勇者な俺は魔族な件

風見鳩

第八話 勇者vs小物臭する『二人組』

 シルエが誘拐されたかもしれないという予想がついたのはすぐだった。

 あの兵士たちの目的はあくまで『シルエの保護』。
 つまり、あの場からシルエたちが姿を現すだけで事は解決したのだ。

 そしてこう言っていた、「ここにシルエ姫と黒鎧の男を見かけなかったか?」と。

 俺とシルエが一緒に街へ出ているなんてことは一言も言っていない。
 しかし、兵士たちは俺とシルエが一緒にいることを前提に訊いていた。

 ということは、だ。あいつらはこう思っているのではないのだろうか。

 「黒鎧の男がシルエ姫を攫ったのだ」と……。

 それならば、シルエが説明すればいいのだ。

 完全に信じてくれるとは思えないが、少なくとも逃げ回るよりか怪しまれないはず。

 そして俺がおそらくシルエ達が隠れただろう路地裏へとたどり着くと、誰もいなかった。
 誰かと合流するのであれば、どちらかが止まっている方が合流しやすい。

 あいつらも俺を捜すために動いたのかもしれないとも考えられるが……どうにも怪しかったからな。

 さて、誘拐されたとなればどこへと向かったのだろうか。
 おそらくここからそう遠くない宿屋のはずだと考えた俺は、比較的端っこの方の宿屋を探し始めた。

 向こうとしては、その方が逃げやすいしな。

 そこからはそう難しくない話だ。
 周辺を探してみたところ、あるのはボロい宿屋一つだけだった。

 そしてこう言うだけ、「さっき入ってきた二人組に呼ばれてきた、客室はどこだ?」と。

 当たり前だが、この世界のセキュリティー面は前の世界より甘いもので、快く二人組の客室の位置を教えてくれたというわけだ。

 場所を特定した後は、部屋の目の前で火魔法を出して煙を部屋の中に入れ込む。

 馬鹿な誘拐犯なら、火事だと勘違いして部屋から飛び出してくる。
 その時は、出てきた瞬間に捕まえればいい。

 少し頭が働く誘拐犯なら、シルエを置いて窓から脱出する。
 犯人たちがいる部屋は二階なので、飛び降りても死ぬことはないだろう。

 まあ、どっちにしろ『シルエを保護する』のが俺の目的で、誘拐犯を捕まえるか否かは二の次だった。


 しかし、 【追跡者】の称号がこんな所で役立つなんてな。
 案外、無駄な称号じゃなかったということだ。


 一分以上経っても何の音がしてこないもんだから、どうしたものかと中に入ってみたが……。

 俺を一時的に足止めして、シルエを連れて逃走を考えるとは。俺が考えているより、相当頭が回るようだ。


 さて……俺は二人の男をそれぞれ見やる。

 俺に向かい合って立っているのは木の棒のような短い杖を構えたヒョロリとした男。
 もう骨と皮しかないんじゃないかという風なガイコツのような顔をしていて、茶髪の七三分けが特徴的だ。

 続いて、今さっき壁に投げ飛ばした男。
 通称ガイコツ男とは対照的で、全身肉の塊なんじゃないかと思うほどの太っている。
 金髪の角刈りヘアーのブタのような顔をした男だ。

 二人共、若干老けてさえ見えるが、おそらく三十歳前後といったところだろう。

 というか……なんだか、よく小説の序盤に出てすぐやられそうな小物臭する脇役みたいな二人組だな。

 で、やられた二人は主人公にボコボコにされて、二度と登場してこなさそう。

「……アンタは、何が目的だ?」

 ガイコツ男は冷静且つ一切構えを解かずに、俺を睨みつける。
 ふむ、どうやらこっちが頭の回るやつのようだ。

「何がって……そりゃあ、お姫様の救出さ。勇者様はそういう役目なんだろう?」

 俺は手をひらひらさせて、おどける動作を見せる。

 ちなみに、本当の理由は俺に味方してくれる人がいないと困るからだ。
 老若男女関係なく、王女だの勇者だのはどうでもいい。

「まるで自分が勇者みたいな言い方だな」
「はっはっは、少なくともお前らよりかは勇者に近いんじゃないか? 俺みたいなイケメンならまだしも、お前らみたいなブサイクが勇者とか言われても誰も信じないだろ?」
「今自分でイケメンって言ったか、お前」

 それはさておき。
 俺は冷静を偽って会話を続けようとするガイコツ男を観察する。

 どうにも、あいつは俺との時間を稼ぐことが目的らしい。

 何か仕組む素振りはしていない。
 ということは、タイミングを待っているということか?
 タイミングとはいつだ?
 その時、あいつは何をする?

 その答えが明白になるのは早かった。

「うらあああああああああああっ!」

 壁に投げつけたブタ男がいつの間にか立ち上がっていたらしく、再び俺に向かって飛び出してきたのだ。

 振り向くことなくスッと右腕だけを伸ばして、迫り来る男が持つ短剣を掴む。

 まったく、こんな事をしても無駄だって言ってるのに──

「っ!?」

 が、右手からぐにゃりとした感覚が襲い、本能的に手を離そうとする。

「な、なに……!?」

 しかし、掴んだ手は短剣から離れることがなかった。

 慌てて魔法で対処しようとするも……魔法が発動しない!?
 この短剣、何か細工されてやがるな!

「氷よ、無限の鋭き刃となりて一点を貫き続けろ!」

 篭手を外すか? いや、魔法の対処に間に合わない!
 それならば……!

「『氷連弾アイシクルガトリング』!」

 目の前から迫り来る氷弾の連射バージョン。空いている左手に意識を集中させる。

 イメージは……大剣!

「う──おおおおおおおおおっ!」
「がっ!?」

 次の瞬間、俺の手に何かが収束するような感覚がした途端──漆黒の禍々しいデザインをした大剣が出現した。

 ここは宿舎であり、部屋の広さはそれほどない。つまり、突きをするだけでガイコツ男には十分届く!

 大剣は氷弾を全て弾いて、ガイコツ男の体を吹き飛ばす。ヒョロリとした体はいとも容易く壁へぶち当たって動かなくなった。

「なっ……デルドニ!?」

 勝ったと思っていたのか、ブタ男は一瞬何が起きたのかわからない顔をする。
 だが、やがて驚愕した表情に変わると、慌てて俺から距離を取った。

 篭手を外すと、魔力が戻ったような感覚がする。やはり、間接的にでもさっきの短剣に触れていると、魔法が発動しないようだ。

「て、てめえ、どこにそんな大剣を隠し持ってやがった!?」
「お前に種明かしをする必要はないな」

 というより、「体から作り出した」って正直に言っても、信じてもらえなさそうだしな。

「ふざけやがってぇ……! 俺たち、魔族も泣いて謝る『七変化のドニー兄弟』を完全に怒らせたなっ!」
「一人、既にやられてるけどな」

 というか、なんだそのダサい二つ名は。

「こっ……の!」

 ブタ男はポケットから真っ白い球体を取り出すと、俺にめがけて投げつける。

 俺は火の魔法を発動して、その球体を爆散させ……

「かかったな!」
「っ!!」

 次の瞬間、カッと白い光が視界を包み込む。

 魔法を応用した、閃光玉か!

「くらええええええええええ!」

 何も見えない中、そんな男の叫び声が聞こえてくる。
 だが……。

「ただ考えなしに攻撃するだけの馬鹿じゃないってことか」
「っ!?」

 俺は視界が回復しないまま、迫り来る短剣を足蹴りして弾く。

「な、なんで、お前……!」
「まあ俺が、視界を失ったまま三十分間戦闘をこなす称号【心眼】を会得してなかったら、お前にも勝機があったかも、な!」

 視覚が使えないのならば、聴覚、嗅覚、感覚を使って、相手の場所を探り当てるまでだ。

 そしてそのまま、ブタ男の胸めがけて思いっきり蹴りつける。

 足には確かな感触、続いて何かが壁に当たった音と「ぐぎゃっ!」という奇妙な悲鳴。

 しばらくしないうちに視力が回復すると、目の前にはブタ男がうつ伏せになって倒れている姿があった。

「ふう……成功か」

 二人が倒れたところを確認すると、俺は緊張を解く。
 まあ、それなりに頭を使った連中だったな。

 俺は手にしている大剣に「戻れ」と念じてみると、はたして大剣はズプズプと体内へと入り込むかのように戻っていった。
 どうやら、こういうところもゲーム設定のままだな。

「無事か、シルエ──」

 くるりと振り返って、囚われのお姫様の無事を確認しようとして……ピタリと俺の動きが止まった。

 上半身はほぼ裸で下半身も下着一枚という、なんとも扇情的な光景であったからだ。

 なんというか……ブラジャーも剥ぎ取られたようで、乱暴に破れたドレスで見えてはいけない部分を上手く隠されている。
 ある意味で器用に破るものだな、あいつらも。

 目線をずらしたまま、シルエを縛っている縄を解く。

「よし、これで大丈夫……って、うおぉっ!?」

 晴れて自由の身となったシルエは、そのまま倒れこむように抱きついてきた。

「ちょっ、やめっ!」

 慌てて離そうとするが、しっかりとしがみついてきて離れてくれない。

 ええい、そんな何も隠すものがないような格好で密着するな!
 甲冑を着ているから、ギリギリでセーフだが!
 何がセーフだ、既にアウトだよ!

「ぐすっ……」

 混乱している俺の胸に顔を埋めているシルエからそんな声が聞こえてくる。

「怖かった、です……」
「…………」

 か弱い少女の本音を聴いて、ようやく俺も冷静を取り戻す。

 まあ、そうだよな。
 いきなり拉致されて、性的な行為をされそうになったのなら……普通なら怖いよな。

 ただ、残念なことにこんな実体験をしたことがない俺は何をしたらいいのかわからず、とにかく目の前にある頭を撫でて宥めることしか出来なかった。

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