魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

桟橋学園高等部1-A2

 追いかけてくる男子から逃げ切り、俺は『第35図書室』へと飛び込むようにして入る。
 図書室の中では静かにしなくてはならないのだが――都合のいい事に、この図書室には誰もいなかった。

「ふう……」

 呼吸を整え、改めて図書室内を見回す。
 桟橋学園の図書室は三十五室まである。一つ一つの図書館を律儀にそれぞれジャンルでわけているものだからものすごい量の本が揃っているのだ。
 第1から第35まで図書室はあり、全て千冊以上の本が置いてある。あと一つ図書室があるのだが、どこにあるのか未だ誰も知らないという。
 曰く、三十六室目の図書室は他の図書室を凌駕するほどの大きさを持つ図書室だとか。
 それを『魔法大図書館』と呼ばれているとか。
 そういう噂があるのだ。

「まあそれは置いといて」

 第35図書室は『歴史・民俗学』を分野とした本が置いてある。実は先生に頼まれた本も歴史に関する本だったため、ここへ逃げ出してきたのだ。一石二鳥、というものである。

「えーっと……」

 俺は本のタイトルを一つ一つ確認しながら探し求めている本を探していく。
 歴史に分類されているとはいえ、千以上ものの数がある図書室だ。早めに見つけたいのだが――何しろ数が多すぎる。天井に届く高さまでの本棚がずらっとあるところでもある。

「ん、あれか」

 探して数分。探していた本は意外と早く見つかった。

「しかし、どうしたものか……」

 俺は天井を見上げて、ため息をつく。
 そう、あったにはあったのだが……その本は本棚の一番上にあったのだ。
 こういう時に何か取るための道具があるはずなのだが、浮遊魔法を使えば普通に取れるので何もない。

「仕方ないな……」

 俺は勢いよくジャンプして探していた本を取ろうとする。
 しかし、本の背表紙に触れただけで動きそうにない。
 俺はめげずに何回もジャンプし続ける。
 そしてもう跳べないくらいまで跳んで、ようやくもうすぐ取れそうなところまで本を取り出すことができた。

「ようし……」

 俺は再びジャンプして遂に本を掴む。
 が、手を謝って滑ってしまった。
 宙に浮いた本はそのまま俺の頭上に落ちてくる。

「――!」

 危ない――俺は瞬間に即座に頭を手を当てて、その場に屈みこむ。
 落ちた本の衝撃に備えていると――。

「……?」

 いくら待っても本が落ちてくる気配はない。俺は恐る恐る上を見上げると。

「……あ」

 落下途中の本はフワフワと浮いており、落ちてくる様子がない――浮遊魔法だ。
 そしてそれを発動しているのは俺の真後ろにいる少女。

 海のような青と空のような水色が混じったストレートロング。背は京香と同じくらいで、ネクタイの色からして同じ一年だということがわかる。
 まあそんな風に確認しなくてもこのぼーっとしていそうな表情をしているこの女子を俺は知っていた。

「あ、ありがとな……豊岸」
「別にいいわよ」

 ツンとした態度をするのは豊岸千恵子とよぎしちえこ。我がAクラスのクラスメイトである。
 常に一人きりで文庫本を読み歩いている少女。その姿は俺にとって印象的であった。
 それと、俺が豊岸の名前をしっかりと覚えているのには他にも理由がある――彼女が書記担当だからだ。
 学級委員の手助け役。豊岸は自ら立候補し、俺と京香は既に面識がある身だ。

 そして、もう一つの彼女の特徴。

「いや、本当に助かった」
「いえ、あなたが何回もぴょんぴょん飛び跳ねている姿がとても惨めに見えたから哀れみを持って助けてあげたのよ。悲しいわね、背はそれなりにあってもジャンプ力が高くない男って。まるで志野くんみたい」
「…………」

 毒舌家。これが彼女が周りを遠巻きにしている最大の理由でもある。

「さしずめ、ジャンプ力のない志野くんのようだったわ」
「例えがまんまだな!? というか、それって俺本人じゃねえか!」
「認めた、という事は志野くんは本当にジャンプ力がないのね? まあ、ひどい」
「…………」

 会話がしにくい女子である。

「というか、なんのためにその本が読みたかったの?」
「これは桜先生に頼まれたんだ」
「なるほど、篠崎さんではなく志野くんに頼む辺りに桜先生の企みがあったわけね」
「企みって……」

 まさか、そこまでの事ではないだろう。

「でも変ね。この本は元々もっと下の段にあるはずよ?」
「え?」

 豊岸は浮かせていた本を降下させ、俺に表紙を見せる。

「ほら、ここに番号が振ってあるでしょ? この番号だと、本来ならここにあるはずよ」


 と、指を指すのは下段の方にある位置だった。

「あ、本当だ」
「誰があんな高い位置に乗せたんでしょうね」
「置き間違い、とか?」
「その可能性は低いわ。考えられるとしたら意図的に誰かが置いたということよ」
「そうか……」


 一体、誰がこんな事を? 考えてみるが、全く検討もつかない俺である。

「考えられるとすれば……そうね、桜先生じゃないかしら?」
「まだ言ってるのかそれ。教師がそんな事するわけないだろ」
「少なくとも私が教師なら、実行するわ」
「…………」

 本当にやりそうなので、困る。

「まあ結果オーライってやつだ。サンキュー」
「チッ。助けないで見ていた方が正解だったかしら……」
「おい」

 本当に酷いことを言う奴だ。

「というか、もうすぐ授業始まるぞ? 大丈夫なのか?」
「ええ、そうね。先に行ってて頂戴」
「なんなら一緒に行っても」
「え? 嫌よ、冗談は程々にしなさい。何が嬉しくて志野くんと歩かなくちゃいけないの?」
「そんな、本気そうな顔をしないでくれるか?」
「え? 私はいつだって本気よ」
「…………」

 そう言われると、本気で傷つく……。
 肩を落とした俺はそそくさと図書室を出て行き、教室へ戻っていった。


 * * *


「……っていうことが、あって、だな」
「ふうん」

 俺の話を京香は聞きながら俺に蹴りを放つ。
 俺はそれを両手で受け止める。

「私、豊岸さんはあまり嫌いじゃないわね」

 足を掴まれた京香はその足を軸に回転して、もう片方の空いている足を宙に浮かせ、肩にかかと落としをする。

「っ!  それは、なんだ?  共感するところを感じたとかか?」
「ええ、ケンジを虐めるのは共感できるわ」
「一番共感してほしくないところじゃねえか!」

 そのまま拳を固めてストレートを打つ京香を俺はギリギリでかわし、後ろへ下がり距離を離す。

「っていうか、本当に何なんだろうな。本を入れ間違えた、のは!」
「返却BOXっていうの、あるでしょ? あれには転移魔法がかかっていて、必ず元にあった場所に行くはずなのよ。つまり間違えたんじゃないの。人為的に起きたのよ」

 京香が再びこちらに接近してくる。俺は腰を落として、身構える。

「こう、いうのは、ないのか? 立ち読み、してたけど、元に戻した時に、場所を間違え……ったとか」

 繰り出される拳をなんとか躱し、もう一度距離を取る。

「下から二段目と一番上の段を、どうやって間違えんのよ」
「そうだな……」

 京香は一旦呼吸を整えるようにその場に止まる。

「っていうか、稽古してる時に何で話すのよ!」
「いや、今唐突に思い出したから、なんとなく……」

 なんとなく、という言葉がぴったりと当てはまる。
 と、曖昧な返事をする俺に京香はプチッとキレたような表情をする。

「ふうん……唐突に思い出して私と話せるほど、余裕があるのね……」

 京香の下に魔法陣が浮かび上がる。
 教科書で見たことがある、あの形は――。

「いいわ。極力魔法を使わないであげてたけど……その心配はなさそうね!」

 と、俺に向かって駆け出した京香は一気にスピードをあげ、距離を詰める――加速魔法だ。

「くっ――!」

 俺は怒濤どとうのように来る攻撃をなんとか躱していく。
 というよりも。

「身体が、重たい……!」

 さっきより思うように動かない。スピードが違いすぎて、躱すので精一杯なのだ。
 ただ京香が速くなったわけじゃない。俺の動きも遅くなったような、そんな感覚。

「思うように動かないのは、あんたの足下を見ればわかるんじゃない?」
「……? なっ……!?」

 足下を見てみると――そこには減速魔法が。
 つまり、俺の身体が思うように動かなかったのは、京香が俺に減速魔法をしていたから、ということだ。

「そういう使い方もあるのよ!」

 京香は更に加速し、俺の後ろを取る。――まだ出力を抑えていたのか、こいつ!
 次の瞬間、俺の背中に衝撃が走り、前の方に吹っ飛ぶ。
 俺の背中に京香が全体重をかけてタックルをしたのだ。
 そのまま壁にぶつかって、俺は倒れ込む。
 ……この壁に稽古用のクッションがない、と思ったらぞっとするな。

「はあ……今日はこんなもの、かしら」

 京香はため息をつき、魔法を解除する。

「だんだん慣れてきているけど、こんなのじゃまだまだよ?」
「そうだな、わかってる……」

 俺は起き上がりながら返事をし、唇を噛む。
 自分でもよくわかっている。まだここまでしかしてない京香に負けるなんて、他の奴らに勝てない、ってことは。

「……というか、なんで強くなりたいって思ったわけ? 確かにこの学校は魔法技量を重視した実践的な学園よ」

 だけど、と京香は首を捻る。

「あんたはそれ以外の理由があるくらいに、こっちの方にも熱心よね。別に魔法が使えないからって、鍛える必要はない筈よ?」
「……なんとなく。なんとなく、そうしなくちゃいけない気がするんだ」

 ――志野ケンジ、お前は強くならなくてはならない。
 ――これから来る脅威に立ち向かう力を得るために。

 俺に誰かがそう言っているような。
  そんな曖昧な記憶がふわふわと頭の中で浮かんでいる。

「そうなんだ……。ま、まあ、別に私も迷惑ってわけじゃないから!」

 京香は慌てて付け加えるように言う。頬が赤くなっているのは何故なのだろうか?

「……それにしても、耐えられるものね」
「ん? 何がだ?」
「私、昔はよくわかんないけど、炎系の魔法を一日に一回出さなければ気が済まなかったのよ」
「本当によくわかんないな、それ!」

 なんだそりゃ、と言った感じだ。
 あれだろうか、自分が得意な魔法を出さないと気持ちがモヤモヤするとか、そんな感じなのだろうか。

「変に我慢しようとすると、何か我慢しちゃいけないような気がして……。なんでかしらね?」
「まあ、ストレスとかそういうのじゃないか?」

 俺もよくわかんないが、考えられるとすればそんな感じがした。

「……よし、今日はもう終わりにしましょうか!」

  京香はくるりと背を向ける。

「あんたも早く風呂に入って寝なさいよ?」
「ああ。今日も、ありがとな」
「……別に、私が自分からやるって言ったんだから。お礼なんていいわよ」

 京香は背を向けたまま答え、そのまま稽古場から出て行った。

「……じゃあ、俺も風呂に入るか」

 俺はゆっくりと伸びをすると、稽古場を後にした。

 今思えばこの時から気がついてもよかったのかもしれない。
 いや、気づくべきだったのだ――気がつかなければならなかった。
 京香に起こっている異変に。

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