セクハラチートな仕立て屋さん - 如何わしい服を着せないで -

風見鳩

08 ダンジョンの法則性 中編

「……あの、ナフィ」

「は、はいっ! なんでしょうかっ!?」

「その、いきなり余所余所しくならなくてもいいんだけど」



 あれから探索を続けている二人だが……ナフィリアの態度が明らかに変わったことに、リリカは耐えきれず切り出した。


 ナフィリアの態度が変わったのは言うまでも無い。リリカのステータスカードを見たときからだ。


「いや、第1級冒険者と言ってもあれよ? 肩書きだけで、そこら辺の冒険者と差して変わらないわよ?」

「いやいやいやいや!」


 何でもないという風に答えるリリカに、ナフィリアは全力で否定する。


 女の冒険者というのは男に比べてステータス値が低い。

 なので、女は第4級冒険者になれれば男からも一目置かれるような存在であり、もし仮にそれ以上上がらなくても「ステータス値が違うのだから、仕方ない」と誰もが納得するのが当たり前なのだ。


 それが、この目の前にいるリリカは僅か19歳で第1級冒険者。つまり、冒険者の中でも頂点に君臨していると言ってもいいくらいなのだ。


 これを規格外と呼べず、なんと呼べようか。


「リ、リリカさんも有名ギルドのリーダーなんですか?」

「え? ギルドなんて入ってないわよ。だって集団行動って嫌いだもの」

「…………」


 あっけらかんとして答えるリリカに、ナフィリアは何も言えなくなる。


 呆れているわけではない。孤高という言葉が彼女に似合い過ぎていたから、何も言えなくなったのだ。


「そういえばナフィが入ってたギルドには第1級いるのよね。どう? 大したことなかったでしょう?」

「い、いや、どうと言われても……」


 残念ながらナフィリアは前ギルドにいた第1級冒険者と一緒に行動したことがないので、なんとも答えられない。


 実力は見たことがないのだが、その実力が認められているからこその第1級冒険者なのだ。


 『大したことない』とか……そんなわけないじゃない!――と心の中で叫ぶナフィリア。


「そ、それでもやっぱり凄いですよっ。第1級冒険者なんて誰でもなれるものじゃありませんし、私なんか足元にも及びませんし……」

「…………」

「……あ、あの?」


 ナフィリアとしては褒めたつもりなのに、顔をしかめたリリカに首を捻る。


「……まあいいわ。目的地はもうすぐよ」

「あっ、は、はいっ!」


 彼女は何が不満なのか……ナフィリアは思案するが、答えが出る前にリリカが再び歩み始めたので慌ててついて行った。


 * * *


 闇に支配される樹海の中を、二人はただひたすら北東へ歩いた。


 もうどのくらい歩いたのだろうか。周りから奇妙な鳴き声が響き渡り、ナフィリア達は一言も交わさなかった。


 ――私、何かしたのかな?


 ナフィリアだって、好きで無言になっているわけではない。

 あれから不満げなリリカの表情が忘れられず、なんとなく声が掛けにくい気まずい雰囲気になったから無言でいるだけなのだ。


 しかし、このままだと帰り道も気まずい雰囲気になってしまうだろう。

 こんな胸がチクチクと痛むような感覚をずっと味わうだなんて嫌だし、数少ない女冒険者と初めて知り合ったのだ。


 ――それに……ルーヤさんに余計な心配をかけさせたくない。


 彼は変態だがナフィリアのこともよく考えてくれていることくらい、彼女だって理解していた。


 否、一番理解していた。



 ルーヤは何の為に、ナフィリアのことを考えてくれていたのだろうか。



 ナフィリアには、その答えがここにあるような気がした。



「あの、リリカさ――ひょわっ!?」



 意を決して口を開きかけたナフィリアだったが……最期まで言い切ることが出来なかった。



 何故ならば、前を歩いていたリリカが突然振り返り、ナフィリアへと襲いかかってきたからだ。



「あ、ああああのっ、リリリリリリリリリリカしゃんっ?」


 断っておくが、彼女の名前はリリリリリリリリリリカしゃんではない。



 凜々しい顔立ちに堂々とした立ち振る舞い、そして第1級冒険者であるリリカの姿は女性からしても十分に魅力的である。


 彼女もその例外ではなく、リリカに突然押し倒されて動揺を隠し切れていなかった。



 ちなみに……もしルーヤが押し倒してきたら、すぐさま顔面を殴りつける自信がナフィリアにはある。



「静かに」


 しかし押し倒してきたリリカの表情は真剣そのもので、ナフィリアも我に返り【夜目】で暗闇の先にいるものを見た。


 暗闇の色に紛れて、数匹のモンスターが音を立てず移動している。

 大きな耳、鋭い牙、漆黒の毛並み。四足歩行の小型モンスター――コグロウルフだ。


 コグロウルフ単体の攻撃力はそれほど高くない。動きこそやや速いが攻撃方法はしごく単純で、下手すればゴブリン以下だとも言えるほどだ――そう、もし単体だったとしたらの話だが。

 では何が脅威的なのかと言えば、群れで行動することにある。


 ヒト族をはるかに上回るような団結力で襲いかかってくるのだ。

 これはコグロウルフ同士で行える『テレパシー』能力だと最近の研究で判明した。というものの、獣人族も同じような能力を使える。


 まあ、ヒト族との進化の系列が少し違う種族が獣人族と呼ばれているだけなのに、「やはり獣人族は、我々の敵であるモンスターと同種なのではないだろうか」などとヒト族が余計なことを言い出すものだから、二つの種族は何年経っても溝が深まるばかりなのだが。



「伏せてなさい。やり過ごすわよ」


 リリカの指示が耳元で囁かれる。

 彼女の腕ならばコグロウルフくらい一蹴できるはずなのに、戦闘を避けるのは何故だろうか。

 ふとそんなことを考えたナフィリアだが、答えはすぐに出た。自分という存在が邪魔をしているのだ。

 第1級の腕をもった凄腕でも、複数人……つまりパーティーで行動する時は他のメンバーのことも考えなくてはならない。

 つまり一人足手まといがいるだけで、本領を発揮できない場合もある。


 これは至極当然の考えであり、ナフィリアという足手まといがいる時点で身を隠すという行動は正しい判断だと言えよう。



 コグロウルフは暗闇の中でも目が利く。その為、コグロウルフの群れが去るまで地面に伏せていなければ見つかってしまう危険性がある。



 幸いにもリリカの咄嗟の判断により、コグロウルフに見つかっていない。




 ――はずだ。



「…………?」


 リリカは首を捻る。

 コグロウルフの気配が徐々に近づいてきているのだ。


 ――もしかして、見つかった?


 そう考えるが、そんなことはないと否定する。

 獲物を見つけた時、自前の脚力を駆使して一気に襲いかかるというのが奴らの狩りなのだ。

 だが、二人にいつ飛びかかっても届く距離にいるはずなのに襲いかかってこない。

 まるで、何かに引き寄せられているかのように……。


「リ、リリカさん……近づいてきていません?」


 ナフィリアも【夜目】でゆっくり近づいてきているコグロウルフが見えていて、不安そうに声をかける。


「どうやらそのようね。私たち、何かを引き寄せるようなフェロモンでも分泌しているのかしら?」

「フェ、フェロ……?」

「それか、ナフィのその格好に惹かれているとか?」

「なっ!?」

「そんな膝上のスカートに胸元が大きく開かれている派手な服装を着てくるなんて、舐めてるのかしら?」

「それはルーヤさんに言ってくださいっ!」

「まあ……その割に、魅力的じゃないわよね。特に胸とか」

「そんな哀れんだ目で見ないでくださいっ! 私はこれから成長期なんですっ!」

「さて、ナフィを弄るのはここまでにして」


 リリカはゆっくりと立ち上がる。もう隠れても無駄だと悟ったからだ。

 ぎらついた瞳が二人をぐるりと囲っている。


「見つかってしまったものは仕方ないわ。ナフィ、後ろは任せたわよ」

「は、はいっ」


 ナフィリアも慌てて立ち上がると、短剣を構えた。



 しんと静まりかえり緊張感が高まる中、風に煽られ葉が揺れる音が響き渡る。


 それが、合図だった。


「――っ!」


 一斉にコグロウルフたちが二人に向かって飛びかかってくる。


 ナフィリアに向かってくるコグロウルフは……全部で四匹。

 一匹目の突進を短剣で弾き、二匹目の攻撃を躱し、三匹目の顎を蹴り上げる。

 そして遅れて跳んできた四匹目の腹に滑り込むと、短剣で突き刺した。


「ギャインッ!」


 滑り込んだ勢いで腹から尾までを切り裂く。

 コグロウルフは腹から血を噴き出し、悲鳴をあげながら地面に転がった。


「ふぅーっ……」


 ――一匹目。


 長い息をつきながら、ナフィリアは小さく舌打ちをする。

 戦闘経験が少ない彼女にとって複数のモンスターとの戦闘は苦手であり、今のも前まで見てきていた冒険者の見様見真似で行った対処法なのだ。

 残りが三匹がナフィリアに襲いかかる。


「ガアッ!」

「っ! ぐっ!」


 瞬時に反応するナフィリアだが、コグロウルフたちの猛攻をギリギリのところで躱す。


 ――複数相手しても駄目だ。なんとか個々に分けなくちゃ。


 そう考えるが、良い案が思いつかない。コグロウルフの集団行動はヒト族からでも脅威的であり、それなりの冒険者でも陣形を崩すことはなかなか難しいのだ。


 ――それならば。


 戦闘経験が少ないナフィリアなりに考えた、打開策。

 大きく深呼吸をし、三度襲いかかってくるコグロウルフたちを見据えた。

 今度はタイミングをそれぞれずらしている。


 ナフィリアに牙が届く順番は右、左、正面。


 まずは右から襲いかかるコグロウルフの対処にかかる。向けられる牙に短剣を噛ませる。


「こんっ……のおおおおおおおお!」


 そして、そのまま短剣を勢いよく振りかぶった。


 短剣を噛んでいたコグロウルフは、勢いよく左から襲いかかったコグロウルフの方へと吹き飛ばされる。

 二匹のコグロウルフが重なった瞬間が――ナフィリアの狙いどころだった。

 短剣をぐっと構えると、一直線に飛び込む。

 ナフィリアの渾身の突きは、二匹のコグロウルフの腹を同時に貫く。


「ギャアッ!?」

「ガアアッ!」


 二匹のコグロウルフは短剣と共に木まで突き刺さる。


「グルァッ!」


 残りの一匹が軌道修正をして、ナフィリアに襲いかかってくるが……それも想定済み。



 ナフィリアは咄嗟に振り返り、わざと・・・左腕をコグロウルフに噛ませた。


「ぐ、ぅっ!」


 ズキリと鋭い痛みが左腕を襲うが、その痛みを堪えて右腕に持っていた短剣の柄でコグロウルフの頭を勢いよく叩く。


「ギャンッ!」


 吹き飛ぶコグロウルフ。ナフィリアはそれに合わせてコグロウルフに追撃を行う。

 酷くデタラメな剣撃。

 しかし、【攻撃速度上昇】と【連撃】を持った今のナフィリアにとっては、有効打となる攻撃である。


「グギャァッ!」


 ナフィリアの与えた剣撃から血を噴き出す。

 地面を滑っていき、コグロウルフは動かなくなった。


「ぜぇっ……ぜぇっ……!」


 ナフィリアは肩で息をつく。


 左腕に痛みを感じるが……今の彼女にとってはそれが勲章のように感じた。


 ――や、やった!


 心の中で歓喜する。

 戦闘経験が少ない彼女にとって複数を相手にして一人で勝ったことには達成感があり、血を流すという行為自体が『本当の戦闘をしている』という気分でいっぱいだった。


「リリカさん、終わりました!」


 見るとリリカの方は既に終わっていた。五匹のコグロウルフの首をはねて、その死体を集めている最中である。

 傷一つない彼女はやはり流石としか言えようがないが……第1級冒険者の実力をもつリリカも、今回の活躍には一目置いてくれるだろう。



「…………」



 だというのに……彼女がナフィリアに送る視線は酷く冷たかった。



 冷酷な瞳でナフィリアを見据えている。

 というより、怒っているとナフィリアは感じた。



 首を捻る少女に、リリカは無言で近づき。



「えいっ」

「痛っ!?」




 ナフィリアの額に軽くデコピンをする。


「ナフィ、怪我しないようにって……リュウヤくんに言われたじゃない」


 なんで怒られているのかわからないナフィリアの左腕を、リリカが掴む。


「っ……」


 軽く掴まれただけなのに、ズキリとした痛みが伴った。



「で、でも、冒険者には傷はつきもので……」

「ええ、確かにそうね。でも、自ら傷つくこととは話が違うわ」

「…………」

「ねえ、ナフィ」



 リリカはナフィリアの左腕を離し、剣を抜くと――ピタリと刃を自らの首筋に当てる。



「この状態で剣を引いたら、どうなると思う?」

「ど、どうなるって……」



 答えなど簡単。



 誰だって、わかるような答え。



「そう、傷つく。下手したら死ぬわね」

「死ぬ……」

「私たちはね、同じ人間なの。第1級冒険者なんて肩書きを持っていても、首をはねられたら誰だって死ぬのよ」


 リリカはそう言うと、厳しい目を向けた。


 しかしそれは、ナフィリアのことを本気で心配しているような目でもあった。


「だからね、傷ついても勝つことなんて一人前じゃないわ。例え逃げてでも生きることが、一人前の冒険者なのよ」

「……逃げてでも、生きる」


 リリカの言葉を反芻する。


 彼女にされたデコピンが、今になって痛みを増していった。

 それと同時に、胸にも痛みが走る。


「だから、何よりもナフィ自身が大事なの。わかった?」

「……は、はい。わかりました」

「うん、それなら良し」


 ぎこちなく返事するナフィリアにリリカは優しく笑みを浮かべる。


 ――怒られて、こんな気分になったのは初めてだ。


 ナフィリアはいつだって怒鳴られてきた。

 自分を道具扱いする冒険者にとっては、目当てのスキルがなかなか手に入らないとすぐ怒りをぶつけるが如く、ナフィリアに八つ当たりをするのだ。


 ナフィリア自身は自分に当たっても仕方ないじゃないかという理不尽さと、こんなユニークスキルを持っている自分が悪いという諦めの感情が渦巻いていた。


 なのに――今、リリカに怒られた時、不思議と嫌悪感がなかった。


 むしろよくわからない温かさが、彼女の胸に響いている。


 本気で心配されて、怒られることが……彼女にとって初めてだった。


 ――リリカさんも、私と同じ人間。


 そう考えると、遠くに感じていた第1級冒険者リリカという存在が、すぐ近くまで寄ってきたような気がする。


「ほら、ナフィ。行くわよ」

「は、はいっ」


 リリカの声に、ナフィリアは慌てて彼女の背中へとついていった。

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