クチナシ魔術師は詠わない

風見鳩

「ったく、一人で無茶しやがって」
「シルバくんが無事で、本当に良かったです……!」

 黒鎧を倒した後、二人の言葉に僕は何も言い返せなかった……まあ、元から喋られないんだけどね。

 確かに一人だったら、ほぼ確実に死んでた。自分の力を過信している証拠である。

 それに……二人のことも心のどこかで軽く見ていたのかもしれない。実戦経験がないし、僕のことを見捨てて逃げるだろうと。

 初対面の人に「力になる」と言ってくるような二人が、逃げるはずないじゃないか。

 今もこうして、まだ立てない僕の隣に座って待ってくれている。

「にしても……変なところだな、ここ」

 と、カイルが大広間のような空間を見回した。

「確かに変ですね。なんか人為的に作られた場所みたいで……」
「ん? いやいや、ここは明らかに人為的に作られたところだろ、ここは」

 カイルの言葉に僕とラフィが首を捻る。

 明らかに? どういうこと?


「だって……壁に文字がびっしりと書かれてるんだぜ? 人が書いたものだろ、これ」


 ……え?


 パチリと指を鳴らし、この空間を全て照らせる程度の光の玉を生成する。

 いつもより出力は弱いけど……うん、だいぶ回復してきたな。


 いや、今重要なのはそこではない。壁に書かれている文字だ。

 カイルの言うとおり、壁には文字がびっしりと書かれている。

 さっきの時は確認する暇もなかったけど……なるほど、これは確かに変な場所だ。

 それと、書かれている内容も──変である。

『其れに触れてはいけない』
『其れを求めてはいけない』
『其れへ近づいてはいけない』
『其れはどこにもあり』
『其れはどこにもない』
『其れは存在してはいけなかった魔法』
『其れは見てはいけなかった魔法』
『其れは聴いてはいけなかった魔法』
『其れは声にしてはいけなかった魔法』
『其れは第6の属性魔法』

 魔法……『其れ』っていうのは魔法?

 ふと、さっき黒鎧が使っていた魔法を思い出す。

 正体不明の魔法……もしかして、それのことを書いてあるのか?

 そのまま、文章の続きを読む。



『其れの属性は闇』


『其れは闇魔法』



「闇魔法……」

 一緒の部分を読んでいたのか、ラフィが独り言のようにつぶやく。

「聞いたこともない魔法だが……」
「さっきの人が使っていた魔法はどの属性の魔法でもありませんでしたよね」

 何も知らなかったら信じなかったかもしれない。

 でも……僕たちはもう知ってしまった。

 もう、信じるしかなくなってしまったのだ。


「……あれ? あそこにあるのって、扉ですか?」

 と、ラフィが指をさす。

 指さした先には、確かに両開きの扉があった。

 壁に手をつきながら立ってみると、さっきよりはだいぶ回復しているみたいだ。

「大丈夫か?」

 カイルが肩を貸してくれる。ありがたい。


 扉を開けてみると、そこは小さな部屋だった。


 ただ──床には奇妙な模様が描かれている。

 大きな円形の中に四角やら三角やらの模様が描かれており、その中に綴られているのは見たこともない文字。


「なんだこれ……」
「さ、さあ……?」


 二人もこれがなんなのかわからないみたいで、首を捻りながらも部屋の中へ入った。



 と。

 扉を閉めた途端、床の模様が不気味な紫の光を発生させる。

「「──っ!?」」

 二人が声を出す暇もなかった。


 一瞬にして視界が闇に覆われていく。


 そして──


 気が付くと……僕らは森の中で立っていたのだ。


 ***


「おっ、間に合ったか。じゃああんたらも第9級試験合格ね」
「「……はい?」」

 僕も一人で歩けるようになるまで回復し、『日が暮れるまでに戻ること』というなんとも曖昧な時間厳守を思い出して、慌てて入り口まで戻ると……ユキリア先生の言葉に僕らは呆気にとられてしまった。

 第9級試験って……?

「いや、第9級試験の試験内容は『ヴィッヘルム森林からの帰還』ってやつでな。ここも迷宮ダンジョンの一種で、指定された時間内に戻れたら合格ってことなんだ」

 ……つまり、この実践授業はもともと昇級試験だったってこと?

 いやいや。

 魔術学校なんだから、もっと魔法っぽい試験があるでしょ。


「あの……私たち、色々あってモンスターを狩ってないんですけど……?」
「平気平気。モンスターを倒さなくちゃいけないなんて条件はないし」
「それに、たまたま入り口付近に出ただけなんですが……」
「運も実力だよ」

 困惑するラフィとカイルに、先生は手をひらひらさせる。

 なんというか……呆気なさ過ぎてあまり実感しないというか……。

 あまりの唐突な事に混乱してしまう。

「いやあ、第9級なんて名ばかりだよ。あんたらが思い描くような、そんな凄いものじゃないし」
「じゃあ、あの森に迷ったのは想定内……ということなんですか?」
「うん、初めての人がこの森に入ったらほぼ確実に迷うからね。それをどう乗り越えるかっていうのが内容だし」

 魔法関係ないじゃん。

「じゃあ、森の中にあった洞窟もっすか?」
「……洞窟?」

 しかし、カイルの言葉に先生は首をかしげる。

「ヴィッヘルム森林に洞窟はないよ?」
「「えっ?」」

 今度は先生の言葉に二人が声をあげる。僕もあげたかった。


 じゃあ、あの洞窟は一体……?

「……ちょっと待て。あんたら、どこにいたんだ? 経緯とか詳しく教えて」

 という先生の質問にラフィとカイルが説明をする。


 渓谷にあった洞窟ダンジョンらしき入り口、突然襲ってきた黒鎧、そして──闇魔法について。

「……なるほど、それはちょっと調べてみる必要があるな。三人とも、ありがとう」

 先生はそこまで言うと、「ああ、そうそう」と付け足してくる。


「闇魔法って言ったよな? あれは嘘だから、信じるなよ?」


 …………。

 …………。


「「ええええぇぇぇっ!?」」

 まさかの事実。

「いやあ、まさかその名前を訊くなんて久しぶりだなあ。あたしが学生の頃、結構流行ってたっけ」
「で、でも、あんな魔法は見たことも」
「≪グロンドハンド≫」


 と。

 ユキリア先生が唐突に詠唱し、地面から手を出す。

「こんな感じの魔法だろ? 辺りが暗かったから黒く見えただけだって」
「いや、詠唱は……」
「あんたら知ってるか? 詠唱は省略するだけじゃなくて、作ることもできるんだ。中には火魔法の詠唱を言いながら、水魔法を放つ魔術師もいるんだぞ」

 という先生の説明に二人は半信半疑だが……僕は知ってる、その魔術師がいるということを。


 だって師匠も出来てたもん。


 初めて見たとき、「この人、頭おかしい」とか思ったもん。


「今は納得いかなくても、無理に納得しておけ。大体そんな魔法があるんだったら、とっくにみんな使ってるっての」

 確かに先生の言うとおりだ。新しい魔法があるのだったら、みんなも使いたがるはずである。

 それが誰にも知られていないんだったら……嘘というのも納得が出来る。



 でも全て納得できているかというと、そうではない。

 僕だって伊達に『奇跡の魔術師』の弟子じゃないのだ。あれが土魔法だったら、いくら暗闇の中でもすぐに気が付く。

 それに……ユキリア先生の目が一瞬鋭くなったのを、僕は見逃さなかった。


 「もう夕飯の時間だから」と、逃げるように帰って行った先生の後ろ姿を僕らは黙って見送った。

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