勇者な俺は魔族な件
第三話 『侵入者扱い』のアズマ
「……よし」
一時間後。
本一冊を読みきった俺は、パタンと閉じる。
「全て覚えたぞ」
まだ文法的に怪しい部分が存在するが、相手に伝える事ぐらいは出来るだろう。
先程の何もわからない状態とは打って変わって、自信ありげな俺の表情をポカンと眺めるシルエ。
「す、すごいですね、アズマ様……」
「え? ああ、まあな。こんなもの、構造さえ理解できたら簡単なもんだ」
そうでもない、という風に俺は本をヒラヒラさせる。
まあ、元の世界でも外国語は十カ国は覚えられていたしな。
ただ単に覚えるくらいなら、難しくないだろう。
それはいいのだが……。
「なんか近くないか?」
ピッタリと体を寄せてくるシルエに、若干引き気味に体を逸らす。
確かに教えてくれとは言ったが、密着しろとは言った覚えがない。
甲冑を着ているから体温を感じることはないのだが、顔も近いせいでふわりとしたいい匂いが漂っている。
おまけに、顔立ちも整っている方……いや正直に言って、美少女の部類だ。
だから、顔を近づけられるのも非常に困るのだが。
「え? そうですか?」
対してシルエは、そうでもない様子。
頭上にクエスチョンマークを出してそうな表情で、首をかしげている。
どうやら自覚がないようだ……それはそれで困るのだが。
「さて、改めて地図を──」
と、再度読もうとしたところで。
ドアをノックをする音が部屋に響く。
「はい、どうぞ」
ノックに気がついたシルエが答えると。
ドアが開き、「失礼します」という男性の声が聞こえてくる。
「姫様、昼食の準備が……」
背丈や肩幅は俺より同じくらい、歳は三十前後といったところだろう。
白髪で紺色に似ている燕尾服らしきものを着た男性は初々しくお辞儀をしていたが、顔をあげた瞬間に俺を見るなり固まってしまう。
……? 何か問題だろうか?
別に俺はただ単にシルエに言語を教わっていただけだぞ?
しかし、その疑問はすぐに解決することになる。
「あっ、もうそんなお時間でしたね。じゃあ、アズマ様もご一緒に」
「──姫様から離れろ! 氷となりて貫け! 『氷弾』!!」
シルエが言い終わらないうちに、男性は声を張り上げ魔法の短読詠唱を唱えたのだ。
「うおおっ!?」
直後に一メートル前後の氷の弾が出現し、俺は座っていた椅子から転がり落ちて回避する。
慌てて顔を上げると、さっきまで座っていた椅子を腕一本ほどの大きさを持つ氷弾が貫いていた。
「な、何をしてるんですか! アズマ様は大切な──」
「姫様、離れてください! 侵入者を発見! 皆の者、取り押さえろ!」
シルエの抗議に耳を貸す気にならないのか、男は大声を張り上げて廊下へと非常事態を告げる。
「……チッ!」
俺は軽く舌打ちをすると、男の脇をすぐさま通り抜けて廊下へと飛び出す。
後ろから「逃がすかっ!」という声と俺を呼ぶ声が響くが、振り返ることなく長い廊下を全力疾走する。
甘かった……例え、シルエが俺の事情を知っていたとしても、その他の人間が周知しているわけじゃねえ。
つまり、シルエ以外の人間は俺を『侵入者』として認識されている!
 というか、あいつはなんで事前に話しておかなかったんだ!? もしや、伝達し忘れてたな!?
「捕まってたまるかよ……!」
廊下の角を曲がり、廊下を駆けながら俺はボソリと呟く。
この世界に来て、まだ知らないことが多すぎる。
このまま捕まって、下手したら魔族だとバレる可能性があるかもしれない。
俺の事情を知ってくれているのは、今のところシルエだけだろう。
ならば、今彼女と離れるのは非常によろしくないということだ。
それに、この場所はこの世界を知るのになかなか悪くない環境なんだ。
ますます捕まるわけにはいかない。
そんな事を考えながら、大きめの階段を勢いよく駆け下りていった。
* * *
「いたぞ、こっちだ!」
銀色の鎧を着た兵士らしき二人は廊下を疾走してくる俺を確認すると、すぐさま構える。
「炎よ焼き尽くせ、『炎球』!」
「雷となりて閃光せよ、『雷光』!」
短読詠唱を終えた銀鎧の兵士二人の手から、魔法が出現する。
「っ!」
足を止め、先に接近してきた炎球に向かって思いっきり蹴りを繰り出す。
蹴りによって炎球は軌道を逆方向へと変えて、後から来た雷光と相殺する。
もちろんただの蹴りではない、無詠唱で足に風魔法を纏わせて軌道を変えたのだ。
魔法をただの蹴りで返せるなんて、そんなファンタジー小説のようなことができてたまるか!
……まあ、ファンタジー小説のごとく、異世界へ転移しているわけだが。
素早く二人の背後に回り込むと、右にいた兵士の首に手刀を食らわす。
「がっ!?」
ガクリと膝をつく兵士。
ちなみにもう一人の兵士には軽い雷魔法を流しておいた。
振り返ってみると、痙攣しながら床に倒れている。
「……よし」
再び廊下を駆け出し、近くにあった階段を降りてく。
それにしても、だ。
「無駄に広いな、このお屋敷!」
だんだんと下へ降りていってるが、見えるのは無数のドアと二つも三つもある分かれ道。
まるでこの屋敷全体が迷路になっているようだ。
とりあえず、どこへ目指すかと思案するが、すぐに聞こえてくる複数の足音に、仕方なくその場から離れることを考える。
「逃がすな、追い詰めろ!」
男の怒声が背後から聞こえるが、気にせずに曲がり角へと逃げていく。
……と。
「げっ」
向かっていた曲がり角から、兵士が二、三人躍り出てきた。振り返ってみると、向かい側にも二、三人の兵士。
完全に挟み撃ちの状態だった。
ジリジリと詰め寄ってくる兵士たち。
俺はその間にあったドアに飛び込む。
突き破るかのように入って部屋を見回してみると、どうやら客室らしい。
もっとも客室と言ってもかなりの広さだ、前の世界の俺が見慣れている部屋の何倍もある。
そしてドアのすぐ閉めて、その傍へ身を隠した。
「隠れても無駄だ!」
その後にわらわらと入ってくる兵士たち。
「こんな狭い部屋に身を隠すなんぞ、馬鹿な奴め」
「いや、馬鹿はお前らだから」
全員中に入り込んできたのを確認した俺は、とりあえず近くにいた一人の兵士の後ろに回り込むと、首を絞めて気絶させる。
「普通にドアが開いた時点で、誘い込まれてるのを察せよ」
「き、貴さ──ッ!?」
と、向こうが言い終わらないうちに無詠唱で雷の魔法を放つ。
バヂリという部屋中に響き渡る激しい音と青紫の閃光、程なくして漂う焦げたような臭い。
そして、部屋の中にいた兵士たちは一人残らず床に倒れていた。
「……俺がただ、逃げることしかできないと思うなよ?」
そう言って、倒れている兵士たちを鼻で笑う。
……なんだか悪役風な台詞だった気もするが、気にしないでおく。
「さて、次に行くか」
目的地はまだわからないが、とりあえずは捕まらないこと。
俺は丁寧にドアを閉め、巨大な迷宮内での鬼ごっこを再開する。
……『鬼ごっこ』と言ったが、逃亡者が鬼に反撃出来ないと思うなよ?
一時間後。
本一冊を読みきった俺は、パタンと閉じる。
「全て覚えたぞ」
まだ文法的に怪しい部分が存在するが、相手に伝える事ぐらいは出来るだろう。
先程の何もわからない状態とは打って変わって、自信ありげな俺の表情をポカンと眺めるシルエ。
「す、すごいですね、アズマ様……」
「え? ああ、まあな。こんなもの、構造さえ理解できたら簡単なもんだ」
そうでもない、という風に俺は本をヒラヒラさせる。
まあ、元の世界でも外国語は十カ国は覚えられていたしな。
ただ単に覚えるくらいなら、難しくないだろう。
それはいいのだが……。
「なんか近くないか?」
ピッタリと体を寄せてくるシルエに、若干引き気味に体を逸らす。
確かに教えてくれとは言ったが、密着しろとは言った覚えがない。
甲冑を着ているから体温を感じることはないのだが、顔も近いせいでふわりとしたいい匂いが漂っている。
おまけに、顔立ちも整っている方……いや正直に言って、美少女の部類だ。
だから、顔を近づけられるのも非常に困るのだが。
「え? そうですか?」
対してシルエは、そうでもない様子。
頭上にクエスチョンマークを出してそうな表情で、首をかしげている。
どうやら自覚がないようだ……それはそれで困るのだが。
「さて、改めて地図を──」
と、再度読もうとしたところで。
ドアをノックをする音が部屋に響く。
「はい、どうぞ」
ノックに気がついたシルエが答えると。
ドアが開き、「失礼します」という男性の声が聞こえてくる。
「姫様、昼食の準備が……」
背丈や肩幅は俺より同じくらい、歳は三十前後といったところだろう。
白髪で紺色に似ている燕尾服らしきものを着た男性は初々しくお辞儀をしていたが、顔をあげた瞬間に俺を見るなり固まってしまう。
……? 何か問題だろうか?
別に俺はただ単にシルエに言語を教わっていただけだぞ?
しかし、その疑問はすぐに解決することになる。
「あっ、もうそんなお時間でしたね。じゃあ、アズマ様もご一緒に」
「──姫様から離れろ! 氷となりて貫け! 『氷弾』!!」
シルエが言い終わらないうちに、男性は声を張り上げ魔法の短読詠唱を唱えたのだ。
「うおおっ!?」
直後に一メートル前後の氷の弾が出現し、俺は座っていた椅子から転がり落ちて回避する。
慌てて顔を上げると、さっきまで座っていた椅子を腕一本ほどの大きさを持つ氷弾が貫いていた。
「な、何をしてるんですか! アズマ様は大切な──」
「姫様、離れてください! 侵入者を発見! 皆の者、取り押さえろ!」
シルエの抗議に耳を貸す気にならないのか、男は大声を張り上げて廊下へと非常事態を告げる。
「……チッ!」
俺は軽く舌打ちをすると、男の脇をすぐさま通り抜けて廊下へと飛び出す。
後ろから「逃がすかっ!」という声と俺を呼ぶ声が響くが、振り返ることなく長い廊下を全力疾走する。
甘かった……例え、シルエが俺の事情を知っていたとしても、その他の人間が周知しているわけじゃねえ。
つまり、シルエ以外の人間は俺を『侵入者』として認識されている!
 というか、あいつはなんで事前に話しておかなかったんだ!? もしや、伝達し忘れてたな!?
「捕まってたまるかよ……!」
廊下の角を曲がり、廊下を駆けながら俺はボソリと呟く。
この世界に来て、まだ知らないことが多すぎる。
このまま捕まって、下手したら魔族だとバレる可能性があるかもしれない。
俺の事情を知ってくれているのは、今のところシルエだけだろう。
ならば、今彼女と離れるのは非常によろしくないということだ。
それに、この場所はこの世界を知るのになかなか悪くない環境なんだ。
ますます捕まるわけにはいかない。
そんな事を考えながら、大きめの階段を勢いよく駆け下りていった。
* * *
「いたぞ、こっちだ!」
銀色の鎧を着た兵士らしき二人は廊下を疾走してくる俺を確認すると、すぐさま構える。
「炎よ焼き尽くせ、『炎球』!」
「雷となりて閃光せよ、『雷光』!」
短読詠唱を終えた銀鎧の兵士二人の手から、魔法が出現する。
「っ!」
足を止め、先に接近してきた炎球に向かって思いっきり蹴りを繰り出す。
蹴りによって炎球は軌道を逆方向へと変えて、後から来た雷光と相殺する。
もちろんただの蹴りではない、無詠唱で足に風魔法を纏わせて軌道を変えたのだ。
魔法をただの蹴りで返せるなんて、そんなファンタジー小説のようなことができてたまるか!
……まあ、ファンタジー小説のごとく、異世界へ転移しているわけだが。
素早く二人の背後に回り込むと、右にいた兵士の首に手刀を食らわす。
「がっ!?」
ガクリと膝をつく兵士。
ちなみにもう一人の兵士には軽い雷魔法を流しておいた。
振り返ってみると、痙攣しながら床に倒れている。
「……よし」
再び廊下を駆け出し、近くにあった階段を降りてく。
それにしても、だ。
「無駄に広いな、このお屋敷!」
だんだんと下へ降りていってるが、見えるのは無数のドアと二つも三つもある分かれ道。
まるでこの屋敷全体が迷路になっているようだ。
とりあえず、どこへ目指すかと思案するが、すぐに聞こえてくる複数の足音に、仕方なくその場から離れることを考える。
「逃がすな、追い詰めろ!」
男の怒声が背後から聞こえるが、気にせずに曲がり角へと逃げていく。
……と。
「げっ」
向かっていた曲がり角から、兵士が二、三人躍り出てきた。振り返ってみると、向かい側にも二、三人の兵士。
完全に挟み撃ちの状態だった。
ジリジリと詰め寄ってくる兵士たち。
俺はその間にあったドアに飛び込む。
突き破るかのように入って部屋を見回してみると、どうやら客室らしい。
もっとも客室と言ってもかなりの広さだ、前の世界の俺が見慣れている部屋の何倍もある。
そしてドアのすぐ閉めて、その傍へ身を隠した。
「隠れても無駄だ!」
その後にわらわらと入ってくる兵士たち。
「こんな狭い部屋に身を隠すなんぞ、馬鹿な奴め」
「いや、馬鹿はお前らだから」
全員中に入り込んできたのを確認した俺は、とりあえず近くにいた一人の兵士の後ろに回り込むと、首を絞めて気絶させる。
「普通にドアが開いた時点で、誘い込まれてるのを察せよ」
「き、貴さ──ッ!?」
と、向こうが言い終わらないうちに無詠唱で雷の魔法を放つ。
バヂリという部屋中に響き渡る激しい音と青紫の閃光、程なくして漂う焦げたような臭い。
そして、部屋の中にいた兵士たちは一人残らず床に倒れていた。
「……俺がただ、逃げることしかできないと思うなよ?」
そう言って、倒れている兵士たちを鼻で笑う。
……なんだか悪役風な台詞だった気もするが、気にしないでおく。
「さて、次に行くか」
目的地はまだわからないが、とりあえずは捕まらないこと。
俺は丁寧にドアを閉め、巨大な迷宮内での鬼ごっこを再開する。
……『鬼ごっこ』と言ったが、逃亡者が鬼に反撃出来ないと思うなよ?
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