セクハラチートな仕立て屋さん - 如何わしい服を着せないで -

風見鳩

11 裏切りのリリカ 後編

 薄暗い森の中、肌色が多い格好をした少女が一人、何度も地図を見ながら不安げに彷徨っていた。


 こんなにも露出した格好で夜に出歩いているなど寒くないのかと思われるかもしれないが、それよりもこんな格好でウロウロしているという羞恥心で火照っているので何ともない。



 ……というのはナフィリアのやせ我慢で、めちゃくちゃ寒いのが本音だ。


 ――でもまあ、今が夜で良かった。


 もしこれが日中だったら……他の冒険者に遭遇した際、本当に羞恥心で全身が火照ってしまうかもしれない。

 ナフィリアたちは基本的に夜や夕方など、比較的人気ひとけが少ない時間帯を狙って活動している。マイラダンジョンに訪れる九割以上の冒険者はナフィリアのことを知っていて、彼女は今失踪中だからだ。


 それと、ナフィリアたちがやってる事はあまり知られてはいけないらしい。


 そのことに疑問を抱いたナフィリアは一度訊いてみたのだが……ルーヤにもリリカにもはぐらかせられ、結局理由はわかってないのだ。

 ルーヤさんはともかく、リリカさんが答えたくないのは何か理由があるのだろう――と察したナフィリアは、それ以降その話に触れていない。



 何はともあれ……いくら恥ずかしい格好をしていても、真夜中のダンジョンの中を一人彷徨っているのは流石に心細く、誰でもいいから傍に居て欲しいと不安げに夜道を歩いていた。

 ――というか、リリカさんはどこ行った。

 そもそも、こんな状況になった原因はリリカなのだ。

 本人曰く『吹いたら絶対来る』角笛を定期的に吹いてみているのだが、一向に来る気配がない。裏切リリカである。


「……あれ?」


 そんなこんなで一人帰路をトボトボ辿っているナフィリアだが、ふと足を止めた。

 彼女が自ら望んで足を止める理由などない。『寒い怖い寂しい』の三拍子がかかっているのだ、早く帰りたいという気持ちでいっぱいなのは当然のことだろう。


 しかし、止めざるを得なかったのだ。


 何故なら――彼女が握っている地図とは道が違っているのだから。



 時間が経過する毎に道が変化する――それがダンジョンの特徴。

 地図を作り始めてから既に数時間以上は経った。変化するには十分な時間だろう。


 そもそも【地図化】スキルそのものがダンジョン向きではない。だからダンジョンの道を地図化する冒険者などいなく、ダンジョンは今も恐れられているのだ。

 そして今、ナフィリアはダンジョンの恐怖と対面している。


 一番早く帰る方法は道なき道を突っ切っていく。道は変わっても目指すべき場所は変わってないのだから、方角さえ合っていればたどり着けるからだ。

 だが通常と比べてモンスターとの遭遇率がかなり高くなってしまう。

 しかも今のナフィリアは、いつもよりステータスが低い状態である。闇雲に突っ切っていけば危険だということくらい、彼女自身だってわかっているだろう。


 ――……それに。


 ナフィリアは小さくため息をつくと道端に落ちていた木の枝を拾い上げ、地面に立てた。


 そして手を離すと、バランスを失った木の枝は一秒もかからないうちに倒れる。


 枝が倒れた方向は……右。


「早く帰りたいけど……迂回しよっか」


 ――無理して怪我しないように。


 しつこいくらいに言われた台詞を思い浮かべながら、右の道を歩いて行った。


 * * *


「……って思ってたけど! やっぱり突っ切りたいぃぃぃっ!」


 一時間後。

 ルーヤの元に戻るどころか、今自分がどこにいるのかすらわからなくなってきたナフィリアは、一人森に向かって叫んでいた。


「なんで同じような道をぐるぐるしてるわけ!? それにだんだん遠くなってるような気もするし! 足痛いし! 外寒いし! 夜怖いし! くそぅ、リリカさんは私に何をさせたいんだっ!」


 急に一人になると文句言いたくなるのはナフィリアの性格か、それとも寂しさを紛らせようとしているのか。彼女自身も謎のままである。


「っていうか、そろそろリリカさん来てくださいよ! いや本当! マジで! 一人じゃ心細いんですってば! 私、リリカさんが来るまで吹き続けますからね!?」


 いるのかすらもわからないリリカに向かってそう叫んだナフィリアは、角笛をブオーッと吹き始めた。

 角笛を吹き続けながら歩くその姿は実に奇妙であり、角笛の音がモンスターの鳴き声に聞こえなくもない。



 しかし、この時彼女はすっかり忘れていた。




「き……来たあああぁぁぁぁっ!?」





 ――角笛はモンスターも引き寄せることがあることを。



 ナフィリアの音に呼ばれたコグロウルフの群れが目の前に躍り出てくる。



「ぎゃあああああああっ! 来るなあああああああああっ!!」


 必死に走り出すナフィリアだが……獲物を目の前にして誰がそんなことを訊くだろうか。

 コグロウルフたちは合図もなく、一斉にナフィリアに向かって飛びかかった。


「ひぃいっ!」


 情けない声をあげながら攻撃を躱す。



 正直なところ、彼女は応戦したかった。探索するとよく遭遇する相手だし、戦闘にも慣れてきたし、今は短剣だって持っている。


 だが……今の彼女には対抗しうる力を持っていない。コグロウルフたちと立ち向かえるほどの力が。


 そんな状態で戦闘を行えば、当然ただじゃ済まないだろう。


 ――無理は、しない!


 何度も、何度も言われたことを強く想い、ナフィリアは唇を噛みしめて走り続ける。


「ぜぇっ……ぜぇっ……!」


 息が苦しくなっていく。

 足が悲鳴を上げる。

 それでも尚、走り続ける。


 しかし後ろから来る気配は消えず、むしろどんどんと近づいてきているような気がしていた。


 いずれ自分の体力にも底がつく――ナフィリアの不安は積もっていく。



「――あっ!?」


 そして……最悪の事態が訪れた。


 ナフィリアの目の前には――道のない木々。


 つまり、行き止まり。

 逃げる道を塞がれたのだ。


 慌てて後ろを振り返り、ナフィリアを追いかけてきたコグロウルフたちと向き合う。


 目を光らせた狩人たちは低く唸り声をあげる。

 ジリジリと、ナフィリアとの距離を詰めていく。

 何の合図もなしに各々ナフィリアを囲っていくように動くその姿はまさに狩人。


 ナフィリアが逃げられる場所は……もう、ない。


 そして、ナフィリアに向かって飛びかかる――


「まあ、ここまでかしら」


 瞬間、ナフィリアの目の前に影が現れた。


 ふわりと黒髪がなびき。


「ギャゥッ!?」


 周りからいくつものコグロウルフの悲鳴が聞こえる。



 【夜目】スキルでおそるおそる見上げた、その人影の正体は……


「リ゛……リ゛リ゛カ゛さ゛ぁぁぁああん゛っ!」

「おっと」


 感極まって泣きながら抱きついてきたナフィリアをリリカはそっと受け止める。


「ひっく……えぐっ……も゛、も゛う、こ゛な゛い゛か゛と゛っ……!」

「ご、ごめんなさい。私も悪かったわ」


 本気で泣きつくナフィリアを見て、流石に悪いと思ったのかリリカも素直に謝った。


「その、ナフィがもう無理しないか、リュウヤくんが確かめてほしいって……本当にごめんなさい」

「ぐすっ……い、いいです……リリカさんは悪いこと、してませんから……」


 そう、ナフィリアも薄々感じてはいた。

 『この先、自分は一人で冒険者としてやっていけるか』と。


 今はルーヤやリリカに守られながらダンジョンに潜っているものの、今後二人の手助けがない可能性だってあるのだ。


 その時……ナフィリアは一人でやっていけるのだろうか。


 今の状況みたいに戦闘できない状況になるかもしれないし、武器がない状況にもなるかもしれない。

 冒険者というのは非常に危険な職業で、常に命の危機が迫っていると言っても過言ではないのだから。


 だから、自分が一人になるという状況はどうしても避けられないことで、リリカを責める理由などナフィリアにはないのだ。



 リリカは「そう」と短く返事すると――



「ふぇっ……?」



 ぐっとナフィリアを抱き寄せてきた。



「リ、リリャキャしゃん!?」



 断っておくが、彼女の名前はリリャキャしゃんではない。



 いきなりハグをしてくるなんて情熱的なアプローチか何かだろうか、とナフィリアは困惑する。


 惚れさせる気かな、惚れちゃうぞ?――顔を真っ赤にしながら潤んだ瞳で見つめるが、対するリリカは何の反応も示さず……ただ剣を抜いた。



「…………へ?」

「感謝するわ、ナフィ。石版の場所まで導いてくれて」


 リリカはそう言うと、ナフィリアが立っていた行き止まりの場所を指さす。

 そこには、例の石版がリリカの剣撃によって掘り返されていた。


「まさか道の真ん中に埋められてるなんて、思いもしなかったわ。ねえナフィ、この石版を隠した人って結構意地悪だと思わない?」

「リリカさんの意地悪ぅっ!」

「うぇっ!? な、なんでっ!?」



 まさかナフィリアから罵倒されるとは思わず、突然自分が怒られたことに狼狽するリリカ。


「泣かせたり、勘違いさせたり! わ、私を何だと思ってるんですか!?」

「あ、えっと……ご、ごめんなさい?」

「そ、そりゃ格好良くて優しくて誰よりも強いリリカさんですけど……こ、こんなこと繰り返してたら、いつか色んな女性を勘違いさせますよ!? この鈍感っ! 女の敵っ!」

「落ち着いてナフィ。貴女の中で私が鈍感系男主人公になってる気がするの」


 しかし残念ながらリリカの声は届くことなく、ナフィリアは「まったく、もう!」と頬を膨らませてそっぽを向いた。


「……でもまあ、これで揃ったわね」


 リリカは不敵な笑みを浮かべ、石版に手を添える。


 そう、これで8つ目。

 リリカの言うことが正しければ――全ての石版が解かれたのだ。


 もし、全ての石版が解かれたら……何が起こるのだろうか。


 ――この世に一つしかない財宝が、このダンジョンに眠っているの。


 あの時のリリカの笑みが思い返される。


 リリカとルーヤの目的はその財宝なのだろうか、何故その財宝を狙うのだろうか……そもそも、『財宝』とは何なのだろうか。


「さ、帰るわよ。明日は忙しいんだから」



 ――全ては明日、明かされるのだろうか。


 未だ見えない二人の思惑だが……ナフィリアは立ち止まることを許されていない。



 既にナフィリアの運命は始まっているのだから。






「ところでナフィ。さっきの賭け、貴女が勝ったら何を要求するつもりだったの?」

「え? そりゃあ、もちろんリリカさんにもルーヤさんの服を着てもらうことですよ。私ばっかり辱めを受けるなんて不公平ですからね。リリカさんにも同じ思いをさせたくて」

「…………」

「ちょっ、やめっ! ごめんなさいごめんなさい、冗談です! ダメダメ、そこは剥いじゃダメ! ひっ……きゃあああああっ!!」


 * * *


「はい、出来たよナフィちゃん。これが今日の戦闘服」

「お、おぉっ……!」


 翌日、ナフィリアは自分の姿を見ながら感動していた。


 赤を基調とした服で胸当、膝当、腕当の赤甲冑が装着されている戦闘服。


 今までで一番戦闘服と呼ばれるにふさわしい格好ではないか、と思われるような装備である。


 そして何より――肌を晒す箇所がほぼないのだ。


=====

名前:ナフィリア
性別:女
年齢:10
階級:F
レベル:32
体力:125
筋力:643
敏捷:255
魔力:140
 運:1500
スキル
【攻撃上昇Lv.20】【防御上昇Lv.10】【気配察知Lv.7】【回避Lv.15】【ガード速度Lv.10】
ユニークスキル
【ラッキー確率】
エクストラスキル
 ―

=====


「そう! これですよ、これ! こういうのを戦闘服っていうんですよ! 如何わしさがまったくない、カッコいい衣装! いやあ、ルーヤさんもようやくわかってきましたか!」

「ナフィちゃんが嬉しそうで何よりだよ」


 今までないくらいににへらっと笑みを浮かべるナフィリアに対し、リリカはつまらそうな表情を見せる。


「……随分、普通の戦闘服なのね?」

「うん? そりゃあ、僕だって露出が多ければ何でもいいってわけじゃないからね」

「スキルも防御寄りだし」

「だって念入りにしないとね。今日は特に、ね」

「ふぅん……」

「なになに、どうしたんですか? 私は全然不満じゃないですよ? むしろ何でもこいですよ!」

「いえ、ナフィを弄れないからつまらないだけよ」

「えへへ、そうですかね? 私、つまらないですかね? 全然如何わしくないですもんね? そりゃ、つまらないですもんね!」


 リリカの嫌みは今のナフィリアに効かず、変わらずだらしない笑みを浮かべた。


「じゃ、そろそろ行くよ」


 ルーヤはそう言うと、屋台から外へ出る。

 辺りはすっかり夕暮れとなっていて、冒険者の姿はどこにも見当たらない。


「でも……どこへ行くんですか?」

「君たちがしてきたことと一緒だよ」


 ルーヤはそう言うと、いくつもの羊皮紙を取り出す。

 その数は十数枚にも及ぶが、ナフィリアは全てに見覚えのある紙である。


 何故なら、ナフィリアが【地図化】で描いてきた地図だからだ。


「さて、ナフィちゃんに問題。この地図の中で一切変わってない場所はどこでしょう?」

「どこって……」


 ランダムに変動しているダンジョンの道。

 その中で変わってない場所といえば、各方向にある石版の位置。そして……


「そう、ここ・・だよ」


 ルーヤは得意げに湖を指さす。


「地図を重ね合わせてみたけど……一切変わってないのはこの湖だけなんだ」

「で、でも、湖に木が生えないのは当然なんじゃ……」

「そもそも木が移動する不思議なダンジョンだよ? 湖も移動すると思わない?」

「……あ」

「ナフィちゃんがつけてくれた石版の場所を全部繋げると、この湖に重なるしね」

「へえ……ん?」


 興味深げに地図を眺めるナフィリアだが……ふと奇妙な違和感を覚えた。

 目の前にある地図にはルーヤが描いたであろう、石版が合った場所をそれぞれ対角線上に一本の線が伸びていて、確かに全ての線は湖の場所で重なっている。

 紛れもなく、ナフィリアが自ら描いた地図のはずだ。


 なのに……小さな違和感を感じるのは何故だろうか。


「あの、ルーヤさん――」

「さて、と」


 ナフィリアが口を開くが、ルーヤはそれを無視したかのように湖の縁へ歩いて行く。


「……――」


 そして彼の口から綴られるのは……。


「ル、ルーヤさんも……古代語、言えるんですか?」

「ん? 意外そうだね。本来なら、リリカじゃなくて僕が石版探しに回る予定だったんだよ」

「そ、そうですか……」


 第1級冒険者であるリリカなら、色んなことを出来ても頷ける。古代文字を解読できるなんてあり得ないことだが、『第1級冒険者だから』と納得できてしまう。


 だが……一見、ただの仕立屋であるルーヤも古代文字を読めてしまうとなればどうか。

 古代文字を読める人など聞いたことない現状では、只者ではないと思うだろう。


 ――この人のことを知れば知るほど……謎が多くなる。


 まるで底知れない闇に踏み込んでしまったかのような感覚。


 考え込むナフィリアを現実に戻してくれたのは――轟くような爆発音だった。


「な、なに……?」


 ナフィリアが湖の方を見ると……目を見開く。


 そこには――真っ二つに割れる湖・・・・・・・・・が。


 水を裂いたかのように開かれていくのだ。



 そしてその湖の底には――


「……扉?」


 そう、茶色に錆びた古く巨大な扉。


 まるでナフィリア達を歓迎するかのように……扉がゆっくりと開いた。


「さあ、行こっか」

「……え? ルーヤさんも一緒に来るんですか?」


 行く気満々のルーヤにナフィリアが意外そうに声をあげる。


「大丈夫ですか? 危険ですよ? 死ぬかもしれないんですよ? 屋台で待ってた方がいいと思いますよ?」

「……ナフィちゃん、僕を『能無し』とか思ってるでしょ」


 実は思っている。


 まあしかし、ナフィリアだってルーヤの実力はもう知っている。一緒に着いてきても問題ないだろう。



「でもまあ、ルーヤさんの助けがなくても大丈夫ですよ。私とリリカさんがいれば楽勝ですから。ですよね?」



 ――この時。


 ナフィリアは何気なくリリカに語りかけた。


 なんてことのない、いつも通りの会話だ。


 きっと「ええ、そうね」と肯定してくれるか、「言うようになったわね」と冗談めかして言ってくれると思っていた。



 何日も滞在している内にリリカへの信頼性はかなり築かれていて、軽口を叩けるほどの関係なっていると言っても過言ではないと――そう思っていた。



 だから。



「――いいえ、一人で十分よ。貴女たちはここでお留守番」


「…………えっ……?」



 予想外のリリカの冷たい態度に……ナフィリアは思わず固まってしまった。



 リリカはニコリとも笑わず、剣の柄に手を添える。


「――さよなら二人とも。楽しかったわ」

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