適性ゼロの魔法勇者

風見鳩

第22話 90という数字を見かけた時

 今日は学校が休みなので、前々から予定していた勉強会を行うことになった。

 まあ俺たちも筆記試験とやらの対策をしないといけないからな。

 場所は俺とガドラの部屋。
 空いてるスペースに机を移動させて、そこにみんなで囲うようにして床に座っている。

「……おい、なんでこの部屋にした?」

 と、左隣のガドラがこっちを睨みながら訊いてきた。

「いやあ、別の場所にしたらガドラに逃げられるかなって思って。逃げられる確率が低いここにした」
「俺は参加する理由がないんだが」
「そうか? 場合によっては一人より効率的だから、お前も参加する理由があると思うんだが?」
「…………チッ」

 何も反論できないようで、ガドラは小さく舌打ちをすると大人しくノートを開き始める。

 ……うん、前にも思ったがやっぱり昔のリリヤに似てるよな。

「あ、あのぅ……私がここにいてもいいのでしょうか……?」

 そして、その中でオドオドとしているのはスズ。

 今日は特訓をしないから放置というのはあれなので、誘ってみたのだ。

 だが、自分一人だけ剣技学科の空間にどうも馴染めてないようで、いつもより萎縮しているように見える。

「別にいいんじゃないかしら? 剣技学科だからと言って筆記試験がないわけじゃないでしょ」
「それに、共有している科目の試験範囲は一緒のはず。だからスズも一緒に試験勉強すればいい」

 そんなスズにフォローを入れるルミとリリヤ。

「は、はあ……それならお言葉に甘えて……」

 最近スズの態度が柔らかくなった気がしてきたのだが、どうやらそれは俺とリリヤだけに限るらしい。
 あまり関わりのない人たちだと硬くなってしまうようである。

「それで、スズさんは苦手科目とかあるのかしら?」

 それに対して、ほぼ初対面であるはずのルミはいつも通りといった感じだ。

 そういえば、ルミはどんな人に対してもこんな態度だよな……ユアンはちょっと違うけど。

「どれも苦手ですが……強いて言えば世界史です」
「──世界史」

 と。
 おそるおそる返答したスズの言葉に、ルミの眉がピクリと動く。

「なるほど、スズさんは世界史が苦手なのね?」
「まあ、強いて言えば、ですけど」
「任せなさい。私がみっちりと世界史を教えてあげるわ」
「あ、ありがとうございます……って、ル、ルミさん? な、なんか顔が恐いですけど」
「心配いらないわ。例えば、日常の中で90という数字を見かけた時、『これを星暦せいれきと考えると、魔王軍が勢力拡大の為にダニルド島を完全に支配した時代か』と考えられるくらいに教えてあげるわ」
「そこまで頼んでませんが!?」

 急に態度が豹変したルミに、スズが思わず身を引く。

「大丈夫よ、安心しなさい。趣味は世界史の本を読むこと、特技は世界史の話になると一時間は語り尽くせることくらいまでにはしてあげるから」
「ちっとも安心できませんよ!? 私、そんな風になりたいわけじゃありませんし!」
「じゃあ、今回の試験範囲について語るわ」
「話を聞いてない!」

 必死に断るスズを無視して、鼻歌混じりに自分のバッグからノートを取り出すルミ。

「ユアン、なんかいつものルミと違うんだが……どういうことだ?」
「……ああ、彼女の悪い癖だ」

 まるで別人になったかのような豹変ぶりなので右隣のユアンに訊いてみると、彼は苦虫を噛み潰したような表情をして頷く。

「小さい頃から世界史の本を読み漁っていたせいだろう……その手の話になると急に饒舌じょうぜつになって、最低でも一時間はあの状態のままだ」

 なるほど、ルミにそんな一面があったとは……。

「出題範囲が一緒なら、勇者アース・ヘルトを中心に話していこうかしら」

 『勇者』という言葉が出た瞬間、ピクリとリリヤの眉が動く。

「まずみんなは勘違いしがちだけど……アース・ヘルトは元の名前じゃないわ」
「え、そうなのか?」

 今まで聞いたことがない話なので、つい反応してしまう。

「魔王を封印した後……つまり勇者と称えられた時に、勇者ヘルトの名前が当てられたのよ」
「じゃあ、元の名前はアースだったというわけか」
「そういうこと」

 へぇ、初めて知ったな。

「でも、これはあくまで諸説に過ぎないの」
「どういうことだ? 今のお前の言い方だと、元の名前はアース・ヘルトじゃないことは事実だと断言してたように聞こえたんだが」

 疑問に思ったのだろう、ガドラが首を捻る。

「えぇ、それは事実。古文書に私が言ったことが記述してあるんだから……問題はアースという名前の方」

 と、ルミは眉間に皺を寄せてノートを開いた。

 そこはビッシリと細かく書かれている手書きの文字。

 全てルミが自力で調べたやつなのだろうか。

「アース・ヘルトのヘルトは勇者になってから付いたのはわかった。でも、アースという名前の人物はどこにも記録されてない」
「……つまりアースというのは勇者自身の名前ではない、ってことか?」

 自分なりに整理した内容で問うと、「あくまで可能性よ」と返すルミ。

「元々アース・ヘルトは平凡な人間と生まれたから、名前が記録されてないのではないだろうかっていうのが一番有力だと言われている。でもハルくんが言ったように、元々アースという名前ではなかったと考えている人もいるわ」
「そうなると、勇者の本名は……」
「さあね。流石にそこまでは知らないわ」

 謎に包まれている、世界を救った勇者。

 そういえば、俺も勇者については一般的に知られていることしか知らない。

 何か知られてはいけないことがあったりしてな。

 と、そんなことを妄想する自分に苦笑してしまう。

「まあ、これは勇者のことを詳しく調べた人なら知ってることだから、知っていて損はないわよ」
「なるほど!」

 と、スズが力強く頷きながら一生懸命メモを取っていた。

 彼女も勇者に興味がある為か、それとも試験の為なのか……どっちにせよ、きちんとメモをするスズは偉いと思う。

「勉強になります、ルミさん!」
「まあでも、絶対試験には出ない情報ね」
「じゃあ、今までのメモは試験の役に立たないというわけですか!?」

 確かに授業で習った内容であるなら、俺も知ってるはずだ。

 ガックリと肩を落とすスズを励ますように、ルミはスズの肩に手を置く。

「安心なさい、次はきちんと試験範囲の内容よ。通常習った内容を数倍詳しく教えてあげるわ」

 つまり裏を返すと、試験に出そうにない内容を教えるということなのではないだろうか。

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