魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

開会の辞「ゴールデンウィーク 3、4日目」

 ゴールデンウィーク三日目。午前九時四十五分。
 俺はもう恒例の場所と言ってもいいだろう、いつもの女子寮の玄関口で俺は優梨を待っていた――のだが。
 いくら待っても優梨が来ない。
 確か最初、部屋の前に行ってみた時には「すぐ行きますー」という声がしたのですぐ来るだろうと思っていたのだが。
 何かあったのだろうかと思い、未だ来ない優梨の部屋へと向かう事にした。
 優梨の部屋は俺の真上にある二階である。俺は階段を登って優梨の部屋の前に立つとドアを軽くノック。

「おい、優梨。起きてるか?」

 ……返事なし。
 その後も何回も叩くが、代わりにやってきたのが――

「……何やってんの?」
「あ、京香」

 まだパジャマ姿の京香だった。
 というか何でこいつは寮にいる時はいつもパジャマなんだよ……ああ、そうか。出かける予定がないからか。

「なんか一瞬、無性にあんたをぶん殴りたくなったけど……まあいいわ。優梨を待ってるの?」
「そうなんだけど、なかなか出てこなくて――」
「あー、それいつもの事だから。私に任せなさい」

 シッシッ、と追い払うように俺をどかせる京香。
 そして、何か念じるように目を閉じる。
 何をやっているのだろうか、と不思議に思っていると――

「ひゃいっ!?」

 というなんとも間の抜けた声が部屋から聞こえ、ドアが開く。

 どうやら、二度寝していたらしく髪はところどころはねていて、少し寝ぼけている風に目がトロンとしている、そんな優梨が顔を出す。

「い、いきなりテレパシーしてくるなんてどうし……あっ!」

 と、すぐそこに立っている俺を見て何かに気がついたような顔をして慌てて部屋に引っ込んだ。
 なるほど、さっきのは京香が優梨にテレパシーを送っていたのか。確か豊岸が連絡手段の一つ、というだから、電話みたいなものだろう。
 ……ん、電話?

「なあ京香。電話ってあったっけ?」
「はあ? 電話は確か私たちが生まれてすぐに廃れていったわよ? 国内であればどこまでもテレパシーは届くし」
「なるほどな……」

 まあどうしても遠くであれば魔導式コンピュータでメールを送ればいいんじゃない――と付け足す京香。
 ふーん。
 でも何故、そんな生まれた頃にはもうないような単語が思い浮かんだのだろうか?

 と、考えていると

「お待たせしてしまって、ごめんなさい!」

 と優梨が部屋から出てくる。
 出てきた優梨はさっきとは大違いで、髪もしっかりとセットしていて、少し肩を大きく露出したピンクの服と、フリフリした優梨らしいといえば優梨らしい、そんな白いミニスカートを履いていた。
 そんな優梨の姿に京香は少しポカンと見ると、

「可愛いわね、優梨!」
「きゃあっ!?」

 ものすごい速さで優梨の手を握っていた。
 それはもう、獲物を見つけた肉食動物みたいに。
 見ているこっちも恐怖感が湧いたぐらいである。

「いやあ、いつもと違って私服だから更に可愛さがあるわね、ケンジ!」
「……お、おう。そうだな……」

 何故かハイテンションの京香にドン引きだが、まあ可愛いのは確かであった。

「本当ですか、ケンジくん?」
「ああ、似合っているぞ」

 自分が似合っているかどうか不安そうに聞く優梨に俺は正直に答えると、優梨はパアッと明るい顔をする。

「あっ、遅れてしまってごめんなさい!」
「え、ああ、別に大丈夫だ」

 俺はそういう些細な事を気にしないので笑って返す。

「まったく、しょうがないわねえ優梨は」

 と、お母さんのようにつぶやくのは京香だ。いや、もう優梨の保護者ポジションにいるんじゃないか、こいつ?

「まあ、二人共楽しんできなさい!」
「はい!」

 ニッコリと笑う京香に優梨も返事をしたのであった。


 * * *


「お、来た来た」

 女子寮を出たところに待っていたのは比良坂先輩。どうやら待っていたようだ。

「というか、何でいつもここにいるんですか、先輩……」
「ゴールデンウィークにケンジくんが沢山の女の子とデートするって聞いて冷やかしに」
「そんな事のために!?」

 というか、どこから漏れたんだ、そんな情報。

「今日は優梨ちゃんかー。楽しんできなよ」
「ありがとうございます、やよい先輩!」

 そうして今まさに出ていこうかと思っていた矢先に、例のグループが。

「あっ、今日は知っている子」
「でも、やっぱり昨日や、一昨日の子とは違うわね……」

 お前らもこういうタイミングで出てくるとか、実は狙っているんだろ? そうだと言ってくれ……。


 * * *


「ところで、優梨はどこへ行きたいんだ?」

 そういえば優梨とは何の約束もしていないので今回は具体的に何をするのか、わからないのである。

「今日はですね、街探索です」
「街探索?」

 いまいち理解できてない俺に優梨が説明をする。

「ケンジくんとか京香ちゃんはまだこの街の事、全然知らないようなので私が色々と案内してあげようかと思うんです!」
「ああ、なるほどな」

 確かに自分の住んでいる街の事をあまり知らないのは良くないと思うし、何よりそれはそれでフィールドワークみたいで楽しそうだった。

「って、優梨はここが地元なのか?」
「ええ、そうですよ。何回も回った事はあるんです!」
「へえ」
「そして、必ずと言っていい程、迷子になってます」
「おい?」
「ところで……ここ、どこですか?」
「俺が知るかっ!」

 周りは住宅ばかりで、当然といえば当然なのだが俺がここがどこなのだか、知る由もなかった。
 どうしよう……。優梨が自信満々に歩いていたから俺はそれに着いてきただけなのに。

「とりあえず、元の道に戻るか。ええと、確か……」
「あっ、あっちの道には見覚えがあります!」
「待てい、勝手に動くな!」

 タタタッと駆けていく優梨を追いかける。
 っていうか、こういう風に優梨はどんどん迷っていくのではないのか……。


 * * *


 しかし、優梨が色々と街を回ってくれた(というより迷った)おかげでここ周辺がどんな感じか、大体理解出来た。
 これといって特徴もない住宅が多い街だが、大道路に出ると、意外にもお店が結構あったりしたのである。
 ディスカウントショップ、コンビニエンスストア、飲食店、本屋などなど……。
 ただ、服屋は古着屋しかないらしく、その辺は確かに豊岸が行きたそうな店はないなあ、と感じた。
 ここも都市圏に近いはずの場所なのに、新しいという雰囲気がないな、とも思った。

 そしてその中で見つけた、もう一つのこの街の特徴。

「ケンジくん、ケンジくん!」
「今度はなんだよ……っと」

 優梨がやや興奮気味に指差す方を見てみると――そこには小さな木々が続いていて、その奥に神社らしきものがあった。
 緑に囲まれた木々の中に佇んでいる、人がやっと潜ることが出来そうなくらい赤い鳥居はかなり目立っている。

 優梨もそれに興味を引いたらしくズンズンと入っていくので、俺もそれに続いていく。

 ただ、目立つとは言ったが住宅の影に隠れていて、よほど注意しないと見つけることが出来ない場所であると言ってもいいほど、鳥居までの自然に囲まれた道は狭かった。

「へえ、こんなところがあったのか……」

 鳥居をくぐると小さな賽銭箱に、これまた小さな神様を祭っているであろう祭殿がある。
 優梨が財布から小銭を出したので、俺も何かお祈りでもしていこうと賽銭箱に小銭を放り込む。

 放り込まれる百円玉と五円玉。……自分が他の人と比べてどのくらいケチなのかわかった瞬間だった。
 いや、穴の空いた小銭の方がいいって言われるし、そもそも「五円(ご縁)がありますように」って意味もあるし。
 うん、ケチではないな。

 二礼二拍手一礼。

 日本人なら誰でも知っている神社でのやり方をする。
 というか地域や場所によってやり方が違うらしいけど、そういう変わっているところはまだ見たことないな。

「ケンジくんは何かお願い事をしましたか?」
「とりあえず今日、無事に帰れるように交通安全を……」

 子供の如く、自分が思いつくままに歩いて行く優梨はどうにも危なっかしいし。

「私は、ずっとみんなといられますように、とお願いをしました」

 とはにかむ優梨に俺も「そうだな」と笑い返す。

「ケンジくん」
「ん?」
「ここは二人だけの秘密の場所、という事にしておきましょう」
「え? いや、多分地元の三縁とかは知っていると思うぞ?」
「ええと……そうじゃなくて、二人でここに来たのはみんなには内緒にしよう、という事です」
「そりゃ、構わないけど……なんでだ?」
「なんでもですよ。えへへ」


 * * *


「ふむ、なんだかんだ言いながら楽しそうではないか」
「うっ、せぇ! これで、もっ……色々と、たいへ、んだったんだぞ!」

 ゴールデンウィーク四日目。

 今日は男子寮にある稽古場を使う為、現地集合である。
 つまり、比良坂先輩もあのグループも、誰も冷やかしに来ないのだ!
 ああ、なんて気が楽なのだろう、今日は。

「しかし、聞く限りでは、男子が嫉妬するようなデートではないか!」
「聞く、限りでは、なっ……! 本当は、結構きつかったぞ!」

 シュウの放つ風攻撃を避けきり、俺はシュウに近づいて拳を固めて、腹へと沈みこませる――前に、シュウが持っていたカードから魔法を発動。
 瞬間、俺とシュウは風魔法によって吹き飛ばされ、距離を開けてしまう。

「でもまあ、そういうのがデートというものではないのか?」
「荷物を持たされた、ままっ……歩き回るのはまだしもっ――いきなり魔法を使われたり、迷子になるのは御免だ!」

 再び、カードを投げて風の弾を無数に発動させるシュウ。俺は横っ飛びしてギリギリの位置で躱す。

「というか、相変わらず中距離が得意なようで!」
「ふふ、お褒めに預かり光栄だよ」

 最初にやった時もそうだが、シュウは中距離を主体とした攻撃で、近距離に関してはなんの対策もない……わけではないらしく、瞬時に周りを風圧で吹き飛ばす魔法で、相手に距離を詰めさせないという対策まで施してある。

 なので、俺は何とか近づけないものかと色々と試しているが、なかなか近づかせてもらえないのが現状だ。


「くそっ――」
「今回ばかりは、そのデバイスの事を知っているからね。油断はしないよ!」

 と、やはりマジックデバイスに警戒をしているらしく、シュウは攻撃を休めない。

「風属性の魔法の利点としては消費する魔力が少ない為、連射も可能だという事だ! 覚えておきたまえ!」

 このままでは消耗戦だ――。
 こうなったら、また一回限りの作戦でしか解決する余地しかなさそうだ。
 俺は腰を落とし、マジックデバイスにあるシュウの風の攻撃魔法を後ろに向かって発動。更にその勢いでシュウの方へと一気に距離を詰める。
 シュウはそれを予測できていたらしく、手にはさっきの周囲を吹き飛ばす魔法陣が書かれたカードが握られていた。
 ここまではさっきと同じ。またシュウに距離を取られるだけだ。
 だが。

 ここで俺はシュウに向かってマジックデバイスを向ける。

「――!」

 シュウは今まさに発動しようとしていた魔法を止めてしまう。
 その隙を逃さず、俺は勢いよく踏み込み、マジックデバイスを使わずに、もう片方の空いている手でそのカードを払い除けた。

「しまっ――!」

 そして拳に固めてもう一度シュウの腹に沈める。

「ぐあっ――!」
「うっ――!」

 しかし、シュウも俺の罠に気がついたのか、咄嗟に空いている手で攻撃魔法を放っていて、それは同じく俺の腹へと直撃していた。
 俺は後ろへ吹き飛び、シュウはその場に膝をついた。
 ぜぇぜぇ、という声だけが稽古場にしばらく響き渡る。

「……少し、休憩、しよう」
「同意……だ……」

 シュウの提案に俺は賛成して、ゆっくりと立ち上がった。

「しかし、まさかブラフをするとはな……」

 シュウその場に座り込みながら、呟く。

 そう、シュウが言った通り、今のはマジックデバイスで何かしようと見せかけたハッタリだ。

 これは相手がこのデバイスによっぽど警戒していない限り、使えない作戦で――見事にシュウはかかったのだ。

 だが、俺も詰めが甘かったらしく、まさかシュウが反撃するとは思っていなかったのだ。

「……というより、前より強くなったなケンジよ」
「そ、そうか?」
「うむ。戦略的にではなく肉体的に、だ。動きが早くなっていたから最初は驚いたぞ。」

 やはり毎日の京香との特訓は無駄ではないようで、俺自身も前よりか強くなっている気がした。
 まあ、その、自分がそうなっている気がしているだけであって、実際は違うのではないかと思っていたが――そうやって褒めてもらえると、正直に嬉しかった。

「さて……僕もケンジに負けないようにしなくてはな」
「続けるか?」
「――勿論だ!」

 こうして四日目はお互いフラフラになるまで稽古をしていたのだった。

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