魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

開会の辞「ゴールデンウィーク 最終日」

 ゴールデンウィーク最終日。正午を過ぎた頃。
 俺は京香と近くにあるスーパーに買い出しに出かけていた。
 何を作るのかって? ……実のところ、俺にもよくわからないのだ。

 俺の部屋に来るなり、京香は開口一番で「買い物に行くわよ!」とか言って、無理矢理俺をここまで引っ張ってきたのである。
 なので、どこで何をするのか、全く知らされていない状況で俺はここにいるのだ。

 ちなみに何をするのか、と問うと

「そんな細かいこと気にしない事よ!」

 と、返されるので直接本人に聞くのは諦めている。

 うーん。何をするつもりなんだろうか……?
 俺は買い物かごに入っている食材を見る。
 牛肉、しいたけや豆腐に白菜、春菊、白滝……。
 ふむ。

「うどんも買おうぜ。締めには必要だろ」
「おっ、ケンジのくせにいいこと言うわね――って、何でわかってるの!?」
「いや、鍋だろこれ。どう見ても」

 もっと詳しく言うのであればすき焼きだ。
 いやいや、これくらいわかるぜ、普通?

「日本人なんだから当たり前だろうが」
「ま、まあそうよね……ええ、そうよ、すき焼きよすき焼き」

 一度友達でこういう事をしたかったのよねえ、と目を輝かせながら言う京香。その気持ちはわからなくもない。
 俺も、こういう事やってみたかったしな。
 …………んん?

「ちょっと待て、京香。すき焼きはいいとして、どこでやるんだ?」

 京香の言い方だといつものあのメンバーで食べよう、ということだろう。
 その証拠に食材も五、六人前はあるくらいの量である。
 で、ここで問題はいくつかある。

「まず土鍋はどこから借りてくるんだ? それにガスコンロは? 大体、そういうのを自由に出来るスペースなんてあったか?」
「は? ガスコンロ? ……もう昔になくなった、アレ?」
「間違えた、土鍋に永続魔法があるからいらないんだったな……」
「何を間違えたのか、よくわからないけど……うーんとね。その辺はオールクリアよ。何も心配いらないわ」

 だから黙って着いてきなさい、と京香。
 まだ何か隠しているなと思いつつ、まあいいかと受け流すことにする。
 どうせ、そこまで大したことじゃないだろう。

 買いたい食材は揃ったようで、買い物かごを自動式魔法レジスタでスキャンさせる。
 魔法レジスタは買い物かごにいれたものを全て一瞬で読み取れる自動装置。その為、お店の人は大抵品出しとかをしているのだ。
 京香はレジで表示された金額分のお金を出す。

「それって全て自腹か?」
「え? うん、そうだけど?」
「……なんか悪いし、俺も払うぞ?」
「いいのいいの。私がやりたいって言った事だから」
「そうか……」

 変なところで優しいなこいつ。

「さあ荷物を全部持ちなさいケンジ! 寮まで運ぶわよ!」

 ……本当、変なところしか優しくないなこいつ。


 * * *


「あ、二人共お帰りなさい!」

 俺と京香が寮に戻ってくると、優梨がひょこっと顔を出してきた。

「おう、ただいま」
「随分と買いましたね。あっ、お荷物半分持ちます」
「ありがとな」

 買った物を半分に袋に入れて持っていた俺が見るやすぐさま片方持ってくれる優梨。うん、どこぞの誰かさんとは違うな。
 そして、優梨はそのまま俺の部屋へと荷物を運んでいく。……ん? 俺の部屋?
 何で俺の部屋に荷物を持っていくんだと思いつつ、中に入ってみると――

「なっ……!?」
「千恵子ちゃん、ただいまです!」
「おかえりなさい優梨さん。あら、志野夫婦も帰ってきた模様ね」
「「誰が夫婦だ!」」

 同じく入ってきた京香と一緒に、床に座って本を呼んでいた豊岸に突っ込む。

「それより、なんだこれ……」

 俺の部屋は偉く、とは言えないが変わっていた。
 家具類は全て端っこに寄せられていて、真ん中にはテーブルが置いてある。

「土鍋持ってきたよー! あ、ケンジくん!」

 と、元気よく入ってきたのは三縁であり、その手にはかなりの大きさである鍋を手に持っている。

「すごいでしょー? これ、十号サイズなんだって」

 ニコニコと土鍋の大きさをどのくらいか表現しようと頭にすっぽりと被る三縁。危なっかしいからやめなさい。

 と、途端にガラリと窓が開く。
 そこをよっこらせという風に跨ぐのは……

「シュウ!?」
「おお、ケンジ! 女子寮の正面突破は難しかったので、失礼ながらここからお邪魔させてもらったよ」
「よし、寮長に報告しよう」
「と、友よ! それはあまりにも酷い仕打ちではないか!?」

 という冗談はさておき。

「さて。これで始められるわね!」

 京香が仁王立ちして周りを見回し、うんうんと頷く。

 なるほど、何で俺を買い出しに連れて行ったのか、ひたすらにやることを隠していたのか、ようやくわかった。
 俺の部屋で鍋をやろうと企画したのか、こいつら。
 で、俺は絶対に拒否するとみて、何も言わずに買い出しにと外へ連れ出した。というか、当たり前だ。何で人の部屋で鍋をしようとしているんだ。
 そしてその間に色々と準備をして俺がもう断れないような状況にしたのか。
 と、今更ながら理解した俺は周りを見回す。

 自分だけ魔力がないことに絶望し、他人を遠ざけるような態度でずっと一人だった四月の俺。
 その時の俺からは一ヶ月後、こんなにも自分の周りに人が集まるとは思いもしなかっただろう。

 柏原優梨、大崎シュウ、秋原三縁、豊岸千恵子。
 そして篠崎京香。

 五人……他の人から見ればたった五人だけど、それでも。

 京香が高らかに宣言をする。

「さあ! 今からゴールデンウィーク最後の鍋パーティーを始めるわよ!」

 ――それでも、『今の』俺にとっては十分だった。

 自分に接してくれる人たちに囲まれていて。

 自分に『友達』と言ってくれる人に囲まれていて。

 本当、幸せだ。



 こうして俺の、騒がしくも賑やかなゴールデンウィークは幕を閉じる。

 例え、それがゴールデンという名の金メッキで作られていて、中身は酷いものであっても。

 俺にとってはそれが心地いいものであった。

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