クチナシ魔術師は詠わない

風見鳩

黒鎧の魔法

 広間に響き渡る音を立てながら両手を叩き、巨大な炎を出現させる。

 それをそのまま黒鎧に向かって放つ──が。

 燃え盛る炎の中、黒鎧は何ともないように迫ってくる。

「≪ダルク≫」

 くぐもった声が響き……黒鎧の姿が闇に溶けた。


 自らの姿を見えなくする魔法……?

 そんな魔法、聞いたことないけど……とにかく、相手の姿が見えなくなるのはまずい。


 パチリと指を鳴らし、周囲に起こすは──吹雪。

 水魔法を応用した雪が周囲に吹き荒れる。


 すると、その雪が消えた敵の姿を象っていった。

 白い姿を映し出す黒鎧に向かって、すかさず豪炎を放つ。

 そして追い打ちに、風魔法で突風を吹かせて壁へ叩きつけた。


 まだ相手は起き上がってくるかもしれない──黒鎧が壁に叩きつけられている間に、次の魔法を発動させた。

 火の槍を出現させ、黒鎧に向かって打ち付ける。壁ごと燃やすかのような勢いをつけ、黒鎧の視界が炎で防がれている内に、氷の刃を無数に生成。燃え盛る炎の中に放っていく。

 やがて火は消え失せ、火の中に放たれた氷の刃は水となり、黒鎧とその周囲を濡らす。そこに僕は冷気を送り込んだ。

 水で濡れた身体に極度の冷気を送り込むとどうなるか──水は凍る。

 黒鎧と壁が一緒になって凍り付く。

 間髪入れずに次の魔法を発動。土魔法に強度を増した槍を作り出す。

 相手が壁と自分をはがす前に、土の槍を打ち付けた。


 普通の相手なら、もう瀕死状態になるはず。



 なのだが。



 ……これでもダメか。

 あれだけの攻撃を受けながらもまだ立ち上がってくる黒鎧に、思わず冷や汗が頬を伝う。


 僕だって伊達に8年間修行していたわけじゃない。無詠唱魔法はもちろんのこと、実践だってそれなりに経験してきたつもりだ。

 しかし、目の前にいる黒鎧を倒せる自信があるかどうかと聞かれたら……正直、あまり自信が無い。


 参ったな、対策がわからない。

 大体、あの魔法はなんだろうか。属性もわからない上に、見たことも聞いたこともない魔法だ。


 まるで──闇を操る魔法のような。


「≪ダルクハンド≫」

 黒鎧がまたもや正体不明の詠唱を呟く。


 と──。

 いきなり後ろから腕や足を掴まれた。

 掴んでいるのは、手?

 引き離そうにも……駄目だ、力が強すぎる!

 為す術もなく、後ろの壁へ磔にされる。


 あ、これはやばい。

 早く魔法で対処を──

「≪ダルクダウン≫」

 魔法を発動しようとしたところで……ぎょっとした。

 自分の手足が闇に飲み込まれ、動かすことが出来なくなっているのだ。

 その後も、体が徐々に闇へと飲み込まれていく。


 やばい、本気でやばい!

 慌てて腕を引き戻そうとするが……飲み込む力の方が強くて、抵抗できない。

 黒鎧は大剣を構えると、僕に向かって振り下ろしてくる。


 ……あぁ、これはもう駄目かもしれない。


 無駄な抵抗もやめ、諦めかけた時だった。


「シルバくんっ!」
「シルバ!」

 ここにいるはずのない声が聞こえてくる。


 一つの小さな光が、僕を照らした。

 ああ。

 ああ、なんで──来てしまったんだ。

 わざと僕とこいつの一騎打ちになるような状況にしたのに。

 二人には、そのまま逃げてほしかったのに。


「シルバくんから、離れてください!」

 光魔法を放っている少女──ラフィが震える声で叫んだ。

「待ってろ! 今助ける!」

 とカイルが駆け出そうとする……が。

「≪ダルクハンド≫」

 黒鎧のくぐもった呟きが聞こえる。

「きゃっ!」
「うおっ!?」

 次の瞬間、無数の黒い手が二人を拘束し始めた。

 そして黒鎧は二人に向かって歩き出す。


 やめろ。


 その二人には、手を出すな。


 声に出したくても──出せない。

 心の中でしか叫ぶことが出来ず、自分の非力さに思わず奥歯を噛みしめた。



 と、ここで気が付く。

 右腕……具体的には、ラフィの光魔法に照らされていた右腕部分の闇の引力が弱っていることに。

 思いっきり右腕に力をこめると、さっきのことが嘘みたいに右手を引き抜くことができた。

 ……もしかして。

 あくまで予想だけど──考えてる暇なんて、ない!

 あの二人を助けるんだ!


 僕は握り拳を作ると、思いっきり壁にドンッと叩きつける。


 発動させるのは──光魔法。

 まるでこの空間全体を照らすかのような強さの光の玉をいくつも浮遊させる。

 すると、その瞬間に他の手足も拘束が解けた。

「あ、あれ?」
「消えた……?」

 そして二人を縛っていた手も消えている。


 ……ヒントをくれてありがとう、ラフィ。


 あいつの魔法は──光魔法に弱いんだ。


 大剣を振り上げる黒鎧だが──させない。

 両手をパンッと打ち、無数の風の手で黒鎧を拘束する。


 さっきしてやられたんだ。

 仕返しくらいはしないと、ね?


 黒鎧の動きを止めている間に、カイルへアイコンタクトを送る。

 僕のサインに気が付いたカイルは拳を強く握りしめた。

「≪グロンド≫!」

 カイルの詠唱により、右拳が土魔法で強化される。


 そして……


「──っらあぁっ!」


 空気が振動した。


 通常の数倍強化されたカイルの拳は、黒鎧に打ち込まれている。


 瞬間──ピシリと。


 黒鎧にヒビが入った。


 昔、師匠が教えてくれた言葉が蘇る。

「相手が鎧を着ている場合は、火魔法と氷魔法を交互に撃つといいよ。鎧が柔らかくなるから」

 当時はその言葉の意味がよくわからなかったけど……そうか、こういうことだったのか。

 つまり──鎧が砕ける。


 原理は全くわからないけど、どんなに頑丈な鎧でも火と氷を交互に放っていくことにより脆くなると……そういう意味だったのだ。


 ──ピシリ、ピシリ。

 一線、また一線とヒビが入っていく。


 そして鎧全体にヒビが広がり──


「──ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」


 黒鎧は完全に砕けた。

「ひっ……!」

 近くにいたラフィが小さな悲鳴をあげる。


 黒鎧の中にいたのは──真っ黒な骨・・・・・

 黒く、黒く、闇のように塗りつぶされた人間の骨が……中にいたのだ。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!」

 骸骨の叫びが響き渡る。


 悲痛に苦痛に惨痛に絶痛に。


 全てを吐き出すような叫び声。



「──ァ゛ァ゛ァ゛」


 やがて、骸骨の叫び声が弱っていく。


 それに伴い──骨の黒い部分がみるみる消えていく。


 一部分、また一部分と黒い箇所がなくなった骨は床へ落ちていき。


 カラン・・・と──普通の白い色をした頭蓋骨が落ちた時、僕の全身から力が抜けた。


 今までの疲れがどっと押し寄せ、魔法を維持することも難しくなっている。


 でもまあ……これでなんとかなった、のだろうか。


 人生で二度目の死の瀬戸際に──僕は笑うことしか出来なかった。

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