クチナシ魔術師は詠わない
8年後の手紙
「時にシルバくん。私が『奇跡の魔術師』と呼ばれるようになった、その経緯を知りたくないかい?」
輝くような金髪に宝石のような蒼い瞳の女性は、木製の大きな椅子に座りながら紅茶を含み、唐突に語り始める。
カウルという都市の隣にある大きな山の中に、『地獄の入り口』と言われている大きな渓谷がある。
『落ちたら最後、二度と地上に上がることはできない』とも畏怖されている渓谷の谷底に、一人の魔術師が棲み着いていることをご存じだろうか。
全身白い服装という魔術師らしくない格好をしており、小さな家でのんびりと暮らしている、なんとも奇妙な魔術師だ。
……まあ、今僕の目の前にいる人こそが、奇妙な魔術師張本人なんだけど。
ミスレア・ミストレイ。『奇跡の魔術師』という有名な人であるのだが、この人が実際に働いたことがあるのを、この8年間で一度も見たことがない。
故に「どうしてこの人は『奇跡の魔術師』と呼ばれているんだろう」という疑問より、「どうしてこの人は働かないんだろう」という疑問の方が気になって仕方ないのだ。
つまり、ミスレア師匠の過去話など興味ない。
小さなため息をついて昼食の片付けを始めると、師匠は慌てて僕の腕に縋り付いてきた。
「いやいやいや! そんな心底どうでもいいみたいな反応はやめて!」
だって心底どうでもいいんだもん。
「ほら、私って天才的な魔術師でしょ? その秘密を知りたくないかなって思ってさ」
自分で天才的とか言うなと思うが……まあ、事実だからなあ。
働かずに家でダラダラと過ごす碌でもない大人だけど、師匠が天才的であることに違いはない。
だからこの人は、僕の『師匠』なのだ。
でもまあ、それとこれとは別の話である。
師匠の才能はともかく、経緯なんてとっくのとうにわかっているからだ。
「ちえっ、シルバくんはノリが悪いなあ」
師匠はつまらなそうな表情をすると、パチリと指を鳴らす。
その音に応えるように──どこからともなく、部屋に一陣の風が吹き込む。
強烈な風に思わず目を瞑ってしまい、次に目を開くと一枚の羊皮紙が師匠の指の間に挟まれていた。
魔法。
今やどんなに強い剣士ですら、初級魔法が使えないと『無能』扱いされてしまう時代となっている。
人には誰しも火、水、風、土、光の5つの自然の力を操る能力を持つ。人それぞれに得意不得意が存在し、『魔力』という体内エネルギーを使って魔法を使うのだ。
そして、この魔法を使うには『詠唱』というものが必要である。法則性のある言葉を声に出して、初めて発動するという知識は、もはや常識であると言えよう。
ただ……そんな常識をいとも簡単にぶち壊してくれたのが、師匠だ。
師匠は詠唱せずに魔法を操る。手を叩けば水が作られ、指を鳴らせばたちまち火が噴き出したりできるのだ。
これを人は『無詠唱』と呼び、師匠が『奇跡の魔術師』として有名な理由でもある。
「はい、シルバくん宛ての手紙だよ。中身は……もうわかるよね」
そう言った師匠は変な笑みを浮かべ、羊皮紙の端をピシッと軽く弾き……えっ?
途端、弾いた箇所から火が噴き出した。
ちょっ──!
慌てて両手を叩く。
パンッという音が響き──風の塊が手の中に生成された。
そして、指先を火の元へ向ける。
風の塊は僕の指示した方向に吹き抜けて……師匠がつけた火は手紙を燃やすことなく消えた。
まったく、なんて人だ。その手紙が僕の予想通りの内容だったら、ないと困るものじゃないか。
なんてことをするんだと伝えるように師匠の方を睨む僕と対照的に、師匠は満面の笑みを浮かべていた。
「うん、さすが私の一番弟子。ちゃんと『無詠唱』が使えているね」
…………。
……もしかして師匠、僕のこと試した?
この手紙が必要なものだと知っていて、わざと火をつけて僕が風魔法を使って消せるかどうかってのを試したのか?
そんなことの為に、こんなくだらないことを?
「い、いひゃい! ひ、ひるふぁくんっ、つねらないでっ! ごめんって!」
怒りのあまりに師匠の片頬をつねり上げ、彼女は涙目になりながら謝ってきた。
そりゃまあ、生まれつきの体質のせいで何もかも失った僕に、『無詠唱』の習得や名前をつけてくれたのはありがたいけど、こんな試すようなことしなくたって……ねえ?
「まったくもう……シルバくんは、もうちょっと女の子の接し方を覚えるべきだよ」
手を離すと、ブツブツと呟きながら文句を言ってくる師匠。
確かに女の子にこんな手荒な真似をするのはどうかと思うが、師匠は女の子って呼べるほどの歳じゃないような──
「ねえシルバくん、何か失礼なこと考えてない?」
しまった。この人、『読心術』とかいうよくわからないものを心得ているんだった。
「はあ……私はシルバくんのこの先が心配だよ。生涯孤独になりそうで」
そこまで心配することじゃないと思うんだけど……っていうか、一度は生涯孤独を決め込んでいた師匠に言われたくないな。
余計なお世話だとばかりに不安そうな師匠を無視して、食器洗いに戻る。
でもまあ心配してくれる気持ちは嬉しいし、今回の件に関してはわからなくもない。
「まあ私の自慢の弟子だし、実力に関してはまったく心配してないよ。むしろ一年でどこまで上がれるか、楽しみなくらいだ」
師匠はそう言うと、カップの中に余っていた紅茶を優雅に含む。
「うえっ、紅茶ぬるくなってるぅ……あー、カップ洗うのめんどいなあ……おーい、シルバくーん。あとでこれも洗ってくれないかい? あと、新しい紅茶も入れてー」
……僕としてはこの人の方が心配だ。主に生活面で。
こうして僕は『奇跡の魔術師』の元を一年間離れることとなった。
僕宛ての手紙の送り先であり、ミスレア師匠も通った関門でもある場所……ライルク島迷宮魔術学校へ通う為に。
輝くような金髪に宝石のような蒼い瞳の女性は、木製の大きな椅子に座りながら紅茶を含み、唐突に語り始める。
カウルという都市の隣にある大きな山の中に、『地獄の入り口』と言われている大きな渓谷がある。
『落ちたら最後、二度と地上に上がることはできない』とも畏怖されている渓谷の谷底に、一人の魔術師が棲み着いていることをご存じだろうか。
全身白い服装という魔術師らしくない格好をしており、小さな家でのんびりと暮らしている、なんとも奇妙な魔術師だ。
……まあ、今僕の目の前にいる人こそが、奇妙な魔術師張本人なんだけど。
ミスレア・ミストレイ。『奇跡の魔術師』という有名な人であるのだが、この人が実際に働いたことがあるのを、この8年間で一度も見たことがない。
故に「どうしてこの人は『奇跡の魔術師』と呼ばれているんだろう」という疑問より、「どうしてこの人は働かないんだろう」という疑問の方が気になって仕方ないのだ。
つまり、ミスレア師匠の過去話など興味ない。
小さなため息をついて昼食の片付けを始めると、師匠は慌てて僕の腕に縋り付いてきた。
「いやいやいや! そんな心底どうでもいいみたいな反応はやめて!」
だって心底どうでもいいんだもん。
「ほら、私って天才的な魔術師でしょ? その秘密を知りたくないかなって思ってさ」
自分で天才的とか言うなと思うが……まあ、事実だからなあ。
働かずに家でダラダラと過ごす碌でもない大人だけど、師匠が天才的であることに違いはない。
だからこの人は、僕の『師匠』なのだ。
でもまあ、それとこれとは別の話である。
師匠の才能はともかく、経緯なんてとっくのとうにわかっているからだ。
「ちえっ、シルバくんはノリが悪いなあ」
師匠はつまらなそうな表情をすると、パチリと指を鳴らす。
その音に応えるように──どこからともなく、部屋に一陣の風が吹き込む。
強烈な風に思わず目を瞑ってしまい、次に目を開くと一枚の羊皮紙が師匠の指の間に挟まれていた。
魔法。
今やどんなに強い剣士ですら、初級魔法が使えないと『無能』扱いされてしまう時代となっている。
人には誰しも火、水、風、土、光の5つの自然の力を操る能力を持つ。人それぞれに得意不得意が存在し、『魔力』という体内エネルギーを使って魔法を使うのだ。
そして、この魔法を使うには『詠唱』というものが必要である。法則性のある言葉を声に出して、初めて発動するという知識は、もはや常識であると言えよう。
ただ……そんな常識をいとも簡単にぶち壊してくれたのが、師匠だ。
師匠は詠唱せずに魔法を操る。手を叩けば水が作られ、指を鳴らせばたちまち火が噴き出したりできるのだ。
これを人は『無詠唱』と呼び、師匠が『奇跡の魔術師』として有名な理由でもある。
「はい、シルバくん宛ての手紙だよ。中身は……もうわかるよね」
そう言った師匠は変な笑みを浮かべ、羊皮紙の端をピシッと軽く弾き……えっ?
途端、弾いた箇所から火が噴き出した。
ちょっ──!
慌てて両手を叩く。
パンッという音が響き──風の塊が手の中に生成された。
そして、指先を火の元へ向ける。
風の塊は僕の指示した方向に吹き抜けて……師匠がつけた火は手紙を燃やすことなく消えた。
まったく、なんて人だ。その手紙が僕の予想通りの内容だったら、ないと困るものじゃないか。
なんてことをするんだと伝えるように師匠の方を睨む僕と対照的に、師匠は満面の笑みを浮かべていた。
「うん、さすが私の一番弟子。ちゃんと『無詠唱』が使えているね」
…………。
……もしかして師匠、僕のこと試した?
この手紙が必要なものだと知っていて、わざと火をつけて僕が風魔法を使って消せるかどうかってのを試したのか?
そんなことの為に、こんなくだらないことを?
「い、いひゃい! ひ、ひるふぁくんっ、つねらないでっ! ごめんって!」
怒りのあまりに師匠の片頬をつねり上げ、彼女は涙目になりながら謝ってきた。
そりゃまあ、生まれつきの体質のせいで何もかも失った僕に、『無詠唱』の習得や名前をつけてくれたのはありがたいけど、こんな試すようなことしなくたって……ねえ?
「まったくもう……シルバくんは、もうちょっと女の子の接し方を覚えるべきだよ」
手を離すと、ブツブツと呟きながら文句を言ってくる師匠。
確かに女の子にこんな手荒な真似をするのはどうかと思うが、師匠は女の子って呼べるほどの歳じゃないような──
「ねえシルバくん、何か失礼なこと考えてない?」
しまった。この人、『読心術』とかいうよくわからないものを心得ているんだった。
「はあ……私はシルバくんのこの先が心配だよ。生涯孤独になりそうで」
そこまで心配することじゃないと思うんだけど……っていうか、一度は生涯孤独を決め込んでいた師匠に言われたくないな。
余計なお世話だとばかりに不安そうな師匠を無視して、食器洗いに戻る。
でもまあ心配してくれる気持ちは嬉しいし、今回の件に関してはわからなくもない。
「まあ私の自慢の弟子だし、実力に関してはまったく心配してないよ。むしろ一年でどこまで上がれるか、楽しみなくらいだ」
師匠はそう言うと、カップの中に余っていた紅茶を優雅に含む。
「うえっ、紅茶ぬるくなってるぅ……あー、カップ洗うのめんどいなあ……おーい、シルバくーん。あとでこれも洗ってくれないかい? あと、新しい紅茶も入れてー」
……僕としてはこの人の方が心配だ。主に生活面で。
こうして僕は『奇跡の魔術師』の元を一年間離れることとなった。
僕宛ての手紙の送り先であり、ミスレア師匠も通った関門でもある場所……ライルク島迷宮魔術学校へ通う為に。
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