適性ゼロの魔法勇者

風見鳩

第30話 お前の、無限剣技は

「えっ……どう、してっ……」

 スズは魔法が発動しないことに困惑する。

 その隙をロズレイは見逃さなかった。

「ふっ──!」
「うがっ!?」

 ロズレイの攻撃をまともに受け、吹き飛ぶスズ。

「あらあら、超短読魔法なんて出来ない・・・・ことをしないことよ?」

 そう言ったロズレイが、床に転がるスズに向かって攻撃を仕掛ける。

「……ぐっ!」

 素早く起き上がったスズは、繰り出されるロズレイの回転攻撃を躱す。

「ヴァッサーバル!」

 避ける際、もう一度スズが魔法を発動させるが……やはり発動しない。

「はあっ──!」
「うっ……!?」

 回転しながら方向変換してくるロズレイに、スズは短剣を構えて防御の体勢を取る。

 ガッという鈍い音を立てて、スズの身体は後ろへ下がっていった。

「……な、なんで、魔法が……」

 尚も発動しない魔法に、スズが困惑する。

「どういうことだ? スズは下級魔法なら、超短読詠唱で発動できるはず……」
「──魔封じの剣」

 と。

 混乱しているユアンに、ルノア先輩がボソリと呟いた。

「魔封じの剣? なんですか、それ?」
「文字通りの剣よ。魔法を使えなくする剣──それが、ダルケ家の長女の持っている剣なのよ」
「えっ──」

 淡々と説明するルノア先輩の言葉に、絶句するユアン。

 ああ、なるほど。
 だから、さっきから魔法が発動しなかったんだな。

「あれはダルケ家が造った剣──魔石の力を利用した剣の効果よ」
「で、でもルノア先輩!」

 と、ルミが慌てて反論する。

「この実施試験において、その剣は使用不可能なはずです! ありえません!」
「あら、どうして『ありえない』だなんて断言できるの?」
「だって、試合前に審判が確認をして……」
「その審判──教師が、本当に確認をしたのかしら?」
「…………えっ?」

 ルノア先輩の言葉に、ルミがぽかんとする。

 そう、普通の審判だったらな。

「……なるほど、つまりあの教師はダルケ家とえにしがある人間。それを利用して、本来なら不正な剣を試合に持ち込めている」
「そういうこと。血が違えど、流石は私の妹ね」

 続いて気がついたリリヤに、ルノア先輩がクスクスと笑う。

 ……『私の妹』と言った瞬間、今にも攻撃しようかと殺気を放ったリリヤの顔は見なかったことにしよう。なんか、すっげえ怖かった。

「そ、そんな……!」

 明かされる種明かしに絶望するユアンに、ルミが唇を噛み締める。

「あいつは、いつもそうやって……本当に卑怯な女……!」

 だが、今の俺たちではどうすることも出来ない。

 そういえば今朝、遠くから視線を感じていたのだが、あれは金髪巻き毛──ロズレイが見ていたんだな。

 スズの戦闘スタイルがどんなものかを、確認するために。

「うがっ!」
「おーっほっほっほ! なんてみっともないこと。もう諦めたら?」

 これで何度目の攻撃を受けたのだろうか。
 ボロボロになったスズがロズレイの攻撃を受けて、床へ滑っていく。

 どうやら、魔法が発動しないことに集中力が切れてしまっているようだ。

「で、どうする? このままだと彼女、負けるわよ?」

 まるで試すかのような口調で、ルノア先輩が俺の顔を覗き込んでくる。

「こうなったら、僕たちも魔法で援助を! 相手はズルをしているのなら、こっちも!」
「……それは出来ない。さっき私も試してみたけど、かなりの広範囲で魔法が封じられてる」
「なら、他の教師を呼びましょう! 一旦、試験を中止して再審査させるべきよ!」
「ベルンヘルト家の権力でも使ってみる? 実質、この学校の生みの親に近い家系の名を使えば、流石に正当なジャッジをしてくれるかもよ?」

 それぞれが意見を出し合う中。

「……ひっく」

 掻き消えるような声が耳に入ってきた。

「わたし……ハルさん、リリヤちゃんに教わってきたのに……えぐっ、負けちゃうの……?」

 それはボロボロになったスズの声。

 スズの──泣き声。

「やっぱり……私、弱いままなんだ……」

 何も出来ず、ただ攻撃を受けるだけの状況に、絶望した少女の弱音。

「もう、私は…………」

 俯いたスズのの顔から大粒の涙が床に落ちる。

 この時、俺がするべき行動は何か。

 卑怯とわかっていても応戦する?
 他の教師を呼んで、試験を一時中止させる?
 ベルンヘルト家の名を使って、権力で審判に正当なジャッジをしてもらう?


 ……否。

 それでは、彼女自身の根本的な解決にならない。

 だから俺が取った行動は……。



「──何やってんだ、スズッ!!」


 * * *


 私は昔から弱い人間だった。
 故郷にいた頃も、よく力のある子たちにいじめられていた。

 魔王が倒され、新たな勇者になろうと切磋琢磨する時代。

 力が全てになったこの時代において、弱い私は『悪』だった。

 もしくは……強い人の為の『踏み台』だ。

 だからこそ、私はアースヘルト勇者学校に入りたいと思ったのだ。

 誰より強い勇者のような人間になって、この実力主義の時代を変えようと。

 私の我が儘に、お母さんとお父さんは反対しなかった。

「お前がそうしたいのなら、行っておいで」

 ただそれだけ言って──見送ってくれたのだ。

 なのに……。

 剣技学科として入ったが、そこでも私は『踏み台』のままだった。

 当然だ、そもそも経験の差が違いすぎたのだ。

 みんな、小さい頃から剣の練習をしていて、最初から実力の差が出ていた。

 私はつい最近短剣の素振りを始めたばかりで……『実力がついた』だなんて、到底言えなかった。

 誰もが私を『落ちこぼれ』と認識し、誰もいない教室で落ち込んでいる中。

 『その人』は現れた。

「だ、大丈夫……?」

 目の前に現れたのは私よりも小さい身体で、黒髪を腰までストレートに伸ばしている女の子だった。

 その身長と幼げを残した顔つきから一瞬同級生かと思ったが、今まで演習でも見たこともない人なので、きっと先輩なのだろうと考えつく。

「この教室にいるってことは……一年生だよね?」

 私は黙って首を動かすと、先輩は微笑んだ。

「えっと……私でよければ、相談に乗るよ?」

 とても、そんな気分にはなれなかった。
 だって、これは私の問題で、先輩には全く関係のない話なのだから。

 返事もせずに黙っていると、先輩はゆっくりと口を開く。

「あのね……私もこうやって、一人だけ教室に篭っているのが好きだったんだ」
「……えっ?」
「だって、周りから『ダメ人間』なんて呼ばれてるんだもん。学力はそこそこ自信あるけど、実力が重視されるこの学校じゃ、剣の実力が低い私は『落ちこぼれ』同然なんだから」

 それって……私と、同じ?

「……あのね。確かに一人にして欲しい時もある。こうやって、一人で誰もいない教室で篭っていたい気持ちもわかる」

 でも、と先輩が続ける。

「一人になっちゃいけない時もある……一人で抱えちゃいけないこともあるって、つい最近気づかされたんだ」

 後輩の、しかも別の学科の人たちにね──と先輩は照れくさそうにはにかんだ。

「だから今、あなたは一人になっちゃいけない時だと思うの……そう、ちょっと前の私と同じように。私でよければ、話してみて?」
「…………」

 私と先輩の立場が似ていると共感したからだろうか。

 気が付けば、私は先輩に全てを吐き出していた。

「それで、もう少しで始まる実施試験までに強くなりたくて……」

 もうすぐ始まる試験についての不安も兼ねて話すと、先輩は「うーん、なるほど」と可愛らしく悩む。

「……『募集してない』とは言ってたけど、それはあの子だけが言ってるだけであって、もしかして彼なら」

 ブツブツと呟くやいなや、先輩は「あのねっ」と私の方を振り向く。


「魔法学科の『天才』ちゃんと『適性ゼロ』くんの噂は知ってる?」



 それから、私は噂の元である魔法学科の『天才』と『適性ゼロ』……リリヤちゃんとハルさんに出会った。

 完全な初対面なので、当時の私はどこかぎこちなく、リリヤちゃんも何だか怖かった。

 ……あっ、でもハルさんは最初からあんな感じだったっけ?

 そうして二人との特訓が始まったのだった。

 鬼のような特訓をするリリヤちゃんも可愛い一面があることを知ったし、冷静沈着だと思っていたハルさんにもどこか抜けてるような面も見られてなんだか親近感が湧いてきていた。

 そして、いつの間にか私はリリヤちゃんとハルさんに心を許すようになったのだ。

 ううん、二人だけじゃない。どこか熱い正義感を持ったユアンさんや、物静かだと思ったら激情するルミちゃん。

 剣技学科で得られなかった『居場所』が、魔法学科に──ここにあったのだ。




 ……なのに。


 相手の攻撃を受けて、床を転がっていく。

 歯が立たない相手に、ボロボロの私はただ見上げることしか出来なかった。

 ……勝てない。

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 あの人に、勝てない。

 リリヤちゃんとハルさんから教えてもらった戦闘技術が……使えない状況の中、私は半分諦めかけていた。

 だって、魔法が使えないんだもん。

 折角、私の、私だけの無限剣技を見つけたっていうのに……。

 みんなに、教えてきてもらったっていうのに……。

「わたし……ハルさん、リリヤちゃんに教わってきたのに……えぐっ、負けちゃうの……?」

 いつしか──私は泣いてしまっていた。

 視界がぼやけ、床が歪み始める。

「やっぱり……私、弱いままなんだ……」

 リリヤちゃんが、ハルさんが、みんなが私のためにこの半ヶ月間、教えてもらっていたのに。

 試験前に励ましてもらったリリヤちゃんとハルさんの声は、今やどこかへ消えてしまっていた。

 同時に、私の中から『諦めない気持ち』も消えかけようとしていた。

 目から大粒の雫が、床に落ちる。

 もう……。

「もう、私は…………」


 そうして戦うことも、何もかも消えてしまいそうな瞬間。


「──何やってんだ、スズッ!!」

 そんな怒声が背後から聞こえてきたのだ。

 それは私の見知った声。
 でも、今まで聞いたことのないような怒りの声。

 俯いていた顔をあげて、後ろを振り返る。

「ハル……さん……」
「何諦めようとしてんだ、スズ! まだ勝負は終わってねえだろ!」

 そこには時に厳しく、時に優しくしてくれた私の恩人の姿があった。

「ハルさん……魔法が……」
「魔法? それが使えないからってなんだ! それだけで、お前は試合を放棄するのか!?」
「……でも」

 ──でも……それじゃ、私の無限剣技は使えないんですよ……?

 そんな弱音を喉奥まで吐き出しかけた時、それを阻止するかのようにハルさんが続ける。

「お前、『剣と魔法の混合技』が、自分の無限剣技だとか思っちゃいねえだろうな?」
「えっ……?」

 そんな言葉が私の胸に突き刺さる。

「ちょっと君! 試合を妨害するのは違反ですよ!?」

 と、七三分けにした茶髪の男性教師──ロロゼ先生がハルさんを注意する。
 でも、ハルさんはそんなことをお構いなしに続ける。

「お前の無限剣技はそんなんじゃねえぞ。……前にも言っただろ? 最後まで諦めなかった奴が勇者になれるんだって」

 最後まで諦めない人が……勇者。

「今までの訓練を思い返してみて、わからないのか? 何が何でも俺に攻撃を当てようとしていた、あの時のお前は『無力』だったか?」
「聞いているのかね君!? これ以上なら退場して──」
「わかったなら、立て! お前の剣技は、誰より勇者に近いものなんだ!」

 厳しい口調になるロロゼ先生はハルさんの声で掻き消える。

 気が付けば──周りの声も音も聞こえなくなっていて、ハルさんの言葉だけが脳内に響き渡っていた。


 ……ああ、そうだった。
 なんで、気がつかなかったんだろ。

 私が得たのは、そんなんじゃないんだ。

 私はまだ、戦える。

 なら立たなくちゃ。
 わかったんだから──立たなくちゃ。

 足に力を込め、手に持っている短剣を力強く握り締める。

 そうだ、私はまだ戦えるじゃないか。




「お前の、無限剣技はっ!」


 私の、無限剣技はっ!!

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