恋愛サバイバル〜卒業率3%の名門校〜
『体力』~氷室辰巳の動向~
「お前ら、さっさと準備して校庭に出ろよ」
朝のホームルームが終了し、教壇の上に立つ大井先生からの指示が飛ぶ。
体操着に着替えるため、女子は更衣室へ、男子は教室で着替えることとなった。
オリエンテーション2日目のテーマは『体力』。生徒端末の情報によると、詳しい説明は当日行なうらしいが基本的には普通の体力テストを行うらしい。
しかし、僕・葛西寛人の一番の関心ごとはそんなことではない。
「さて、彼はどう出るかな?」
遠くで着替えている男子生徒・氷室辰巳に視線を移す。
氷室辰巳――フラれたら退学のこの学校で初日から告白されたり、鬼教師の大井に目を付けられたりする受難性。ひねくれた性格からか、他の生徒達とは違う思考を持っている。
――僕の数少ないお気に入りの一人だ。
「彼はどこまで僕を楽しませてくれるかな」
僕は彼がどう反撃してくるか心待ちにしながら校庭へと向かった。
※※※※
「よし、全員いるな?それでは今日のオリエンテーションのルール説明を行う」
大井先生が校庭に集まった生徒に対して、いつもの凛とした声でルール説明を開始する。
「生徒端末のクラスページにも記載してあるが、今日は体力テストを行う。まぁ、基本的には一般的な体力テストと変わらないが、今日は“ペア対抗”で行ってもらうからな」
ルールは至ってシンプルで50メートル走や反復横とび、持久走等競技は通常のものと変わらない。ただ、競技に参加するのはペアのうちどちらか一人で、どっちが参加するかは先生の方で決定するらしい。但し男女差があるため、どのペアも男子3種目、女子2種目とする。
(へぇ、ペア対抗の体力テストねぇ…。まぁ、昨日の普通のテストよりはマシか…)
この学校、校則はかなり異常で面白そうだったから楽しみだったのに、初めてのイベントがイマイチ普通なものばっかりなんだよなぁ…。
まぁ、でも…
(今日の楽しみはこっちだけどね)
僕は前方にいる辰巳君に視線を移す。
(今日の楽しみは、彼がこの追い込まれた状況からどんな行動を取るのか、だからね)
昨日のオリエンテーション一日目で学力クラス最下位の習志野栞とペアを組みながらクラス2位。1位の僕と市川さんと僅差という成績を残す大健闘を見せた彼らだが、直後に発表された1日目の最終成績では僕達とは約300点差にまでなった。
そして、僕達のとった作戦によってこの点差は1日毎にどんどん開いていく。自分で言うのもなんだが、かなりよくできた作戦だ。――まぁ、作戦の素を考えたのは彼女なんだけどね。
僕は隣にいるこの作戦の考案者の様子を窺う。
「…なに?」
視線に気付いた僕のペア・市川凛は冷ややかな視線を向けてきた。
「いやいや、なんでもないよ」
「そう。一応言っておくけど、私はあなたのことを信頼してペアになったわけじゃないから。必要以上に話しかけないで」
「まったく、相変わらず冷たいなぁ…」
相変わらずの冷たい態度をとる彼女に苦笑いを浮かべる。――まぁ、彼女のこういうところが面白くていいんだけどね。でも今日のメインは彼女じゃない。
僕は改めて本日のメインディッシュ・氷室辰巳君の方へと視線を移す。
このオリエンテーションではトップのペアが好きなペアから好きなだけポイントを奪えるルールになっていて、僕達がトップになれば氷室君達からポイントを奪うことは通告済みだ。そんな中での300点差…普通の奴らなら焦って取り乱したり、許しを乞いに来るのがせいぜいだろう…。
(さて、彼はどこまで僕を楽しませてくれるかな)
僕は彼の後ろ姿を眺めながら今日唯一の楽しみに期待を膨らませていた。
しかし……
※※※※
「次はお前の番だぞ」
「イチイチ言われなくても分かってます、”氷室君”。」
二人に流れる険悪なムード…。今日の氷室辰巳と習志野栞のペアは互いに目も合わせず刺々しい会話しかしていない。
二人からは近寄り難い雰囲気が流れており、彼らの周りにはいつも以上に人がいない。
追い詰められた状況を理解しつつも結局対策を講じることができず、内部分裂を起こしてしまったのだろうか…。
(なんだよ…辰巳君もそこら辺の奴らと変わらないのか…。結局僕の過大評価だったわけか…)
彼の反応は普通だ。だけど、期待していた分落胆は大きい、
(まぁ、残念だけど、どうせ他にやることもないし…こうなったら徹底的に追い詰めて楽しかないか…)
辰巳君も栞ちゃんも運動は得意らしく、どの種目でもクラス内でも上位の成績を残している。しかし、僕達への対抗策もなくて、何より本人が諦めてしまっている時点で最早期待はできない。――辰巳君には期待してたんだけどなぁ…。
さらに彼を追い込みに行くため、僕は立ち上がる。
「どこに行こうとしてるの?」
「なんだい、凛ちゃん?僕のことが気になるのかい?」
急に立ち上がった僕に、隣で座っていたペアの市川凛ちゃんが問いかける。
「…気安く呼ばないで。別にあなたがどこへ行こうと興味はないけど、私の邪魔だけはしないでよ?」
「邪魔なんてしないよ。――もう彼には興味ないから、いっそ徹底的にいじめてあげようと思ってね」
「…相変わらず悪趣味ね。まぁ、別にどうでもいいけど」
彼女はそれきり、現在行なわれている立ち幅跳びへと視線を移してしまった。
僕はそれを確認し、少し前まで興味を抱いていた男子生徒の下へと向かった。
「やぁ、調子良さそうだね、辰巳君」
「…皮肉のつもりか?」
話しかけると案の定、鋭い目付きで睨まれた。
周囲を見渡すと、競技を行っていない生徒達は僕達のやり取りの様子が気になるのか、チラチラと窺っている。
「やれやれ、相変わらずつれないなぁ。――でも、喧嘩はよくないよ?何かあったのかい?」
「別にお前には関係ない。」
「いやいや。関係あるよ。君達と僕達はライバルのつもりだからね。僕はライバルとは正々堂々と戦いたい派なんだ」
「何がライバルで正々堂々戦いたいだ。よくもまぁ、そんな息をするように嘘が出てくるもんだ」
辰巳君は鼻で笑いながら皮肉ってくる。――相変わらずこういう言い合いは面白いんだけどなぁ。
「まぁ、でも残念だよ。君達がこんなに早く自滅しちゃうなんて。君はもう少しできる奴だと思ってたんだけど…どうやら僕の勘違いだったみたいだ。ごめんよ、勝手に期待しちゃって。――君はただの凡人だったよ」
「……」
僕が挑発的に嘲笑を交えながら言い返すと、彼は何も言い返せず俯いてしまった。
――やれやれ、口喧嘩でも簡単に勝っちゃったよ…。つまらないなぁ…。
思わずため息を漏らした瞬間、俯いた彼がニヤリと笑ったのが見えた。
「…何を笑っているんだい?もしかして頭がおかしくなっちゃった?」
「まぁ、せいぜい今のうちに勝ち誇っておけよ。今回のオリエンテーションで負けても”次”でお前を蹴落としてやるからさ」
辰巳君は顔を上げると、自信に満ちた表情で不敵に笑って言い放った。
「はははっ!何を言い出すかと思ったら…。君達に”次”なんてあるわけないだろ?僕達がトップになったら君達から全ポイントを奪って退学にするんだから!」
思わず笑ってしまった。最早現状を把握することすらできなくなる程余裕を失っているなんて!
しかし、氷室辰巳は自信に満ちた表情を崩さない。
「は?何言ってんだ?お前らがトップだったとしても退学せずに済む方法くらいいくらでもある。――別に今のペアにこだわる必要なんてねぇだろ?無理ならペアを解消すればいいだけだ」
「!!」
「お前らが1日毎に他の全ペアから少しずつポイントをもらってることは知ってる。しかも気付きにくいようにオリエンテーション期間中のポイントからじゃなく、普段のポイントから集めてる。それから裏切りがないようにとクラスの全生徒に誓約書を書かせていることも確認済みだ」
――へぇ。まさか僕達の作戦を全部見破ってたとはね。だけど…
「…まさかこんなに早く作戦が全部バレるとは思わなかったよ。――でも、残念ながら君がやろうとしてることはルール上認められてないみたいだよ?」
まさか作戦が全てバレるとは思ってなかったけど、彼がペアの解消という苦し紛れの作戦に出ることは予想の範囲内だ。
おそらく、彼らは3日目が終わって僕らが最終的にオリエンテーションのトップになった瞬間にペアを解消させるつもりだったのだろう。おそらく「トップのペアは好きなペアからポイントを奪えるが、あくまで”ペア”からだけだ。自分達はもうペアじゃないから選ぶことは不可能だ!」とか言って逃れる作戦だ。しかし…
「恐らく君達はこのオリエンテーションが終わった瞬間にペアを解消して『自分達はペアじゃないから選択できない』とか小賢しいことを言おうと思ってたのかもしれないけど、それは認められてない。このオリエンテーションが始まる前に大井先生に確認済みだよ」
これで彼らの小さな希望はなくなった。――まぁ、多少は反撃が見れて楽しかったけど、あくまで僕の予想の範囲内だからなぁ。
しかし…
「あぁ。俺も最初はそれで行こうと思ってたんだけどな。先生に確認したらダメだって言うから諦めたんだよ。この方法で終わってれば楽だったんだけどな…」
まだ、この目の前の男は表情を崩さない。
「だから俺達に残された手段は言葉通りのペアの解消だけだ。まぁ、おかげで習志野とは昨日からずっと冷戦状態だ。――でも、別にオリエンテーション中にペアを変えるのが禁止されてるわけじゃねぇしな。先生にも確認済みだ」
「……」
なるほど。確かにその方法なら二人とも退学にならずに済むかもしれない。おそらく僕達がクラスの連中と交わした誓約書の中で彼らからはこのオリエンテーションのペナルティでポイントを奪うことはしない、という内容も知っているのだろう。
今回の特典として奪えるのはあくまで”ペアのポイント”だけだ。つまり、誓約書がある以上、僕達はトップになっても誰からもポイントが奪えなくなってしまう。(ペアのポイントに関しては増える時も減る時も互いの個人ポイントに平等に反映されることになっているため、片方からだけ奪うことはできない)
だが…
「いやぁ、さすが辰巳君だよ。確かにこの方法なら僕らがトップになっても誰もペナルティを負わなくて済む。――だけど、わざわざリスクを犯してまで君達二人とペアを組むもの好きなんているのかい?」
そう。たとえ辰巳君や栞ちゃんとペアを組んでもポイントを奪われることはないとはいえ、他の生徒達にとって現在のペアを解消するのはリスクでしかない。
他の生徒にとって、最早このオリエンテーションは退学に怯えながらこなさなければならないものではなくなっているのだ。しかもこのタイミングでペアを解消するということは僕と凛ちゃんを敵に回すということ。
ここまでのオリエンテーションで僕や凛ちゃんが辰巳君や栞ちゃんより上だってことは十分伝わっているはずだ。誰も好きこのんで敵にまわろうとはしないだろう。
「まぁ、可能性はゼロじゃないだろ?特に現時点でクラスで下位のペアなんかは。――だって仮に俺達が退学したら次の退学候補者は今現在下位にいる奴らだ。――四半期なんてすぐだぞ?」
「な!?」
恋星高校恋愛学科校則・第十条『四半期が終了する度に各クラス最下位のペアは退学とする』。まさか他の生徒が聞いているところでこの校則を聞かせて印象づけるとは…!!
「し、四半期までにはまだまだ逆転する機会なんてあるし、今の時点で気にしてる生徒なんていないんじゃないのかい?」
「いやいや。それはお前が上位にいるからだろ?下位の連中は常に退学の恐怖に晒されてるはずだ。でもまぁ、仮に下位の連中の中に『四半期なんてまだまだ先だ』なんて思ってる奴がいたら――そんな奴この学校じゃ生き残れねぇだろ」
彼の言葉を聞き、周囲の生徒がざわつきだす。――完全に雰囲気が変わった。
「そんな下位の連中は個人ポイントを多く持ってる奴とペアを組み直したいはずだ。――自分で言うのも何だが、俺はそこそこの優良物件だと思うんだが、どうだ?」
「……」
辰巳君は立ち上がると、勝ち誇った表情で僕を見下してきた。そして、僕はそんな彼を睨み返す。――こうなればなんとかして彼が新しいペアを組むのを阻止するしかない。
「……そんなに上手く行くと思うかい?僕に作戦を漏らしたことを後悔させてあげるよ」
彼はフッと笑って僕の方へと近づくと、
「ありがとな。お前が俺を挑発しに来てくれたおかげで作戦が楽になった」
そう、耳元で囁いた。
「なっ!?まさか君はここまで計算して…!?」
僕は振り返り問いかけるが、彼は何も言い返さず無言でその場を立ち去って行った。
「……なるほど。辰巳君、君はやっぱり面白いよ」
――そうだ。僕はこういう奴、こういう面白さを求めてこの学校に来たんだ。
気付けば僕は悔しさも忘れて笑っていた。
「どういうつもり?」
不意に後ろから声をかけられた。
「いやぁ、ごめんよ、凛ちゃん。まんまとやられたよ」
振り返ると、そこには殺気のこもった表情で睨む、僕の愛すべくパートナーが立っていた。
「気安く呼ばないで。――もうあんたは何もしなくていい。私があいつらを叩きつぶすわ」
「…まぁ、ここは君に従って大人しくしておくよ。何か手伝ってほしいことがあったらいつでも言ってね」
「あんたなんか頼らないわ」
「…そうかい。それは残念だ」
僕はそれだけ言ってその場を立ち去った。――まぁ、彼女に任せて辰巳君達に勝てるとは思えないけど…勝負は次回に持ち越しってことにしておこう。
「そのためにも、念のため僕もやることやっておかないとね」
一人呟き、僕は目的の場所へと向かった。
※※※※
「それじゃあ、オリエンテーション2日目を終えた成績を発表する」
全ての競技が終わり、昨日と同じように大井先生による結果発表が行なわれた。
結果は…
一位 葛西・市川組(2058点)
二位 俺・習志野組(1612点)
三位 多摩川・南組(1540点)
前日10位の多摩川・南組が『体力』でクラストップの850点を叩きだし、一気に三位まで上昇した。
野球部で中学時代日本代表にも選ばれた多摩川の全競技満点がかなり大きかったらしい。
逆に昨日三位だった舞浜・千鳥ペアはどうやら運動はあまり得意ではないらしく『体力』でクラス16位だったことが響き2日間合計で6位まで順位を落とした。
――まぁ、二位以下ならほぼ退学確定という状況にある俺にとっては他人の心配をしてる余裕なんてないんだがな…。
「このオリエンテーションも明日で最後だ。最後のテーマは『親密度』。ルールは当日に伝える。ちなみに今回に関しては生徒端末上で知らせるつもりはないから、情報がないのを心配して夜中私に問い合わせてくるなよ。――いいな?」
目がこれでもかって程真剣だ。…過去にそういうことがあったんだな…。
そして先生の話が終わり、クラスの連中はそれぞれ教室へと引き上げていく。
「まぁ、俺達にとっちゃ明日の競技のルールなんて二の次だ。――鍵を握るのは場外戦だ。」
俺は誰もいなくなったグラウンドで一人呟く。
俺達が生き残るためには競技でポイントを稼ぐだけでは足りない。
――策はある。でも上手くいくかは半々だ。
(ここまでは問題ない。俺達の勝ちまでもう一息だ)
「さぁ、仕上げだ!」
俺は自分自身に言い聞かせ、教室へと向かって歩き出した。
朝のホームルームが終了し、教壇の上に立つ大井先生からの指示が飛ぶ。
体操着に着替えるため、女子は更衣室へ、男子は教室で着替えることとなった。
オリエンテーション2日目のテーマは『体力』。生徒端末の情報によると、詳しい説明は当日行なうらしいが基本的には普通の体力テストを行うらしい。
しかし、僕・葛西寛人の一番の関心ごとはそんなことではない。
「さて、彼はどう出るかな?」
遠くで着替えている男子生徒・氷室辰巳に視線を移す。
氷室辰巳――フラれたら退学のこの学校で初日から告白されたり、鬼教師の大井に目を付けられたりする受難性。ひねくれた性格からか、他の生徒達とは違う思考を持っている。
――僕の数少ないお気に入りの一人だ。
「彼はどこまで僕を楽しませてくれるかな」
僕は彼がどう反撃してくるか心待ちにしながら校庭へと向かった。
※※※※
「よし、全員いるな?それでは今日のオリエンテーションのルール説明を行う」
大井先生が校庭に集まった生徒に対して、いつもの凛とした声でルール説明を開始する。
「生徒端末のクラスページにも記載してあるが、今日は体力テストを行う。まぁ、基本的には一般的な体力テストと変わらないが、今日は“ペア対抗”で行ってもらうからな」
ルールは至ってシンプルで50メートル走や反復横とび、持久走等競技は通常のものと変わらない。ただ、競技に参加するのはペアのうちどちらか一人で、どっちが参加するかは先生の方で決定するらしい。但し男女差があるため、どのペアも男子3種目、女子2種目とする。
(へぇ、ペア対抗の体力テストねぇ…。まぁ、昨日の普通のテストよりはマシか…)
この学校、校則はかなり異常で面白そうだったから楽しみだったのに、初めてのイベントがイマイチ普通なものばっかりなんだよなぁ…。
まぁ、でも…
(今日の楽しみはこっちだけどね)
僕は前方にいる辰巳君に視線を移す。
(今日の楽しみは、彼がこの追い込まれた状況からどんな行動を取るのか、だからね)
昨日のオリエンテーション一日目で学力クラス最下位の習志野栞とペアを組みながらクラス2位。1位の僕と市川さんと僅差という成績を残す大健闘を見せた彼らだが、直後に発表された1日目の最終成績では僕達とは約300点差にまでなった。
そして、僕達のとった作戦によってこの点差は1日毎にどんどん開いていく。自分で言うのもなんだが、かなりよくできた作戦だ。――まぁ、作戦の素を考えたのは彼女なんだけどね。
僕は隣にいるこの作戦の考案者の様子を窺う。
「…なに?」
視線に気付いた僕のペア・市川凛は冷ややかな視線を向けてきた。
「いやいや、なんでもないよ」
「そう。一応言っておくけど、私はあなたのことを信頼してペアになったわけじゃないから。必要以上に話しかけないで」
「まったく、相変わらず冷たいなぁ…」
相変わらずの冷たい態度をとる彼女に苦笑いを浮かべる。――まぁ、彼女のこういうところが面白くていいんだけどね。でも今日のメインは彼女じゃない。
僕は改めて本日のメインディッシュ・氷室辰巳君の方へと視線を移す。
このオリエンテーションではトップのペアが好きなペアから好きなだけポイントを奪えるルールになっていて、僕達がトップになれば氷室君達からポイントを奪うことは通告済みだ。そんな中での300点差…普通の奴らなら焦って取り乱したり、許しを乞いに来るのがせいぜいだろう…。
(さて、彼はどこまで僕を楽しませてくれるかな)
僕は彼の後ろ姿を眺めながら今日唯一の楽しみに期待を膨らませていた。
しかし……
※※※※
「次はお前の番だぞ」
「イチイチ言われなくても分かってます、”氷室君”。」
二人に流れる険悪なムード…。今日の氷室辰巳と習志野栞のペアは互いに目も合わせず刺々しい会話しかしていない。
二人からは近寄り難い雰囲気が流れており、彼らの周りにはいつも以上に人がいない。
追い詰められた状況を理解しつつも結局対策を講じることができず、内部分裂を起こしてしまったのだろうか…。
(なんだよ…辰巳君もそこら辺の奴らと変わらないのか…。結局僕の過大評価だったわけか…)
彼の反応は普通だ。だけど、期待していた分落胆は大きい、
(まぁ、残念だけど、どうせ他にやることもないし…こうなったら徹底的に追い詰めて楽しかないか…)
辰巳君も栞ちゃんも運動は得意らしく、どの種目でもクラス内でも上位の成績を残している。しかし、僕達への対抗策もなくて、何より本人が諦めてしまっている時点で最早期待はできない。――辰巳君には期待してたんだけどなぁ…。
さらに彼を追い込みに行くため、僕は立ち上がる。
「どこに行こうとしてるの?」
「なんだい、凛ちゃん?僕のことが気になるのかい?」
急に立ち上がった僕に、隣で座っていたペアの市川凛ちゃんが問いかける。
「…気安く呼ばないで。別にあなたがどこへ行こうと興味はないけど、私の邪魔だけはしないでよ?」
「邪魔なんてしないよ。――もう彼には興味ないから、いっそ徹底的にいじめてあげようと思ってね」
「…相変わらず悪趣味ね。まぁ、別にどうでもいいけど」
彼女はそれきり、現在行なわれている立ち幅跳びへと視線を移してしまった。
僕はそれを確認し、少し前まで興味を抱いていた男子生徒の下へと向かった。
「やぁ、調子良さそうだね、辰巳君」
「…皮肉のつもりか?」
話しかけると案の定、鋭い目付きで睨まれた。
周囲を見渡すと、競技を行っていない生徒達は僕達のやり取りの様子が気になるのか、チラチラと窺っている。
「やれやれ、相変わらずつれないなぁ。――でも、喧嘩はよくないよ?何かあったのかい?」
「別にお前には関係ない。」
「いやいや。関係あるよ。君達と僕達はライバルのつもりだからね。僕はライバルとは正々堂々と戦いたい派なんだ」
「何がライバルで正々堂々戦いたいだ。よくもまぁ、そんな息をするように嘘が出てくるもんだ」
辰巳君は鼻で笑いながら皮肉ってくる。――相変わらずこういう言い合いは面白いんだけどなぁ。
「まぁ、でも残念だよ。君達がこんなに早く自滅しちゃうなんて。君はもう少しできる奴だと思ってたんだけど…どうやら僕の勘違いだったみたいだ。ごめんよ、勝手に期待しちゃって。――君はただの凡人だったよ」
「……」
僕が挑発的に嘲笑を交えながら言い返すと、彼は何も言い返せず俯いてしまった。
――やれやれ、口喧嘩でも簡単に勝っちゃったよ…。つまらないなぁ…。
思わずため息を漏らした瞬間、俯いた彼がニヤリと笑ったのが見えた。
「…何を笑っているんだい?もしかして頭がおかしくなっちゃった?」
「まぁ、せいぜい今のうちに勝ち誇っておけよ。今回のオリエンテーションで負けても”次”でお前を蹴落としてやるからさ」
辰巳君は顔を上げると、自信に満ちた表情で不敵に笑って言い放った。
「はははっ!何を言い出すかと思ったら…。君達に”次”なんてあるわけないだろ?僕達がトップになったら君達から全ポイントを奪って退学にするんだから!」
思わず笑ってしまった。最早現状を把握することすらできなくなる程余裕を失っているなんて!
しかし、氷室辰巳は自信に満ちた表情を崩さない。
「は?何言ってんだ?お前らがトップだったとしても退学せずに済む方法くらいいくらでもある。――別に今のペアにこだわる必要なんてねぇだろ?無理ならペアを解消すればいいだけだ」
「!!」
「お前らが1日毎に他の全ペアから少しずつポイントをもらってることは知ってる。しかも気付きにくいようにオリエンテーション期間中のポイントからじゃなく、普段のポイントから集めてる。それから裏切りがないようにとクラスの全生徒に誓約書を書かせていることも確認済みだ」
――へぇ。まさか僕達の作戦を全部見破ってたとはね。だけど…
「…まさかこんなに早く作戦が全部バレるとは思わなかったよ。――でも、残念ながら君がやろうとしてることはルール上認められてないみたいだよ?」
まさか作戦が全てバレるとは思ってなかったけど、彼がペアの解消という苦し紛れの作戦に出ることは予想の範囲内だ。
おそらく、彼らは3日目が終わって僕らが最終的にオリエンテーションのトップになった瞬間にペアを解消させるつもりだったのだろう。おそらく「トップのペアは好きなペアからポイントを奪えるが、あくまで”ペア”からだけだ。自分達はもうペアじゃないから選ぶことは不可能だ!」とか言って逃れる作戦だ。しかし…
「恐らく君達はこのオリエンテーションが終わった瞬間にペアを解消して『自分達はペアじゃないから選択できない』とか小賢しいことを言おうと思ってたのかもしれないけど、それは認められてない。このオリエンテーションが始まる前に大井先生に確認済みだよ」
これで彼らの小さな希望はなくなった。――まぁ、多少は反撃が見れて楽しかったけど、あくまで僕の予想の範囲内だからなぁ。
しかし…
「あぁ。俺も最初はそれで行こうと思ってたんだけどな。先生に確認したらダメだって言うから諦めたんだよ。この方法で終わってれば楽だったんだけどな…」
まだ、この目の前の男は表情を崩さない。
「だから俺達に残された手段は言葉通りのペアの解消だけだ。まぁ、おかげで習志野とは昨日からずっと冷戦状態だ。――でも、別にオリエンテーション中にペアを変えるのが禁止されてるわけじゃねぇしな。先生にも確認済みだ」
「……」
なるほど。確かにその方法なら二人とも退学にならずに済むかもしれない。おそらく僕達がクラスの連中と交わした誓約書の中で彼らからはこのオリエンテーションのペナルティでポイントを奪うことはしない、という内容も知っているのだろう。
今回の特典として奪えるのはあくまで”ペアのポイント”だけだ。つまり、誓約書がある以上、僕達はトップになっても誰からもポイントが奪えなくなってしまう。(ペアのポイントに関しては増える時も減る時も互いの個人ポイントに平等に反映されることになっているため、片方からだけ奪うことはできない)
だが…
「いやぁ、さすが辰巳君だよ。確かにこの方法なら僕らがトップになっても誰もペナルティを負わなくて済む。――だけど、わざわざリスクを犯してまで君達二人とペアを組むもの好きなんているのかい?」
そう。たとえ辰巳君や栞ちゃんとペアを組んでもポイントを奪われることはないとはいえ、他の生徒達にとって現在のペアを解消するのはリスクでしかない。
他の生徒にとって、最早このオリエンテーションは退学に怯えながらこなさなければならないものではなくなっているのだ。しかもこのタイミングでペアを解消するということは僕と凛ちゃんを敵に回すということ。
ここまでのオリエンテーションで僕や凛ちゃんが辰巳君や栞ちゃんより上だってことは十分伝わっているはずだ。誰も好きこのんで敵にまわろうとはしないだろう。
「まぁ、可能性はゼロじゃないだろ?特に現時点でクラスで下位のペアなんかは。――だって仮に俺達が退学したら次の退学候補者は今現在下位にいる奴らだ。――四半期なんてすぐだぞ?」
「な!?」
恋星高校恋愛学科校則・第十条『四半期が終了する度に各クラス最下位のペアは退学とする』。まさか他の生徒が聞いているところでこの校則を聞かせて印象づけるとは…!!
「し、四半期までにはまだまだ逆転する機会なんてあるし、今の時点で気にしてる生徒なんていないんじゃないのかい?」
「いやいや。それはお前が上位にいるからだろ?下位の連中は常に退学の恐怖に晒されてるはずだ。でもまぁ、仮に下位の連中の中に『四半期なんてまだまだ先だ』なんて思ってる奴がいたら――そんな奴この学校じゃ生き残れねぇだろ」
彼の言葉を聞き、周囲の生徒がざわつきだす。――完全に雰囲気が変わった。
「そんな下位の連中は個人ポイントを多く持ってる奴とペアを組み直したいはずだ。――自分で言うのも何だが、俺はそこそこの優良物件だと思うんだが、どうだ?」
「……」
辰巳君は立ち上がると、勝ち誇った表情で僕を見下してきた。そして、僕はそんな彼を睨み返す。――こうなればなんとかして彼が新しいペアを組むのを阻止するしかない。
「……そんなに上手く行くと思うかい?僕に作戦を漏らしたことを後悔させてあげるよ」
彼はフッと笑って僕の方へと近づくと、
「ありがとな。お前が俺を挑発しに来てくれたおかげで作戦が楽になった」
そう、耳元で囁いた。
「なっ!?まさか君はここまで計算して…!?」
僕は振り返り問いかけるが、彼は何も言い返さず無言でその場を立ち去って行った。
「……なるほど。辰巳君、君はやっぱり面白いよ」
――そうだ。僕はこういう奴、こういう面白さを求めてこの学校に来たんだ。
気付けば僕は悔しさも忘れて笑っていた。
「どういうつもり?」
不意に後ろから声をかけられた。
「いやぁ、ごめんよ、凛ちゃん。まんまとやられたよ」
振り返ると、そこには殺気のこもった表情で睨む、僕の愛すべくパートナーが立っていた。
「気安く呼ばないで。――もうあんたは何もしなくていい。私があいつらを叩きつぶすわ」
「…まぁ、ここは君に従って大人しくしておくよ。何か手伝ってほしいことがあったらいつでも言ってね」
「あんたなんか頼らないわ」
「…そうかい。それは残念だ」
僕はそれだけ言ってその場を立ち去った。――まぁ、彼女に任せて辰巳君達に勝てるとは思えないけど…勝負は次回に持ち越しってことにしておこう。
「そのためにも、念のため僕もやることやっておかないとね」
一人呟き、僕は目的の場所へと向かった。
※※※※
「それじゃあ、オリエンテーション2日目を終えた成績を発表する」
全ての競技が終わり、昨日と同じように大井先生による結果発表が行なわれた。
結果は…
一位 葛西・市川組(2058点)
二位 俺・習志野組(1612点)
三位 多摩川・南組(1540点)
前日10位の多摩川・南組が『体力』でクラストップの850点を叩きだし、一気に三位まで上昇した。
野球部で中学時代日本代表にも選ばれた多摩川の全競技満点がかなり大きかったらしい。
逆に昨日三位だった舞浜・千鳥ペアはどうやら運動はあまり得意ではないらしく『体力』でクラス16位だったことが響き2日間合計で6位まで順位を落とした。
――まぁ、二位以下ならほぼ退学確定という状況にある俺にとっては他人の心配をしてる余裕なんてないんだがな…。
「このオリエンテーションも明日で最後だ。最後のテーマは『親密度』。ルールは当日に伝える。ちなみに今回に関しては生徒端末上で知らせるつもりはないから、情報がないのを心配して夜中私に問い合わせてくるなよ。――いいな?」
目がこれでもかって程真剣だ。…過去にそういうことがあったんだな…。
そして先生の話が終わり、クラスの連中はそれぞれ教室へと引き上げていく。
「まぁ、俺達にとっちゃ明日の競技のルールなんて二の次だ。――鍵を握るのは場外戦だ。」
俺は誰もいなくなったグラウンドで一人呟く。
俺達が生き残るためには競技でポイントを稼ぐだけでは足りない。
――策はある。でも上手くいくかは半々だ。
(ここまでは問題ない。俺達の勝ちまでもう一息だ)
「さぁ、仕上げだ!」
俺は自分自身に言い聞かせ、教室へと向かって歩き出した。
「学園」の人気作品
書籍化作品
-
-
26950
-
-
4
-
-
1512
-
-
52
-
-
4
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-
11128
-
-
111
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-
32
-
-
1168
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