魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
京香の異変3
「篠崎さんの為に、ね」
翌日。俺は教室に入ると、クラスメイトである三人に相談をすることにした。
大崎シュウ、秋原三縁、豊岸千恵子。
本当は別にこの三人に限らず、なんならクラスメイト全員にも相談してもよかったのだが、そこまで迷惑はかけたくはなかった。
だから、迷惑をかけても迷惑だと思わないくらいの仲だと思うシュウと三縁、豊岸に相談したのだ。
「それってさ、もうただの風邪じゃないと思うんだよねえ」
と、三縁はツインテールを揺らしながら考えるように言う。
「確かに正しく看病をしていれば風邪など三日で治るはずだな。いや、病気であるのかどうかすら怪しいようにも見える」
「病気であるのかすら、怪しい?」
シュウの発言に俺が反応すると豊岸が説明してくれる。
「魔法を使った病院の診察は過去100%。世界中で誰も外したことがないのよ」
「でも、病院では風邪と言われていて、京香っちの様子はいつまで経ってもよくならない。風邪じゃないと思われる」
「だが、過去の事例から診察をして外したとは考えにくい。それならそもそも京香くんの今の状態は医学に関係はないのかもしれない」
「それなら、もう医学の領域じゃないから他の可能性も考えた方がいい、という事よ」
俺はそんな風に次々と考えていく三人に素直に驚いた。
いや、彼らも京香や俺と同じAクラス。知識は並以上で、頭の回転も早い人たちなのだ。
俺が考えてすらなかった事を疑問に思い、結論をつけている。
こんな事ならもっと早く相談してもよかったのではないか。
そんな事を思いながら、俺は三人に頭を下げる。
「お願いだ――助けてくれ」
それは十日になって、ようやく言えた言葉だった。
もう少し早く言えたはずの、救援要請だった。
三人はたとえ一日目でも協力してくれただろう。
証拠に、ほら。
「京香っちにもケンジくんにも元気になって欲しいしね。この三縁ちゃんが手伝ってやんよ!」
「うむ。僕も友人の悩みを見捨ててはおけないからな」
「まあ最近の志野くん、面白くないし。私も協力するわ」
こんなにも――これほどにもこの三人は優しいのだから。
俺はもう一度頭を下げる。
「ありがとう、みんな……」
「――でも、まあ何の見返りもなし、っていうのも何だか癪ね」
「え?」
と、突然の豊岸の発言に俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「そうね……じゃあ今度の休みの日に、志野くんは私の買い物の荷物持ちでもしてもらおうかしら」
「ちょっ……」
「お、それいいね! じゃあ私は今度、ケンジくんに街中にあるケーキでも奢ってもらう事にしよう!」
「そうだな、僕も用事とは少し違うが僕の特訓にケンジにはモルモット――もとい相手になってもらうことにしよう」
「おいちょっと待てシュウ、今完全にモルモットって言ったよな俺のこと!」
次々と勝手に決められていく約束に俺が耐え切れずに突っ込む。
そんな俺の発言を聞き、シュウも三縁も豊岸もどこか安堵したような感じになった。
それに俺自身にもその安堵感が伝わってきた。
そうだった、自分はいつもこんな感じだったな、と。
やっと自分らしさを――志野ケンジらしさを思い出せた瞬間だった。
だから俺はもう一回、みんなに言った。
「ありがとう」
と。
* * *
「で、ケンジくんは僕に何を聞きたいんだい?」
今、目の前にいる男――遊楽太一郎学園長は訪ねてきた俺に聞いてくる。
みんなが協力してくれるので自分も何かしようと思ったが、何の知識がないので知識のありそうな人に聞いてみようと考えた結果、学園長が何か知っているのではないかと考えついたのだ。
「京香の身に何が起こっているのか、それを教えて欲しい」
「そんな漠然とした内容を聞かされてもねえ」
「……そうか」
俺の質問に学園長は悩ましげにこめかみを抑える。
やはりおっさんにも心当たりがないのだろうか。
と考えていたのがわかったのだろうか、学園長はふとこっちを見る。
「ああ、勘違いしないでね、心当たりが『ない』んじゃなくて『ありすぎる』っていうのが問題なんだよ」
「――!」
「だから、もう少し色々と聞かさせてくれないかな。彼女が以前、言っていたことに思い当たること全て」
思い当たること。
俺は京香との会話を少しずつ思い返していく。
「何か、彼女の過去にトラウマ的な事は?」
「昔から魔力が強くて周りから浮いていた、とかぐらいしかないな」
「彼女の昔から今に至って変わったところとかは?」
「変わったこと……あ、そうだ。一昔は日に一回は炎系の魔法を出さないと気が済まなかった、とか言っていたな」
「一日に一回」
と、ここで学園長は反応する。
「そこのところを詳しく教えてくれないかなケンジくん」
「お、おう。まあ詳しくは聞いてないんだが――」
と俺は前置きして遊楽太一郎にそこに関することを全て話していく。……と言っても、本当に詳しくはよくわからないからほんの一部だが。
だが、それでもそれだけで十分だったらしく学園長は静かに目を閉じ、こう俺に問う。
「じゃあ――入学式後の初寮生活の時以来、彼女はケンジくんの為に炎魔法を一度も使ってないと」
「……うん、そうだな」
「ケンジくん。今すぐ彼女の元に向かったほうがいい」
と、このおっさんはわけのわからないことを言ってくる。
「おいおい、そりゃ確かに京香が心配だけど、だからと言って授業をサボるのはどうかと思うぜ? 一刻を争う状況だったらわかるけど、京香に会うのは今日の放課後にだって出来るはずだぜ?」
「うん、ケンジくんが学問を一番としてくれているその心意気はとても嬉しいよ」 
でも。
「一刻を争う状況と言ったらどうする?」
「え……」
「このままだと、彼女はおそらく――命を落とすとか、そういう状況だったとしたら?」
* * *
「京香!」
俺は急いで寮へと戻り、京香の部屋を開けようとするが――。
ドアノブを捻っても開かない。閉まっているのだ。
いつもならいつでも俺たちが入れるように開けておくはずなのだが……。
俺はドアから入るのをやめ、寮を出て裏側へと回る。
京香の部屋は俺の隣だから一階。その窓から様子を伺えるはずだ。
だが、それは叶わなかったのである。
何故ならば。
「なっ――!?」
何故ならば、京香の部屋の窓ガラスは、熱で溶かされたようにぽっかりと穴が空いていたからだ。
急いで中を確認するが――既に無人だった。
「……ちくしょう!」
俺は再び走り出す。
どうか、間に合いますように――!
あのおっさん曰く、京香の身はもういつ壊れてもおかしくない状況らしい。
「というか一週間経った時からもうその時は既に来ても普通なんだ。そんな状況から更に十日――彼女はよく頑張った、よく耐えたと思うよ。でも」
彼女は耐えすぎた。
「我慢しすぎた――結果、今のような状況に繋がるというわけだ。おそらくだけど――もう時間は迫っているはずだよ?」
「ちくしょう……!」
あいつには――京香には色々と与えてもらったんだ。
色々と教えてもらった。
色々と貸してきてもらった。
俺はその分はまだ全然返してないのだ。
「なのに、一生その分を返せないなんて……出来るかよ!」
俺はとにかく足を動かし、京香を捜す。
どこか、あいつが行きそうな場所は、と考えるがそんなの寮と学校ぐらいしかない。もし、他の場所になんか行かれたら――!
そんな焦る気持ちをぐっと抑える。
……落ち着け、俺。あの状態で京香が遠くまで行けるはずがないのだ。それだったら――!
* * *
私は燃えるような身体をズルズルと引きずるように歩いていく。
格好はもちろんパジャマ姿であり、外を歩くにしては十分に恥ずかしい格好だけど、今はそんな事を構っていられない。
目眩がしてぐらつく視界を、痺れるような腕を、重りがついているかのように重い足を、今にも爆発しそうな火照る身体を。
私は息を切らし、必死に動かしていく。
どこに向かっているのか、わからない。
無意識でフラフラと歩いているからだ。
それでも、そうまでしてでも。
私はあそこから離れなくてはいけなかったのだ。
もう『駄目』だと、自分でもわかっていたから。
どこまで歩いたのだろうか、どのくらい歩いたのだろうか。
気がつくと周りが砂だらけのところにいた。
そこは――街中とはとても、思えないような場所。
ここはどこなのだろうか。
もっと詳しく観察しようとするが――頭が焼けきるかのような痛みを感じ、その場に蹲る。
ああ、ここでリタイアか。
私は自分の人生の最後を悟った。
色々とやり残したことは沢山あるけど――悔いは残らなかった。
そのやり残した事に大切なことがあった気がするけど――よく思い出せないし、もう出来そうにない。
「さようなら……」
だから最後、これだけは言いたいと最後の別れを言う。
短かったけど――私の数少ない友人たちに、知り合い達に。
「さようなら……三縁……シュン……豊岸さん……比良坂先輩……」
そして――あの二人に。
「さようなら……優梨」
「さようなら……ケンジ――」
「――残念ながら……はあ……俺は、別れる気なんて、ないから……はあ……『さようなら』とは、言えないぞ?」
という聞き慣れた声を聞き、私は目を見開いてその方向を見る。
いつもの鬱陶しそうな前髪、急いできたのだろうか――いつもより黒い後ろ髪が乱れている。
そんな彼は息を切らして、髪をかき乱して、汗を大量にかきながら。
彼は、確かに、そこにいた。
――どうして。どうしてここまで来たの!?
そんな『私』の心の声は聞こえず
「捜したぜ――京香」
『俺』は目の前で倒れ込んでいる京香に――そう言った。
以前、京香はこう言っていた。
『過去の私を誰も知らないような場所にぴったりの学校がここだった』と。
つまり京香は、この街をあまり知らないのだ。
人間は何も考えずにフラフラと歩くという事をするというが、無意識のうちに色々と考えている節があるのだ。
例えば『あ、ここの道は一度通ったことがある。次を右に曲がると俺がよく使う道にぶつかる』とか、例えば『この知らない道は自分の知っている道と似ている。こっちに曲がるとここではどうなるのか』とか。
どこかで自分の持っている『記憶』と被せてしまうのだ。
だから京香が行くところなんてすぐにわかる。
女子寮にいないのならば、その他に京香がこの街でよく知っている建物――学校だ。
他にも学校を選んだ理由はあるのだが……それはまた後で説明しておく。
で、以前京香は学校案内の時、学校施設にすごく興味津々であった。だから、覚えていたのであろう――校舎外にある魔法武闘場を。
魔法で武闘する屋外のステージ。上はぽっかりと空いていて円形のステージになっていて、そしてそれを囲うように観客席がある。
――ここは特別な時にしか使わない場所なんですよー。
という桜先生の紹介した言葉が思い出される。
あの時はもう半分聞き流していた俺でもここの巨大なドームはかなり印象的だった。一人楽しそうにしていた京香が覚えていないはずがない。
つまり京香は『誰にも被害が出ない場所』として、無意識にここを思い浮かんだのだろう。
京香が何を考えているのが大体想像出来れば後は消去法で、俺もここまで辿り着く事が出来る。
「ケン……ジ……」
京香は苦しそうに、それでも必死に俺に訴える。
「だめ……にげ……て……」
「それは出来ない相談だな」
俺は京香の言葉に即答する。
ここで逃げるなんて選択肢はないのだ。
ここで――京香を救う。
俺はマジックデバイスに電源を入れる。
しかし、ふと俺は疑問に思う。――いや、最初に疑問に思うべきだったのだ。最初に考えられることだったのだ。
――もし、ここで『間に合わなかった』としたら?
京香に何が起きるんだ?
彼女は何を我慢している?
そういえば彼女は何か隠している――そんな感じがして問い詰め、やはり何か隠していると確信したが、結局何を隠していたんだ?
そんな疑問の数々は積もりに積もって――
「ケ……ンジ!」
「――!」
目の前でそれらを全て解決してくれる。
彼女の周りに魔法陣が次々と描かれていく。その魔法陣の大きさはこの闘技場そのものを覆い尽くすくらいの、巨大なモノだ。
そしてその魔法陣からは――
「うっ……!」
火。
火。火。
火。火。火。
火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。
火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火――!
炎が、焔が、焰が、焱が、燄が、爓が溢れるようにして。
京香の周りを包み込むようにして。
まるで生きているのかのように。
闘技場を赤く、紅く、明く、朱く、緋く、赫く、灯していく――!
そして火がトラウマである俺は――情けない事に火の届かない場所まで逃げていた。
怖い――。俺は体が自然に震えていた。
恐怖という感情が俺の中を支配し、最早それ以上の事が考えられなかった。
怖い。恐い。強い。こわい。コワイ。コワい――!
「ケンジくん!」
と、校舎の方から複数人が走ってくる――優梨とシュウ、三縁、豊岸の四人だ。
「京香っちの事についてわかったことが……」
「それよりも何なのだ、この巨大な火は!?」
「…………」
シュウが目の前で起こっている現象に俺が黙っていると、それに豊岸が気がついたようだ。
「もしかして、この火って――」
「そう、あの子が暴走の末に働いた魔法だよ」
と、代わりに答えたのは――学園長である、遊楽太一郎だった。
翌日。俺は教室に入ると、クラスメイトである三人に相談をすることにした。
大崎シュウ、秋原三縁、豊岸千恵子。
本当は別にこの三人に限らず、なんならクラスメイト全員にも相談してもよかったのだが、そこまで迷惑はかけたくはなかった。
だから、迷惑をかけても迷惑だと思わないくらいの仲だと思うシュウと三縁、豊岸に相談したのだ。
「それってさ、もうただの風邪じゃないと思うんだよねえ」
と、三縁はツインテールを揺らしながら考えるように言う。
「確かに正しく看病をしていれば風邪など三日で治るはずだな。いや、病気であるのかどうかすら怪しいようにも見える」
「病気であるのかすら、怪しい?」
シュウの発言に俺が反応すると豊岸が説明してくれる。
「魔法を使った病院の診察は過去100%。世界中で誰も外したことがないのよ」
「でも、病院では風邪と言われていて、京香っちの様子はいつまで経ってもよくならない。風邪じゃないと思われる」
「だが、過去の事例から診察をして外したとは考えにくい。それならそもそも京香くんの今の状態は医学に関係はないのかもしれない」
「それなら、もう医学の領域じゃないから他の可能性も考えた方がいい、という事よ」
俺はそんな風に次々と考えていく三人に素直に驚いた。
いや、彼らも京香や俺と同じAクラス。知識は並以上で、頭の回転も早い人たちなのだ。
俺が考えてすらなかった事を疑問に思い、結論をつけている。
こんな事ならもっと早く相談してもよかったのではないか。
そんな事を思いながら、俺は三人に頭を下げる。
「お願いだ――助けてくれ」
それは十日になって、ようやく言えた言葉だった。
もう少し早く言えたはずの、救援要請だった。
三人はたとえ一日目でも協力してくれただろう。
証拠に、ほら。
「京香っちにもケンジくんにも元気になって欲しいしね。この三縁ちゃんが手伝ってやんよ!」
「うむ。僕も友人の悩みを見捨ててはおけないからな」
「まあ最近の志野くん、面白くないし。私も協力するわ」
こんなにも――これほどにもこの三人は優しいのだから。
俺はもう一度頭を下げる。
「ありがとう、みんな……」
「――でも、まあ何の見返りもなし、っていうのも何だか癪ね」
「え?」
と、突然の豊岸の発言に俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「そうね……じゃあ今度の休みの日に、志野くんは私の買い物の荷物持ちでもしてもらおうかしら」
「ちょっ……」
「お、それいいね! じゃあ私は今度、ケンジくんに街中にあるケーキでも奢ってもらう事にしよう!」
「そうだな、僕も用事とは少し違うが僕の特訓にケンジにはモルモット――もとい相手になってもらうことにしよう」
「おいちょっと待てシュウ、今完全にモルモットって言ったよな俺のこと!」
次々と勝手に決められていく約束に俺が耐え切れずに突っ込む。
そんな俺の発言を聞き、シュウも三縁も豊岸もどこか安堵したような感じになった。
それに俺自身にもその安堵感が伝わってきた。
そうだった、自分はいつもこんな感じだったな、と。
やっと自分らしさを――志野ケンジらしさを思い出せた瞬間だった。
だから俺はもう一回、みんなに言った。
「ありがとう」
と。
* * *
「で、ケンジくんは僕に何を聞きたいんだい?」
今、目の前にいる男――遊楽太一郎学園長は訪ねてきた俺に聞いてくる。
みんなが協力してくれるので自分も何かしようと思ったが、何の知識がないので知識のありそうな人に聞いてみようと考えた結果、学園長が何か知っているのではないかと考えついたのだ。
「京香の身に何が起こっているのか、それを教えて欲しい」
「そんな漠然とした内容を聞かされてもねえ」
「……そうか」
俺の質問に学園長は悩ましげにこめかみを抑える。
やはりおっさんにも心当たりがないのだろうか。
と考えていたのがわかったのだろうか、学園長はふとこっちを見る。
「ああ、勘違いしないでね、心当たりが『ない』んじゃなくて『ありすぎる』っていうのが問題なんだよ」
「――!」
「だから、もう少し色々と聞かさせてくれないかな。彼女が以前、言っていたことに思い当たること全て」
思い当たること。
俺は京香との会話を少しずつ思い返していく。
「何か、彼女の過去にトラウマ的な事は?」
「昔から魔力が強くて周りから浮いていた、とかぐらいしかないな」
「彼女の昔から今に至って変わったところとかは?」
「変わったこと……あ、そうだ。一昔は日に一回は炎系の魔法を出さないと気が済まなかった、とか言っていたな」
「一日に一回」
と、ここで学園長は反応する。
「そこのところを詳しく教えてくれないかなケンジくん」
「お、おう。まあ詳しくは聞いてないんだが――」
と俺は前置きして遊楽太一郎にそこに関することを全て話していく。……と言っても、本当に詳しくはよくわからないからほんの一部だが。
だが、それでもそれだけで十分だったらしく学園長は静かに目を閉じ、こう俺に問う。
「じゃあ――入学式後の初寮生活の時以来、彼女はケンジくんの為に炎魔法を一度も使ってないと」
「……うん、そうだな」
「ケンジくん。今すぐ彼女の元に向かったほうがいい」
と、このおっさんはわけのわからないことを言ってくる。
「おいおい、そりゃ確かに京香が心配だけど、だからと言って授業をサボるのはどうかと思うぜ? 一刻を争う状況だったらわかるけど、京香に会うのは今日の放課後にだって出来るはずだぜ?」
「うん、ケンジくんが学問を一番としてくれているその心意気はとても嬉しいよ」 
でも。
「一刻を争う状況と言ったらどうする?」
「え……」
「このままだと、彼女はおそらく――命を落とすとか、そういう状況だったとしたら?」
* * *
「京香!」
俺は急いで寮へと戻り、京香の部屋を開けようとするが――。
ドアノブを捻っても開かない。閉まっているのだ。
いつもならいつでも俺たちが入れるように開けておくはずなのだが……。
俺はドアから入るのをやめ、寮を出て裏側へと回る。
京香の部屋は俺の隣だから一階。その窓から様子を伺えるはずだ。
だが、それは叶わなかったのである。
何故ならば。
「なっ――!?」
何故ならば、京香の部屋の窓ガラスは、熱で溶かされたようにぽっかりと穴が空いていたからだ。
急いで中を確認するが――既に無人だった。
「……ちくしょう!」
俺は再び走り出す。
どうか、間に合いますように――!
あのおっさん曰く、京香の身はもういつ壊れてもおかしくない状況らしい。
「というか一週間経った時からもうその時は既に来ても普通なんだ。そんな状況から更に十日――彼女はよく頑張った、よく耐えたと思うよ。でも」
彼女は耐えすぎた。
「我慢しすぎた――結果、今のような状況に繋がるというわけだ。おそらくだけど――もう時間は迫っているはずだよ?」
「ちくしょう……!」
あいつには――京香には色々と与えてもらったんだ。
色々と教えてもらった。
色々と貸してきてもらった。
俺はその分はまだ全然返してないのだ。
「なのに、一生その分を返せないなんて……出来るかよ!」
俺はとにかく足を動かし、京香を捜す。
どこか、あいつが行きそうな場所は、と考えるがそんなの寮と学校ぐらいしかない。もし、他の場所になんか行かれたら――!
そんな焦る気持ちをぐっと抑える。
……落ち着け、俺。あの状態で京香が遠くまで行けるはずがないのだ。それだったら――!
* * *
私は燃えるような身体をズルズルと引きずるように歩いていく。
格好はもちろんパジャマ姿であり、外を歩くにしては十分に恥ずかしい格好だけど、今はそんな事を構っていられない。
目眩がしてぐらつく視界を、痺れるような腕を、重りがついているかのように重い足を、今にも爆発しそうな火照る身体を。
私は息を切らし、必死に動かしていく。
どこに向かっているのか、わからない。
無意識でフラフラと歩いているからだ。
それでも、そうまでしてでも。
私はあそこから離れなくてはいけなかったのだ。
もう『駄目』だと、自分でもわかっていたから。
どこまで歩いたのだろうか、どのくらい歩いたのだろうか。
気がつくと周りが砂だらけのところにいた。
そこは――街中とはとても、思えないような場所。
ここはどこなのだろうか。
もっと詳しく観察しようとするが――頭が焼けきるかのような痛みを感じ、その場に蹲る。
ああ、ここでリタイアか。
私は自分の人生の最後を悟った。
色々とやり残したことは沢山あるけど――悔いは残らなかった。
そのやり残した事に大切なことがあった気がするけど――よく思い出せないし、もう出来そうにない。
「さようなら……」
だから最後、これだけは言いたいと最後の別れを言う。
短かったけど――私の数少ない友人たちに、知り合い達に。
「さようなら……三縁……シュン……豊岸さん……比良坂先輩……」
そして――あの二人に。
「さようなら……優梨」
「さようなら……ケンジ――」
「――残念ながら……はあ……俺は、別れる気なんて、ないから……はあ……『さようなら』とは、言えないぞ?」
という聞き慣れた声を聞き、私は目を見開いてその方向を見る。
いつもの鬱陶しそうな前髪、急いできたのだろうか――いつもより黒い後ろ髪が乱れている。
そんな彼は息を切らして、髪をかき乱して、汗を大量にかきながら。
彼は、確かに、そこにいた。
――どうして。どうしてここまで来たの!?
そんな『私』の心の声は聞こえず
「捜したぜ――京香」
『俺』は目の前で倒れ込んでいる京香に――そう言った。
以前、京香はこう言っていた。
『過去の私を誰も知らないような場所にぴったりの学校がここだった』と。
つまり京香は、この街をあまり知らないのだ。
人間は何も考えずにフラフラと歩くという事をするというが、無意識のうちに色々と考えている節があるのだ。
例えば『あ、ここの道は一度通ったことがある。次を右に曲がると俺がよく使う道にぶつかる』とか、例えば『この知らない道は自分の知っている道と似ている。こっちに曲がるとここではどうなるのか』とか。
どこかで自分の持っている『記憶』と被せてしまうのだ。
だから京香が行くところなんてすぐにわかる。
女子寮にいないのならば、その他に京香がこの街でよく知っている建物――学校だ。
他にも学校を選んだ理由はあるのだが……それはまた後で説明しておく。
で、以前京香は学校案内の時、学校施設にすごく興味津々であった。だから、覚えていたのであろう――校舎外にある魔法武闘場を。
魔法で武闘する屋外のステージ。上はぽっかりと空いていて円形のステージになっていて、そしてそれを囲うように観客席がある。
――ここは特別な時にしか使わない場所なんですよー。
という桜先生の紹介した言葉が思い出される。
あの時はもう半分聞き流していた俺でもここの巨大なドームはかなり印象的だった。一人楽しそうにしていた京香が覚えていないはずがない。
つまり京香は『誰にも被害が出ない場所』として、無意識にここを思い浮かんだのだろう。
京香が何を考えているのが大体想像出来れば後は消去法で、俺もここまで辿り着く事が出来る。
「ケン……ジ……」
京香は苦しそうに、それでも必死に俺に訴える。
「だめ……にげ……て……」
「それは出来ない相談だな」
俺は京香の言葉に即答する。
ここで逃げるなんて選択肢はないのだ。
ここで――京香を救う。
俺はマジックデバイスに電源を入れる。
しかし、ふと俺は疑問に思う。――いや、最初に疑問に思うべきだったのだ。最初に考えられることだったのだ。
――もし、ここで『間に合わなかった』としたら?
京香に何が起きるんだ?
彼女は何を我慢している?
そういえば彼女は何か隠している――そんな感じがして問い詰め、やはり何か隠していると確信したが、結局何を隠していたんだ?
そんな疑問の数々は積もりに積もって――
「ケ……ンジ!」
「――!」
目の前でそれらを全て解決してくれる。
彼女の周りに魔法陣が次々と描かれていく。その魔法陣の大きさはこの闘技場そのものを覆い尽くすくらいの、巨大なモノだ。
そしてその魔法陣からは――
「うっ……!」
火。
火。火。
火。火。火。
火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。火。
火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火火――!
炎が、焔が、焰が、焱が、燄が、爓が溢れるようにして。
京香の周りを包み込むようにして。
まるで生きているのかのように。
闘技場を赤く、紅く、明く、朱く、緋く、赫く、灯していく――!
そして火がトラウマである俺は――情けない事に火の届かない場所まで逃げていた。
怖い――。俺は体が自然に震えていた。
恐怖という感情が俺の中を支配し、最早それ以上の事が考えられなかった。
怖い。恐い。強い。こわい。コワイ。コワい――!
「ケンジくん!」
と、校舎の方から複数人が走ってくる――優梨とシュウ、三縁、豊岸の四人だ。
「京香っちの事についてわかったことが……」
「それよりも何なのだ、この巨大な火は!?」
「…………」
シュウが目の前で起こっている現象に俺が黙っていると、それに豊岸が気がついたようだ。
「もしかして、この火って――」
「そう、あの子が暴走の末に働いた魔法だよ」
と、代わりに答えたのは――学園長である、遊楽太一郎だった。
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