××男と異常女共
陰女の秘密のご趣味 3
ある学校で有名な一人のイケメン、Kくんの話です。
身長一七五センチ、体重約六〇キロ、茶髪のKくんは眉目秀麗、頭脳明晰、スポーツ万能とどこかで聞いたことがあるようなキャチフレーズがピッタリな男子高校生です。
そんなKくんは家族にも友達にも先生にも慕われて、信頼されて、期待されています。
そんな人望のあるKくんの一日はまず、他の普通の人達とあまり変わらない。
朝の七時三〇分に目覚ましの音で目を覚まし、顔を洗って、母親が準備した朝ごはんをテレビのニュースを見ながら食べていく。
食べ終わったら、歯を磨き、制服を着て、学校に持っていくものを準備してから家を出る。
家から学校までは歩いてだいたい一〇分か一五分ぐらいの距離にあり、とても通いやすい場所に住んでいるKくん。
登校の合間に出会った友人達と一緒に歩いている光景は、なんとも爽やかなものでした。
学校に着くと、Kくんと同じクラスの人や隣のクラスの人、先輩から後輩の人達にまで挨拶されるKくん。
たまに先生から挨拶してくる人までいました。
多くの生徒や先生に周知されてるKくんの授業態度は、生徒達の手本となる素晴らしいものでした。
私語は慎み、まじめに先生の話を聞き、問われたことはしっかりと答えていく。
しかも、それだけではありません。
Kくんは他の生徒が私語していればやんわりと注意をしたり、当てられて困っている生徒をこっそり助けたり、何かいざこざがあったら率先して仲介役になるのです。
まさに頼れる存在、なくてはならない生徒、スクールカーストの最上位。
そんな人生勝ち組のKくんは、クラスの代表とも呼ばれる学級委員に務めており、その能力を遺憾なく発揮していました。
そしてその能力はクラス内だけでなく、学校内の権力者と称される生徒会にも手を伸ばしていました。
生徒会でもKくんは頼られまくり。
書記としても、庶務としても、会計としても、広報としても、Kくんは役職を与えられているどの人達よりも完璧に仕事をこなす。
もういっそ、Kくんが生徒会に入ってくれれば、と生徒会の面々はいつも思っていました。
Kくんがうちに入ってくれれば。
そう思っているのは、なにも生徒会だけではありませんでした。
様々な運動部や文化部、はたまた同好会の人達にさえKくんは引っ張り凧でした。
運動部はKくんの運動神経の良さを見込んで、文化部はKくんの美しさに惚れ込んで、同好会はKくんの人を引き寄せる力に目を付けて。
Kくんを狙う人は多くいました。
そんな様々な人達に狙われているKくんは女子にはあまり狙われていませんでした。
容姿も優れ、頭脳も優れ、振る舞いも優れているKくんを恋人にしたいと思う女子は多くいます。
ですが、Kくんに告白しようとする人は誰もいません。
なぜなら、KくんはみんなのKくんであり、誰かが独占していいものではない、という暗黙の了解が女子の中で出来上がっているからです。
女子の中で暗黙の了解を破ればどうなるか?
間違いなく学校の中に居場所がなくなるでしょうね。
それが怖い女子達はわざわざ危ない道を通らずに、Kくんに近ずけるポジションに落ち着いているのです。
ですから、Kくんは女子にモテていながらある意味ではモテていないのです。
エリート街道まっしぐらに見えるKくんの学校生活。
学校が終われば、Kくんは寄り道などせずに真っ直ぐに家に帰り、もし遅くなるようなら必ず親に連絡を付けるため、家族に心配をかけることがありません。
Kくんが家に帰ってやることは、晩ご飯ができるまでその日の授業の復習と予習をし、余った時間を筋トレに使う。
晩ご飯を食べ終わったら、一番風呂はKくんがいつももらい、あとはリビングか部屋で時間を過ごす。
優秀で完璧とも言えるKくんにピッタリななんとも普通な過ごし方と言えるでしょう。
ここまではーー。
完璧人間とも言えるKくんにはちょっと人には言えない、秘密のご趣味がありました。
それは家族も友人も知らない夜の出来事。
Kくんは家族みんなが寝静まると、首から膝下まで隠れるコートを着込んで気付かれないよう静かに家を出るのです。
草木も眠るという丑三つ時に何処に行くというのか?
Kくんの足取りは目的地が決まってるように早足で、夜道を歩いていく。
流石にこの時間に人はほとんど見られず、一人歩くKくんはどこか怪しい雰囲気を醸し出す。
もしも警官にでも見つけられれば、真っ先に補導されてしまうだろう。
しかし、Kくんはそのようなことを気にする素振りを見せずまっすぐと歩いていく。
二~三〇分ほど経ったところで、Kくんは足を止めた。
すると先程までとは裏腹に周りを警戒するようにキョロキョロと周りを見回し始めました。
そして誰もいないことを確認すると目の前にあった柵をよじ登って廃ビルの中に入って行ったのです。
その廃ビルはだいぶ前から放置されているのだと一目で分かるほど古びており、見える窓ガラスが所々割れていて、周りの草木は乱雑に生い茂っていた。
夜の暗さも相俟って、お化けが出てきても不思議がない肝試しにはピッタリな場所になっていた。
廃ビルの入り口前に立ったKくんは再び周りを警戒するようにキョロキョロした後、廃ビルの中に入って行った。
中は暗く、外からの光しか照らすものが何もない。
Kくんはコートのポケットからスマホを取り出して、明かりをつけると歩を進める。
足音をを鳴らせば、その音が壁に反響し広がっていく。
ひっそりとした雰囲気にどこか寂しげな様子が見える廃墟。
人に作られ、人に使われ、人に捨てられた可哀想な建造物。
そんな誰もが怖がる場所に誰もが怖がる時間に一人でいるKくんは怖がるような感じも見せずに無表情で歩いていく。
歩き着いた場所は屋上、一〇階もある高さの屋上は下よりも強く風が吹きKくんのコートを靡かせる。
そこがKくんの目的地。
そこで何をするのか?
何のためにそこに来たのか?
Kくんの秘密のご趣味とはいったいなんなのか?
「何だと思いますか?先輩」
話の途中でいきなり聞いてくる三影。
そのまま話を続ければいいというのに。
「……さあ」
なので適当に答えておく。
「もう、ちゃんと考えて下さい。別に間違えてもいいんですから」
「……じゃあ、天体観測」
「そんなの家族にも友人にも秘密にするようなご趣味じゃないじゃないですか。ちゃんと頭を回してください」
本当に頭を回してやろうかという考えが頭によぎったが、「回すのは頭自体じゃなくて頭の中ですからね」と釘を刺されてしまった。
随分察しが良いことで。
仕方ないから、俺は多少頭の中を回してみる。
夜中に一人、お化け屋敷みたいな廃ビルで十階もある高さの屋上でやることといえば何なのか。
俺が述べた天体観測というのも的外れではないと思うのだが、三影は違うと言う。
家族にも友人にも言えないような趣味ってことは、恥ずかしいものか、認められにくいものということ。
そんなもの……、知るか。
「アニーー」
「ーーぶー、時間切れでーす!」
「……」
Kくんは徐に屋上の柵があるところまで行くと、自ら着るコートに手を掛ける。
聞いて驚け、泣いて喚け、見て笑え!これがKくんの秘密のご趣味!!
Kくんはバサッと大胆にコートを脱ぎ、バサリとそれを投げ捨てる。
脱いだコートの下から現れたのは、Kくんの生まれたままの一糸まとわぬ丸裸。
そう、Kくんの秘密のご趣味とは外で全裸になり、自分を解放することだったのです。
そして屋上から見える家と学校と夜空に向かってKくんは叫ぶのです、「俺は自由だー!」と。
その後、Kくんはそのまま廃ビルの中を高笑いしながら走り回るのでした。
「ーーお終い。どうでしたか先輩?今回のネタはおもしろかったですか?」
語りを終えて、自分の話はどうだったのかを聞いてくる『陰女』こと折紙三影。
加えて「私的には結構気に入ってますね、このネタは」と言ってくる。
「男の素っ裸でも見れて満足なのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!?」
顔を真っ赤に焦ったように反論する三影。
「私はたんに人気者のKくんの趣味があんな意外なものだったことの驚きに話のネタには素晴らしいと思っただけです」
「……でも見たんだろ?」
「その話は別にいいじゃないですか。それよりはやく私の質問に答えてください」
「うーん、まあ、今までの話の中じゃあ面白い部類に入るんじゃないの。たぶん。……そんで見た感想は?」
「……もう、いくら先輩でも怒りますよ私。そんなに私を困らすのは楽しいですか?」
「いや全然」
「……」
「……」
頬膨らませて静かにむくれ顔になる三影を俺は何も言わずに見てるだけ。
すると頭が冷えたのか、息を吐くとむくれ顔が少しずつ治っていき、元の平常心の顔になる。
最後に恨むような目をこちらに向けて小声で「……もう」と呟いてきた。
「先輩は意地が悪いです」
「目つきが悪い所為かもなー」
「性格も態度も悪いです」
「へいへい」
「性根が腐っているのです」
「……」
「だから先輩の表情筋は機能しないのです」
「はいはい、悪かった悪かった。許してくんれ」
「許して欲しかったら、……そうですね、再来週の日曜日に遊園地にでも連れてって下さい」
「はい?」
「だめですか?」
「………………別に遊びに行くのはいいが、お前人から認識されないから、傍から見たら俺一人で遊んでるみたいじゃん。一人で遊園地ってどんだけ寂しいやつだよ」
「確かに。……なら水族館にしましょう。それなら一人でいても特に可哀想じゃないでしょう。場所は追ってLINKで知らせます」
「……まあ、いいけど。でもなんで再来週?来週じゃあダメなのか?」
「来週は新しいネタのために忙しいのです」
「……秘密のご趣味、ね」
「はい」
三影の秘密のご趣味とは、先ほど述べていたKくんという奴にも負けないくらい異常なもの。
それは他者を遠くからも近くからも盗み見て、相手の生活や周りの関係、秘密などを観覧する、『人間観察』。
三影は他者から認識されないという異常な体質を持っている。
それを持っているからこそできるその異常なご趣味を三影は中学生の時から始めたと言っていた。
そんな異常な体質を持ちながらご趣味も異常というのは皮肉なものだ。
いや、そんな体質を持ってしまったからこそ、趣味も歪んだものになってしまったのかもしれない。
もしもそんな体質がなければ、三影の趣味はどんなものになっていたのか。
考えても仕方がないこと、俺にはどうでもいいことだ。
「……日曜日、ね」
俺の休日はまたもや異常な女に潰されるのか、と思いながら俺は空白しかない脳内メモ帳に予定を記すことにした。
「そういえば先輩、朝のニュースを見ましたか?」
「いや」
三影がなんの前ぶりもなくそんなことを聞いてくる。
「前に『神残し』と言われる、七つ目の血の現場が発見されましたよね。それでその血の持ち主かもしれない行方不明者が朝のニュースで発表されたんですよ」
「……へぇ」
三影は興味津々といった顔でその行方不明者のことについて説明してきた。
行方不明者の名前は沢住風香(21)、ご家族が経営するうどん屋で働く大学生、行方不明になる前日は大学生の友人達との飲み会に参加し、解散した後の帰り道に電話で親に連絡を入れ、消息を絶った。
電話があった時間は一一時四八分、内容は今から帰るという知らせだったという。
「飲み会をした飲食店から沢住さんの家までおよそ徒歩二〇分の距離で、血の現場があったのはその帰り道から少し外れた場所の路地裏だったそうです」
「ふぅん」
「沢住さんが行方不明になった場所から血の現場が近いところから、十中八九、沢住さんは『神残し』に遭ったと思われます。それもDNA鑑定されればすぐに断定されることでしょうね」
「……怖い世の中だな。そんな通り魔みたいな奴が未だに捕まっていないなんて」
「でもすごいですよね。こんなにニュースになって、警察は死に物狂いで探しているのに未だに捕まっていないどころか手掛かりも見つからないなんて。本当に犯人なんているんでしょうか?」
「犯人がいなかったら人は死なないだろ」
「確かにそうですけど。でも証拠もほとんど残さないで、道行く人をいきなり襲って殺すことなんてできるのでしょうか?」
「だったら、襲う奴をあらかじめ決めて証拠を残さない殺す算段をつけてから殺してるんじゃねぇの」
「でしたら、犯人は一人じゃなくて複数人いるということでしょうか?」
「……なんでいきなり増える?」
「犯人が複数なら殺した相手を血の現場から証拠を残さず持ち運ぶこともできるのではないか、と思っただけで……」
そこで言葉を区切り、つかのま思案顔になる三影。
「……先輩は行方不明者が死んでると考えているのですか?」
「は?なにいきなり?」
「いえ、行方不明者は確かに大量の血を残して消息を絶っていますが、未だに死体も見つかっていないのに先輩はその行方不明者がもう死んでいると思っているんだなと思って」
「三影は死んでないと思ってんのか?」
「断定はしてないってだけですが、でも死んでない可能性もあるんじゃないかとは思っています」
「ふぅん。……けど、犯人が何人もいるなんてゾッとしない考えだな」
「そうですね。……そもそも何故犯人はこんなことをしているんでしょう。何故現場に血だけを残すのでしょう。行方不明者が死んでいるのだとしたら、その死体はいったい何処に行ったのでしょう。……分からないことだらけです」
「気になるのか?」
「気になります。観察対象としては、この事件の犯人さんは十分魅力的なものですからね」
「…………別にお前がどこの誰を観察しようが勝手だけど、危ない真似はしない方がいいぞ」
「それは私を心配しての言葉ですか?先輩」
「ただの忠告だ。じゃあ帰るな」
「はい。水族館楽しみにしてますね」
「……またな」
椅子から立ち上がり、俺は学校の図書室から退出した。
身長一七五センチ、体重約六〇キロ、茶髪のKくんは眉目秀麗、頭脳明晰、スポーツ万能とどこかで聞いたことがあるようなキャチフレーズがピッタリな男子高校生です。
そんなKくんは家族にも友達にも先生にも慕われて、信頼されて、期待されています。
そんな人望のあるKくんの一日はまず、他の普通の人達とあまり変わらない。
朝の七時三〇分に目覚ましの音で目を覚まし、顔を洗って、母親が準備した朝ごはんをテレビのニュースを見ながら食べていく。
食べ終わったら、歯を磨き、制服を着て、学校に持っていくものを準備してから家を出る。
家から学校までは歩いてだいたい一〇分か一五分ぐらいの距離にあり、とても通いやすい場所に住んでいるKくん。
登校の合間に出会った友人達と一緒に歩いている光景は、なんとも爽やかなものでした。
学校に着くと、Kくんと同じクラスの人や隣のクラスの人、先輩から後輩の人達にまで挨拶されるKくん。
たまに先生から挨拶してくる人までいました。
多くの生徒や先生に周知されてるKくんの授業態度は、生徒達の手本となる素晴らしいものでした。
私語は慎み、まじめに先生の話を聞き、問われたことはしっかりと答えていく。
しかも、それだけではありません。
Kくんは他の生徒が私語していればやんわりと注意をしたり、当てられて困っている生徒をこっそり助けたり、何かいざこざがあったら率先して仲介役になるのです。
まさに頼れる存在、なくてはならない生徒、スクールカーストの最上位。
そんな人生勝ち組のKくんは、クラスの代表とも呼ばれる学級委員に務めており、その能力を遺憾なく発揮していました。
そしてその能力はクラス内だけでなく、学校内の権力者と称される生徒会にも手を伸ばしていました。
生徒会でもKくんは頼られまくり。
書記としても、庶務としても、会計としても、広報としても、Kくんは役職を与えられているどの人達よりも完璧に仕事をこなす。
もういっそ、Kくんが生徒会に入ってくれれば、と生徒会の面々はいつも思っていました。
Kくんがうちに入ってくれれば。
そう思っているのは、なにも生徒会だけではありませんでした。
様々な運動部や文化部、はたまた同好会の人達にさえKくんは引っ張り凧でした。
運動部はKくんの運動神経の良さを見込んで、文化部はKくんの美しさに惚れ込んで、同好会はKくんの人を引き寄せる力に目を付けて。
Kくんを狙う人は多くいました。
そんな様々な人達に狙われているKくんは女子にはあまり狙われていませんでした。
容姿も優れ、頭脳も優れ、振る舞いも優れているKくんを恋人にしたいと思う女子は多くいます。
ですが、Kくんに告白しようとする人は誰もいません。
なぜなら、KくんはみんなのKくんであり、誰かが独占していいものではない、という暗黙の了解が女子の中で出来上がっているからです。
女子の中で暗黙の了解を破ればどうなるか?
間違いなく学校の中に居場所がなくなるでしょうね。
それが怖い女子達はわざわざ危ない道を通らずに、Kくんに近ずけるポジションに落ち着いているのです。
ですから、Kくんは女子にモテていながらある意味ではモテていないのです。
エリート街道まっしぐらに見えるKくんの学校生活。
学校が終われば、Kくんは寄り道などせずに真っ直ぐに家に帰り、もし遅くなるようなら必ず親に連絡を付けるため、家族に心配をかけることがありません。
Kくんが家に帰ってやることは、晩ご飯ができるまでその日の授業の復習と予習をし、余った時間を筋トレに使う。
晩ご飯を食べ終わったら、一番風呂はKくんがいつももらい、あとはリビングか部屋で時間を過ごす。
優秀で完璧とも言えるKくんにピッタリななんとも普通な過ごし方と言えるでしょう。
ここまではーー。
完璧人間とも言えるKくんにはちょっと人には言えない、秘密のご趣味がありました。
それは家族も友人も知らない夜の出来事。
Kくんは家族みんなが寝静まると、首から膝下まで隠れるコートを着込んで気付かれないよう静かに家を出るのです。
草木も眠るという丑三つ時に何処に行くというのか?
Kくんの足取りは目的地が決まってるように早足で、夜道を歩いていく。
流石にこの時間に人はほとんど見られず、一人歩くKくんはどこか怪しい雰囲気を醸し出す。
もしも警官にでも見つけられれば、真っ先に補導されてしまうだろう。
しかし、Kくんはそのようなことを気にする素振りを見せずまっすぐと歩いていく。
二~三〇分ほど経ったところで、Kくんは足を止めた。
すると先程までとは裏腹に周りを警戒するようにキョロキョロと周りを見回し始めました。
そして誰もいないことを確認すると目の前にあった柵をよじ登って廃ビルの中に入って行ったのです。
その廃ビルはだいぶ前から放置されているのだと一目で分かるほど古びており、見える窓ガラスが所々割れていて、周りの草木は乱雑に生い茂っていた。
夜の暗さも相俟って、お化けが出てきても不思議がない肝試しにはピッタリな場所になっていた。
廃ビルの入り口前に立ったKくんは再び周りを警戒するようにキョロキョロした後、廃ビルの中に入って行った。
中は暗く、外からの光しか照らすものが何もない。
Kくんはコートのポケットからスマホを取り出して、明かりをつけると歩を進める。
足音をを鳴らせば、その音が壁に反響し広がっていく。
ひっそりとした雰囲気にどこか寂しげな様子が見える廃墟。
人に作られ、人に使われ、人に捨てられた可哀想な建造物。
そんな誰もが怖がる場所に誰もが怖がる時間に一人でいるKくんは怖がるような感じも見せずに無表情で歩いていく。
歩き着いた場所は屋上、一〇階もある高さの屋上は下よりも強く風が吹きKくんのコートを靡かせる。
そこがKくんの目的地。
そこで何をするのか?
何のためにそこに来たのか?
Kくんの秘密のご趣味とはいったいなんなのか?
「何だと思いますか?先輩」
話の途中でいきなり聞いてくる三影。
そのまま話を続ければいいというのに。
「……さあ」
なので適当に答えておく。
「もう、ちゃんと考えて下さい。別に間違えてもいいんですから」
「……じゃあ、天体観測」
「そんなの家族にも友人にも秘密にするようなご趣味じゃないじゃないですか。ちゃんと頭を回してください」
本当に頭を回してやろうかという考えが頭によぎったが、「回すのは頭自体じゃなくて頭の中ですからね」と釘を刺されてしまった。
随分察しが良いことで。
仕方ないから、俺は多少頭の中を回してみる。
夜中に一人、お化け屋敷みたいな廃ビルで十階もある高さの屋上でやることといえば何なのか。
俺が述べた天体観測というのも的外れではないと思うのだが、三影は違うと言う。
家族にも友人にも言えないような趣味ってことは、恥ずかしいものか、認められにくいものということ。
そんなもの……、知るか。
「アニーー」
「ーーぶー、時間切れでーす!」
「……」
Kくんは徐に屋上の柵があるところまで行くと、自ら着るコートに手を掛ける。
聞いて驚け、泣いて喚け、見て笑え!これがKくんの秘密のご趣味!!
Kくんはバサッと大胆にコートを脱ぎ、バサリとそれを投げ捨てる。
脱いだコートの下から現れたのは、Kくんの生まれたままの一糸まとわぬ丸裸。
そう、Kくんの秘密のご趣味とは外で全裸になり、自分を解放することだったのです。
そして屋上から見える家と学校と夜空に向かってKくんは叫ぶのです、「俺は自由だー!」と。
その後、Kくんはそのまま廃ビルの中を高笑いしながら走り回るのでした。
「ーーお終い。どうでしたか先輩?今回のネタはおもしろかったですか?」
語りを終えて、自分の話はどうだったのかを聞いてくる『陰女』こと折紙三影。
加えて「私的には結構気に入ってますね、このネタは」と言ってくる。
「男の素っ裸でも見れて満足なのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!?」
顔を真っ赤に焦ったように反論する三影。
「私はたんに人気者のKくんの趣味があんな意外なものだったことの驚きに話のネタには素晴らしいと思っただけです」
「……でも見たんだろ?」
「その話は別にいいじゃないですか。それよりはやく私の質問に答えてください」
「うーん、まあ、今までの話の中じゃあ面白い部類に入るんじゃないの。たぶん。……そんで見た感想は?」
「……もう、いくら先輩でも怒りますよ私。そんなに私を困らすのは楽しいですか?」
「いや全然」
「……」
「……」
頬膨らませて静かにむくれ顔になる三影を俺は何も言わずに見てるだけ。
すると頭が冷えたのか、息を吐くとむくれ顔が少しずつ治っていき、元の平常心の顔になる。
最後に恨むような目をこちらに向けて小声で「……もう」と呟いてきた。
「先輩は意地が悪いです」
「目つきが悪い所為かもなー」
「性格も態度も悪いです」
「へいへい」
「性根が腐っているのです」
「……」
「だから先輩の表情筋は機能しないのです」
「はいはい、悪かった悪かった。許してくんれ」
「許して欲しかったら、……そうですね、再来週の日曜日に遊園地にでも連れてって下さい」
「はい?」
「だめですか?」
「………………別に遊びに行くのはいいが、お前人から認識されないから、傍から見たら俺一人で遊んでるみたいじゃん。一人で遊園地ってどんだけ寂しいやつだよ」
「確かに。……なら水族館にしましょう。それなら一人でいても特に可哀想じゃないでしょう。場所は追ってLINKで知らせます」
「……まあ、いいけど。でもなんで再来週?来週じゃあダメなのか?」
「来週は新しいネタのために忙しいのです」
「……秘密のご趣味、ね」
「はい」
三影の秘密のご趣味とは、先ほど述べていたKくんという奴にも負けないくらい異常なもの。
それは他者を遠くからも近くからも盗み見て、相手の生活や周りの関係、秘密などを観覧する、『人間観察』。
三影は他者から認識されないという異常な体質を持っている。
それを持っているからこそできるその異常なご趣味を三影は中学生の時から始めたと言っていた。
そんな異常な体質を持ちながらご趣味も異常というのは皮肉なものだ。
いや、そんな体質を持ってしまったからこそ、趣味も歪んだものになってしまったのかもしれない。
もしもそんな体質がなければ、三影の趣味はどんなものになっていたのか。
考えても仕方がないこと、俺にはどうでもいいことだ。
「……日曜日、ね」
俺の休日はまたもや異常な女に潰されるのか、と思いながら俺は空白しかない脳内メモ帳に予定を記すことにした。
「そういえば先輩、朝のニュースを見ましたか?」
「いや」
三影がなんの前ぶりもなくそんなことを聞いてくる。
「前に『神残し』と言われる、七つ目の血の現場が発見されましたよね。それでその血の持ち主かもしれない行方不明者が朝のニュースで発表されたんですよ」
「……へぇ」
三影は興味津々といった顔でその行方不明者のことについて説明してきた。
行方不明者の名前は沢住風香(21)、ご家族が経営するうどん屋で働く大学生、行方不明になる前日は大学生の友人達との飲み会に参加し、解散した後の帰り道に電話で親に連絡を入れ、消息を絶った。
電話があった時間は一一時四八分、内容は今から帰るという知らせだったという。
「飲み会をした飲食店から沢住さんの家までおよそ徒歩二〇分の距離で、血の現場があったのはその帰り道から少し外れた場所の路地裏だったそうです」
「ふぅん」
「沢住さんが行方不明になった場所から血の現場が近いところから、十中八九、沢住さんは『神残し』に遭ったと思われます。それもDNA鑑定されればすぐに断定されることでしょうね」
「……怖い世の中だな。そんな通り魔みたいな奴が未だに捕まっていないなんて」
「でもすごいですよね。こんなにニュースになって、警察は死に物狂いで探しているのに未だに捕まっていないどころか手掛かりも見つからないなんて。本当に犯人なんているんでしょうか?」
「犯人がいなかったら人は死なないだろ」
「確かにそうですけど。でも証拠もほとんど残さないで、道行く人をいきなり襲って殺すことなんてできるのでしょうか?」
「だったら、襲う奴をあらかじめ決めて証拠を残さない殺す算段をつけてから殺してるんじゃねぇの」
「でしたら、犯人は一人じゃなくて複数人いるということでしょうか?」
「……なんでいきなり増える?」
「犯人が複数なら殺した相手を血の現場から証拠を残さず持ち運ぶこともできるのではないか、と思っただけで……」
そこで言葉を区切り、つかのま思案顔になる三影。
「……先輩は行方不明者が死んでると考えているのですか?」
「は?なにいきなり?」
「いえ、行方不明者は確かに大量の血を残して消息を絶っていますが、未だに死体も見つかっていないのに先輩はその行方不明者がもう死んでいると思っているんだなと思って」
「三影は死んでないと思ってんのか?」
「断定はしてないってだけですが、でも死んでない可能性もあるんじゃないかとは思っています」
「ふぅん。……けど、犯人が何人もいるなんてゾッとしない考えだな」
「そうですね。……そもそも何故犯人はこんなことをしているんでしょう。何故現場に血だけを残すのでしょう。行方不明者が死んでいるのだとしたら、その死体はいったい何処に行ったのでしょう。……分からないことだらけです」
「気になるのか?」
「気になります。観察対象としては、この事件の犯人さんは十分魅力的なものですからね」
「…………別にお前がどこの誰を観察しようが勝手だけど、危ない真似はしない方がいいぞ」
「それは私を心配しての言葉ですか?先輩」
「ただの忠告だ。じゃあ帰るな」
「はい。水族館楽しみにしてますね」
「……またな」
椅子から立ち上がり、俺は学校の図書室から退出した。
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