セクハラチートな仕立て屋さん - 如何わしい服を着せないで -

風見鳩

05 撒き餌作戦 後編


 先程とは比較にならない突進が二人を襲う。


「んひぃっ!」


 そんな情けない声をあげながら、ナフィリアはドラゴンの突進をギリギリの辺りで躱した。


「身体の色からして、これはブレイズドラゴンだね。炎系の魔法を扱うんだ」

「なんとかドラゴンとかどうでもいいですから! こいつ、どうすればいいんですか!?」

「炙るように軽く焼いて食べると美味しいらしいよ」

「誰が味を語れと言いましたか!?」

「いやあ、やったねナフィリアちゃん。ブレイズドラゴンは、貴族の間では『空飛ぶ高級肉』って呼ばれるんだ。海老で鯛を釣ったかのような気分だよ」

「訳のわからないこと言ってないでこの状況をなんとかしてください! 高級肉を食べるどころか、逆に私たちが高級肉になりますよ!?」


 よくこんな状況でそんな言い回しが出来るものだ――と感心するルーヤだが、ナフィリア自身は至って真面目に言っているというのもわかっているので、茶化すのをやめて腕を組む。


「まずは逃げることを優先しよう。今のナフィリアちゃんじゃブレイズドラゴンに敵わない」


 今、ナフィリアに付与されているのは敏捷と体力のスキルだけだ。レベル差も関係するだろうが、ナフィリア自身の攻撃力は極めて低い。


「とは言っても、森の中には逃げないよ?」

「な、なんでですかっ!?」

「山火事になるから。あのブレスを放たれたら、ここら一帯に燃え移っちゃうよ」


 ルーヤの言っていることは尤もで、ナフィリアも反論の余地がなかった。


 ――もし、山火事になったら……もっと大変なことになる。



 ブレイズドラゴンの次の攻撃が来た。

 もの凄い速度で滑空してくると、鎌のように爪を振るってくる。


 それをなんとか躱し、二人を通り過ぎて近くの木々をなぎ倒していくドラゴン。


「でも、あのドラゴンをそのまま放置するわけにもいかない。だからナフィリアちゃんに攻撃スキルを付与したいんだけど……一旦、僕の屋台に戻らないといけないんだ」


 幸いにもルーヤの屋台は近くに停めてある。

 ルーヤがスキル付与を使うには、そのスキルがついたモノを持っていないといけない。

 ということは、ナフィリアがやるべきことはたった一つ。


「ナフィリアちゃん。ちょっとあのドラゴンと遊んどいてくれる?」

「……へ?」


 ルーヤはポンポンと頭を撫でると――そのまま自分の屋台へ走っていった。


「…………へ?」


 取り残されるナフィリア。

 ギロリと鋭い眼光を向けるドラゴン。



「……う、嘘でしょおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 ナフィリアの悲鳴と共にブレイズドラゴンが空高く飛び上がる。

 滑空してきたドラゴンの鋭い爪がナフィリアを襲う。


「ひぃいっ!?」


 情けない声をあげながら、身体を捻らせて躱すナフィリア。

 が、攻撃は止まらない。

 空中でブレーキをかけ身体を捻ると、大きな口をナフィリアに向けてくる。


 ナフィリアは慌てて大きくバックステップをし、攻撃を避けた。


 すると、ブレイズドラゴンの胸が赤く灯る。


「――っ!」


 明らかにやばいのが来ると判断したナフィリアは、更にブレイズドラゴンから距離を取る。

「グォォォォオオオオオオオッ!」


 瞬間、ドラゴンからいくつもの火球が吐き出された。


「うわっ、わっ!?」


 勢いよく飛んでくる火球を次々と躱していく。


 ようやく攻撃が止んだかと思えば――

「ひっ――!?」


 再び放たれてくる火球。


 ――な、何回続けてくるのよ、こいつ!?


 心の中で文句を言いながら、迫り来る炎の球を避ける。


 火球を打ち終わると同時に、ドラゴンは低空飛行でナフィリアに突っ込んできた。


「――ぃいっ!」


 突進にいち早く気がついたナフィリアは大地を蹴り上げ、高くジャンプする。

 今のところ、まだ攻撃を躱せてはいるが……それもあとどのくらい持つかだなんてわからない。



 ……と。


「お~い、ナフィリアちゃ~ん」


 そろそろ限界に近い中、緊張感のない声が聞こえてくる。


「…………」


 必死になって戦っているのに対し気の抜けた呼び声。

 イラッとし、わざと無視する。


「ナフィリアちゃ~ん? お~い、ナフィちゃ~ん」

「馴れ馴れしく名前を略さないでくださいっ!」


 しかし名前を略されたことに耐えきれなかったのか、思わず怒鳴って返すナフィリア。


「待たせたね。はい、攻撃用のスキル」


 ルーヤは特に気にした様子もなく、ナフィリアの頭を軽く撫でる。


=====

名前:ナフィリア
性別:女
年齢:9
階級:第10級
レベル:15
体力:95
筋力:430
敏捷:280
魔力:110
 運:1500
スキル
【攻撃上昇Lv.20】【攻撃速度上昇Lv.1】【チャージLv.2】【チャージ短縮Lv.1】【回避Lv.10】
ユニークスキル
【ラッキー確率】
エクストラスキル
 ―

=====


「これでも攻撃力は低いけど……ナフィちゃんが【チャージ】を上手く利用すれば、なんとかなる」


 ルーヤはそう言い、ナフィリアに短剣を差し出した。


「……やってやりますよ。ええ、やればいいんでしょう?」

「無茶はしないでね」


 ヤケクソ気味にナフィリアは短剣をひったくる。



 ブレイズドラゴンは二人に目を向けると――勢いよく滑空してきた。


 先程までは逃げることで精一杯だったナフィリア……だが。



「グォォォオオオオオオッ!」

「ふっ――!」


 短剣を構え、迫るドラゴンのギリギリで躱していく。

 ザリザリと音を立てながら、短剣はドラゴンの身体と摩擦を起こした。

 続いて翼に向かって刃を振り下ろす。


 だが、ブレイズドラゴンが飛び上がった風圧により、身体が軽いナフィリアはいとも簡単に宙へと飛ばされてしまう。

 自由落下していくナフィリアに向け、巨大な牙が向けられる。


「――っ!」


 しかし、彼女は身体を捻って躱すと、くるくると回転しながら自由落下していきドラゴンの身体にいくつもの剣撃を加えていった。


 地上へ降り立ったナフィリアと、それを見下ろすドラゴン。


「……ちっ。かったいなあ……!」


 傷すらついてないブレイズドラゴンに、思わず舌打ちを打つ。


 ――なら、狙うのは。


「ふーっ……」


 ナフィリアは息を長く吐くと、飛んでくるいくつもの火球に向かって駆け抜けていった。

 火球をすり抜け、飛び上がっているブレイズドラゴンへと近づいていく。


 今、ナフィリアがつけているスキルに【跳躍】はない。

 だから――火球を利用する。


 火球が地面にぶつかり、小さな爆発が起きる。

 その爆風のタイミングに合わせ、ナフィリアは勢いよく地面を蹴った。


 大きく飛び上がったナフィリアはブレイズドラゴンの爪に足をつき、そこからまた飛び上がる。


「……取った!」

 ドラゴンの更に上へと飛ぶと、短剣を構えた。


 ブレイズドラゴンはギロリとナフィリアへ顔を向けると、ブレスを放つ。


「なん……のぉぉぉおおっ!」


 ナフィリアはくるくると回転しながら、ブレスを切り裂いていく。


 ぐんぐんとドラゴンの頭へ落下していき、そして――


「っ――!」


 金色に光るドラゴンの右目を短剣で貫いた。

 流石に目まで硬くはなかったそうで、いとも簡単に短剣が入り込んでいく。


「もう、一回っ!」


 勢いよく引き抜いたナフィリアが、とどめとばかりに左目も貫く。


「グォァァアアアアアアアッッ!!」


 これには流石のブレイズドラゴンも堪らなかったのか、うめき声を上げながら地上へ落下していった。


 巨大な身体を勢いよく地面に叩きつけ、ナフィリアはドラゴンの身体が地面に当たる前に飛び降りる。


「よしっ……!」


 ――相手の目は潰した。後は【チャージ】を使って……!


 息を呑むと、目から真っ赤な血を噴き出しているドラゴンに向かって再び駆け出す。


 ブレイズドラゴンも爪を振るう……が。


「そんなものっ、当たらないっ!」


 視界が失われたデタラメな攻撃は、ナフィリアに通用しない。



「……チャージッ!」


 ナフィリアが右手に力を込める。

 すると、右手がきらめき力が集結されていくような感覚になった。

 そしてもう一つのスキル、【チャージ短縮】。


 【チャージLv.2】でも最大チャージまで5秒かかる。しかし【チャージ短縮】がLv.1でも持っていれば、3秒まで短縮されるのだ。


 3秒の間、ナフィリアはブレイズドラゴンの首元へと跳び上がる。


 ヤケクソ気味に放たれた火球は、一つもナフィリアに当たらない。


 ――勝った!



 この時、ナフィリアは完全に油断していた。



 視界を奪われては何もできないだろうと、彼女はそう考えていたのだ。



 その考え自体は悪くない――相手が人間であれば。



「えっ……!?」



 チャージが最高潮まで到達し、一撃を放とうとした瞬間……ブレイズドラゴンの牙が自分に向かって的確に迫ってきていることに気がついた。


 視覚を失ったドラゴンは、嗅覚でナフィリアの場所を探り当てたのだ。



 ――ヤバっ……!


 ぞくりとナフィリアの背筋が凍る。


 既に牙はナフィリアの頭を噛み千切る直前まで迫ってきていて、回避は間に合わない。


 味わったこともないような恐怖が、彼女の戦意を喪失させる。



 彼女に待ち受けるのは……死。



「ひっ……!?」



 思わずナフィリアは手を瞑ってしまう。




 瞬間。



 ナフィリアの身体に衝撃が走った。








「……………………?」





 だが予想していたのとは違う、柔らかい衝撃。


 何かに包まれているかのような感覚で、地面に尻餅をつく。



 ナフィリアは恐る恐る目を開くと。


「あっ……!」

「だから……無茶しちゃダメだって言ったじゃん、ナフィちゃん」



 ルーヤが困ったような笑みを浮かべながら、ナフィリアを抱きかかえていた。


 彼の背中に手を回すと……ぬるりとした感触。


「えっ……?」


 思わず、ナフィリアは自分の手を確認する。


 彼女の手についたのは……真っ赤な血。


 それがドラゴンのものかルーヤのものか……額に脂汗をかく彼を見て、どちらのものかとわかるのに数秒もかからなかった。



「ル……ルーヤさんっ! 血がっ、血がっ……!」

「んー……? あはは、派手にやっちゃったねえ……」

「や、やっちゃったって……!」


 そういうレベルの話ではない。


 斜線のように深く刻み込まれた傷からは、今も血が止まらずに流れ出ている。



「ル、ルーヤさんだって無茶してるじゃないですかっ!」

「そう言われると、なんも返せないなあ……お互い様、だね……」


 弱々しい笑みを浮かべながら、ルーヤはそっとナフィリアの頬に手を当てた。


「ごめんね、ナフィちゃん……僕、戦力外だから、足手まといなんだよ……」

「なんでルーヤさんが謝るんですかっ! 悪いのは私がっ……!」


 ――私が悪いんだ。

 ――私が油断なんかしていたから、ルーヤさんが怪我したんだ。


 ナフィリアはこんなセクハラまがいの服ばかり着せる男に、情など無かったはずだ。


 でも、どうして……こんなにも胸が苦しいのだろうか。


「ナフィちゃん」


 それでも、ルーヤは笑みを崩さなかった。


「一人で出来ないんだったら……二人でやればいいんだよ」

「えっ……?」

「もっかいやってくれる? ようやく援護の準備が出来たんだ」


 ――もう一回……。

 正直に言うと、怖い。

 先程の恐怖がまだ身体を震わせている。


 でも……。


 ナフィリアが黙って頷くと、ルーヤは優しく頭を撫でた。


「すぅ……はぁ……」


 大きく深呼吸をし、前を見据える。


 目の前にいるのは、目がつぶれたはずなのにナフィリアに顔を向けるブレイズドラゴン。


「グォォォオオオオオオッ!」

「――っ!」


 咆哮と共に火球を放ったのが合図だった。


 火球を躱し、ブレイズドラゴンへと迫っていく。


「グォァァァアアアアアアアアアッ!」


 攻撃は止まらない。

 続けて放たれる強力なブレスがナフィリアを襲う。


 ナフィリアはスライディングをしてブレスを躱すと、ドラゴンの股下をくぐり抜けた。



 相手の背後へと回る。


「――っ! くっ!」


 瞬間、ナフィリアに向かって横薙ぎしてくる長い尾にいち早く気がつき、跳んで躱す。

 ブレイズドラゴンの背中を踏み台にし、更に大きく跳び上がる。


「――チャージッ!」


 ブレイズドラゴンの上を取ったナフィリアが声を張り上げると、再び右手に光が集まり始める。


 大きく宙に舞い上がったナフィリアはそのまま自由落下していき、短剣を構えた。


 と。


「グォォォオオオオッッ!!」


 ブレイズドラゴンが咆哮と共に、ナフィリアの方へと顔を向けた。

 大きくふくれあがり、赤く光る胸筋。



 ブレスが来る――咄嗟に身構えようとするナフィリアだが。


「させないよっ」


 瞬間、四方八方から木の縄のようなものがブレイズドラゴンに向かって飛んできたのだ。


 手足、翼、首に絡まり、ドラゴンを拘束する。


 ルーヤの【衣装変身】の応用版。

 樹皮を使い、相手を拘束しているのだ。


「ォォォオオッ!?」


 拘束されたことによりブレイズドラゴンの狙いがずれる。


 ナフィリアはブレスを躱すと……チャージが最高潮になったと同時に短剣を振り下ろした。


「うぁぁぁああああっ!」


 身体の尤も細い部分。

 振り下ろされた短剣は首へと突き刺さる。



「ガァァァァアアアアアアッッ!?」


「――ぁぁぁあああああ!!」




 ブレイズドラゴンは苦しみ暴れるが……それに構わず、ナフィリアは短剣を思いっきり振り抜いた。



 【チャージ】により強化された攻撃力は、ドラゴンの首を切り裂く。




 頭と胴体が引き千切れ、ブレイズドラゴンはうめき声をあげながら――大量の血を噴き出して力なく倒れた。





「ぜぇっ……ぜぇっ……」


 地面に着地すると同時に、膝をつくナフィリア。


 フラフラと立ち上がり、後ろを振り返る。


 首を真っ二つにされたドラゴンが再び暴れることは、もうない。


「勝った……」


 ――勝ったんだ、私。


 そう認識すると……ナフィリアにどっとした疲労感が襲いかかった。


「やったね、ナフィちゃん」


 フラフラさせるナフィリアの身体を、いつの間にか来ていたルーヤが支える。


「ルーヤさん……ありがとうございます」

「いやいや、お礼なんていらないよ。実際に戦ってたのはナフィちゃんだし」

「……でも」


 ルーヤがいなければ勝てなかった。

 ルーヤがいなければ――死んでいた。


 ナフィリアの鼓動が大きく波打つ。

 戦闘力もない、セクハラばっかしてくる男であるはずなのに……誰よりも頼りになると感じていた。


「…………ところでナフィちゃん」

「はい?」

「――僕、もう限界かも。というか、めっちゃ痛いんだけど、超痛いんだけど」

「あ、あぁっ! 忘れてた!」


 そういえば怪我していたのだ、と今度はナフィリアが崩れ落ちかける涙目のルーヤを慌てて支える。


「し、しっかりしてください、ルーヤさんっ! 私が手当しますからっ!」

「ああでも、幼稚園児とドラゴンの死闘という滅多に見れない戦闘が見れて良かった……ここで死んでも悔いはないかも」

「こんな時に何言ってるんですかぁ-っ!」


 ついでに今、園児服を来ていたことも忘れていた。


 * * *


「はい、ナフィちゃん。出来たよ」


 ルーヤが大きな釜をテーブルの上に置く。


 あの後、応急手当をしたルーヤだが……「ナフィちゃんに食べて欲しい料理があるんだ」とかなんとか言って、安静にするように言うナフィリアを無理矢理座らせ、料理を作り始めた。


「いやあ、こんな大けがしてる時に料理を作るもんじゃないね。背中がすっごい痛くて痛くて。料理を作るどころじゃなかったもん」


 馬鹿だ――とナフィリアは深いため息をつく。


「でもまあ、これ。ナフィちゃんに食べて欲しかったんだよね」


 というルーヤが指さす大釜に入っているのは……白色をした汁物。


 ナフィリアが見たこともないような料理である。


「な、なんですか、これ……?」


 見たこともないような料理に若干ナフィリアが躊躇うと、ルーヤが大きく胸を張る。


「シチューだよ」

「シチウ……?」


 ――聞いたこともない料理名だ。


「いやあ、この味を再現するのにどれだけ苦労したか……調味料の入手とか、結構頑張ったんだよ? でまあ、これにさっきのドラゴンの肉を煮込んだの。絶対上手いよ」

「は、はあ、そうですか……」

「というわけで……はい、あーん」

「なっ!?」


 深皿にシチウをよそい、木製のスプーンで掬ってナフィリアの口元へと近づけさせる。


「なっ、別にそんなことしなくても、食べれますからっ!」

「でもほら。ナフィちゃん、今5歳児みたいな格好してるし」

「あなたが着せたんでしょうがぁっ! やっぱり馬鹿にしてるんですねっ!?」

「まあまあ。ほら口を開けて」

「ふ、ふざけ――んぐっ!」


 怒鳴ろうとする隙に、口にシチウを押し込まれる。


 一度口に入れた物は粗末に出来ない――キッと睨みながら咀嚼するナフィリア。



 だが……鬼のような形相はやがて柔らかくなっていった。


「美味しい……」


 ぽつり、とナフィリアが呟く。

 そんな彼女の反応に満足したルーヤは彼女にスプーンを手渡した。


 黙って受け取ったナフィリアは、もう一度シチウを口に運ぶ。


「美味しい、です……」


 もう一度、再認識するようにナフィリアはそう呟いた。


 ――今までこんな美味しいもの、食べたことない。


 ナフィリアの家は貧しかった。

 1日に一回食事できるかどうかで、食べられる物ならまずい飯でも何でも食べていた。


 第1級冒険者がいるパーティーの元についても変わらなかった。メンバーの料理の、残飯のような少ない飯がナフィリアの食事だった。



「ね? 自分が苦労して取った食材で出来た料理だと思うと、一層美味しいでしょ?」

「……はい」


 そういうルーヤの笑みは優しく――ナフィリアは素直に頷く。



 ――私が、苦労して倒したドラゴンの肉。




 子供用の服を着せられた怒りより。


 ブレイズドラゴンの戦闘で死にかけたことより。



 このシチウという未知の食べ物が、ナフィリアの今日一日の全てを包み込む。



 ――こんなにも嬉しいのは初めて、かもしれない。


 彼女は温かな感情を胸に、シチウを口の中へとかき込んだ。


 * * *


「ただいま戻りましたー」


 翌日。


 大けがしたルーヤの代わりに、狩りに出かけていたナフィリアはまだ日が落ちる前に屋台の中へと戻ってきた。


「やっぱり、リトルバードいなかったです。私たち、全滅させちゃったんですかね…………ルーヤさぁん? 聞いてますか?」


 いるはずのルーヤから声が聞こえず、ナフィリアは首をかしげる。


「――彼ならちょっと散歩に行ったわよ? 山菜を摘みに」

「あっ、そうなんですか……まったく、あんな大けがをしてよく動けますね……」

「ええ、本当。やっぱり馬鹿なのよね」

「ああ、やっぱりそう思います? 私も日々そう感じて――ってぇ!? だ、誰ですか!?」


 代わりに帰ってきたのは女性の声だった。

 黒髪を腰まで伸ばし、通常の剣より更に細い剣を腰に付けている。

 すらりと背が高く……大体ルーヤと同じくらいの歳にも見えた。


 落ち着いた雰囲気のその姿は――まるで騎士のよう。



「初めまして。今日はリュウヤ・・・・くんに用があってきたの」


 女性はナフィリアに挨拶をすると、氷のような笑みを浮かべた。

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