クチナシ魔術師は詠わない

風見鳩

口なし

 今日のラフィは不機嫌だった。

 僕の部屋に入るなり眉間に皺を寄せ、見るからに怒っているのが見て取れる。

 怒っている原因というのは既にわかっていて……学校生活が始まり数日後、『口なし』という蔑称から僕が『口なし魔術師』と呼ばれていることを知ったからだ。


 ……まあ、僕も今さっき知ったんだけど。

 なんか変な名称つけられてるなあと思ってるのは僕だけらしく、ラフィはその呼び名を訊いた途端に憤怒した。

「なんですか、あの名前は! シルバくんは声が出ないというコンプレックスがあるのに、それを面白半分でつけるだなんて許せないです!」

 いや、怒ってくれてるのは嬉しいんだけど……別にそこまで気にしてないし。

「シルバくんも怒っていいんですよ! そんな馬鹿にした名称をつけるなって!」

 最近、ラフィが僕の顔を見るだけで何を考えてるのか大体わかるようになってきた。これも仲が良くなっているということなのだろうか。

「私たちでやめさせましょう! そんな面白半分で言わないでほしいと言えば、きっと──」
「いや、落ち着けラフィ。それは多分無理だと思うぞ」

 更にヒートアップするラフィを宥めるのは、至って冷静なカイルである。

「こういうのはな、やめろと言って全員がやめることじゃない。こういう対処法はあまり反応しないのが一番なんだ」

 おお、カイルが珍しくまともなことを言ってる。「魔法の原理を簡潔に3つ答えよ」という問題に対して「気合いと情熱とその他」と大まじめに答えた、あのカイルが。

「それに、俺はいいと思うぜ? 面白半分はともかく、シルバの腕は認められているってことだろ、噂されるほど」

 怒るラフィに対してカイルはどことなく嬉しそうに語る。

 いや、そうとも限らないんじゃないかなあとは思うんだけど……まあそう考えておくことにしよう。

「むー……」

 とラフィはまだ納得がいってないらしく、不満そうに頬を膨らませる。

「ほら、今日はモンスター討伐の実践授業だろ? 準備しとかないと遅れるぞ」

 あっ、そうだった。話し込んでてすっかり忘れてたけど、今日は実践授業なんだっけ。

 いきなりラフィが飛んできたもんだからびっくりして何も準備してないし、僕の部屋に来たラフィも荷物を持ってないところから、準備などしてないのだろう。

 そしてこれまた意外なのがカイル。いつも何かと大雑把な彼が、きちんと荷物を持ってきているのである。

 なんだかいつものカイルと違うんだけど……本物、だよね?

「あっ、やべぇ! バッグの中身、全部ベッドに置きっ放しだった! どうりで軽いはずだ!」


 ……バッグを中身を確認するなり慌てふためく彼はいつも通りのカイルで、少し安心したというのは秘密だ。


 ***


 ここ数日、ゴルドー・レウン・アストレカは不機嫌だった。

 原因は数日前に起きた決闘だ。

 相手は出席番号200番さいていへんの男。なんでも声が出ないらしく、軽く一捻り出来る程度の実力……のはずだった。

 しかし、結果は敗北。火魔法の槍フラムスペアに風魔法を纏わせるという、200番……いや4クラスとは思えないような高度な技を使われて敗れた。

 いくら自分が魔武具マギナを持っていなく本気ではなかったとはいえ、敗北は敗北……。

 更に追い打ちをかけるように「出席番号トップクラスを倒した『口なし魔術師』がいる」などと相手が注目の的となっている状況だ。

「≪フラムスペア≫ッ!!」

 薄暗い森、ヴィッヘルム森林。

 たった今、ゴルドーが所属する1クラスは『モンスター討伐の実践授業』である。

 実際に森の中にいるモンスターと魔法を駆使して戦うというのが授業内容だ。

 そして目の前にいる狼のような姿をした第10級指定モンスター、『フォルウ』に向けてフラムスペア5本が襲いかかる。

「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」

 通常、1本でも当たれば死ぬ相手に5本も突き立てるのは明らかなオーバーキル。

 自身の怒りをぶつけるかのように、ゴルドーは息絶えるフォルウへ更なる攻撃を加えていた。


「……森の中で火魔法を使うのは、あまり好ましくないですね」


 と。

 ゴルドーの後ろに数人の生徒が近寄ってきた。

「どんなやり方をしようが、僕の自由だ!」
「ですが、程というものがあるでしょう。私には、あなたがモンスターに向かって八つ当たりをしているようにも見えたのですが」
「…………チッ!」

 その指摘は図星であり、ゴルドーは大きな舌打ちを打つ。

 このゴルドーという男、アークルス・レウン・アストレカ国王の実子であり、第一王子でもある。

 その為、彼が自称する『次期国王』というのはあながち嘘ではなく、その為もあってか他の者に対して態度が大きい。


 しかし、そんな彼が癇癪を起こさずに舌打ちだけだったというのには訳がある。

 出席番号5番の魔力を誇っているゴルドーは、それ以上の番号持ちはゴルドーよりも魔力があると認めているからだ。


 出席番号4番。水色の髪を肩まで伸ばし、両目を閉じたままの少女。

 普通であれば何も見えないはずなのだが、先程のゴルドーに声をかけた彼女の発言からして、まるですべて見えているかのような口調である。

 少女の名前はリラ。穏やかな口調と心優しい性格をした少女だ。


「よろしければ私たちと同行しませんか? 一人でやらなくてはならないというわけでもありませんし──」
「止めておきなよ、リラ。僕らの気分も悪くなるだけだ」


 とリラの誘いを止めるのは、一人の少年。


「ねえゴルドー。格下の……しかも最底辺の落ちこぼれに負けたからって、モンスターに当たることないじゃないか。聞いた話じゃ、君から決闘を申し込んだのだろう?」
「……ッ! お、お前……! レイスゥゥゥ……!」

 黒髪青目。
 ゴルドーの頭一つ分低いリラよりも、更に低い身長。


 出席番号2番、レイス・ラミテッド。ラミテッド家の長男。


 小さい頃はよく周りに虐められていてしばらくの間誰の目にも見なくなったと思いきや、突如人が変わったように昔虐めてきた同期のほぼ全員に喧嘩をふっかけた男である。

 その全ての喧嘩に勝ったことから、レイス・ラミテッドはちょっとした有名人だ。

 そんな過去もあることから、冷淡な性格をしている。完全なる実力主義であり、力のない者は落ちぶれて当然と考えだ。


「お前、僕より番号が上だからって調子に乗るなよぉっ……! 昔は僕の練習台だったくせによぉっ……!」

 自分より出席番号が上の人たちのことを認めているゴルドーだが、レイスに対しては別である。

 というのも、彼もレイスのことを虐めていたからである。

 昔、格下だと思っていた相手が、魔術学校にて上だと判明したなどとなれば、はいそうですかと納得するのはなかなか出来ないものだ。

 しかし、ゴルドーの言葉にまるで無視するかのような態度を取るレイス。

 その態度にゴルドーの口調は更に荒れる。


「この『口なし』が──」
「≪フラム≫」


 瞬間。


 ゴルドーの首筋に、火の剣が向けられた。


「僕はもう『口なし』なんかじゃない」


 殺気立った目でレイスがゴルドーを睨み付ける。

 刃のない剣──レイスの魔武具マギナだ。


「次その言葉を言ってみろ。二度と言えなくなるまで叩き潰す」

 そう言うレイスの目は本気で、ゴルドーは顔を青ざめることしか出来なかった。

「ちょっとちょっと! 狩るのはモンスターで、人じゃないでしょうがっ!」

 と、もう一人の少女がレイスの片腕を抑えてくる。

 銀色に輝く長髪を二つ結びにし、藍色の瞳をした少女。

 出席番号1番……つまり同期で一位である生徒こそが、このフェリナである。


「レイスもゴルドーもいい加減にしなさいっ! 実践授業とはいえ、きちんとした授業なんだからね!?」

 そう言って男二人を叱るフェリナはお姉さんという感じだ。

 レイスはもう一度ゴルドーを睨むと、深くため息をついて魔法を解く。

「悪かったよ、授業中だったね…………ところで、フェリナ」
「ん? なに?」

 首をかしげるフェリナに、レイスが歯切れ悪そうに答えた。

「その……当たってるんだけど……」

 レイスの片腕にはフェリナの女性的な部分が押しつけられていて……男性にはない、ふくよかな感触がレイスを襲っているのである。


 フェリナはきょとんとした顔をするが、やがて意味を理解すると意地の悪い笑みを浮かべた。

「あらあらあらぁ? ひょっとしてレイスくん……発情しちゃってるのぉ?」
「──っ!」

 納めかけていた柄が再び強く握られる。

「きゃーっ、襲われちゃうー! レイスのえっちー!」
「フェリナァ! 今日という今日はっ!」

 からかいながら逃げるフェリナに、顔を真っ赤にしたレイスが追いかけていく。

 ここ数日でもうすっかり見慣れてしまった光景であり、ゴルドーさえ怒る気も失せて呆れてしまう。

「あらあら」

 リラの閉じたままの瞳は見えるはずのないのに、追いかけっこを始める二人の方に顔を向けてクスクス笑いだす。


「でも、私、興味があるんですよゴルドーくん」
「……うん? 何がだい?」
「あなたと対決したっていう、声が出ない『口なし』くんに」


 そう言うリラの口調は、何か含みのある言い方だった。

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