勇者な俺は魔族な件
第五話 王女との『誘拐デート』
ロウ・ブロッサム王国宮殿内。
普段は静かで穏やかな空間は、鎧が忙しく揺れる音と喧騒にまみれていた。
「ご報告します国王様! し、侵入者を追っていた兵士たちは、ほぼ動けなくなってしまい、行方を眩ませましたっ!」
国王──ソルガム・シディ・シオヘイム・シャーナルクは慌ただしい兵士の報告を静かに聞いていた。
「……そうか。また侵入者を発見したら、取り押さえようとしないこと。すぐに私へ報告しなさい」
ソルガムは落ち着いた表情で玉座に座したまま告げると、銀鎧の兵士は「はっ」と短い返事をする。
ソルガムという男は侵入者の事をさほど重視していなかった。
報告を聞く限り、その侵入者はこの宮殿内を把握しているわけではなさそうだからだ。
そもそも侵入すらに気がつかせないほどまでの侵入者だったら、あっさりと発見されるわけがない。
それに宮殿内も事前に把握していてさっさと目的を遂行するだろう。
まるでこの宮殿に迷い込んだ子羊のようだ──というのが侵入者の印象だった。
だが、油断は出来ない。
彼を追いかけていたのが一般兵だとしても、王国を守るために幾度も魔族と戦闘をこなしてきた強者ばかり。
現役冒険者とでも充分に渡り合える実力を持つ兵士たち五十人近くを、全て撒いたどころか戦闘不能にさせるなど、相当の実力者である。
そんな相手をむやみに襲いかかっても返り討ちに遭うのがオチだ。
兵士全員の命まで取らない辺り、向こうも暴れたいわけではないらしい。
ならば、相手の出方を伺うべきだろうと顔色を変えずに冷静に考えるソルガム。
だが、再び慌ただしく王室へと入ってきた兵士の報告を聞き、初めて表情が歪むこととなる。
「た、大変です! 姫様が……シルエ様が姿を消しましたっ!」
「なんだとっ!」
ソルガムは大声を張り上げ、ガバリと立ち上がる。
「見回りはどうなっている!」
「そ、それが、何者かに気絶させられたらしく……」
兵士の報告を聞き、ソルガムは「まさか」という表情をする。
今、ソルガムの頭の中には先程の侵入者が思い浮かばれていた。
「そうか……そういうことか! 奴の目的は、私の可愛い可愛い娘──シルエだったのだな!」
ソルガムの顔に沸々と怒りが湧き、いつもの穏やかな口調が相当崩れているのがわかったのか、兵士は「ひっ」と情けない声を出す。
このソルガムという男、決して悪い人ではないのだが一つだけ悪い癖があった。
娘のシルエに関する事になると、非常に思い込みが激しくなってしまうことである。
良く言えば、娘想いだった。
悪く言えば、過保護だった。
酷く言えば、モンスターペアレントだった。
つまり、彼の頭の中には「シルエ自らが脱走した」という選択肢はなく、「何者かがシルエを攫った」という結論しかなかった。
「即刻動ける者どもを呼んでこい! まだ街の中にいるはずだ! 門の者たちにはいち早く侵入者を伝え、絶対に逃さないようにするな! それと訓練中のレオナードとガリウムを呼んでこい!」
「し、しかし、レオナード様とガリウム様は──」
兵士は何か報告しようと口を開くが、暴走状態のソルガムは聞く耳を持たない。
「口答えをするな! さっさと奴を捕らえろ!」
★ ☆ ★
「アズマ様、アズマ様! 次はこっちです!」
「わ、わかったから! 引っ張るなって!」
シルエにグイグイと引っ張られて足がもつれそうになりながらも、なんとかついて行く。
その後ろから無言でついてくるレオナードとガリウム。
「ほらほら、このネックレス! すごく可愛いです!」
シルエはキラキラとした目でネックレスを俺に見せつける。
「……元気だな、お前」
そんな彼女に苦笑をせざるを得なかった。
街に出るのが滅多にないのか、片っ端から店の中に入ってははしゃぐ姿はさながら子供のようだった。
……いや、俺と同い年ぐらいだし、まだ子供なのだろう。
「あ、そうだ! あそこに冒険者となる者に必要な物が売っているそうですよ! すごくいい店との評判で……行ってみましょう!」
シルエは俺が返事する前にぐいぐいと引っ張っていく。全く、困ったものである。
しかし、冒険者に必要な物、か……。
やはり、このファンタジーな世界にも“冒険者”たる職業が存在しているらしい。
ということは、魔族を狩るのを仕事としているんだな。
この国も何十メートルといった石で造られた壁に囲われているし、そもそも国としては土地の面積が狭すぎる。
魔族の量は相当なもので、徐々に生息地を広げていってるのが想像出来た。
「いらっしゃ……」
中に入ると、初老の男性店員がにこやかに挨拶をしようとする。
が、まずシルエの姿にギョッとして、俺の姿を見て更に驚く。
「こ、これは姫様っ! き、今日はどういったご用件でっ?」
「はい、ちょっとこの店を見て回りたくて」
「ど、どうぞご自由に! 何かあったら、なんなりとお申し付けください!」
初老の店員は声をやや上ずらせながらシルエと会話する。
まあ当然だろうな。
シルエはこの国のお姫様なんだし、なんで街に来ているのか不思議でたまらないだろう。
現に、ここに来るまでシルエの姿を見ては驚く人々を何度も見てきたわけだし。
また、レオナードとガリウムも大変有名らしく、注目が集まっていた。
「『怪力の銀狼』のレオナードだ!」
「『瞬足の黄金剣』と呼ばれるガリウムも一緒だぞ!」
「元SS級冒険者なんだろ、あの二人? すげえよなあ……」
たまに聞こえてくる痛い『二つ名』はともかくとして。
どうやらこの二人、相当強いらしい。
SS級というのがどのくらい強いのかよくわからないが……おそらく並大抵の人ではなれないものなのだろう。
と、上記のように俺ら四人が注目を集めるのにも頷けるわけだ。
だが、一つわからない事がある。俺への視線だ。
何故か俺の姿を見ると、人々はビクリと身体を震わせて遠ざかっていくのだ。
「な、なんだあいつ……!?」
「もしかして、奴がマレティアなのか……?」
「い、いや、マレティアは女のはずだ。それにここに来たなんて情報はない……」
「じゃあ彼女以外にあんな格好をする奴がいるのか?」
ヒソヒソと声が飛び交い、俺が視線を向けると「ひぃっ!?」と一歩下がってしまう。
今の店員も、俺を見た途端に怯えたような表情をしていたし……。
なんなんだ、一体。
「ああ、それはアズマ様のそのお姿ですよ」
ダメ元で興味深そうに甲冑を眺めているシルエに訊いてみると、彼女は俺の頭部と目と甲冑の三つを指差した。
「黒色は魔族の象徴なんです。ですので、不吉である為に皆は黒いモノを身につけたがらないのです」
「……なるほどな」
要するに、『4は不吉な数字』と同じようなものか。
そりゃ黒は不吉であるような連想なのに、黒髪だったり、黒目だったり、更に黒い甲冑をしていたら不気味に思うだろう。
そういえば、今まで黒いものをあまり見てこなかったし、ここにズラリと並ぶ鎧の中に、黒い甲冑は一つもなかった。
なんでだろうなあ、黒カッコいいのになあ……。
というか、お前は一切怖がらないんだな。
「ちなみに、何度も『マレティア』という単語が聞こえてきたんだが……『マレティア』って、なんだ?」
「マレティアというのは有名な冒険者です。なんでも、彼女は髪を黒に染めて黒いマントを羽織って、シュン・シャインの森奥に暮らしているとか……」
ふうん、有名な冒険者か。
それにしては、なんだか畏怖する象徴で皆は告げていた。
しかし、シルエの説明から唯一かどうかわからないが……その人は『黒』を好き好んでいるそうだ。
シュン・シャインという場所がどこだかわからないけど。
うん、いつか会ってみたいな。そのマレティアに。
なんて考えていると、シルエは一つのローブに目を奪われていた。
ほえー、とか言いそうな表情で目を輝かせている。
藍色の布地と袖が金色で作られている、いかにも魔法使いのようなだった。
「……シルエは冒険者に憧れているんですか?」
そんな彼女を見て、後ろに立っているイケメンの方であるレオナードに問いただす。
ちなみに言っておくと、年上に対しては基本敬語である。
さっきの兵士たちに敬語を使わなかったのは、侵入者扱いされて完全に敵対していたからな。
彼は寄ってきた俺をジロリと睨むように見ると、「ああ」と低い声で返してきた。
「姫様が小さい頃から我らは仕えていたからな……それが影響したのかもしれん」
ちなみに何でレオナードの方を選んだのかというと、なんとなくでありほぼ無意識的にだ。
見た目が気持ち悪い残念イケメンに話しかけたくないわけではない。
気のせいだ、多分。
「へえ、ということはお二人も強いんですか?」
「別に強いのかどうか、どうでもいいことだが……これでも幾度の魔族と渡り合ってきたからな、この付近の魔物や魔獣程度なら苦戦はしないだろう」
てめえには聞いてねえよ、残念イケメン。
と言いそうになるがぐっと抑え、案外渋い声で決して嫌ではない口調で答える残念イケメンことガリウムに「へえ」と感嘆な返事をする。
うん、やっぱり見た目がいけないんだな。特にそのロン毛が。
一部の女子には人気が出そうだが、男の俺としてはただ単に気持ち悪いとしか思えない。
確かにロン毛でかっこいい男だっているが、こいつにはちっとも似合ってない気がする。
ちょっとイメチェンしてこいよ、絶対今よりかっこよくなるから。
ちなみにあのローブ、どのくらいの値段なのだろうか……?
「……うげっ」
掛けられているローブの真下に置いてある石に刻まれている人族語の文字──おそらくこれが値札なのだろう──を見ると、思わずそんな言葉が洩れてしまった。
その額、金貨五百枚。ゲームだと超がつくほどのレアな武器が十個も買える値段である。
ゲーム通りの価値になると、価格がおかしいだろと突っ込みたくなるような額だ。
シルエの方を見ると、金額の方は特に気にしてないようでキラキラとした瞳でローブを見つめていた。
なるほど、確かに──質のいい店だな。
「かっこいいです……」
「というかこれ、男物じゃねえか? お前にはちょっと大きいというか」
「いいえ、これ買います! すみませーん!」
シルエが元気に声をあげると、先程の店員が飛んでくるようにこちらへと寄ってくる。
「これ下さい! レオナード!」
「はっ」
シルエの呼びかけにレオナードはすぐさま懐から金貨五百枚ほどを取り出す。
……ぱっと出せる辺り、さすがお姫様ってところか。
俺なら値切るぞ、これ。
「このローブ、包んでこの場でください!」
「は、はあ……しかし、よろしいのですか? よろしければ、私どもが王宮にお送りしますが……」
「……いえ、大丈夫です」
店員の言葉にシルエは苦々しい口調で返事をする。
まあ、親に黙って外に出ている身だからな。
バレるのは御免だろう。
初老はやや不思議そうな顔をしながらも、「かしこまりました」とペコリと頭を下げてローブを包み始める。
五分後、シルエはご機嫌そうな表情で麻布に包まれたローブを抱えていた。
「噂に聞いた通り、いい店ですね!」
「も、もったいなきお言葉!」
「ではこの辺で失礼させていただきます」
「ありがとうございましたっ!」
初老はおでこが膝につきそうな勢いで頭を下げるのを見ながら、俺らはその店を後にした。
普段は静かで穏やかな空間は、鎧が忙しく揺れる音と喧騒にまみれていた。
「ご報告します国王様! し、侵入者を追っていた兵士たちは、ほぼ動けなくなってしまい、行方を眩ませましたっ!」
国王──ソルガム・シディ・シオヘイム・シャーナルクは慌ただしい兵士の報告を静かに聞いていた。
「……そうか。また侵入者を発見したら、取り押さえようとしないこと。すぐに私へ報告しなさい」
ソルガムは落ち着いた表情で玉座に座したまま告げると、銀鎧の兵士は「はっ」と短い返事をする。
ソルガムという男は侵入者の事をさほど重視していなかった。
報告を聞く限り、その侵入者はこの宮殿内を把握しているわけではなさそうだからだ。
そもそも侵入すらに気がつかせないほどまでの侵入者だったら、あっさりと発見されるわけがない。
それに宮殿内も事前に把握していてさっさと目的を遂行するだろう。
まるでこの宮殿に迷い込んだ子羊のようだ──というのが侵入者の印象だった。
だが、油断は出来ない。
彼を追いかけていたのが一般兵だとしても、王国を守るために幾度も魔族と戦闘をこなしてきた強者ばかり。
現役冒険者とでも充分に渡り合える実力を持つ兵士たち五十人近くを、全て撒いたどころか戦闘不能にさせるなど、相当の実力者である。
そんな相手をむやみに襲いかかっても返り討ちに遭うのがオチだ。
兵士全員の命まで取らない辺り、向こうも暴れたいわけではないらしい。
ならば、相手の出方を伺うべきだろうと顔色を変えずに冷静に考えるソルガム。
だが、再び慌ただしく王室へと入ってきた兵士の報告を聞き、初めて表情が歪むこととなる。
「た、大変です! 姫様が……シルエ様が姿を消しましたっ!」
「なんだとっ!」
ソルガムは大声を張り上げ、ガバリと立ち上がる。
「見回りはどうなっている!」
「そ、それが、何者かに気絶させられたらしく……」
兵士の報告を聞き、ソルガムは「まさか」という表情をする。
今、ソルガムの頭の中には先程の侵入者が思い浮かばれていた。
「そうか……そういうことか! 奴の目的は、私の可愛い可愛い娘──シルエだったのだな!」
ソルガムの顔に沸々と怒りが湧き、いつもの穏やかな口調が相当崩れているのがわかったのか、兵士は「ひっ」と情けない声を出す。
このソルガムという男、決して悪い人ではないのだが一つだけ悪い癖があった。
娘のシルエに関する事になると、非常に思い込みが激しくなってしまうことである。
良く言えば、娘想いだった。
悪く言えば、過保護だった。
酷く言えば、モンスターペアレントだった。
つまり、彼の頭の中には「シルエ自らが脱走した」という選択肢はなく、「何者かがシルエを攫った」という結論しかなかった。
「即刻動ける者どもを呼んでこい! まだ街の中にいるはずだ! 門の者たちにはいち早く侵入者を伝え、絶対に逃さないようにするな! それと訓練中のレオナードとガリウムを呼んでこい!」
「し、しかし、レオナード様とガリウム様は──」
兵士は何か報告しようと口を開くが、暴走状態のソルガムは聞く耳を持たない。
「口答えをするな! さっさと奴を捕らえろ!」
★ ☆ ★
「アズマ様、アズマ様! 次はこっちです!」
「わ、わかったから! 引っ張るなって!」
シルエにグイグイと引っ張られて足がもつれそうになりながらも、なんとかついて行く。
その後ろから無言でついてくるレオナードとガリウム。
「ほらほら、このネックレス! すごく可愛いです!」
シルエはキラキラとした目でネックレスを俺に見せつける。
「……元気だな、お前」
そんな彼女に苦笑をせざるを得なかった。
街に出るのが滅多にないのか、片っ端から店の中に入ってははしゃぐ姿はさながら子供のようだった。
……いや、俺と同い年ぐらいだし、まだ子供なのだろう。
「あ、そうだ! あそこに冒険者となる者に必要な物が売っているそうですよ! すごくいい店との評判で……行ってみましょう!」
シルエは俺が返事する前にぐいぐいと引っ張っていく。全く、困ったものである。
しかし、冒険者に必要な物、か……。
やはり、このファンタジーな世界にも“冒険者”たる職業が存在しているらしい。
ということは、魔族を狩るのを仕事としているんだな。
この国も何十メートルといった石で造られた壁に囲われているし、そもそも国としては土地の面積が狭すぎる。
魔族の量は相当なもので、徐々に生息地を広げていってるのが想像出来た。
「いらっしゃ……」
中に入ると、初老の男性店員がにこやかに挨拶をしようとする。
が、まずシルエの姿にギョッとして、俺の姿を見て更に驚く。
「こ、これは姫様っ! き、今日はどういったご用件でっ?」
「はい、ちょっとこの店を見て回りたくて」
「ど、どうぞご自由に! 何かあったら、なんなりとお申し付けください!」
初老の店員は声をやや上ずらせながらシルエと会話する。
まあ当然だろうな。
シルエはこの国のお姫様なんだし、なんで街に来ているのか不思議でたまらないだろう。
現に、ここに来るまでシルエの姿を見ては驚く人々を何度も見てきたわけだし。
また、レオナードとガリウムも大変有名らしく、注目が集まっていた。
「『怪力の銀狼』のレオナードだ!」
「『瞬足の黄金剣』と呼ばれるガリウムも一緒だぞ!」
「元SS級冒険者なんだろ、あの二人? すげえよなあ……」
たまに聞こえてくる痛い『二つ名』はともかくとして。
どうやらこの二人、相当強いらしい。
SS級というのがどのくらい強いのかよくわからないが……おそらく並大抵の人ではなれないものなのだろう。
と、上記のように俺ら四人が注目を集めるのにも頷けるわけだ。
だが、一つわからない事がある。俺への視線だ。
何故か俺の姿を見ると、人々はビクリと身体を震わせて遠ざかっていくのだ。
「な、なんだあいつ……!?」
「もしかして、奴がマレティアなのか……?」
「い、いや、マレティアは女のはずだ。それにここに来たなんて情報はない……」
「じゃあ彼女以外にあんな格好をする奴がいるのか?」
ヒソヒソと声が飛び交い、俺が視線を向けると「ひぃっ!?」と一歩下がってしまう。
今の店員も、俺を見た途端に怯えたような表情をしていたし……。
なんなんだ、一体。
「ああ、それはアズマ様のそのお姿ですよ」
ダメ元で興味深そうに甲冑を眺めているシルエに訊いてみると、彼女は俺の頭部と目と甲冑の三つを指差した。
「黒色は魔族の象徴なんです。ですので、不吉である為に皆は黒いモノを身につけたがらないのです」
「……なるほどな」
要するに、『4は不吉な数字』と同じようなものか。
そりゃ黒は不吉であるような連想なのに、黒髪だったり、黒目だったり、更に黒い甲冑をしていたら不気味に思うだろう。
そういえば、今まで黒いものをあまり見てこなかったし、ここにズラリと並ぶ鎧の中に、黒い甲冑は一つもなかった。
なんでだろうなあ、黒カッコいいのになあ……。
というか、お前は一切怖がらないんだな。
「ちなみに、何度も『マレティア』という単語が聞こえてきたんだが……『マレティア』って、なんだ?」
「マレティアというのは有名な冒険者です。なんでも、彼女は髪を黒に染めて黒いマントを羽織って、シュン・シャインの森奥に暮らしているとか……」
ふうん、有名な冒険者か。
それにしては、なんだか畏怖する象徴で皆は告げていた。
しかし、シルエの説明から唯一かどうかわからないが……その人は『黒』を好き好んでいるそうだ。
シュン・シャインという場所がどこだかわからないけど。
うん、いつか会ってみたいな。そのマレティアに。
なんて考えていると、シルエは一つのローブに目を奪われていた。
ほえー、とか言いそうな表情で目を輝かせている。
藍色の布地と袖が金色で作られている、いかにも魔法使いのようなだった。
「……シルエは冒険者に憧れているんですか?」
そんな彼女を見て、後ろに立っているイケメンの方であるレオナードに問いただす。
ちなみに言っておくと、年上に対しては基本敬語である。
さっきの兵士たちに敬語を使わなかったのは、侵入者扱いされて完全に敵対していたからな。
彼は寄ってきた俺をジロリと睨むように見ると、「ああ」と低い声で返してきた。
「姫様が小さい頃から我らは仕えていたからな……それが影響したのかもしれん」
ちなみに何でレオナードの方を選んだのかというと、なんとなくでありほぼ無意識的にだ。
見た目が気持ち悪い残念イケメンに話しかけたくないわけではない。
気のせいだ、多分。
「へえ、ということはお二人も強いんですか?」
「別に強いのかどうか、どうでもいいことだが……これでも幾度の魔族と渡り合ってきたからな、この付近の魔物や魔獣程度なら苦戦はしないだろう」
てめえには聞いてねえよ、残念イケメン。
と言いそうになるがぐっと抑え、案外渋い声で決して嫌ではない口調で答える残念イケメンことガリウムに「へえ」と感嘆な返事をする。
うん、やっぱり見た目がいけないんだな。特にそのロン毛が。
一部の女子には人気が出そうだが、男の俺としてはただ単に気持ち悪いとしか思えない。
確かにロン毛でかっこいい男だっているが、こいつにはちっとも似合ってない気がする。
ちょっとイメチェンしてこいよ、絶対今よりかっこよくなるから。
ちなみにあのローブ、どのくらいの値段なのだろうか……?
「……うげっ」
掛けられているローブの真下に置いてある石に刻まれている人族語の文字──おそらくこれが値札なのだろう──を見ると、思わずそんな言葉が洩れてしまった。
その額、金貨五百枚。ゲームだと超がつくほどのレアな武器が十個も買える値段である。
ゲーム通りの価値になると、価格がおかしいだろと突っ込みたくなるような額だ。
シルエの方を見ると、金額の方は特に気にしてないようでキラキラとした瞳でローブを見つめていた。
なるほど、確かに──質のいい店だな。
「かっこいいです……」
「というかこれ、男物じゃねえか? お前にはちょっと大きいというか」
「いいえ、これ買います! すみませーん!」
シルエが元気に声をあげると、先程の店員が飛んでくるようにこちらへと寄ってくる。
「これ下さい! レオナード!」
「はっ」
シルエの呼びかけにレオナードはすぐさま懐から金貨五百枚ほどを取り出す。
……ぱっと出せる辺り、さすがお姫様ってところか。
俺なら値切るぞ、これ。
「このローブ、包んでこの場でください!」
「は、はあ……しかし、よろしいのですか? よろしければ、私どもが王宮にお送りしますが……」
「……いえ、大丈夫です」
店員の言葉にシルエは苦々しい口調で返事をする。
まあ、親に黙って外に出ている身だからな。
バレるのは御免だろう。
初老はやや不思議そうな顔をしながらも、「かしこまりました」とペコリと頭を下げてローブを包み始める。
五分後、シルエはご機嫌そうな表情で麻布に包まれたローブを抱えていた。
「噂に聞いた通り、いい店ですね!」
「も、もったいなきお言葉!」
「ではこの辺で失礼させていただきます」
「ありがとうございましたっ!」
初老はおでこが膝につきそうな勢いで頭を下げるのを見ながら、俺らはその店を後にした。
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逃がせ、という事ですか?
逃さないようにしろ!が正しいと思います。