クチナシ魔術師は詠わない

風見鳩

予兆

 4クラスの教室内は滅茶苦茶である。

 机と椅子は散乱し、まるで嵐が過ぎたような状況だ。

「ひどい……」

 誰かがボソリとつぶやく。

 それは誰が言った言葉か……わからない。

 いや。

 ここにいる全員がそう感じているのだから──きっと全員の言葉だろう。


 全員が教室の前で固まる中、教室内に足を踏み入れたのは僕一人だけだった。

「シルバくん……」

 とりあえず倒れた机を元に戻すべきだろうけど……真っ二つになっちゃってるのもあるしなあ。

 無事な机を起き上がらせていると、カイルとラフィも同じく教室内に入ってくる。

「手伝うぜ」
「わ、私も!」

 すると二人に呼応するように、クラスのみんなも次々と片付けをし始めた。


 誰がやったかというのは置いておき、まずは授業出来るようにしないとね。

 そんなことを考えていたその時の僕は、想像も出来なかっただろう。

 こんな行為が更に激化していくだなんて。


 ***


 こんなわけのわからない行為は更に続いた。

 それも4クラスのクラスメイトを執拗に狙うように。


 最近では個人個人を狙うかのような悪戯が多発している。

 椅子に細工がしてあったり、モノが壊されていたり。

 執拗な悪戯と手がかりも掴めない犯人に、クラス内は日を追うごとにピリピリとした空気になっていった。


 そんなことが5日以上続いたところで、僕も気が付いた点をまとめておこう。

 一つ、悪戯される時間帯は決まって一時間目が始まる前の時間や昼休み後の時間帯。これは誰もが犯行を行える時間帯である。

 二つ、悪戯される対象は4クラス全員の誰かであり、その中からは特定されていない。つまり、4クラスのメンバーを無造作に狙っているということだ。

 そして三つ、悪戯には魔法が使われている。別に大したことではないけど、すべての悪戯に共有する点で挙げておいた。


 よって、誰にでも出来る犯行である為、犯人の特定は未だ出来ていない。


「シルバくん、一緒にお昼行きましょう」

 午前の授業が終わり昼休みになった時、ラフィが声をかけてくる。

 いつもと変わらない明るい口調だが、その笑顔はどこかぎこちない。

 それもそうだろう。こんな教室の空気で明るい態度を取れる方がおかしいのだ。

 犯人も捕まらず、何も出来ず……無差別に起こる悪戯にクラスの皆は苛立っていた。


 ガンッと誰かが椅子を蹴る音が教室に鳴り響く。

 それは誰が鳴らした音か……わからない。

 いや、ここにいる皆、同じ気持ちなんだ。

 だから──この音は皆の心中を表している音なんだろう。

 その証拠に、一言も文句が飛び交わない。

 皆、黙って教室を出て行く。

 最近、クラス内にて3・4人のグループ行動が目立つようになった。

 どうやら自分はやっていないという証明と、他のメンバーの監視を兼ねているらしい。

 普通に仲良くはできないのかと呆れるが、まあ状況が状況だからね。


 まあ、そんなことはともかく、今は昼食だ。

 食事の時間くらい、このピリピリとした空間から抜け出したい。

 ところで……いつも真っ先に「飯行こうぜ!」と言ってくるカイルが来ないのは何故だろうか。

 まさか彼も、この状況に耐えきれなくなって僕らと行動する気分になりたくなくなったとか……?

 あり得ないことではないと思いながら、教室内を見回してみる。



 そこには机に突っ伏して幸せそうに寝ている彼の姿が見えた。

「……カイルくんはどんなことがあってもカイルくんな気がします」

 ほっと息をつくラフィの意見に僕も同感だ。


 ***


「大体な、あんなピリピリしたところで犯人が捕まるわけないんだから、あいつらも気にするもんじゃねえんだよ」

 お昼寝から目覚めたカイルは食堂にてそう言い始めた。

「まったく、最近の教室は居ずらいぜ。気分悪いったらありゃしない」

 その気分悪い教室内で、さっきまで気持ち良く爆睡してたのはどこのどいつだろうか。

「でも、カイルくんの言う通りですよね……私もあまり良い空気ではないと思います」

 ラフィも視線を落とす。

 まあ僕も居づらいなとは思う。僕自身はまだ被害を受けていないけど、誰かがそんなことをされているだけで嫌な感じだし。


 ふと、カイルのローブに目が行く。

 まだ半年も使ってない、新品同様のローブ。

 なのに……何故か違和感を感じた。


 カイルが反応するより先に、席を立ってカイルのローブを掴みあげる。

 新品のローブのはずなのに……斜めに向かって縫われている灰色の糸。

 そして、一枚の布から作り上げられたはずのローブの先は当然均等になっているはずなのに。


 まるで裂かれた部分を無理矢理くっつけたかのような施しがしてあった。

「カイルくん、それって……!」

 僕が広げたことにより、ラフィも気が付く。

「……俺に器用さと黒い糸がなかったのが悔やまれるな」

 カイルは悪態をつくように吐き捨てると、僕の手を払い普段の笑顔を見せてきた。

「お前ら、すっげえ心配性だからな。あんまり見せたくなかったんだよ」

 …………。

 そうか。

 僕が知らないだけで、カイルも被害に遭ってたのか。

 それを僕は知らずに、彼はいつも通りなんだとばかり思っていた。

 僕は……。


「おい、シルバ」

 と。

 カイルに腕を掴まれたところで我に返る。

「ほら、俺の言ったとおりじゃねえか。今、すげえ顔してたぜ、お前」

 えっ……そうなの?

 自覚してなかったことを指摘したカイルは、ニッと笑う。

「大丈夫だって言ってんだろ。こんなん、すぐ収まるさ」

 ……そう言ってくれるカイルと裏腹に、僕はこれからもっと発展していくのではないかと予想していた。


 ***


 昼食も食べ終わり、午後の授業までの時間帯に用を足し終える。


 しかし、犯人の目的はなんなのだろう。

 なんで4クラスのメンバーばかりを狙うのだろうか。

 やってきた4クラスメンバーに恨みがあるとか?

 そんなことを考えるが、すぐに違うと悟る。

 駄目だ、人数が多すぎて、対象の人数がわから──

 と。

 そこでようやく、最も重要な部分に気が付いた。

 これ……もうほとんどのクラスメイトが被害に遭ってるんじゃないか?

 被害に遭ってないのは、おそらく──


「っ!!」

 そんな考え事をしていたことが悪かったのだろうか。

 廊下の曲がり角から、誰かがぶつっかってきた。


 ドンッという突然の衝撃に思わず尻もちをついてしまう。

 そしてすぐに顔を上げた時には、もう誰もいなかった。

 まったく、一体誰だろうか。急いでいたのはわかるが、ひとにぶつかったら謝るべきなんではないかと……。

 と、ここで一つのローブが床下に落ちていることに気が付く。

 さっきの人のだろうかと思いつつ、それを拾い上げ──刺繍されている名前を見て、目を丸くした。


 これって……!


「おい」


 考えている暇もなかった。

 見上げると、息を荒くした男子生徒たち──4クラスの男子たちが僕を見下ろしている。


 否、彼らが見ているのは──僕が手に持っているローブ。

 そしてすぐに気が付く。



「なんで俺のローブを、お前が持ってるんだ?」


 嵌められた、と。

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