恋愛サバイバル〜卒業率3%の名門校〜

うみたけ

掌の平で踊る

「…一体、何が起きてるっていうの……?」

 先程更新されたばかりのオリエンテーションの順位を見て、その現実に納得できない市川凛が目の前で膝をつき、打ちひしがれている。
 仕方ない…。そろそろネタばらしといくか。もう勝負もついたことだしな。
 まだ、残り時間を1時間程を残しているものの、ここからの巻き返すのは不可能だろう。

「そんなに信じられないなら、俺が教えてやるよ。――ついてこいよ。ネタばらしの時間だ。」

 そう市川に告げ、俺は教室の扉に向かって歩き出す。

「…なんだ、来ないのか?」

 まだ座り込んだままの市川に振り返り、問いかける。

「…行くわよ!」

 市川は俺をキッと人睨みすると、立ち上がり俺の横を通り過ぎて先に教室を出て行った。

「どこ行くかも知らねぇのにお前が先行ってどうすんだよ…。っていうかさっさとこの手錠外せよ…。」
「じゃあ、あなたが速く歩きなさいよ。そんなにゆっくり歩いてる程暇じゃないんだから。」

 俺の冷静なツッコミに対し、あたかも俺に非があるかのように反論する市川。
 ――まぁ、少しも予想していなかった“逆転”という結果に焦りとイライラが募っているんだろう。
 心が広いことに定評のあると自称する俺はそんな態度に目を瞑り彼女に合わせて歩くスピードを上げた。――でも、手錠だけは外せよ…。正直周りから注目されそうでかなり恥ずかしいんだが…。

※※※※

「ちょっと、本当にここで合ってるんでしょうね!?ここから先は屋上しかないわよ!?」
「んあ?当たり前だろ。もう勝負ついてんのに今さら騙し立って意味ないしな。」

 ずっと黙ったままだった市川が急に口を開いたことに少しびっくりしつつも軽く振り返り、当然のごとく答える。
 教室を出て以来、ほとんど会話もないまま歩き、目的地・屋上まで到着した。(ちなみに結局手錠は外してもらえなかった…。)
 俺は手錠の着いたままの手で目の前にある扉のドアノブを捻る。

「さぁ、着いたぜ。――これがお前らを叩きつぶした作戦だ。」

 扉を一気に開き、一歩中に踏み込む。

「…嘘…でしょ…?」

 そして、そこに広がる光景を見た市川は目を丸くして絶句した。
 ――そりゃ、こういうリアクションになるよな。だって、お前はこの光景を真っ先に頭の中から消してたんだからな。
 そこには一人の少女と数人の男子生徒いた…。

「たっくん!やりましたよ!!遂に逆転です!!」

一人の少女――習志野栞がこちらに気付いて笑顔で手を振ってきた…のだが…

「……たっくん…なんで手錠なんか…はっ!?まさかたっくん、そういうプレイが…!?」
「そんなわけねぇだろ!!」

 習志野が少し後ずさりしながら勝手に思い悩んでいる…
 ――完全に勘違いしてんじゃねぇか!!

「だからさっさと外せって言ったんだよ!!完全に変態扱いされてんじゃねぇかよ!!」
「……」

 市川は俺達のそんなやりとりに反応している余裕はない程驚いているらしい…。なんて無責任な…。

「だ、大丈夫です!いきなり上手くはできないかもしれませんが…私、頑張りますから!!」
「…いや、頑張る必要ねぇから…。」

 なぜかやる気を出す習志野…。
 ――とりあえずこいつは後回しだ…。
 俺は勘違いを継続中の習志野の問題をとりあえず先送りにして周りに目を向ける。
 習志野の目の前には膝をついたり、茫然と立ち尽くしたり、その場に座り込んだりと、それぞれ違いはあるものの、皆落胆と信じられないといった表情を浮かべている男子生徒が3人いた。…予定通りだ。

「…どういうこと?」
「さすがにもう気付いてるだろ?俺達がやったこと。」

 まだ信じられないといった顔でこちらに現状の確認を取る市川に告げる。

「あそこにいる男子生徒はみんな、習志野に告白してフラれたんだよ。」
「信じられない…。どうしてあの子が…?」

 いくら、彼女が俺達の作戦は新しいペアを組むことだと思っていたとしても、恐らくそこに立っていたのが習志野じゃなく俺だったらここまで取り乱してはいなかっただろう。
(だからこそ俺をあそこまで密着マークしたんだろうしな…。)

「お前が思ってる以上に習志野は需要があるんだよ。」
「そんな…。あり得ないわ!確かに見た目は良いし、女子の中では運動もそこそこできるみたいだけど、学力は最低よ!しかも言動も頭悪そうだし…普通の学校ならいざ知らず、この『ペアでのポイントが評価されて、下位のペアは容赦なく退学させられる』恋星高校恋愛学科で需要があるわけがないわ!!」

 市川は激昂し、一気に捲し立てる。

「勉強も運動もできて、駆け引きにも長けてそうなあなたならともかく、習志野さんが三人から同時に告白されるなんて考えられないわ!一体どんな手を使ったの!?」

 市川はどうしても習志野が三人もフッたことを認めたくないらしい。――いや、もしかしたら自分の見立てが完全に間違っていたことを認めたくないのかもしれない。

「別になんもしてねぇよ。――まぁ、強いて言うならお前らの目から習志野を遠ざけて告白の邪魔をさせなかったってことくらいだな。」
「そんな――」
「だって、放っておけばこいつらみたいな奴が数人出ることは分かってたからな。」
「…え?」

 俺からの予想外の言葉に市川の言葉が止まった。

「冷静に考えてみろよ。確かに習志野はファンクラブができる程の容姿を持っているが、それ以上に勉強が苦手で駆け引きなんて全くできない程のバカだ。」
「ちょっと、たっくん!」

 “バカ”と言われて少しムッとし頬を膨らませる習志野をスル―して話を進める。

「だけど、勉強の方はオリエンテーション一日目の『知力』で努力次第で並程度にはできることを証明した。さらに駆け引きができないってところも、裏を返せばペアを裏切ることのない純粋な性格、と見ることもできる。――今回みたいに追い込まれて自分のペアが裏切るところを目の当たりにした奴にとってはこれ以上ない魅力だ。」
「!!」

 ようやく第三者から見た習志野の価値を知り、目を見開く市川。
 そう。習志野にフラれ、打ちひしがれている3人の男子は全員、自分のペアに裏切られた奴らだ。――3人のペアは俺とペアを組むため、今も必死に俺を探しているだろう。

「結局お前は俺の言動に振り回されて習志野を放置し、俺ばかりを必要以上に警戒した。――それがお前の敗因だ。」
「…そんな…。」

 自分が主導権を握っているはずが逆に掌の上だった…。そんな現実を突きつけられ、打ちひしがれる市川。

「もうひとつ聞かせて。」
「なんだ?」

 市川は少し涙声になっている声を振り絞り質問を投げかける。

「彼らはどうしてフラれたの…?どう考えても3人同時に告白するなんて軽率なこと、『フラれたら退学』っていう校則を知ってる人間のすることじゃないわ。」

「あぁ、そのことか。」

 確かに『フラれたら退学』という絶対のルールがある以上、告白には必要以上に慎重になるはずだ。
 基本的には確実に成功する、と思った時しか告白しないのが当たり前だ。しかも、相手は駆け引きどころか嘘も下手くそな習志野だ。3人同時に告白させるなんて芸当ができるはずがない。

「この作戦だけは習志野に頼らざるを得なかった…。ホント上手く行くかヒヤヒヤだったぜ…。」

 ここの部分だけは本当に苦労した…。なにせ、この作戦を決行するために一昨日からずっと習志野の演技指導だったからな…。

「まぁ、ヒントはお前がくれたんだけどな。」
「私が…?」

 そう。彼女がいなければ俺がこの作戦を思いつけたか分からない。――あの宣戦布告された時の出来事がなければ…。

「『既にペアを組んでいる生徒に対しては一度まではフラれても退学にならないものとする。』――お前が教えてくれたことだろ?」

 俺は生徒端末の校則詳細のページを見せつけた。

「そうよ!既にペアを組んでいる人に告白する時は一回フラれても問題ないはず!なのに、なんで彼らは…?」

 現在ペアを組んでいるかは、それぞれの生徒端末で調べられる。
 だから、相手がペアを組んでいると分かっていても、念のため生徒端末で確認するのが普通だ。勿論彼らも確認したことだろう。

「しかも、ペアの解消をするにはお互いの同意が必要なはずよ。あなたの生徒端末は私がずっと預かってたはず!そんな状態でどうやって…?」
「単純なことだよ。――ただ、俺は朝登校する前からずっとペアの解消を申請してただけだ。」
「!!」
「確かにペアの解消には互いの同意が必要だ。だけど、二人が同時にペアの解消を申請する必要はない。――例えば、片方が事前にペアの解消を申請していた場合、もう片方がペアの解消に同意した時点でペアは解消できる。」
「まさか、あんた達…!?」

 そこまで言って市川も習志野がどうやって3人同時にフルことができたのか気付いたらしい。

「まさか、告白される直前に習志野さんがペアの解消に同意しったってこと…?」
「その通り。」

 俺はニヤリと笑い、習志野に視線を向けた。
 習志野も得意気な顔で笑顔を向けている。
 3人の男子生徒は告白する前に習志野の気持ちを確認するため、『一度目の告白』をしようと思った。勿論告白する直前に生徒端末で習志野がペアを組んでいることを確認してから…。
 そして、習志野は彼らがペアの確認を終えた直後…こっそり自分の生徒端末を操作しペアの解消を完了させた。

「そこの奴らは何も知らず、ペアを解消したばかりの――“フリー”の習志野に告白し、フラれたんだよ。」

 フリーの相手に告白して振られたんだ。勿論、告白した男子は退学処分。 そして、フッた習志野にはルール通り、男子3人の個人ポイント半分が加算された。

「あとはオリエンテーションの順位から突然俺達が消えたことをお前か葛西が知るのを待つだけだ。他の生徒のポイントが変動してないのに急に順位から消えるなんておかしいからな。俺はその反応を見た後、習志野に告白すればいいだけだ。」

 この告白に習志野が応じた結果、再び俺達が順位に記載される。――習志野が奪ったポイントが加算された状態で…。

「たっくん、どうして告白する時『栞、愛してる!』って言ってくれなかったんですか!!私はその言葉を聞くために頑張ったのに!!」

 習志野は不満気な表情で俺を問い詰める。

「誰もそんなこと約束してねぇよ。俺はただ『この作戦の最後は俺からお前への告白だ』っていっただけだ!お前が勝手に勘違いしただけだ!」
「う~…たっくんのケチ!いいじゃないですか~!減るもんでもないし!!」

 習志野はジト目で俺を睨みながら頬を膨らませる。――俺は別に嘘は吐いてない!ま、まぁ、多少恥ずかしさがあって誤魔化したのは確かだが…。

 そんな俺達のやり取りを黙って眺める市川。

「結局全部あなたの掌の上だったってことね……私の負けだわ…。」

 そして、一人呟き力なく笑った。
 ――これでこいつともおさらばだな…。
少なくとも今回の作戦で俺達は数人の生徒を蹴落とした。自分のことを最優 先で考えている俺でも、多少は罪悪感を感じた…。
 俺はそんなことを思いながらも、最後まで油断しないように、と自分に言い聞かせながら時計を確認する。――そろそろ終了だな。

「ちなみに、俺達が勝ってポイントを奪うペアは勿論お前らだ。――まぁ、他の学校に行っても元気でやれよ。」

 俺は打ちひしがれる市川に対する同情を捨て去り、あえて容赦なく言い放った。
 そして、『行くぞ、習志野。』と自分のパートナーと一緒にその場を立ち去った。
 数分後…

『担任の大井だ。1年2組の生徒達に連絡する。オリエンテーションは只今の時間をもって終了だ。至急教室まで戻れ。遅い奴は…分かってるな?――以上だ。』

 そんな少し物騒なアナウンスが流れ、俺達オリエンテーションは結果発表を残すだけとなった。

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