勇者な俺は魔族な件

風見鳩

第九話 『トラブル』の連鎖

「助けてくれて、ありがとうございました」

 数分後、目を腫れさせたシルエはお礼を述べてくる。

「……いや、お前がいないと今現在の俺の味方がいなくなるだろ? 別にお前が心配じゃなくて、俺の安全を心配しての行為だ。お礼なんかいらねえよ」

 今まで純粋なお礼を言われたことなどあまりなかったので、少し口ごもってしまう。
 まあ、そんなことよりもだ。

「とりあえず、これを着とけ。そんな裸同然の姿を晒すもんじゃねえぞ」

 俺はシルエを捜している道中で見つけた布の入れ物を渡す。

 それは、今日買った藍色の生地と袖などが金の布地で作られているローブだった。

「あっ……ご、ごめんなさいっ」

 シルエはようやく今の自分の服装を思い出したようで、頬を赤らめながらいそいそとローブに袖を通す。

 ちなみにそのローブ、ここに来るまで俺が着てたんだよな。
 だって、この黒鎧でそのまま歩いていると警戒されるらしいし。

 ……まあ、別に言わなくていいことかな。

「あ、あと、さっきから魔法が発動しないんですが」
「多分その首輪だろうな」

 俺はシルエの首についている不格好の紫の首輪を指差す。
 おそらくシルエからは死角になっていて、首に違和感があるとしか感じられなかったのだろう。

「え、首輪ですか!? ど、どうやって取れますか!?」
「こういう場合、どこかに留め具やらなんやらあるはずだが……」

 どれどれと俺は首輪を詳しく観察する。

 紫の首輪がついているシルエの首はほっそりとしていて、ローブから覗かれる鎖骨も綺麗である。
 後ろも観察すると、肌が真っ白で綺麗なうなじが色っぽさを出していた。

 ……って何やってんだ、俺は! 首輪を観察するだけで、シルエの首やらうなじやらは見なくていいんだよ!

「アズマ様、どうしたんですか? 顔が赤いですよ?」
「い、いや、なんでもない。あっ、多分これだな」

 俺は平常心を偽りながら(決して口ごもってなどいない)、首輪にある小さな鍵穴を指差す。

 多分、どっちか二人が鍵を持っているはず……。

 俺はそう思って、二人が羽織っている茶色いマントやら隅に置いてあった荷物やらを漁ると、それらしき鍵を見つけた。
 それを使ってシルエについている首輪を外してやる。

「あ、ありがとうございます」
「それはどういたしまして……しかし」

 俺は手にしている紫色の首輪をまじまじと見る。

 さっきの閃光玉といい、篭手から引き剥がしたぐにゃぐにゃの短剣といい、こいつらこういうモノばかり持っているのかな……。

 というかこの二人、どうしようか。そのまま放置しておくわけにもいかない。

 そうだな、この首輪でもつけさせてぐるぐるに縛っておくか。
 さっき、同じものを見つけたしな。

 二人を荒縄でぐるぐるに適当巻いて、首輪をつけてやる。

 あと、刃物になりそうなものは全て部屋の隅にポイ。
 簡単に逃げられたらつまらな……もとい面倒だしな。

 そうして俺が二人で遊んでいると……。

 ドンッ! という大砲の音が鳴り響く。

「なんだ……?」

 窓を開けてみると、壁の方で何やら黒い煙が上がっているのが見えた。

「あ、あれは……!」

 といつの間に同じく窓に顔を覗かせたシルエが(顔が近い)、何か怖がるような表情をしていた。

「アズマ様、大変ですっ!」
「お、おう、なんだ?」
「あの黒い煙は、緊急事態の合図です! 魔族が国を攻めにきたんです!」
「…………」

 どうやら、俺に休む暇はないようだ。


 * * *


「……来たか」

 『それ』は真っ赤な目をゆっくりと開く。

 『それ』はたった一人の巨大な一室の中、通常の椅子の数倍はある巨大な椅子に座れるほど、人の数倍の漆黒の巨体をしていた。

 『それ』は限りなく人間の姿に近く、限りなく人間に遠い存在。

「この時をどれほど待っていたことか……」

 『それ』は歓喜に満ち溢れていた。

 まるで、何年にも渡って待っていたかのように。

「やはり、今までのことは間違いではなかったのだな」

 ゆっくりと巨体を立ち上がらせ、何もない部屋の隅を見据える。

「レリク」
「はっ」

 次の瞬間、隅から一人いきなり現れたかのように『それ』より一回り小さい人の形をした何かが返事をする。

 否、いきなり現れたのではない。
 ずっとそこにいただけで、存在を薄めていただけなのだ。

 まるで死人を彷彿させるかのような真っ白な肌、闇より深そうな黒い髪をオールバックにしている男の人族のような魔族。

 『存在魔帝』レリク=ガリク。

 未だ、人族には知らされていない──『魔王』の更に上を行く存在。

「魔物を数千体と、適当な魔獣を進撃させよ」
「どちらまで?」
「モストーボルの、ロウ・ブロッサム王国だ」
「御意……人族を殲滅させるのであれば、私も出撃しますが」
「いや、今回はそれが目的ではない、お前は下がっていろ」
「……はっ」

 次の瞬間、再びレリクの存在が薄れていき、認識できなくなるまでに気配が消える。

「さて……始めさせてもらうぞ、俺の計画を」


 『それ』──『魔神』は魔鏡に写る黒鎧の少年を見つめると、不敵に笑った。

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