セクハラチートな仕立て屋さん - 如何わしい服を着せないで -

風見鳩

03 はじめての戦闘服

「――なんですか、これは!」


 羞恥に満ちた怒声が屋台の中に響き渡る。


 次の日の朝。早速近くの『マイラダンジョン』へと移動していたのだが――ナフィリアは堪らずルーヤに怒りを露わにしていた。



「えっ、僕が仕立てた戦闘服だよ?」

これが・・・戦闘服だと……ルーヤさんはおっしゃるのですか!?」

「スキルも結構使えるのが付いてるから、十分戦えると思うんだけど」

「そんなことはどうでもいいんです! どうして、どうして……」



 平然とした表情のルーヤに、ナフィリアは声を震わせる。





「――どうして戦闘服が、メイド服なんですかっ!」




 そう、彼女が今着ているのはメイド服だ。


 女性の使用人が仕事着として着用する、あれだ。



「うんうん、やっぱり似合ってるね。僕の目に狂いはなかったようだ」

「似合ってるとか、そういう問題じゃありません!」

「でもほら、メイド服って戦うバトルものなんて腐るほどあるよ? そう考えれば、メイド服も立派な戦闘服だと思わない?」

「言っている意味がわからない上に、微塵も思いません! しかも、このスカート丈! 普通のより明らかに短いですよね!?」

「えっ、戦闘するのにロングスカートだと動きにくいでしょ?」

「なんでそこだけは戦闘向けに考えてるんですかぁっ!」


 ナフィリアの指摘した通り、彼女用に作られたメイド服のスカート丈は随分と短い。


 従来のメイド服ならば足首まで伸びるロングスカートなのだが……ナフィリアのは膝よりも高い、ミニスカート風のメイド服なのだ。


 彼女が恥じらうようにスカートを抑える姿に、ルークは満足げに笑みを浮かべる。



「……呆れました。呆れましたよ、ルークさん」


 とうとうキレたナフィリアは指を突きつける。




「あなたは――女性にこんなセクハラまがいの服を着させるために、仕立屋をやってるんですね!?」

「おいおい、誤解だよナフィリアちゃん。僕は可愛い女の子が可愛い服を着ながら戦闘するのを見るために、仕立屋をやってるんだ」

「どっちも変わりませんっ!」



 ルーヤは可愛い女の子が好きだ。


 更に言うと、ナフィリアくらいの10歳前後の幼い女の子が、可愛い格好をしながら戦闘している姿を見るのが好きなのだ。


 それこそがルーヤの真の目的であり、ナフィリアを選んだ理由の一つでもある。




 要するに、彼はまだ大人に満たしてない少女を愛してるのだ。



「自分が強くなることには興味ない――可愛くて最強なロリっ娘が無双してくれるのならば、自分の生涯の全てを捧げてもいい!」



 それと同時に、彼は馬鹿なのだ。



 * * *


「う、うぅ……こんな姿で戦闘することになるなんて……」


 涙目のナフィリアに対し、ルークはうきうきとしながら外へ飛び出る。


「大丈夫大丈夫。見た目はただの可愛いメイドさんだけど、それも立派なスキル持ちの服。心配することはないよ」

「……ルークさんもついて来るんですか?」

「そりゃ当然。じゃないと、ナフィリアちゃんの戦闘シーンが見れないからね」


 二人の目の前にある景色は、木々が鬱蒼と茂っていてどこまでも続く樹海。


 そう、この樹海こそがマイラダンジョンそのものである。



 『迷えば、一生帰ることは出来ない』とも言われる、恐ろしいダンジョンだ。


「というのは建前で、まあ完全に冒険者たちが入り浸ってるけどね。『恐ろしいダンジョン』設定でもなんかめっちゃ楽に攻略してる作品もあるし、ダンジョンに階級がある優しすぎる設定もある。そう考えれば、完全に散歩道程度でしょ。あっはっはー」

「いや、そんな軽いノリで来てる人は少ないんじゃないかと思うんですけど……」


 暢気そうなルークだが、ナフィリアにとっては不安でしかない。


 いつも連れ回されているところとはいえ、彼女一人で行くというのは初めてなのだ。


 しかも、これが初の戦闘でもある。不安なのは仕方ないと言えよう。それに……。


 ナフィリアは不安げな表情でルークを見つめる。



「あの……本当についてきて大丈夫ですか? あっさり死んじゃったりしませんよね? 私、樹海で一人になるなんて嫌ですから、危なかったら一緒に逃げましょうね」

「…………もしかして、ナフィリアちゃんは僕を馬鹿にしてるのかい?」



 めっちゃしている。



 * * *


 だがしかし、彼女の不安は杞憂に過ぎなかった。


「はっ――!」


 ナフィリアが軽い身体を生かし、跳び上がる。


 短剣を右手に構え、小柄な彼女と変わらないような全身真緑のモンスター――ゴブリンたちに振りかざした。



 1体、2体、3体。



 空中で身体を捻らせ、一体一体に斬撃を与える。


「ギギャァァァアアッ!」


 そして地上に降り立った時、ゴブリンたちは血を噴き出して倒れた。


「どうだい? なかなか動きやすいだろ」


 と、後ろで観戦していたルーヤが得意げな顔をする。



 【跳躍Lv.2】、【滞空時間Lv.1】、【攻撃速度上昇Lv.1】、【攻撃上昇Lv.5】、【回避Lv.2】。

 空中戦に特化したスキル構成であり、ナフィリア自身も動きやすいと感心していた。



 だが、それより――ナフィリアは短いスカートを抑え、頬を若干紅潮させながらルーヤを睨み付ける。



「……見てないですよね?」

「うん? 何が?」

「こんな短いスカートで戦ってたら、その……とにかく、見てないですよね!?」

「ああ、パンツのこと? 大丈夫大丈夫、僕はパンチラ派じゃないから。見えるか見えないかの絶対領域が好きなんだ」

「誰があなたの性癖について語れと言いましたか!?」

「ちなみに僕の故郷では『鉄壁スカート』というものがあってね。どんな動きをしようともパンツが見えないという、それはそれは不思議なスカートなんだ」

「それはくっそどうでもいい話ですね!」

「ところでナフィリアちゃん」

「今度はなんですか!?」



 怒り狂うナフィリアの頭上をルーヤが指さす。


「上、来てるよ?」
「なっ――!?」


 正確には、彼女の頭上にある木の上。


 集団で襲いかかる性質を持つゴブリン2体が、彼女に向かって飛び降りてきているのだ。


「ギィッ!」
「くっ!」


 慌てて短剣を構え、振りかざしてくるゴブリンの爪を防ぐ。


「こっのっ……!」


 そして力任せにゴブリンを押し返すと、膝をぐっと曲げて宙へ飛び上がった。

 身体の捻りを利用して、ゴブリンに斬撃を与える。



「ギギャァッ!?」


 身体に一閃が走り、ゴブリン1体を倒す。




 ――あと1体!



 ナフィリアは倒したゴブリンを踏み台にして飛び上がる……が。



「っ!?」

「ギィィッ!」



 2体目のゴブリンは既に目の前まで来ていて、ナフィリアの身体に鋭利な爪が迫り来ていた。


 ――間に合わない!



 身を守る為、慌てて防御の体勢に入る。




 しかし。



「おおっと、危ない」

「ギヒャァッ!?」


 ポンッと小さな音が聞こえ、ゴブリンの驚く声が聞こえる。


 ルーヤの放った小さな爆発魔法がゴブリンの前で炸裂したのだ。


 突然目の前で爆発が起き、思わず攻撃を中止するゴブリン。


 それだけで――ナフィリアが体勢を整え直すのに、十分だった。


「っ――!」



 近くにある木に足をつき、思いっきり別の木へと飛び移る。


 木から木へ、また木から木へと。


 そうして飛び上がっていてゴブリンの上を取ったナフィリアは、そのまま重力に従うべくゴブリンの真上から落ちていった。



「はああぁぁっ!」


 ナフィリアの渾身の一撃がゴブリンの頭を貫く。



「ギギャァァァァッ!!」



 勢いよく血しぶきが上がり、ゴブリンの断末魔が響き渡り――やがて、ゴブリンはその場で倒れた。



「はあっ……はあっ……」

「お疲れ様」


 肩で息をつくナフィリアに、にこやかな表情でルーヤが歩み寄る。


「…………」

「ん? どうしたの?」


 じっと見つめてくるナフィリアに首を捻ると、彼女は「あの」と口を開いた。


「ルーヤさんって仕立屋、ですよね?」

「えっ、そうだよ?」

「それにしては、モンスターの動きとか色々知ってるような……」


 ナフィリアは先程から疑問に思っていたことだ。


 ゴブリンの集団習性を知っていたり、戦闘においての知識が豊富だったり。

 更に、ゴブリンが襲いかかってくることを察知し、爆発魔法で怯ませることもした。


 ただの仕立屋だとは思えない、と彼女は感じているのだ。


「ああ、そういうこと? 仕立屋とはいえ、僕もレベル45だからね。昔は自分でダンジョンに潜ってたりしてたんだ」

「えっ、一人でですか? そのステータスで?」

「……ナフィリアちゃんって、自然と僕を煽ってくるよね」

「あっ、す、すみませんっ」


 慌てて謝るナフィリアにルーヤは手を横に振る。


「謝らなくてもいいよ、実際僕が弱いのは変わりないし。まあ、他の人のパーティーについていったり、一人で行くときはモンスターに遭遇しないように上手く避けながらアイテムを集めてたり。そんなことをしてる内に、自然とモンスターのこととか覚えただけだよ」

「……それで生きていけるんだったら、私いらないんじゃ」

「残念ながら、僕は美少女じゃないんだ。ナフィリアちゃんがいないと、生き甲斐がないんだよ」

「あ、はい。そうですか」



 やっぱり変な人だ、と呆れたようにルーヤを見つめた。



「ところでナフィリアちゃん。随分と汚れちゃったね」

「えっ……」


 という指摘にナフィリアは自分の服装を見る。

 ゴブリンの返り血を浴び、メイド服のところどころが赤く染まってしまっているのだ。


「あっ、すみません、こんなに汚しちゃって」

「……いや、これはこれでありだな。返り血で真っ赤に染めながらモンスターを蹂躙していく小さなメイドさん。うん、なんかヤンデレっぽくて怖いけど、超かっこいい。超かっこいいよナフィリアちゃん」

「…………」


 子供のようにはしゃぐルーヤに、やはりただの仕立屋じゃないとどん引きするナフィリアだった。



 * * *



「さて、結構揃ったね。ちょっと整理しようか」


 ダンジョンに潜り込んで小一時間経った頃、ルークが近くにあった切り株の上に拾ったアイテムを取り出す。



 ゴブリンの爪や牙、眼球……いずれもスキルが付いた一部である。



 そして、たまに遭遇したウルフも討伐していたので、ウルフの何体からもスキル付きの牙などを回収しておいた。



 手に入ったのは【攻撃上昇】が7つ、【速度上昇】が3つ、【跳躍】が3つ、【回避】が4つ。そして、レアスキル【敵対心Lv.1】が1つ手に入った。



「……うん、ナフィリアちゃんの【ラッキー確率】は素晴らしいね。一時間でこんなにスキル付きが手に入るなんて」



 嬉しそうにアイテムを並べていく彼に、ナフィリアは複雑な表情で見つめる。

 確かにスキル付きアイテムが揃うのは嬉しい。それをルークがナフィリアの為にスキル付与してくれるのだから、今までの仕事で一番やりがいがある。


 だが、効率が良すぎるという点に置いて疑問を抱いている。

 確かにこんなにもスキル付きアイテムが落ちているのはナフィリアの能力のおかげだが、必ずと言っていい程、ルークが指定した場所でモンスターの群れと遭遇しているのだ。



 ――やっぱりこの人、ただ弱いってだけじゃない。



 ルーヤ本人は「他のパーティーについていってもらってた」、「逃げながら採取しまくってた」としか言ってなかったが……それだけではない、とナフィリアは感じ取っていた。



「ナフィリアちゃん? ボーッとしてどうしたの?」

「えっ? あっ……な、なんでもないです」



 ルーヤに問われ、ナフィリアは慌てて誤魔化す。



 本人が語ろうとしないんだし、きっと深い事情があるんだろう――と、ナフィリアは訊かないことにした。



「じゃ、いくつか被ってるスキルを合成しちゃおっか」



 と、ルーヤが並べたアイテムに手をかざす。


「あの、ルーヤさん」

「ん?」

「戦ったのって、ほとんどゴブリンなんですけど……弱いスキルばかりなんじゃないですか?」

「うーん、まあ確かに弱いスキルしか集まってないね。でも、僕たちはそれでいいんだ」

「?」


 可愛らしく小首を捻るナフィリアにルーヤは手をかざしながら説明する。


「そりゃ強力なスキルが集まれば、一般的にはそっちの方が強い。例えば、【鬼神化】っていう激レアスキルがあるんだけど、Lv.1で【攻撃上昇】のLv.20並だと言われてる」

「そ、それは……確かに強いですね」

「そう、強い。すごくレアな上に強力なスキルだ。でも、それ故に強いモンスターと戦わなければならない」



 しかしその強いモンスターを倒すまでに、ナフィリアはまだ至ってないのだ。



「ナフィリアちゃん。一般的なスキル合成の方法は知ってる?」

「え? えっと……確か鍛冶スキルで合成するんですよね。でも、成功するかどうかは合成するスキルレベルによるとか……」

「その通り。いくらレア度が低い【攻撃上昇】でも成功率が低くなる。【攻撃上昇】があるスキルを100個集めるのに最短でも30日、そしてその100個を全て合成してもせいぜいLv.15くらいしか行かないだろう。そんなに苦労して集めるんだったら、普通にレベル上げして、ステータスを高めて強力なスキルを手に入れた方が手っ取り早い――そう、あくまで一般的にはね」


 しかし、とルークは得意げな顔をする。


「僕には【スキル付与】というユニークスキルがある。スキルレベルをそのまま足し算するという、とんでもないスキルだ。これがある僕にとっては、危険を冒してまで強いモンスターを倒して強力なスキルを集めるよりも、弱いモンスター……例えばゴブリンばっかり倒して弱いスキルを上げていった方が効率がいいんだよ」


 そう言うと、彼はナフィリアの頭を撫でる。


「そして、おめでとう。君は今、【鬼神化Lv.1】と同等の力を持つスキルを手に入れた」


=====

名前:ナフィリア
性別:女
年齢:9
階級:第10級
レベル:15
体力:95
筋力:425
敏捷:300
魔力:110
 運:1500
スキル
【跳躍Lv.5】【滞空時間Lv.1】【攻撃速度上昇Lv.1】【攻撃上昇Lv.20】【回避Lv.10】
ユニークスキル
【ラッキー確率】
エクストラスキル
 ―

=====


 ルークの【スキル付与】によって、ナフィリアのステータスが更新され、ついでに血で汚れたメイド服もシミ一つ消えていった。

「…………」

「ん? どうしたの、ナフィリアちゃん?」

「いえ、随分とあっさりスキル付与した上に服も修復できるんだなって……ほら、昨日は私の服を切り裂いたのに……」

「ああ、そういうこと? いやあぶっちゃけちゃうと、あそこまで服をバラバラにしなくても僕のスキルは発動するんだけどね」

「じゃあ、なんであんなことしたんですか!?」

「いや、読者は幼女の裸を見たいのかなと思って。ほら、サービスシーンってやつ?」

「言ってる意味が全然わかりませんっ!」

「それにしても、やっぱりナフィリアちゃんがいると違うね。僕一人だったらここまでスキル付きアイテムを効率よく集められないし、僕自身にスキルをつけてもそこまでステータスは伸びないし。流石はナフィリアちゃんだ」

「…………い、い、今更褒めたって、許しませんからねっ」


 ルーヤに褒められたナフィリアはそっぽを向きながらも、表情は嬉しさを隠し切れていなかった。


 方法は少しズルいが確かにナフィリア自身で集めたスキルであり、それが自分の力になっているのが実感できて嬉しいのだ。



 ――やることはめちゃくちゃだけど、私のことをちゃんと考えてくれてる。このセクハラまがいなメイド服にも慣れれば、案外いい人なのかも。





「いやあ、戦うメイドっていうのはやはり素晴らしいね。さて、次はどの衣装で戦ってもらおうかな」

「えっ、えっ? ちょ、ちょっと待ってください!」



 だが、聞き捨てならないルーヤの台詞に慌ててナフィリアが質問する。


「つ、次って……? 衣装って、この服だけじゃないんですか?」

「え? いやいや、そんなわけないじゃないか。ナフィリアちゃんにはまだまだ他の衣装を着てもらわないと」

「えぇっ!?」



 思わず素っ頓狂な声を上げるナフィリア。


「というか、メイド服なんてまだまだ序の口だよ?」

「序の口!? これが!?」

「はっはっは! まあナフィリアちゃんは強くなるし、僕はナフィリアちゃんを堪能できる。お互い好都合だろう?」


 そう言ってルーヤは高笑いをしだす。




 ――ああ、こんな男と共にするんじゃなかった。



 これからもこんないかがわしい服ばかり着せられるのかと思うと、ナフィリアは頭を抱えることしかできなかった。

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