恋愛サバイバル〜卒業率3%の名門校〜

うみたけ

宣戦布告 2

市川凛――人の名前を覚えるのが苦手な俺でも覚えられる程印象的な女子だ。おそらくクラス中の 男子全員、彼女を覚えていない奴は皆無だろう。――特にこの胸!推定Eカップはあろうかというバストは既に男子全員の脳裏に焼き付いているはずだ!!

「ちょっと話があるからついてきて。」
「おい!」

 そう言って、市川は俺の返事を待つことなくさっさと先に行ってしまった。
 そして、よく分からないまま、俺も慌てて追いかけていった。
 追っていった先にまたもや面倒なことが待ち受けているとも知らずに……。


※※※※

「私は氷室君だけ呼んだつもりだったんだけど…」
「あぁ、奇遇だな。俺も自分だけが呼ばれたものだと思ってたよ…」

 市川の先導の下、俺は屋上までやってきていた。
 なにやら二人で大事な話でもするものだと思っていたのだが…

「おい、なんでお前まで来てんだよ…」

 俺は当たり前のような顔をして隣に立っている小柄の少女――習志野栞に呆れた口調で問いかける。

「すみません、私の中の『女の勘』が彼女は危険だと言っていたので念のためついてきました。」
「…お前こいつと知り合いなのか?」
「いえ、完全に初対面です。」
「……そうか。」

 もしかしたら市川について何か知っていてついてきたのか?と思って聞いてみたが、無意味だった。――最早突っ込む気にもなれん……。

「まぁ、いいや。――それでなんか用か?」

 俺は気を取り直して市川に話を振った。
 もうすぐ始業ベルが鳴ってしまう。あのみんなが恐れる大井先生に目を付けられてしまった俺としては遅刻は回避したいところなんだが……。

「本当は氷室君にだけ言うつもりだったんだけど…まぁいいわ。習志野さんにも関係することだし。」

 市川は一瞬習志野に視線を向けるがすぐに俺の方へと視線を戻す。
 そして、次の瞬間市川の口から本日二度目の言葉が放たれる。

「氷室君。習志野さんと別れなさい。」
「……は?」

 一瞬冗談かとも思ったが、彼女の鋭い視線を見てすぐに思い直す。

「聞こえなかったかしら。――氷室君、習志野さんと別れなさい。そして私とペアを組みなさい。」

 市川凛は再度言いなおす。――どうやら聞き間違いでもないらしい。

「えーっと…これって告白だよな…?フラれたら退学だけど、いいのか?」

 特に意味はないが一応確認を取ってみる。――どうやら俺はかなり動揺しているらしい。

「えぇ、これは『告白』よ。まぁ、今回はフラれても退学にはならないけどね。」
「…どういうことだ?」

 この学校はフラれたら退学という変わった校則を持っている。『8日間恋人がいない生徒は退学』という校則との合わせ技で今までも多くの生徒が退学になっているというこの学校の看板ルールである。
 にもかかわらず、『告白』したのに『フラれても退学にはならない』ってのはどういうことだ?
 俺が眉間にしわを寄せて考え込んでいると、

「あなたもしかして生徒端末の詳細ルール全部読んでないの?」
「は?そんなの昨日全部読んだに決まって――あっ!!」

 言いかけて俺は生徒端末に記載されていた詳細ルールの一つを思い出した。

『原則告白をしてフラれた者は退学となるが、既にペアを組んでいる者に告白をした場合は一度まではフラれても退学にはならないものとする。』

 ――要は既にペアを組んでいる奴を口説く場合に限って『告白』のチャンスが2回あるってことだ。
 市川の場合、俺への告白は一度目ということでフラれても退学にはならない。

「あなた、さっきも教室で告白されてたじゃない。もしかして何も知らずに彼女達を『振って』たの?」

 …確かに。言われてみればさっきの『しゃっく』達のも告白だった。っていうか完全に何も考えずに振ってたわ…。

「…まぁいいわ。別にあの人達が退学になろうとどうでもいいし。」
「…俺も人のこと言えねぇけど、お前も大概だな…」
「それで、さっきの答えは?」

 スル―かよ。この態度から察するにこいつも俺のポイント狙いだろうな。――なんか切ねぇな…
 隣を見ると、俯き今にも泣き出しそうな顔をした習志野が目に入る。
 確かにこの市川は可愛いし巨乳だ。それに学年1位の学力も持っている。こいつと組めば主席での卒業も一気に近づくはずだ。
 しかし…

「悪いけど、俺は今、こいつと別れるつもりはない。だからお前とペアは組めん。」

 正直、自分でももったいないとは思う。主席卒業も楽になるし、この巨乳美少女相手なら結婚もやぶさかではない。――別に巨乳が目当てじゃないぞ?本当だぞ?
 しかし、俺はこいつを信じて、こいつと協力して卒業すると決めた。
再度隣を見ると、習志野がぱあっと表情を明るくしてこちらに目を輝かせている。

「理由は?主席での卒業を目指すならどう見ても私とペアを組んだ方がいいと思うんだけど。もしかして、彼女のことが本気で好きになったとか?」
「いや、残念ながら、まだ習志野のことが異性として好きかと言われれば微妙だ。――だけど、こいつなら信じられると思った。だから、例え不利になったとしても、俺はこいつと一緒に主席を目指す。――それだけだ。」
「たっくん…」

 俺の言葉を聞いていた習志野が感嘆の声を上げる。

「なるほど。氷室君の気持ちは分かったわ。」

 すまんな。巨乳美少女よ!
 こうして、今度こそ、モテ期を迎えた俺の朝の騒動は幕を……閉じなかった。

「じゃあ、私はあなたを全力で潰すわ。それじゃあ。」

 そう淡々と言い残して市川は屋上を出ようと歩きだした。

「いやいやいや!ちょっと待てよ!何で俺がお前に潰されなきゃいけないんだよ!!!」

 俺は慌てて市川の肩を掴んで引きとめる。
 しかし、振り返った彼女の目を見て思わず掴んでいた手を離してしまった。

「あなたは私のペアになることを拒んだ。だったら最早あなたは私にとって敵でしかないわ。――敵は全力で潰す。当然のことでしょ?」

 彼女は元々ツリ目気味の目をさらに細め、こちらを睨んでいた。その目にはとても冷たく、明確な敵意が籠っている。
 そして、同時に思い出した。彼女の自己紹介を…

『私は主席で卒業することにしか興味ありません。他の人がどう思っているか知りませんが、私は敵には一切容赦しませんのでそのつもりで。』

「全く、せっかく私がチャンスをあげたっていうのに…せいぜい退学しないように頑張ってね」

 それだけ言い残すと市川はそのまま屋上を後にした。
 ――それにしても早速厄介そうな奴に目付けられたな…。まぁ、やるしかねぇか!
 俺は彼女が出ていった出入り口を眺めながら市川からの宣戦布告を受け取った。

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