勇者な俺は魔族な件

風見鳩

プロローグ 俺たち、噂の『四人組』

 ここはモストーボルより南東方角にあるニチトールという地域の、ブゾウテナという町。

 その近くにある森で日が西へ傾きかけている中、俺は木の上から静かに木々の中を見つめていた。

 草をかき分ける音、木々の僅かな揺れ、頬に当たる風の感覚……。

 ただただ静止して、動くべき時を待つ。

 そして──。

「……見つけた」

 左から僅かな足音が聞こえた途端、俺は木を蹴って左へ飛んでいた。

 体内から大剣を生成し、音がした草むらに向かって振るう。

「ゴアァァアァァアアッ!?」

 次の瞬間、草むらが斬れた先にいたのは、一匹の魔獣だった。

 そいつは全身金色の2メートルぐらいのゴリラような奴で腕が四本あり、その腕全てが黒に染まっている。

 大剣はゴリラ魔獣の脇腹辺りを抉っていき、真っ黒い血があふれるように傷口から出てくる。

「えーっと……確か『ゴールド・ウータン』だっけ、こいつ。なんか……そのまんまだな」

 考えたやつのネーミングセンスを疑うぞ。

 ゴリラは突然現れた俺の姿に目を白黒させていたが。
 攻撃してきたのが俺だと知ると青い目を黒く血走らせて咆哮する。

「ゴォォォオオオオオォォォッ!!」

 周囲の葉が全て吹き飛ばすんじゃないかというように吠えたゴリラは、俺めがけて右上拳を振り下ろす。

 普通の人がまともに受ければ頭蓋骨が割れるような攻撃。だが……。

「……ダメだな」
「ッ!?」

 その拳を左手だけで受け止め、ゴリラは信じられないという表情見せる。

 ぐっと受け止めた手に力を込めると、メキャリという音が拳から響いた。

「ゴ──ァァアアァァッ!??」
「……わからんな、お前がA級指定の魔獣だということが」

 俺は腰を落とすと。

 右上の手をダラリとさせているゴリラに向かって、右手に持っている大剣で突きを放つ。

「弱すぎんだよぉっ!」

 ドンッという衝撃が走り、ゴリラ魔獣の身体に大剣が柄の部分まで侵入する。

 そのまま大剣を右に振り切ると、『頑丈』と言われていたゴリラの身体はいとも容易く切り裂かれた。
 ゴリラは膝をつき、顔を歪めながら地に顔をつけてもがくように手足を動かすが、やがて動かなくなってしまった。

「はあ……なんというか、あっけないな」

 俺は大剣をしまってゴリラの死体の首元を掴むと、ズルズルと引きずりながら移動していく。
 しばらく森の中を歩いて行くと、見慣れた三人の後ろ姿が見えてきた。

「おう、そっちはどうだ?」
「あっ、兄貴! 『ツノケン十体の討伐任務』、たった今終わったところですぜ!」

 俺の声に反応し、ブタのような顔をした、金髪角刈りヘアーの男──ベレドニがニヤニヤと笑いながら答える。
 その姿は小物臭する脇役のようである。

 その傍らで、うんしょうんしょと一生懸命角が生えた犬の魔物の死体を紐で縛っている少女。

 さらりとした紺色のストレートの金色の目をしていて、まるで月を連想させるような美少女──シーナだ。

「兄貴の方は……それ、『ゴールド・ウータン』ですか?」
「ああ、秒殺だった。あり得ないくらいに弱かったぞ、こいつ」
「……いや、A級魔獣を秒殺する兄貴の方が、あり得ないですから」

 と、もう一人の脇役っぽい茶髪の七三分けの、ガイコツのようにやせ細った男──デルドニが平然とする俺を見て冷や汗をかく。

「とにかく、これでクエストは終わりだな。さっさと帰るぞ」

 と、踵を返して町へと帰ろうとした途端。
 かすかな鳴き声と飛翔音が俺の耳に入ってきた。

「シーナ! 右の空に雷魔法だ!」
「ふっ、えぇ!? み、右の空ですかっ?」

 突然の命令にシーナは目を白黒させたが、背負っていた杖──ロート・フォルモントを慌てて構える。

「え、えいっ!」

 という可愛らしい掛け声と共に、杖につけられている黄色の鉱石が赤く変色した。
 次の瞬間、バシュゥゥゥゥゥンッと耳をつんざく音と辺りを全て照らすような青白く眩い光が発せられ、馬鹿でかい電撃が放たれる。


「──ァァッ」

 シーナの攻撃が当たったことがわかると、担いでいたゴリラの死体をその場に捨てて、落ちていったであろう方向へと駆け出す。

 敵の位置を音だけで探知できる称号【超索敵】を持っている俺にとって、捜し当てるのは難しいことではない。
 現に、俺の目の前にはシーナの雷魔法をモロに受けて痺れているさっきの魔獣より更にでかい赤いドラゴンの姿があった。

「よしよし、お前は『赤竜』だな? 確かS級指定魔獣の」
「ガ……アアァッ!」

 姿を見て敵の正体を確認すると、赤竜は黒い翼を広げて何とか立ち上がる。

「ガアアアアァァァアッ!」
「おっと」

 鋭い爪が俺に向かって振りかざされ、それを半身だけずらして躱す。
 と、赤竜の口が膨らみ始める。ブレスを吐く前触れだ。

「グゥアアアアアアアァァァァァァッ!」

 数秒しないうちに放たれるブレス。その威力は人っこ一人をまる焼きにするような、馬鹿でかい炎である。
 だが……。

「ぬるいな」

 氷魔法を発動させるとパキリッという音と共に、ブレスが全て凍りついた。

 一瞬、何が起こったのかわからない顔をする赤竜。
 俺は飛び上がり、その赤竜めがけて生成した槍をぶん投げた。
 ドスンッという音が鳴り、槍が赤竜の頭を貫いた。

「ガァァァアアアァッ!?」
「……はあ、やっぱ黒竜あいつみたいな防御力じゃねえのか」

 溜息をつきながら赤竜の頭の上に着地すると槍を引き抜く。
 槍が貫いた傷口から、どす黒い血が溢れ出てきた。

「ガアアアァァアァァァアアッ!!」

 苦しそうに顔を歪める赤竜。俺は頭の上から降り立ち、赤竜の腹に右拳を打つ。

「ガアッ!?」
「どうした、もう終わりか?」

 拳が腹に食い込むと、その反動で赤竜は木々をなぎ倒していきながら後ろへと吹き飛んでいく。

「ガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 最後の足掻きなのか、赤竜は小さく身を屈めると一直線に低空飛行して突っ込んでくる。

 速度も威力も、まともに当たれば致命傷を負うようなダメージだ。

 ──相手がまともな人間であればの話だがな。

 俺は無造作に右手を伸ばして、赤竜の頭を受け止めた。

 予想以上の威力に数メートルほど後ろへ滑ったが……どうってことはない。

 赤竜を受け止めている右手から大剣を生み出させると。
 ズプリと大剣が先程の傷口から赤竜の体内へ侵入していった。

「ガアァ──ァァッ……」

 赤竜の身体はビクリと跳ねると、そのまま力なく倒れた。
 俺は傷口に手を突っ込んで体内に埋め込んだ大剣を取り出す。

「アズマくん、何がっ……!?」

 と、ちょうどシーナたちが俺の元へ追いつき、倒れている赤竜を見て息を呑む。

「せ、赤竜……!?」
「S級指定の魔獣じゃないっすか、こいつ!」
「そんなことよりロープくれないか? こいつも持って帰るぞ」

 目を丸くする三人を尻目に俺が指示をすると、デルドニが慌てて背負っていたリュックから五メートルくらいの長さのロープを取り出す。
 俺はそのロープで赤竜の身体をきつく縛ると、それを担いでズルズルと引きずっていく。

「じゃあ帰ろうぜ、クエストの報告をしに」

 夕暮れの光によって照らされる俺の笑顔は、さぞ不気味だったのだろうと思う。


 * * *


 町へ戻ると、俺たちが担いできた二つの大物が町にいた者たちの視線を奪っていく。

「おう、また・ ・派手にやってきたなあ」

 と、このブゾウテナに来てから知り合った冒険者が俺に声を掛けてきた。

 その男は青色の短髪をしていて、俺より背が高めで背中に大剣を背負い身軽そうな軽装をしている。
 如何にも兄貴分といった雰囲気の人族の冒険者──確か、ゴーラというA級冒険者だ。

「今日はゴールド・ウータンに……赤竜? 森の奥の方まで行ったのか?」
「いや、俺たちのところまで来てたまたま出くわしたんだ。おそらく餌を求めにな」

 俺が半分真実を含んだ説明をすると、ゴーラはニヤリと笑う。

「ふーん、たまたまねえ……お前は余程大物と出くわす率が高いんだなあ」
「まあ、森の浅い方と言えど魔族の領域に変わりはないしな。だからどの強さの魔獣が出てこようと、不思議じゃないだろ?」

 ちなみに言っておくと、このゴーラという男性は明らかに俺より年上だ。

 だから、最初こそ敬語を使っていたんだが……どうにも彼は敬語が嫌いらしいので、タメ口で話すようにしている。

 更に言っておくと、デルドニとベレドニに敬語を使う気はない。
 敬語なんて今更だしな。

「……それもそうだな!」

 少し考える素振りをするゴーラだったが、やがて納得したように頷く。

「あっ、そうだ! 俺たちのパーティー、今から夕食しにするんだが……お前たちも一緒にどうだ?」
「『あっ、そうだ』じゃねえよ。おごって欲しいだけだろ、お前」
「はっはっは、バレちまったか」

 俺の言葉にゴーラは豪快に笑い飛ばす。
 こいつのこういうところに好感が持てる。

「まあ別に奢ってもいいぜ」
「お、本当か? やりぃ!」
「じゃあこれ、ギルドに報告してくるからそこら辺で待ってろ」
「おう!」

 そう言ってギルドに向かって歩くと、後ろにいたシーナとデルドニとベレドニも続いていった。
 大通りの道を数十メートルに渡って通っていくと、目の前から巨大な建物が見え始める。

 ロウ・ブロッサム国の王宮ほどじゃないが、それでもかなり大きな山吹色の建造物──『ギルド』と書かれた看板の目の前まで俺たちは歩み寄った。

「おーい、ちょっといいかっ!」

 ドアを開けて半身だけ建物内に入り、正面にいた受付嬢に声をかける。

 俺の声がギルド内に響くと、ガヤガヤとしていた室内がピタリと止んで面白いぐらいに静かになった。

「……何か?」

 呼ばれた受付嬢は頬を引きつらせながら俺の方までやってくる。

 水色の髪をショートカットにして、俺と同じくらいの歳の人族の受付嬢──えっと、名前はミミヤだったと思う。
 襟がついている白いブラウスに青色のネクタイ、そして青色の膝丈スカート。如何にも「受付嬢だぜ」といった感じの服装だ。

 いや、「だぜ」なんて言わないと思うが。

「クエスト報告だ。『ツノケン十体の討伐任務』の」
「それならば、直接入ってきて報告すればいいのではないのでしょうか? ツノケン十体の死体はギルドに入らないくらい大きなものではないでしょう?」
「ツノケンだけならな」

 俺がドアを開けて二体の死体を見せると、ミミヤの笑顔が更に引きつったのがわかる。

「……これは?」
「俺たちがツノケンを狩っている最中に乱戦してきた奴らだ。こいつらがクエスト対象じゃなければ、全部解体して換金してくれ」

 淡々と報告すると、はぁっと溜息を洩らすミミヤ。

「……かしこまりました。では、少々お待ちください」

 ミミヤがそう言って受付の奥の部屋へと消えていく。

 そしてしばらくしないうちに、ワラワラと解体する作業員が数名出てきた。

「じゃあ、後は頼みます」

 俺は作業員たちにそう言ってギルドの中に入ると、ミミヤの目の前にツノケン十体を縛り上げたロープを放る。

「こっちが俺たちが受けていたクエスト完了のものな」
「ちなみに……あの魔獣たち、本当にあなたたちのところに紛れ込んできたのですね?」
「ああ、間違いなく紛れ込んできた。自ら捜したんじゃなくて、あいつらから俺らの目の前まで来たんだ」

 何も問題ないだろう? と表情をする俺に、ミミヤ嬢はうんざりとした表情をみせた。


「……また・ ・ですか」


 つい二週間前に結成されたばかりのパーティー『魔の月ノワルーナ』は、最近ブゾウテナで噂になっている四人組冒険者だった。

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