××男と異常女共

双人 シイタ

陰女の秘密のご趣味 7

 待ちに待った日曜日。
 私は先輩との約束通り、水族館に行くことになった。
 大きくて有名な水族館は近場になく行こうにも少し遠かったため、近場の小さな水族館に行くことにした。
 小さな水族館だが休日ということもあってか、人はそれなりに存在していた。
 私と先輩はいつもと変わらないような雑談を交わしながら、水族館を回って行った。

「先輩はやり直したいことってありますか?」

 アクアリウムの中でふわふわと浮くように泳ぐクラゲ達を見ながら先輩に私は問うた。
 先輩はなんだいきなり、といった感じに私のことを見てくるが、私は構わず話を続ける。

「ちょっと最近思うところがあって。もっと色々努力してたら、違った自分になれてたのかなと思ってしまって……。先輩はありませんか?そういうこと?」

 先輩なら「そんなこと考えても仕方ないだろ」とか言って、適当に返してくると私は思っていた。
 だけど私の予想した答えたとは裏腹に先輩は「ある」と答えた。
 私はそれがどんなことなのか聞こうとするが、先輩は次の水槽に向けて歩き出してしまい、聞くことができなかった。
 先輩は今どんな顔をしているのか気になり、私は小走りで先輩に追いつき隣に並び歩く。
 そして先輩の顔をこっそりと覗き見るが、その顔はいつもと変わらない無表情のものだった。

 先輩のやり直したいこととはなんなのか、私はそれが気になり、だけど聞いていいかわからず、その後聞こうか聞かないかどうしようかと少し悶々しながら魚達を鑑賞をすることになった。

 休憩がてらに私と先輩はベンチに座りながら、自販機で買った飲み物を飲んでいた。
 ついでに私が飲んでいるのはペットボトルの緑茶であり、先輩は炭酸のレモンジュースであった。

「なに悩んでんのお前?」

「え?」

 先輩のいきなりのストレートな問いに私は目を見丸くして先輩を見る。
 顔に出てたかな?

「さっきの話か?」

「えーと、はい。先輩がやり直したいことっていうのがちょっと気になって。あと、先輩にもそういうことってあるんだなぁと思って」

 私は誤魔化さずに正直に話すことにする。
 悩んでるのは本当ですし。

「そら、やり直したいことなんていくらでもあるだろ。今住んでる家を選び直したいとか、今の友人関係を見直したいとか」

「先輩は今の自分に不満を持っているのですか?」

「俺じゃなくて周りな。まあ、考えても仕方ないけど」

 先の予想していた答えが今帰ってきたことにやっぱりと私は内心で思う。

「じゃあ、前にもっと色々努力してたらよかったなと思うことはありますか?」

「ある、けどそれも考えても仕方ないな。やり直しができたとしても、俺は何もしないだろうし」

「なんで何もしないんですか?」

「結果が変わらんのなら、する意味がなかろ」

「なんで変わらないって分かるんですか?」

 さっきから質問してばかりだな私。
 先輩には悪いと思いつつ、返答を待つ。

「……逆に聞くけど、三影がやり直したいことは何かをしたら結果が変わると思うのか?」

「それは……」

 私は昔のことを思い出し、考える。
 あの時、私が子供の頃にもっと自分から声をかけていれば、諦めずに一緒に遊んでいれば、絶望せずに希望を追っていれば……

 結果は変わっていたのだろうか?
 私は変えることができたのだろうか?
 私は今とは違う自分になれたのだろうか?

 あの時のことを、絶望に打ちひしがれたあの日のことを、忘れていた思い出したくもない瞬間を、鮮明に思い出してみる。

「…………変わらない、と思います」

 どんなことをしてもどんなに頑張ってもどんなに我慢しても、あの時の結果は変わらない。
 変わるのは、過程だけ。
 結果が分かるまでの時間が変わるだけ、頑張った分だけ落胆が大きくなるだけ、我慢した分の絶望を思い知らされるだけ。
 あの時以上の悲しみを背負うのを私は拒否した。

 私は手に持つペットボトルに視線を向けて、答えを出した。
 そのペットボトルを私は無意識に強く握ってしまい軋む音が聞こえてくる。
 先輩は私の答えを聞いて「だろ」と相槌を打ってきた。
 まるで私の出す答えが分かっていたように。


 小休止を終えた私と先輩は、まだ回っていない場所見てない魚達を鑑賞していき、最後にイルカのショーを見て水族館を後にした。
 あの小休止の後から、私は少し居心地が悪くて先輩にうまく話しかけることができなくなっていた。
 そんな私を先輩は気にする素振りも見せず興味もなさそうにいつも通りの態度で私と接していた。
 実は気づいてないだけかもしれないけど。

 私は先輩の隣を歩き、帰りの駅に向かいながら勿体ないことをしたと後悔していた。
 折角の先輩とのなのにつまらないことを聞いて、自分で自分の首を締めて、思う存分楽しむことができなかった。
 あんなことを聞かなければ良かった、そうしたら最後まで居心地が悪くなることなんてなかった。
 でも、聞かなかったらそれはそれで悩んでいたかもしれない。
 自分があの女の子のように変われたのかどうかを。

 自分では考えても分からないから先輩に意見を求めて質問した。
 もしも先輩にその質問をしないままにしていたら、どうなっていただろうか?
 多分、私は自分が変われたかどうかを考えて悩みながら先輩の隣ににいたと思う。
 そして時折どこかで、先輩に聞きたい質問したいという思いが過ぎって先輩のことを見てしまう。
 考えて悩んで気になって、先輩と行動を共にすることになる。
 最後には今とは違う、聞けばよかったという後悔を残してここに立っているだろう。
 結局、私はどうしても気持ちよく今日を楽しむことができなかったのだ。

 やり直しても、結果は変わらない。

 先輩との今日のは、どうあろうともわだかまりなく終えることを私はできなかったのだ。

 ……恨みますよ神様。

 こんな結果になってしまった人生初のを空からこちらを見ているだろう存在に、いるかどうかも分からない存在に、これぽっちも信じていない存在に、私は恨み言を放った。
 誰かに愚痴を言わなければ、私は最後の最後まで居心地が悪い状態のまま先輩との一日を終えてしまう。
 そうならないようにするため、自分の悩みに踏ん切りをつけるように私は神様に愚痴った。

 私は先輩に話しかけようと隣を見ると、そこに先輩はいなかった。
 あれ?、と思いながら周りを見て後ろを振り向くと先輩が立ち止まっていた。

「どうしたんですか先輩?」

 私は先輩に呼びかけながら、先輩のもとに駆け寄っていく。
 先輩は私の声が聞こえてないのか、先程から首を横に向けて先にある何かを見ているようだった。
 私も先輩と同じ方向に顔を向けて見るとそこには道路を跨いで、こちらに向けて大手を振っている女の子が立っていた。
 誰だろうと思いながら、こちらにというより先輩に向けて大手を振っていることから先輩の知り合いか何かだろう。

「あの子、お知り合いですか先輩?」

 だから私は先輩に聞いた。
 純粋に疑問と好奇心ゆえに。 
 すると先輩は訝しげな目を向けて私のことを見てきた。
 私は何故そんな顔をして先輩が私のことを見てくるのか分からず、首をかしげる。
 何か不味いことでも言ってしまったのだろうか?
 私は自分の言葉を思い出すが、何が先輩にそんな顔させたのかは分からなかった。
 分からないがゆえに、もしかして先輩は俗に言うロリコンなのっ!?と突拍子もないことを考えてしまった。
 そして、先輩から突拍子もない質問が飛んできた。

「……お前、あれ見えてんの?」

「え?あの手を振ってる女の子のことですか?もちろん見えてますけど……」

 何故そんなことを聞いてくるのか、私は理解できなまま答える。
 目が悪いとでも思われているのかな?
 先輩は私の答えに怪訝な顔を一層怪訝にした。
 私は訳がわからず困惑する。
 するとーー

「ーーおにいさ~ん!」

 と手を振る女の子の声が聞こえてきた。
 先輩はそれを聞くと怪訝な顔をため息を吐いていつも通りの顔に戻した。
 そして先輩は車が行き交う道路の左右を見ると車が来ないことを確認して歩き出した。
 私はそれを見て慌てて先輩を追いかける、もちろん車が来ないか左右確認した後に。
 女の子が先輩が来たことに嬉しそうな顔を見せる。
 やっぱり、この女の子は先輩の知り合いなのだとその顔を見て理解する。

「こんなとこで何してんのお前?」

「いつもどおり散歩だよ。そう言うおにいさんは休日デートなのかな?」

「黙れ、そして嘘こけ。後つけてきたんだろうが」

「バレた、というよりバレてる。どうしてバレた?」

「どうでもいいだろ」

「えー、気になるー。今後の反省にしないいといけないし」

「なおさら言うか」

「おにいさんのケチケチドケチー!」

 いー、と歯を見せて女の子は不満な顔を見せる。
 先輩は「言っとけ」とどこ吹く風で女の子ただ見ているだけ。
 そんな二人に置いてかれながら、私は呆然と女の子の言葉に驚きを見せていた。

「どうした三影?豆鉄砲も食らったのか?」

 そんな私に先輩は声を掛けてきて、私は我に返った。

「え、えっと、この子私のことが見えてるみたいなんですけど?」

「え、このおねえさん私のこと見えてるの??」

「俺に聞くなよ、お二人さん」

 自分は関係ないと言いたげな感じに二人の質問を投げやりに返す先輩。
 私は何も言ってくれない先輩に困り顔を見せる。
 どうしようかと思い、私は女の子の方に顔を向ける。
 すると女の子もこちらに顔を向けてきた。
 私は困惑した顔で、女の子は楽しそうな顔で、何故かあははと二人合わせて笑ってしまった。


 私と先輩と女の子は、とりあえず歩道に立って話しをするのも通行人の邪魔になるということで、目の前にあった(女の子の後ろにあった)自然公園のベンチで話をすることにした。
 自然公園はその名の通りに自然が多く、木々や花草で覆われた場所だった。

「……」

「……(チラチラ)」

「ふんふふんふふ~ん♪……ふん?」

 何も言わない先輩に、何か言ってくれないかと先輩を見る私に、楽しそうに足をぶらぶらさせて鼻歌を歌っている女の子。
 これがいわゆる三者三様というものなのだろう。
 先輩が無視し続ける所為でつまらないことを考えてしまう私。
 はやくどうにかして欲しい。
 そんな願いが届いたのか、先輩が口を動かした。

「……さっさと自己紹介でもしろよお前ら。俺はやく帰りたい」

「無責任すぎじゃありませんか先輩!?一番関わりあるんだから私の事情説明してくださいよ。そして女の子のことも説明してください」

「はぁ?なんで俺が」

「……自分で説明するの恥ずかしいんですよ」

「……なぜに?」

「だって自分で自分は人に認識されないんだよとか言うの、中二病わずらってるみたいじゃないですか」

「違うの?」

「違いますよ!?……もう、いじわる言わないで下さい」

「はいはい」

「もう!」

 真面目に聞いてくれない先輩に完全にお冠になる私。
 今日デートすることになった理由を覚えてないのかこの先輩は。

「ラブラブだねー」

「……」

 キャッキャと笑いながらそんなことを言ってくる女の子に何も言えない私。
 ラブラブと言われるのは嬉しいけど恥ずかしい、先輩と付き合ってもいないのに。
 今私の顔は赤くなっているに違いない。

「ユウノ」

「はーい」

 先輩に名前を呼ばれて笑うのを止める女の子はベンチから立ち上がり私の前に来る。
 どうやら女の子の名前はユウノというらしい。

「ユウノ、一〇さいでーす。おにいさんのお部屋で一緒にくらしているでーす」

 右手を上げて、元気よく自己紹介するユウノちゃん。
 その自己紹介の中には聞き間違いかなと思えるものがあった。

「先輩、こんな小さな女の子と二人で暮らししているんですか?」

「お前、今の聞いて気にするのそこなのな」

 呆れたような目で先輩は私のことを見てくる。

 仕様がないじゃないですか、先輩と二人暮らしなんて羨ましいんですから。 
 私も先輩と二人暮らししたいです!

 なんて先輩には言えないため、心の中だけで訴える。

「……えーと、本当なんですか?」

 もう一つユウノちゃんが言ったことを確かめるように私は先輩に聞いてみる。
 先輩はなんとなしといった感じで頷いて肯定してくる。

「で、でも、目の前にいるんですよ。いきなりユウノちゃんが幽霊とか言われても……」

「うそじゃないよー。ユウノ幽霊なんだよー」

 えー。
 私はユウノちゃんの言葉を信じるにしてもどうやって信じればいいのか分からず混乱していると、誰かに肩を叩かれた。
 そちらを見れば先輩がこちらを見て何やら下に向けて指を指していた。
 私は指が向けられた方を見るとそこはユウノちゃんの足元。
 いったい、そこに何があるのかと見てみると……

「……え!?」

 私は驚きで声を出してしまった。
 それはそうだ、誰だって驚くと思う。
 だってユウノちゃんの足元には誰にだってあるはずの『影』がないのだから。
 私はまたも確かめるように先輩を見ると、先輩はユウノちゃんの方を向いて手招きした。
 ユウノちゃんが先輩の前に行くと、先輩はおもむろに右手で手刀を作り、それを振り上げて、ユウノちゃんの頭に振り下ろした。

「な……」

 な、何をっ!

 と私が声を出す前にユウノちゃんの頭に先輩の手刀は振り下ろされた。
 ーーしかし、ユウノちゃんの頭に手刀は当たらなかった。
 私は目の前で起こったことに仰天した。
 なぜなら、私は先輩の手刀がユウノちゃんの頭に直撃するのを想像したのに、そうはならず先輩の手刀はユウノちゃんの頭をすき抜けたのだ。
 「え、えっ」と驚く私を無言で見る先輩に、キャッキャと楽しそうに笑うユウノちゃん。
 私はユウノちゃんが本当の幽霊だということを理解した。


 ユウノちゃんが幽霊だということを信じることができたところで、今度は私がユウノちゃんに自己紹介をした。
 自分が誰にも認識されないという説明をするときは少し恥ずかしかったけど、なんとか説明し終ることができた。
 そして私はユウノちゃんみたいに自分の特性をすぐに説明するものがあったり、物理的に証明したりはできないため、前の通りを通り過ぎる通行人を使って証明した。

「わぉ、ほんとうに気づかれないんだね。さっきの人おねえさんが目の前でウロウロしたり、手ふったりしてたのにぜんぜん気付いてなかったね」

 私が戻ってくると、ユウノちゃんはパチパチとまるでマジックショーでも見てたみたいに拍手をして私を迎えてくれた。
 その顔は先ほどと変わらず楽しそうな感じだった。

「これで、証明できたかな?」

「うん、うん」

 コクリコクリと大きく頷くユウノちゃん。
 隣に座っていつのまにかスマホを弄っている先輩。
 どうしてこの人は自分は関係ないみたいなスタンスなんでしょうか?
 この中で一番関係が深いと思うんですけど……。
 そう思って私が先輩のことを見ているとユウノちゃんがベンチから立ち上がって私の手を掴んできた。

「ねぇねぇ、おねえさん。かくれんぼしよう!」

「え」

 私は突然の遊びのお誘いに戸惑いの顔を見せると、ユウノちゃんはそんな私に構わず次は先輩に向かって行く。

「おにいさん、かくれんぼしよう!」

「は?なんーー」

「ーーじゃあ、おにいさんが鬼ね!それ、にげろ~!!」

 先輩に間髪を入れさせず、ユウノちゃんは私の手を取って走り出した。
 私は手を握られながら慌ててユウノちゃんについて行く。
 後ろを振り向くと未だベンチにポツンと座って私達のことを見ているだけの先輩。
 ちょっと可哀想に見えるけど、いい気味だとも思った。
 私は前を向いてユウノちゃんと一緒に走って行った。

 二人でいたら見つかった時にすぐにかくれんぼが終わってしまうということで、私とユウノちゃんは途中で別れて隠れることにした。
 私は別れた後すぐに隠れるところを探していたのだけど、走り疲れてしまって近くのベンチに座って少し休憩していた。
 あんなに走るのは久々だ、私は息を整えながらそう思っていた。
 ベンチの背に身体を預け目を閉じると、周りがとても静かなことに気付く。
 いや、風で木々や葉が揺れる音が聞こえるため静かというより穏やかと言った方がいいかもしれない。
 木々の隙間から漏れる風が自分に当たって気持ちが良い。
 ……とても癒される。

「……」

 そうやって穏やかな空間に身を寄せていると、不意に昔のことを思い出した。
 子供の頃の隠れんぼ、あの時はこんな穏やかな気持ちでいる時間など全くなかった。
 ひたすら見つけて欲しいと願って、近ずいてくる足音に敏感になって、心を休めることなんてなかった。
 ユウノちゃんに隠れんぼに誘われた時、私はその時のことを思い出して、一瞬尻込みしてしまった。
 もう昔のことなのに、未だに引きずっている自分が嫌になる。
 まあ、目の前で変わることに成功した女子を羨ましいと思ったり、自分もやり直すことができたらと考えてしまう時点で、隠れんぼのことを引きずるも何もないんだけど。

 そこで、そういえば、と私はあることを思い出す。
 あの時には言えなかった言葉を。
 違う子に取られてしまった言葉を。
 隠れんぼで隠れる子が決まって言う言葉を。

「みーつけた」

 閉じていた目を開くと目の前には、先輩が私のことを見下ろして立っていた。
 私は先輩を見て、先輩が言った言葉を聞いて、喜びで胸がいっぱいになった。
 初めて先輩に見つけてもらえた時と同じで泣きそうになった。
 先輩はまた私の願いを叶えてくれるんですね。

「みつかっちゃった」

 あの時言えなかった言葉を、私は言うことができた。
 今の結果があるのなら私はやり直しなんてできなくなても構わないと思った、思えるようになった。

 その後、私は先輩と一緒にユウノちゃんを探し当て、隠れんぼを終えて三人で帰った。
 私はユウノちゃんという幽霊の、二人目の友達を作ることができた。
 今日という特別な日を私は決して忘れない。





陰女の秘密のご趣味(終わり)

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