ気にしないことにした。

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