クチナシ魔術師は詠わない

風見鳩

語れぬ少年は奇跡に出会う


「おい、口なし! 俺の魔法の練習台になれ!」

 生まれつき声を失っていて、よく周囲からいじめられていた。

 声が出ない僕につけられたあだ名は『口なし』。

 拒否したくても口に出せず、必死に手足で抵抗することしかできない。

 しかし、その抵抗する僕の姿は相手の連中からしたら滑稽だったのだろう。

「おいおいおい、口なしが何か言いたいみてえだぞ!」
「何も出来ないくせに暴れてんじゃねえよ!」

 嘲笑いながら魔法を放つ、放つ、放つ。

 ──痛い! やめて!

 心の中で叫んでも、相手に伝わるはずがない。

 また、自分の両親が国内で指折りの名家という点が状況をますます最悪にしていた。

 周りの同い年はみな貴族の子。「自分は強い立場の人間だ」と思っている彼らに、僕は餌でしかない。

「おい、レイスのことだが……どうする?」
「どうするもこうするもないじゃない。あんな『口なし』なんて呼ばれてるが私たちの子供なんて、恥さらしも良いところよ」

 そして、両親すら味方ではなかった。

 今や剣士でも魔法を使う時代。
 どんなに屈強な腕力を持とうと、自然の力を操る中・遠距離の攻撃では意味を為さない。

 その魔法を使うには、『詠唱』と呼ばれる言葉を言わなくてはならないのだ。

 そう、声を使わなくてはならない。

 つまり、声を失った僕は無能のようなものだ。

「レイスは魔法が使えないなんて知れてみろ。ラミテッド家はもうお終いだ」

 夜になると、いつも父親と母親は二人で僕のことについて話し合う。

 もう貴族の子供たちには僕のことが知られている。よく大人たちがラミテッド家の屋敷に集まるからだ。

 しかし両親は「人見知りだから、声を出さないだけ」と周囲に言い訳をしている。

 相手はそれを信じているかどうかはわからないが、今のところ声が出ないということは明確になっていない。

 だがそんな嘘もやがてバレる。だって15歳になれば僕は──

「なあ……レイスはまだ7歳だ」
「それがどうしたの?」
「人間というのは成長が早いものだ。8年見ないうちに顔が大きく変わることだってあるだろう」
「……つまり、何が言いたいの?」

 そして父親は恐ろしいことを口にする。

「レイスにそっくりの子を探して、養子……いや実子の『レイス』とするのはどうだろう?」
「……えっ?」

 一瞬、言っている意味がわからなかった。

 何を言っているんだ、この人たちは。

「もうその方法しかない。確かに今知られたら嘘だということがバレるが、レイスが15歳になるまで隠し通せば可能性はある」

 待ってくれ。

 そうなると──僕はどうなってしまうんだ。

「それで、今のレイスは……」

 次の言葉を待つ。

 僕はどうなるのか。

 想定される最悪の事が当たらないように、ただひたすら耳を研ぎ澄ます。

 父親の言葉は──短かった。


「殺す」


 殺す。
 僕は……殺される?

「もちろん、跡形もなくだ。死体が見つかっては意味が無いからな。そうだな、殺すのは近いうちが──」

 それ以上の会話は聞いていない。

 僕は慌てて逃げ出したからだ。

 我ながら、当時7歳なのによく話を理解できたなと思う。

 とにかく、死にたくないという一心で屋敷から飛び出していた。


 ***


「おい、そっちにいたか?」
「いや、まだだ」
「すぐ近くにいるはずだ。探せ」

 街からすぐ近くにある真っ暗な山の中で、僕は息を潜めていた。

 寝間着のまま飛び出したから寒い。このままだと朝までに凍え死んでしまいそうだ。

 だからと言ってもう屋敷には帰ることが出来ない。

 だって、家が雇っている魔術師たちに今にも殺されそうなのだから。

 辺りが暗いからはっきりとわからないが……僕を追いかけているのは3人程だろうか。

 とにかく逃げないと──そんな焦る気持ちが僕を追い詰めていく。

 うっかりと木の枝を踏んでしまったのだ。

 乾いた木の折れる音が響き渡る。

「っ! こっちだ!」

 その瞬間、一人が僕の方を振り向いた。

 ──気づかれた!

 もう隠れている余裕もなく、必死に逃げる。

 草木をかき分け、道なき道を走っていく。途中、飛び出した木の枝が服を引っかけるがそんなことを気にしていられない。

 どのくらい逃げたのだろう。気が付けば大きな谷にぶつかってしまい、逃げる道がなくなっていた。

 引き返さなくちゃ──慌てて今来た道を引き返そうとするが。

「≪フラムバル≫!」

 そんな叫び声と共に、炎の球体が迫り来る──魔法だ。

 ロクに戦闘などしたことないのは当然で、火球の魔法を避けきることができなかった。

 ──熱い!

 火が服に燃え移り、僕の肌を焦がす。

 ──熱い熱い熱い!

 耐えきれずその場に転がり、火を消そうと必死になる。

「はっはあ! もう一度、≪フラ──≫」
「おい待て、火が移って山火事にでもなったらどうする。あの方の命令内容は『誰にも知られないように殺せ』だぞ」

 全身土まみれになりながら火を消すと、僕の目の前に6本の足が見えた。

 黒いコートと黒いスーツ。男の魔術師の正装である。

「ちっ……なら、どうしろっていうんだよ。死体も残さないで殺さなくちゃいけないんだろ?」
「それは……」

 逃げなくちゃいけないのに、足が竦んで動けない。

 全身が痛くて、動くことが出来ない。

 ここにいたら殺されるのに。

「そこの谷に投げ捨てる、というのはどうだ?」
「……へへっ、そいつはいい」

 腕を掴まれ、強引に体が引っ張られる。

 逃げようにも体が言うことを聞いてくれないのだ。

 ズルズルと力任せに僕を引きずっていく。

「ここはよ、『地獄の入り口』って言われてる渓谷なんだ。真っ昼間でも底が暗くて見えなくてよ、誰も行ったところがない場所なんだぜ」

 首根っこを掴まれ、顔を谷に向けさせられる。

 谷の奥は──どこまでも続くような暗闇。

「お前みたいなガキなんか、殺したくねえんだがよ。せいぜいお前の父親と、お前自身を呪うんだな『口なし』」

 兵士のその言葉が最後だった。

 まるでゴミでも捨てるような感覚で、僕は崖に放り投げられる。

 放られた僕は……鳥のように飛べるわけでもなく、そのまま崖へと落ちていった。

 ──ああ、僕は死ぬのか。

 風を斬るような音の中、死を覚悟する。

 友達も出来ず。
 家族にも愛されず。
 見ず知らずの人に殺され。


 僕という存在は消えようとしている。

 ああ、声を出せたらどんなによかっただろうか。

 笑いたかった。怒りたかった。悲しみたかった。

 もっともっと、生きたかった。

 無能なのかもしれない、『口なし』なのかもしれない、死んだ方がましなのかもしれない。

 それでも生きて、世界を見て回りたかった。

 声に出したくても……声に出せない。

 もう僕の声は誰にも……僕自身にも届かない──

「……っとと」

 はずだった。

 あの高さから落ちたのだ、普通死んだはずだ。


 なのに。

 なんでまだ意識がはっきりとしているのだろうか。

 なんで衝撃がまったく来ないのだろうか。


 全身が何か柔らかいものに包まれている。

 毛布のように暖かいわけではないけど……なんだか気持ちいい感覚だ。

 もしかして僕……生きてる?

「いやあ、まさか空から子供が降ってくるなんて思わなかったね……」

 脳天気な声が聞こえる、女性の声だ。

「息はしてるみたい……とりあえず、うちに連れて帰るか……」

 僕が覚えているのは、ここまである。

 あまりの恐怖の後に生きているという安心感の為、気絶してしまったからだ。


 そして、この時の僕はまだ知らない。

 これが僕の運命を変える出来事だったということを。

 僕を助けてくれた奇妙な女性──ミスレア・ミストレイが『奇跡の魔術師』と呼ばれるような凄腕魔術師だということを。



 これは僕が『口なし魔術師』として、数奇な運命を辿る物語である。

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