適性ゼロの魔法勇者
第25話 習得できたんじゃないか?
「私の負けだよ」
決着がついたからだろうか。
詠唱を途中でやめた姉貴がそう言いながら、木の上から見下ろしていた。
「……今のでアリなのかよ」
「投石だって立派な攻撃手段の一つさ」
自分でしておきながらあまり納得できなかった俺だが、姉貴は涼しげな顔で了承してくれる。
むしろ──喜んでいるようにも見えた気がした。
……姉貴に初めて勝った。
内容はアレだったが……勝ちは勝ちなんだ。
初勝利に思わずぐっと握り拳をしてしまう。
そのくらい、この時は嬉しかったのだ。
「さて……勝利記念に、ハルには賞品を授与しよう」
「賞品?」
姉貴は木から降りてくると、俺の目の前まで近づいて来る。
そして人差し指を俺の額に当ててきた。
何をしているのだろうか、と疑問に思うのも束の間。
「ぐっ!?」
次の瞬間、激しい頭痛が襲ってきたのだ。
「う、ああっ!?」
──痛い、痛い、痛い!
まるで頭が真っ二つに割れるかのような激しい痛みに、思わずかがみ込んでしまう。
「今、私が授けたのは勇者になれる力」
「勇……者……?」
──何を言ってるんだ、姉貴は?
何かが体を蝕んでいくような感覚がし、体全体が麻痺したように動かない。
「いいかい、ハル。お前は今、適性ゼロから次期勇者候補となった」
蹲りながらもなんとか顔を上げると、薄い笑みをした姉貴がそこにいた。
「あね……き……!」
「ハル、抗いなさい。この世界に、その呪いに──これから始まる運命に」
俺が覚えていたのはそこまでだった。
気がついたら、自分の部屋で寝ていて、姉貴の姿は見当たらなかった。
両親に聞いたところ、学校へと戻っていったそうだ。
そしてその数日後だ。
姉貴が、とあるダンジョンで消息を絶ったという連絡を聞いたのは。
「……そんなことがあったんですね」
終始、話を聞いていたスズは顔を俯かせていた。
「おいおい、そんな暗い顔するなよ。別に姉貴が死んだわけじゃねえんだし」
「えっ?」
元気を出させるために励ますと、驚いたような表情でスズは顔をあげる。
「あ、あの……ハルさんのお姉さんがいなくなったのは、四年前ですよね?」
「そうだが?」
「そしたら、その……普通なら、もうお姉さんはお亡くなりになったと考えるんじゃないんですか?」
「…………」
普通なら、か。
普通なら、姉貴は……。
「ハハッ」
スズの言葉に、思わず笑ってしまう。
「そう、普通ならな」
「えっと……どういうことでしょうか?」
「姉貴は普通じゃねえ。だから、あっさりとくたばらない……というか、まだ生きているような気もするんだ」
「……根拠は?」
と、黙っていたリリヤが口を挟んできた。
「根拠はない、そんな気がするだけだ……ただ」
「ただ?」
──こういう理由じゃないのね? 行方不明になった実の姉のことを知りたくて、っていう。
リリヤのお姉さん……ルノア先輩は何か知っているのだろうか。
「いや、なんでもない。まあ、そんな姉貴の意思も含めて魔法学科に入ることにしたんだ」
あと剣技学科に入らなかった理由に、剣を扱えないからっていうのもある。
剣で戦うより拳で戦う方が好きだしな。
「だから一般の人より低い適性でも、魔法学科に入ったのですね……」
「そういえば、スズはどれくらい魔法が使えるんだ?」
ふと気になって、スズに質問してみる。
そういえばスズは剣技学科だから、魔法面に関しては全く考えてなかった。
「え、ええと、これくらいなら……」
とスズが右手を手前にかざす。
「ヴァ、ヴァッサーバル!」
「なっ……!?」
まさかの超短読詠唱に、思わず口を開けてしまう。
スズの手先からは、やや雑な形の楕円形をした水球が出現した。
少し水球を宙に舞わせた後、スズが手を下げてヴァッサーバルを消す。
「下級の魔法くらいしか、超短読詠唱できないんですけど……」
「いや、それだけでも十分だろ。すげえな」
魔法学科でも、一年で超短読詠唱が出来るのは結構優秀な生徒だけなのだ。
「そんなに魔法が得意なら魔法学科に入ればよかったのに……なんで剣技学科を選んだんだ?」
「え? いや、勇者といえば剣じゃないですか。それに、魔法をあまり扱わなかったらしいですし」
なるほど、そういう考えで剣技学科に入ったのか。
でも何故だろうか、全ての魔法を無読詠唱出来る勇者なら魔法も戦闘に使えばいいのに。
剣を振るいつつ魔法を撃てるだなんて、割と強いと思うんだが……。
……ん、待てよ。
「スズ、ちょっといいか?」
「はい?」
もしかしたら、スズなら。
* * *
「はあっ!」
振りかざされるスズの斬撃をバックステップで躱す。
「ふっ──!」
「っ!!」
体勢を整えて素早く肉薄すると、いち早く察知したスズは横に躱す。
「ヴァッサーバル!」
躱すと同時に放たれる水の下級魔法。
拳を振るい軌道を逸らす。
「ヴァッサーバル!」
もう一度放たれる水球。
半身を逸らして水球を躱すと、スズとの距離を一気につめる。
「うっ──!」
慌てて後ろへ下がろうとするスズだが、腕を掴んで離れさせない。
「ぐっ……ヴィンド!」
直後放たれる風の下級魔法。
風圧に耐えられず腕を離してしまい、距離ができてしまう。
……今のは上手いな。
「ヴァッサーバル!」
距離が出来てすぐに、次の攻撃が繰り出される。
目の前まで迫り来る水球を横に躱す。
「はあっ──!」
「っ!」
と、避けた先に見えるのは短剣を構えて接近してきたスズ。
なるほど、今の水球は接近する隙を生ませる為だったのか。
「ブリッツ!!」
短剣に雷を纏わせ、振りかざしてくる。
だが、まだ詰めが甘い。
スズの前で勢いよく両手を打ち付ける──猫騙しだ。
「っ!?」
スズはビクリと体を震わせ、振りかざそうとする手を止める。
その一瞬の隙を見逃さなかった。
素早く短剣の握る手の手首を掴み取る。
「しまっ……!」
また攻撃を受ける前に、手から短剣を叩き落とした。
カラカラと音を立てながら短剣が床を滑っていく。
……これで勝負ついたな。
そう考えて手を解こうと思った時だった。
「~~っ!!」
「なっ……!?」
スズが俺の体にしがみついてきたのだ。
どういうことなのか、一瞬考えたのが命取り。
躱された水球がこっち側に戻ってくるのに気が付いた時には、もう遅かった。
バシャリと音を立てて、俺とスズは水球を直撃する。
「……リリヤちゃん直伝、水球バックターンです」
「なんだそれ」
そのまんますぎるネーミングに思わず笑ってしまう。
でもそうか、リリヤもよく水球を操ってスズに躱させる訓練をさせていたな。
あれを応用したというわけか。
「ハルさんに、初めて攻撃を当てましたよ!」
嬉しそうに──本当に嬉しそうに、スズが笑みを浮かべていた。
「……自分も食らってるじゃん」
と口を挟んでくるのは、端っこで見ていたリリヤ。
「試験でも、それが通用するかどうかはわからない」
「うっ……」
リリヤの言葉に反論出来ないのか、何も言えないスズ。
……随分と手厳しいな、今のはあまり好まない試合内容だったのだろうか。
「──でも、今のは凄くよかった」
だが、そうではなかったようだ。
リリヤは手を伸ばすと、スズの頭の上を撫でる。
「相手に魔法の使用を禁止させているとはいえ、あのハルに攻撃を当てたことは凄いと思う。誇っていい」
そう言って、優しく微笑むリリヤ。
今まで教えてきた生徒が成長した姿を見て、嬉しいのだろう。
……しかし、『あのハル』って。
少し大袈裟過ぎじゃないか?
「~~っ!!」
リリヤに褒められ、スズはパアッと顔を輝かせると。
「リリヤちゃぁんっ!」
ガバリとリリヤに抱きついたのだ。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「……水で濡れてて感触が気持ち悪い。離れて」
「その反応は酷くないですか!?」
リリヤとスズの親交が更に深まったような気がして、見ているこっちも思わず微笑んでしまう。
「……合格だ」
そして、俺もリリヤと同じ意見だった。
リリヤと同じように、生徒の濡れた頭をくしゃりと撫でてやる。
「習得できたんじゃないか? お前の『無限剣技』」
決着がついたからだろうか。
詠唱を途中でやめた姉貴がそう言いながら、木の上から見下ろしていた。
「……今のでアリなのかよ」
「投石だって立派な攻撃手段の一つさ」
自分でしておきながらあまり納得できなかった俺だが、姉貴は涼しげな顔で了承してくれる。
むしろ──喜んでいるようにも見えた気がした。
……姉貴に初めて勝った。
内容はアレだったが……勝ちは勝ちなんだ。
初勝利に思わずぐっと握り拳をしてしまう。
そのくらい、この時は嬉しかったのだ。
「さて……勝利記念に、ハルには賞品を授与しよう」
「賞品?」
姉貴は木から降りてくると、俺の目の前まで近づいて来る。
そして人差し指を俺の額に当ててきた。
何をしているのだろうか、と疑問に思うのも束の間。
「ぐっ!?」
次の瞬間、激しい頭痛が襲ってきたのだ。
「う、ああっ!?」
──痛い、痛い、痛い!
まるで頭が真っ二つに割れるかのような激しい痛みに、思わずかがみ込んでしまう。
「今、私が授けたのは勇者になれる力」
「勇……者……?」
──何を言ってるんだ、姉貴は?
何かが体を蝕んでいくような感覚がし、体全体が麻痺したように動かない。
「いいかい、ハル。お前は今、適性ゼロから次期勇者候補となった」
蹲りながらもなんとか顔を上げると、薄い笑みをした姉貴がそこにいた。
「あね……き……!」
「ハル、抗いなさい。この世界に、その呪いに──これから始まる運命に」
俺が覚えていたのはそこまでだった。
気がついたら、自分の部屋で寝ていて、姉貴の姿は見当たらなかった。
両親に聞いたところ、学校へと戻っていったそうだ。
そしてその数日後だ。
姉貴が、とあるダンジョンで消息を絶ったという連絡を聞いたのは。
「……そんなことがあったんですね」
終始、話を聞いていたスズは顔を俯かせていた。
「おいおい、そんな暗い顔するなよ。別に姉貴が死んだわけじゃねえんだし」
「えっ?」
元気を出させるために励ますと、驚いたような表情でスズは顔をあげる。
「あ、あの……ハルさんのお姉さんがいなくなったのは、四年前ですよね?」
「そうだが?」
「そしたら、その……普通なら、もうお姉さんはお亡くなりになったと考えるんじゃないんですか?」
「…………」
普通なら、か。
普通なら、姉貴は……。
「ハハッ」
スズの言葉に、思わず笑ってしまう。
「そう、普通ならな」
「えっと……どういうことでしょうか?」
「姉貴は普通じゃねえ。だから、あっさりとくたばらない……というか、まだ生きているような気もするんだ」
「……根拠は?」
と、黙っていたリリヤが口を挟んできた。
「根拠はない、そんな気がするだけだ……ただ」
「ただ?」
──こういう理由じゃないのね? 行方不明になった実の姉のことを知りたくて、っていう。
リリヤのお姉さん……ルノア先輩は何か知っているのだろうか。
「いや、なんでもない。まあ、そんな姉貴の意思も含めて魔法学科に入ることにしたんだ」
あと剣技学科に入らなかった理由に、剣を扱えないからっていうのもある。
剣で戦うより拳で戦う方が好きだしな。
「だから一般の人より低い適性でも、魔法学科に入ったのですね……」
「そういえば、スズはどれくらい魔法が使えるんだ?」
ふと気になって、スズに質問してみる。
そういえばスズは剣技学科だから、魔法面に関しては全く考えてなかった。
「え、ええと、これくらいなら……」
とスズが右手を手前にかざす。
「ヴァ、ヴァッサーバル!」
「なっ……!?」
まさかの超短読詠唱に、思わず口を開けてしまう。
スズの手先からは、やや雑な形の楕円形をした水球が出現した。
少し水球を宙に舞わせた後、スズが手を下げてヴァッサーバルを消す。
「下級の魔法くらいしか、超短読詠唱できないんですけど……」
「いや、それだけでも十分だろ。すげえな」
魔法学科でも、一年で超短読詠唱が出来るのは結構優秀な生徒だけなのだ。
「そんなに魔法が得意なら魔法学科に入ればよかったのに……なんで剣技学科を選んだんだ?」
「え? いや、勇者といえば剣じゃないですか。それに、魔法をあまり扱わなかったらしいですし」
なるほど、そういう考えで剣技学科に入ったのか。
でも何故だろうか、全ての魔法を無読詠唱出来る勇者なら魔法も戦闘に使えばいいのに。
剣を振るいつつ魔法を撃てるだなんて、割と強いと思うんだが……。
……ん、待てよ。
「スズ、ちょっといいか?」
「はい?」
もしかしたら、スズなら。
* * *
「はあっ!」
振りかざされるスズの斬撃をバックステップで躱す。
「ふっ──!」
「っ!!」
体勢を整えて素早く肉薄すると、いち早く察知したスズは横に躱す。
「ヴァッサーバル!」
躱すと同時に放たれる水の下級魔法。
拳を振るい軌道を逸らす。
「ヴァッサーバル!」
もう一度放たれる水球。
半身を逸らして水球を躱すと、スズとの距離を一気につめる。
「うっ──!」
慌てて後ろへ下がろうとするスズだが、腕を掴んで離れさせない。
「ぐっ……ヴィンド!」
直後放たれる風の下級魔法。
風圧に耐えられず腕を離してしまい、距離ができてしまう。
……今のは上手いな。
「ヴァッサーバル!」
距離が出来てすぐに、次の攻撃が繰り出される。
目の前まで迫り来る水球を横に躱す。
「はあっ──!」
「っ!」
と、避けた先に見えるのは短剣を構えて接近してきたスズ。
なるほど、今の水球は接近する隙を生ませる為だったのか。
「ブリッツ!!」
短剣に雷を纏わせ、振りかざしてくる。
だが、まだ詰めが甘い。
スズの前で勢いよく両手を打ち付ける──猫騙しだ。
「っ!?」
スズはビクリと体を震わせ、振りかざそうとする手を止める。
その一瞬の隙を見逃さなかった。
素早く短剣の握る手の手首を掴み取る。
「しまっ……!」
また攻撃を受ける前に、手から短剣を叩き落とした。
カラカラと音を立てながら短剣が床を滑っていく。
……これで勝負ついたな。
そう考えて手を解こうと思った時だった。
「~~っ!!」
「なっ……!?」
スズが俺の体にしがみついてきたのだ。
どういうことなのか、一瞬考えたのが命取り。
躱された水球がこっち側に戻ってくるのに気が付いた時には、もう遅かった。
バシャリと音を立てて、俺とスズは水球を直撃する。
「……リリヤちゃん直伝、水球バックターンです」
「なんだそれ」
そのまんますぎるネーミングに思わず笑ってしまう。
でもそうか、リリヤもよく水球を操ってスズに躱させる訓練をさせていたな。
あれを応用したというわけか。
「ハルさんに、初めて攻撃を当てましたよ!」
嬉しそうに──本当に嬉しそうに、スズが笑みを浮かべていた。
「……自分も食らってるじゃん」
と口を挟んでくるのは、端っこで見ていたリリヤ。
「試験でも、それが通用するかどうかはわからない」
「うっ……」
リリヤの言葉に反論出来ないのか、何も言えないスズ。
……随分と手厳しいな、今のはあまり好まない試合内容だったのだろうか。
「──でも、今のは凄くよかった」
だが、そうではなかったようだ。
リリヤは手を伸ばすと、スズの頭の上を撫でる。
「相手に魔法の使用を禁止させているとはいえ、あのハルに攻撃を当てたことは凄いと思う。誇っていい」
そう言って、優しく微笑むリリヤ。
今まで教えてきた生徒が成長した姿を見て、嬉しいのだろう。
……しかし、『あのハル』って。
少し大袈裟過ぎじゃないか?
「~~っ!!」
リリヤに褒められ、スズはパアッと顔を輝かせると。
「リリヤちゃぁんっ!」
ガバリとリリヤに抱きついたのだ。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「……水で濡れてて感触が気持ち悪い。離れて」
「その反応は酷くないですか!?」
リリヤとスズの親交が更に深まったような気がして、見ているこっちも思わず微笑んでしまう。
「……合格だ」
そして、俺もリリヤと同じ意見だった。
リリヤと同じように、生徒の濡れた頭をくしゃりと撫でてやる。
「習得できたんじゃないか? お前の『無限剣技』」
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