適性ゼロの魔法勇者

風見鳩

第32話 必要な存在だったんだ(第二章完)

 あれから数日後。

「こんにちはっ!」

 いつものように中庭でリリヤと特訓していると、元気な声が聞こえてくる。

「おう、スズ」
「……スズ、試験どうだった?」

 リリヤの問いに、紫髪の少女──スズがえへへと笑顔を向ける。

 その反応だけで、答えはわかっていた。

「まあ最後らへんは剣技だったのか怪しいかもしれないが……良かったじゃないか? 紫鬼しきさんよ」
「……最後はかっこよかったよ、紫鬼しきさん」
「あ、あうっ……二人まで、その呼び方はやめてくださいよぉっ」

 紫鬼しきという呼び名に、スズが頬を赤らめる。

 あの戦闘、最後の組み合わせだったのもあり、皆にかなり印象づけた試合だったようだ。

 そのスズの戦いぶりはまさに鬼神だったようで、スズの髪色から紫鬼しきなんていう大層なあだ名で、恐れられるようになってしまった。

 ……というか、この学校ってあだ名つけるのが好きなんだな。そんなにあだ名つけるのが楽しいのか?

「そういえばスズ……あの技で腕折れるって、よくわかったな?」

 俺はおばあちゃんに教えてもらったのだが……スズには教えてなかったのに。

 するとスズは「ああ」とやや恥ずかしそうにはにかむ。

「あれはですね……実は嘘なんです」
「えっ」
「私がハルさんにあの技をかけられた時、腕が折れるんじゃないかってくらいに痛かったので……なら、相手も折れるんじゃないかってくらいに痛いんだろうなって思ったんで、ハッタリをかましてみました」
「じゃあ、本当に折れることは……」
「はい、今知りました」
「…………」

 なんと恐ろしいことか。
 あの状況で、嘘をつける余裕があったとは。

「……流石、紫鬼しき

 流石にリリヤもびっくりしていたようで、口をポカンとしていた。

「あー! だから、それ言わないでくださいよぅ!」

 リリヤの一言で困ったように怒るスズを見て、思わず笑ってしまう。

 本当、こんな子が紫鬼しきには見えないよな。

「ハルさんとリリヤちゃんの方は、どうでしたか?」
「ああ、リリヤは文句なしの満点だったぞ」
「……私はハルの評価が気に食わないけど」
「まだ、それを言ってるのか」

 不機嫌そうな顔をするリリヤに、思わず呆れてしまう。

 確かに、俺の実技試験は三戦三勝だった。

 でも、それはあくまで戦闘面での評価。
 俺がいるのは魔法学科なのだから、魔法面の評価も含まれているのだ。

「全読詠唱する生徒に、いい点数を取れると思ってんのかお前?」
「それはそうだけど……」
「別に評価をもらいたいわけじゃないし、俺はこの評価はを妥当だと思うぞ」
「むう……」

 俺の説得に納得がいかないという風なリリヤ。
 まったく、こいつは頑固なのだから。

「それで何か用か?」
「あっ、その……」

 何か言いたげなスズに訊くと、彼女は少しもじもじしだす。

 そんなスズの態度に、リリヤの眉がピクリと動いた……ような気がした。

「えっと……あの日の朝、ハルさん、『これが最後の特訓だ』って言ってました……よね?」
「ああ、言ったな」
「そ、その……まあ、確かに最後っちゃあ、最後なんですけど……」
「? おう?」
「……そ、卒業! 私たちが卒業するまで、私と特訓してください!!」

 まるで告白するかのように顔を真っ赤にしたスズが思いっきり、頭を下げる。

 いや、別にいいというか、なんというか……。

「元からそのつもりだったぞ、俺は」
「……へ?」

 正直なことを話すと、間抜けな声を出してスズが顔をあげた。

「で、でもでも! この前は最後だって」
「ああ。だから、スズの特別強化特訓は、あれで最後だ」
「……え」
「これからは、普通に俺とリリヤがやっていたことに混じらせようとしてるんだが」

 スズは俺の言葉を認識してないのか、しばらくその場で固まっていたが。

「え──ええええええぇぇぇぇぇぇっ!!」

 と、裏庭に響かんばかりの大声を出したのだった。

 あれ、なんでだろうか。半年前のデジャヴを感じるぞ。

「そ、そんな! なんでそんな誤解を生むような発言をするんですか、ハルさんっ!」
「あー、いや、伝わってるかなあって」
「伝わってないです、全然伝わってないです! ハルさんはいっつも、どこか抜けてるんですっ!」
「え、そうか……?」

 自分としては、別にそういうつもりじゃないんだが……。

「……まあハルだから、仕方ない」
「おいリリヤ?」
「……まあハルは馬鹿だから、仕方ない」 
「なんで言い直した! なんで言い直した!」
「ハルはともかく……私も、スズとはこれからも特訓したいと思ってる」

 そう言ったリリヤは右手を伸ばした。

「……私とハルでよかったら、よろしく」
「~~~っ!」

 少し照れくさそうに頬を染めるリリヤに、感極まったという風なスズはその手を取らずにリリヤに抱きつく。

「リリヤちゃん、可愛すぎますっ! あーもー、持ち帰りたいぐらい、可愛いですねっ!」
「……ごめんスズ。それはちょっと気持ち悪い」
「なんでこういう時は決まって、いつも辛辣な発言するんですか!?」

 いやまあ、確かに可愛かったけど……というかこいつら、いつもスキンシップ取ってるよな。

 暑くないのだろうか? 夏なのに。

「……ところでスズ」
「はい?」
「私がスズの特訓を受ける時にした条件、まだ覚えてるよね?」
「え? えーと、確か」
「ハルをたぶらかさないで……ハルは、私の『恋人』なんだから」

 ──ピシッ。

 ギラギラと太陽が昇る真昼間、そんな空気が凍るような音が聞こえたような気がした。

「……も、もちろん覚えてますよ? ええ、もちろん……」
「なら、よろしい。何もハルと会話するなとは言ってない、ただ過剰なスキンシップを──」
「ああ、リリヤ。そのことなんだが……もうスズにはいいんじゃないか?」
「えっ」

 どうせ、これからスズも長い付き合いになるわけだ。

「友人に嘘はつきたく」
「ちょ、ちょっとハル! ダメ! ダメダメダメ!」

 と、今までにないくらいに焦った表情をするリリヤが俺の元に駆け寄る。

「へっ、へっ? なんのことですか?」
「ああ、実はな、俺たちは──んぐぅっ!?」

 話が読めないスズに説明しようと口を開きかけるが。

 慌ててリリヤが手で抑えてきたのだ。

 何すんだ、お前。

「な、なんでもないの。ス、スズには関係ない話」
「えっ、でも、なんで口塞いでるんですか?」
「そ、それは……訊くと呪われる魔法を言おうとしてたから」
「なんですかそれ!?」
「……スズ限定で」
「ピンポイントすぎる!?」

 別に呪いの魔法を言うつもりはないし、そもそもそんな魔法を覚えていない。

 というより、どういうことだろうか。
 なんでスズに、話してはいけないんだろう。

 別にスズなら教えてもいいのに。

 俺たちは──

「……彼らは本当の恋人じゃないの。リリヤの周りにまとわりつく生徒たちを厄介払いする為の嘘、というわけ」

 と。

 俺に代わって言ってくれたのは。

 全身にタトゥーが入った青髪の少女──ルミだった。

「えっ……」
「ああ、でもこれ、他の人には内緒よ? 知ってるのはあなた含めて六人くらいだから」
「ちょっ……ルミ、いつの間に!?」
「あら、ずっといたわよ?」

 慌てて反論するリリヤに、ルミはどこ吹く風だ。

 そして、本日二度目に固まった表情をするスズは……

「えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!??」

 本日二度目の絶叫をしてくれた。

「ちょ、ちょっとリリヤちゃん!? どういうことですか!?」
「…………」
「黙ってないで教えてください!」
「…………」
「魔法で口を凍らせないでください!」
「…………せ」
「せ?」
「先手必勝……!」

 リリヤがそう呟いた瞬間。
 彼女の周りから膨大な魔力が溢れ出てくる。

「こうなったらショック療法で、忘れさせるしかない……!」
「ちょ、ちょっとリリヤちゃん!? それは療法とは言いませんよ!?」
「大丈夫、すぐに楽にしてあげるから。ね?」
「完全にあの世行きじゃないですかっ!」

 ……一体何をしているのだろうか、この二人は。

『な、なあルミ』
『何よ』
『正式じゃない、となれば……僕にもリリヤとの可能性が……!』
『一生ないわね、そんな機会』
『なんでそんな断言をするんだ!? あまりに非情ではないか!?』
『……ユアン、現実ってものは非情なのよ』

 後ろでこそこそ話しているユアンたちも何を言っているのかわからんが……なんとなくユアンに「どんまい」と声をかけたくなった。

「……ふふっ、少しいじわるしちゃった」
「いや、何がだよ」

 いつの間にか隣まで来たクスクスと笑うルミに、首を捻る。

「単に事実を言っただけだろ? どこら辺がいじわるなんだ?」
「そういうあなたは、あの二人を見てどうも思わないの?」
「え?」

 俺は目の前で死闘を繰り広げる二人を見る。

「……喧嘩するほど、仲がいい?」
「どんだけフィルターかかってんのよ、あなたの目は」

 まあ間違ってはないでしょうけど──とルミ。

「あなたには悩みが一つもなさそうで、羨ましいわ」
「いやいや、俺にだって悩みの一つくらいあるぞ」
「例えば?」
「例えば……そうだな」

 ふとリリヤの攻撃を必死に躱しているスズの姿が目に映る。

「そうだな……例えば今回、スズに俺が必要だったのか、とか」
「……はぁ?」

 割と真面目なことを言ったはずなのに、返ってきたのは呆れた声だった。

「何よそれ。あんだけのことをしておいて、そんな寝言を言ってるの?」
「いやさ、そうじゃないんだって」

 例えば──そう、例えばだが。

「例えば……スズは別に俺たちに頼らなくても、この問題は解決したんじゃないかなって。他の人に頼んでいても、結局はこうなっていたんじゃないかなって、思ってさ」
「……つまり、スズが別の人に教えを乞いていても、結果は変わらないんじゃないかってこと?」
「そういうことだ」

 剣技学科の誰かが教えていても、あまり結果は変わらないんじゃないか。

 いや、あのスズのことだ。
 もしかしたら一人だけであそこまで行けたのかもしれない。

 つまり、俺たちだからこそ今のスズがいるというわけではないのだ。

「……自分たちはあくまで助力しただけ、必要だったのはスズというわけ?」
「ああ」
「はあ……謙虚なところがあなたの長所だろうけど、逆に短所でもありそうね」
「? そうか?」

 ごく普通に考えたら、考えつきそうなことだと思うんだけどな。

「そんなことを考え出したら、キリがないでしょ。ユアンも、私も、あなたも、ましてやリリヤにだって言えることじゃない」
「…………」
「それとも……『自分たちが必要だった』っていう事実が欲しいのかしら」

 ──そうかもしれない。

 俺は心のどこかで『自分を必要としている』ことを願っているのかもしれないのだ。

 ルミはそんな俺の表情を見ると、やれやれとばかりにため息をつく。

「じゃあ、はい。これを見せてあげるわ」

 そう言って渡されたのは……一枚の折りたたまれた紙?
 どういうことだろうか、と綺麗に折られた紙を開いてみる。

「ルノア先輩情報によると、今回一年生で世界史の筆記試験に満点を取れたのは、全学科でも六人だけだそうよ」
「えっ……」
「うち、魔法学科五名、剣技学科一名……後はわかるわね?」

 それって。

「今はこれくらいしかないけど……これくらいで我慢しなさいな」
「……ははっ」

『リ、リリヤちゃん! もうやめましょう! 私の記憶は飛びませんって!』
『飛ばす。何としてでも飛ばす。例えスズがどうなろうと飛ばす』
『それ、私が別の意味で飛んじゃいますよ!?』

 そうだな。

 俺……いや、俺たちはスズに会って必要な存在だったんだ。
 たった一枚の紙切れが、それを証明してくれた。


『世界史夏期筆記試験 氏名:スズ  100/100』

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