勇者な俺は魔族な件
第十五話 二度ある『急展開』は三度ある
風呂というのは不思議なもので身体的だけではなく、精神的にも癒す効果がある。
熱すぎず温すぎず──ちょうど良い湯加減が、もしかしたら心地良い空間を生んでいるのかもしれない。
「はぁー……」
かく言う俺も、全身をお湯に浸かってまどろみの空間を生ませていた。
今まで見たことのないような巨大な大浴場。
そんな中、贅沢に一人で露天風呂を支配していた。
要するに、完全な貸切状態だった。
「なんか、今日一日だけで色々あったな……」
しみじみと、呟く。
思ってみれば、まだ一日しか経ってないんだよなこれ。
突然異世界に飛んできたと思ったら、勇者と言われたり、侵入者と言われたり、お姫様とデートしたり、誘拐事件が起きたり、黒竜と戦ったり……。
五日分の出来事を無理に圧縮したような一日だったな。
体力持たねえぜ。
ふと見上げると、真っ暗な空に綺麗な満月と数え切れないほどの輝いていた。
「……こんな数の星を眺めるのも、久しぶりだなあ」
そんな事をつぶやきながら、星を眺めていく。
俺の住んでいたところはそこそこ都会だったので、夜も明るくて星なんて一つ二つしか見ることが出来なかった。
だから、こんな景色を見る機会は滅多になかったのだ。
「ところで、夜も黒だな……ははっ、夜は魔物の時間だから外に出てはいけないとも、言われてそうだ」
俺は自嘲気味に笑い──黒く染まった腕を、全く同じ色をしている夜と重ね合わせる。
「…………」
やっぱり、俺の想像通りと言ったところか。
ゲーム内では「モンスターと戦うごとに侵蝕していく」のが魔族の設定だ。
兵士と戦っている時は、そんな感じはしなかったのだが……魔族と戦っている時は、まるで身体が何かに侵蝕されていく感じがしっかりとあった。
どうやら……魔族と戦うことで、侵蝕ゲージが溜まっていくようだな。
ちなみにゲームだと、戦闘が終了した途端にゲージはゼロになる。
しかし現実はそうもいかないらしい。ゲージをゼロにするには、時間がかかるようだ。
鎧を脱いだ時は肩まで黒くなっていたのだが、今は肘までに小さくなっている。いずれは完全に肌色まで戻るだろう。
「うーん、確かにあの話は悪くないが……これ<rp>・</rp>があるのはやばいよなあ」
ソルガムはああ言ってくれたが……やっぱりここにいるわけにはいかない。
シルエはついて行くとか言うかもしれないが、なんとか誤魔化して逃げるとしよう。
大丈夫、この世界のことはそれなりに理解してきたから、もう彼女の助力なしでも生きていける。
さて、明日出発する為に何か必要なものはないかとのんびり考えるこの時の俺は──完全に油断していたとした言い様がなかった。
いや、一応警戒はしていたのだ。
だが、男女分かれている風呂場の環境と、「悪いけど俺が入ってる時は誰も入らないようにしてほしい」という保険の二つで安心しきっていたのが原因だろう。
だって、「入るな」と命令を無視して、あまつさえ男風呂に乗り込んでくる少女を誰が想像できようか。
「アズマ……さま……?」
はっと気がついた時にはもう遅く、目の前には呆然としているタオル一枚のシルエが目の前に立っていた。
彼女は何で呆然としているのか?
いないと思っていた俺が風呂に入っていたこと?
裸同然の姿を見られてしまったこと?
いや。
まるで魔族の象徴であるような黒い腕を見てしまったからだ。
つまり、見られたのだ。
見ラレテシマッタノダ!
「そ、その腕は、一体──きゃっ!?」
見られた、警戒心を持たれたと理解した瞬間。
──俺はシルエに襲いかかっていた。
★ ☆ ★
深夜。
誰もが寝静まる中、一つの影がどこよりも高い建物──宮殿の屋根の上に立っていた。
その影はしばらく夜の街を眺めていたが、やがて時が来たように高く飛び上がる。
深夜の門番たちも流石に屋根を監視していたわけじゃなかったので、その影に気がつくことはなかった。
その影は屋根という屋根を踊るように移動していく。
着地する音を殺していて、まるで猫のようだ。
踊る影はやがて一つの屋根で止まる。
そこは少しボロボロになっている宿屋。
影は器用に足で窓を開けると、部屋の中へと侵入していった。
「おい、まだかよデルドニ!」
「もうちょっと……くっ、この首輪さえなければこんな苦労せずに逃げれたのに!」
中に入って見えたのは。
豚のような顔をした男とガイコツのようにやせ細った男がイモムシのように縄で縛られていて、なんとか解こうと必死になっている哀れな姿だった。
「よう、逃げようとしてんのか? 協力するぜ」
「あぁ? こっちは今忙し──ひぃぃぃぃっ!?」
「どうしたベレドニ。そんな怯えたような──ぎゃぁぁぁぁっ!?」
二人は侵入してきた影を見るなり、まるで幽霊とでも遭遇してしまったような顔をする。
「あんなボコボコにされても、まだ逃げようとする気力があるとはな。なかなか根性があるな、お前ら」
「す、すすすすすいやせんっしたぁ! もう二度と、こんな事はしやせんのでぇ!」
「殺すのだけは! 勘弁してくださいぃぃぃ!」
二人は顔を真っ青にしてガタガタと震え出す。すると、影は困ったような表情を見せる。
「ん? 二度としない? いやいや、待て待て。殺さないからさ、人攫いはまだ<rp>・</rp>やめないでくれるか?」
「「……は?」」
意味不明な影の言葉に、二人は目を丸くする。
「お前らさ、今からでも人攫いしてこの国から無事に脱出出来るか?」
「……それは、まあ」
「時間さえあれば、なんとか」
しどろもどろとしたデルドニとベレドニの答えに、影は満足げに頷く。
「そうかそうか。そいつは良かった」
「……?」
「実はさ、さっき致命的なミスをしちゃってな」
影──黒鎧の男は三日月のように口元を吊り上げる。
「ある人を、攫ってほしいんだ」
熱すぎず温すぎず──ちょうど良い湯加減が、もしかしたら心地良い空間を生んでいるのかもしれない。
「はぁー……」
かく言う俺も、全身をお湯に浸かってまどろみの空間を生ませていた。
今まで見たことのないような巨大な大浴場。
そんな中、贅沢に一人で露天風呂を支配していた。
要するに、完全な貸切状態だった。
「なんか、今日一日だけで色々あったな……」
しみじみと、呟く。
思ってみれば、まだ一日しか経ってないんだよなこれ。
突然異世界に飛んできたと思ったら、勇者と言われたり、侵入者と言われたり、お姫様とデートしたり、誘拐事件が起きたり、黒竜と戦ったり……。
五日分の出来事を無理に圧縮したような一日だったな。
体力持たねえぜ。
ふと見上げると、真っ暗な空に綺麗な満月と数え切れないほどの輝いていた。
「……こんな数の星を眺めるのも、久しぶりだなあ」
そんな事をつぶやきながら、星を眺めていく。
俺の住んでいたところはそこそこ都会だったので、夜も明るくて星なんて一つ二つしか見ることが出来なかった。
だから、こんな景色を見る機会は滅多になかったのだ。
「ところで、夜も黒だな……ははっ、夜は魔物の時間だから外に出てはいけないとも、言われてそうだ」
俺は自嘲気味に笑い──黒く染まった腕を、全く同じ色をしている夜と重ね合わせる。
「…………」
やっぱり、俺の想像通りと言ったところか。
ゲーム内では「モンスターと戦うごとに侵蝕していく」のが魔族の設定だ。
兵士と戦っている時は、そんな感じはしなかったのだが……魔族と戦っている時は、まるで身体が何かに侵蝕されていく感じがしっかりとあった。
どうやら……魔族と戦うことで、侵蝕ゲージが溜まっていくようだな。
ちなみにゲームだと、戦闘が終了した途端にゲージはゼロになる。
しかし現実はそうもいかないらしい。ゲージをゼロにするには、時間がかかるようだ。
鎧を脱いだ時は肩まで黒くなっていたのだが、今は肘までに小さくなっている。いずれは完全に肌色まで戻るだろう。
「うーん、確かにあの話は悪くないが……これ<rp>・</rp>があるのはやばいよなあ」
ソルガムはああ言ってくれたが……やっぱりここにいるわけにはいかない。
シルエはついて行くとか言うかもしれないが、なんとか誤魔化して逃げるとしよう。
大丈夫、この世界のことはそれなりに理解してきたから、もう彼女の助力なしでも生きていける。
さて、明日出発する為に何か必要なものはないかとのんびり考えるこの時の俺は──完全に油断していたとした言い様がなかった。
いや、一応警戒はしていたのだ。
だが、男女分かれている風呂場の環境と、「悪いけど俺が入ってる時は誰も入らないようにしてほしい」という保険の二つで安心しきっていたのが原因だろう。
だって、「入るな」と命令を無視して、あまつさえ男風呂に乗り込んでくる少女を誰が想像できようか。
「アズマ……さま……?」
はっと気がついた時にはもう遅く、目の前には呆然としているタオル一枚のシルエが目の前に立っていた。
彼女は何で呆然としているのか?
いないと思っていた俺が風呂に入っていたこと?
裸同然の姿を見られてしまったこと?
いや。
まるで魔族の象徴であるような黒い腕を見てしまったからだ。
つまり、見られたのだ。
見ラレテシマッタノダ!
「そ、その腕は、一体──きゃっ!?」
見られた、警戒心を持たれたと理解した瞬間。
──俺はシルエに襲いかかっていた。
★ ☆ ★
深夜。
誰もが寝静まる中、一つの影がどこよりも高い建物──宮殿の屋根の上に立っていた。
その影はしばらく夜の街を眺めていたが、やがて時が来たように高く飛び上がる。
深夜の門番たちも流石に屋根を監視していたわけじゃなかったので、その影に気がつくことはなかった。
その影は屋根という屋根を踊るように移動していく。
着地する音を殺していて、まるで猫のようだ。
踊る影はやがて一つの屋根で止まる。
そこは少しボロボロになっている宿屋。
影は器用に足で窓を開けると、部屋の中へと侵入していった。
「おい、まだかよデルドニ!」
「もうちょっと……くっ、この首輪さえなければこんな苦労せずに逃げれたのに!」
中に入って見えたのは。
豚のような顔をした男とガイコツのようにやせ細った男がイモムシのように縄で縛られていて、なんとか解こうと必死になっている哀れな姿だった。
「よう、逃げようとしてんのか? 協力するぜ」
「あぁ? こっちは今忙し──ひぃぃぃぃっ!?」
「どうしたベレドニ。そんな怯えたような──ぎゃぁぁぁぁっ!?」
二人は侵入してきた影を見るなり、まるで幽霊とでも遭遇してしまったような顔をする。
「あんなボコボコにされても、まだ逃げようとする気力があるとはな。なかなか根性があるな、お前ら」
「す、すすすすすいやせんっしたぁ! もう二度と、こんな事はしやせんのでぇ!」
「殺すのだけは! 勘弁してくださいぃぃぃ!」
二人は顔を真っ青にしてガタガタと震え出す。すると、影は困ったような表情を見せる。
「ん? 二度としない? いやいや、待て待て。殺さないからさ、人攫いはまだ<rp>・</rp>やめないでくれるか?」
「「……は?」」
意味不明な影の言葉に、二人は目を丸くする。
「お前らさ、今からでも人攫いしてこの国から無事に脱出出来るか?」
「……それは、まあ」
「時間さえあれば、なんとか」
しどろもどろとしたデルドニとベレドニの答えに、影は満足げに頷く。
「そうかそうか。そいつは良かった」
「……?」
「実はさ、さっき致命的なミスをしちゃってな」
影──黒鎧の男は三日月のように口元を吊り上げる。
「ある人を、攫ってほしいんだ」
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