適性ゼロの魔法勇者

風見鳩

第33話 ハルさんだけでもついてきてくれませんか?

 空がまだ黒く染まる時刻、灯りが付いてない図書室の中で一人の男が蝋燭一本を手元に起きながら、年季が入った分厚い本を捲っていた。

 ぱらぱらと捲りながら流し読みをし、探していたページを見つけると、手元の紙に記述していく。

 男の周りにはいくつもの本が積み重なっていることから、この作業を何時間も続けていることがうかがえる。

 本日二十冊目の本を閉じた男は、長い息をついた。

 徐々に短くなっていく蝋燭の火は、机に散らばる何枚もののメモ用紙を照らしている。

 ──やっぱり、そういうことか。

 男は疑問に思っていたことがあった。
 勇者そのものについてだ。

 どの書物にも記されていない上に、どんな姿かも知らない……まるで空想のような勇者の存在を男は疑わざるを得なかった。

 そして、ようやく真実の糸口を見つけたのだ。

 ──まずはザグレアナ洞窟からだ。彼処に眠ると言われる、古龍を目覚めさせる。

 そうとなれば、と男は準備に取り掛かり始めた。

 男が書いた用紙には、五芒星ヘルツの象徴とされている星形五角形が逆さまに描かれている。

 その下に書かれているのは、たった一文字──『逆五芒星ザタナス』。

 男は机の脇に置いておいた『冒険者一日体験申込書』と書かれている用紙の束を取り出す。

 その紙束から取り出した2枚の紙には『リリヤ』『ハル』 と、それぞれに人物名が記述されている。

 やがて蝋燭に限界がきた。芯の全てを溶かしきった蝋燭から灯りが消え、暗闇が男を包み込んだ。


 * * *


「はあ……」

 これで何度目のため息だろうか。

 ふわりとカールがかかったような灰色の髪、まだ幼い少女に見える体型と童顔の持ち主──リリヤは水色に輝く瞳をうんざりとしたような目でため息をついた。

「おいおい、何で行く前からそんなにため息ばっかりついてんだ? 嫌だったんなら、無理してついて来なくても……」
「違う、そうじゃない」

 とため息の理由を聞き出そうとする俺に、リリヤは首を横に振って「あれ……」と前方に指差す。

 指差した先にいるのは、二人の男女。

『はぁぁ……冒険者一日体験だなんて、夢のような企画ね! しかも私たちが行く場所は、かの有名なダンジョンの一つ、ザグレアナ洞窟だなんて!』
『ル、ルミ。テンションが上がる気分もわからなくはないが、少し落ち着いたらどうだ?』
『黙りなさいユアン。はあ……明後日が楽しみだわ!』
『僕の時だけは露骨にテンションが下がるね、君!』

「ルミのテンションに疲れてるだけ……あとユアンはうるさい」

 明後日のことに熱く語っている青髪ボブカットの全身にタトゥーが描かれている少女はルミ・ルクネスことルミ。
 その隣で涙目になっているのは、金髪ミディアムにした少年ユアン・カルパスクことユアンである。

 二人が騒いでいる光景というのはもうそれほど珍しくないはずなのに、リリヤが疲れたような声を出す。

 まあ、ルミの世界史好きは一週間前の夏期試験の際に判明したことだし、ああいう風にテンションが上がるのも初めてではない。
 更に明後日向かう場所というのがかなり有名なダンジョンだそうなので、彼女が高ぶるのも無理はないと思う。

 なので、あのテンションは勘弁してあげてほしい。

 あとユアンに関しては、俺もうるさいと思う。

「はあ……」

 そして、同じくため息をついてばかりの奴がもう一人。

 紫髪を腰まで伸ばした小柄なリリヤより背が高い少女スズが、羨ましそうに俺たちを見ている。

「学科ごとに違う場所だなんて……私は同じ場所に行けるだけ羨ましいですよ」

 夏期試験が終わって夏期休暇に入ろうとしている今、俺たちは『冒険者一日体験』の話で持ちきりになっていた。


 来るべき脅威に備えるため、次世代の勇者を育成させるアースヘルト勇者学校に通う生徒が将来に就く職業の大抵は『冒険者』である。

 なので冒険者としての仕事を体験しようという企画というのがあり、それに応募してみたというわけだ。

 ちなみに、俺とリリヤ、ユアン、ルミは魔法学科なので同じ場所に行くのだが、スズだけは剣技学科なので違う場所へ行くらしい。

「決まったもんは仕方ないだろ」
「うう、それはそうですが……同じ学科の皆さんと上手くやっていけるか不安なんです……」

 ああ、それもそうか。

 いくら落ちこぼれと言われなくなった(逆に変なあだ名がつけられた)とはいえ、よくつるんでいるのは俺たちだけなんだもんな……。
 スズとしても心寂しいものがあるのだろう。

「あー、もうっ……ハルさんだけでもついてきてくれませんか?」
「うーん……まあ、行きたいのは山々なんだが」
「もしハルがついていくんだったら、私ついてくけどね」

 と、隣で黙って聞いていたリリヤが過剰な反応を見せる。

 いや、どうしてリリヤはそんなに強い反応をするんだ? ユアンとルミも含めて、みんなで一緒に行くのは当たり前じゃないか。

「うぐっ……わ、わかってますよ」

 そして、どうしてスズまで苦いものを食べたかのような表情をしているのだろうか?

 この前まではすっかり仲良しになった二人だと思ってたのに……。

 うーん……よくわからん。

「そういえば、ハルさんのルームメイトさんは一緒じゃないんですか? えーっと、名前は……」
「ああ、ガドラか? いや、俺も誘ったんだが……参加するかどうか、詳しくは聞いてないんだよな」
「ガドラさん……そうそう、そんな名前の方でしたね」
「…………」

 名前を覚えられていないガドラに同情しそうになるが、よく考えればスズとガドラが面識した回数って全然ないんだよな。

 あいつ、すぐどっかに出かけちゃうし。

「よし、決まったわ!」

 そんなことを言いながら、意気揚々とルミが俺たちの方へ歩いてきた。

 うん? 『決まった』って……何が?

 ルミは今まで見たこともないような笑顔を向けると、一言。

「明日、買い物に行くわよ!」

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