××男と異常女共

双人 シイタ

ストーカー女のストーカー 6

 どのくらい時間が経ったのだろう。
 僕はすぐ近くにあったベンチに座って、ずっと地べたを眺めていた。
 奇しくも先刻の公園でベンチに座っていた時と同じように。
 しかし、あの時のようには否定はできない。
 僕の頭の中では彼女のあの言葉が離れない。

『ーーですよ』

 彼女からの明確な拒絶の言葉は僕の心をえぐる。
 僕は彼女から拒絶されたという事実に打ちひしがれていた。

 僕の想いは彼女に届いていなかった、届かなかった。
 僕は彼女から好かれていなかった。
 彼女は僕のことを知りもしていなかった。
 顔さえも覚えていなかった。
 彼女に嫌われた。
 明確な言葉で拒絶された。
 僕は勘違いに気付かされた。
 彼女は僕のものではなかった。
 彼女は僕のものにならなかった。
 僕は失敗したのだ。

 自分の馬鹿さ加減に呆れ果てる。

「はぁー」

 今まで溜め込んでいたため息を周りの目も気にせずに盛大に吐き出す。

「あの、大丈夫ですか?」

 近くから女の子の声が聞こえてきたと思ってそちらを見ると、心配そうに僕を見る長い黒髪の女の子が僕の隣に座っていた。

 誰?

「すいません。顔色が良くなさそうだったので心配になってしまって」

「そ、そうなんですか」

 他人に心配されるなんてよっぽどひどい顔を自分はしているんだろうな。

「あの何かあったのなら聞きましょうか?誰かに話して楽になることってあると思いますし」

「……」

 女の子の申し出をどうするか迷う僕。
 いつもの僕ならばそんな申し出は断り、誰にも話さず一人内の中にしまうようにする。
 前の綺麗な先輩の時だって僕は誰にも話すことはなかった。
 だけど、あまりの精神的ショックからか僕は誰かに聞いて欲しいと今は思った。

「実は……」


 僕は胸の内にしまい込んでいたことを吐き出すように話した。
 僕が話す間、女の子は静かに僕の話を聞いてくれた。
 たまに相槌を打ってくれたり慰める言葉を言ってくれたり。
 話し終えた後には僕の心はスッと軽くなったような気がした。

「ありがとう、聞いてくれて。お陰ですこし楽になったよ」

「いえいえ、私は砂川さんの話しを聞いていただけですから」

 なんていい子なのだろう。

 そう感心していると周りが暗くなっていることに気が付いた。
 こんなに時間が経っていたのか、僕は暗くなった空と街灯で照らされる周りを見てそう思った。
 女の子にはこんな時間まで話を聞いてもらって悪いことをしてしまった。
 できれば何かお礼がしたかったが、もうこんな時間なのだ早く帰らせるべきだろう。

 僕が彼女に話しかけようとするとポケットにあるスマホが震えだした。
 画面を見ると『母親』と映し出されていて、今もスマホは震えている。
 僕は女の子に謝ってすこし離れてから電話に出た。

「もしもし」

『あー、やっとでた。もう早く電話出なさいよね。もうちょっとで切るところだったじゃない』

「ちょっと人と話してたんだよ。それにそんなに出るの遅くなかっただろ。で何の用?」

「そうそう、来週の水曜日にあんたの家行くからそれの報告よ。どうせ碌なもの食べてないでしょうから」

「あー、うん」

 母さんの言う通り自分で料理とかしないから、コンビニの弁当や外食ばかりしているため、なんとも言えない。
 そういえば、前にカレーを作ってもらった時のお礼を言ってなかったことを僕は思い出した。

「そういえば、前にカレー作り置きしといてくれたよね。あれ美味しかったよ。カレーなんて食べるの久々だったから」

「はい?カレー?そんなの作った覚えないわよ。最近あんたの家に行ってなんてないし」

「え?」

 僕は母さんのその言葉に固まった。

「それじゃあ、そう言うことだから、少しは部屋掃除しときなさいよ」

 母さんは最後にそう言って電話を切った。
 僕は切れた電話を見ながら、困惑していた。
 そして思い出していた。僕があの日食べたカレーのことを。
 あのカレーを作ったのは母親じゃなかった。
 だったら誰があのカレーを作ったんだ?
 あのカレーは食べても大丈夫なものだったのか?

 怖い。

 得体の知れないものを口に入れたことを知り、一気に気分が悪くなり吐きそうになる口を抑える。
 せっかく軽くなった心が恐怖で埋め尽くされていく。
 そこで今更ながら気付く。
 解決していたと思っていた事態が、まったく解決していなかったということに。
 それは今まで自分の周りで起きていた奇妙な出来事のことだ。
 僕は今まで自分の周りで起きていた奇妙な出来事の原因が彼女だと思っていた。
 彼女が遠回しに想いを伝えてきているのだと思っていた。
 彼女も僕のことが好きなのだと思っていた。
 しかし、それは違かった。
 全て僕の勘違いだった。
 彼女は僕のことを認識もしていなかった。

 では、あの奇妙な出来事の原因はいったい誰なのか?
 誰が何のためにあんなことをしていたのか?
 他の誰が僕のストーカーであるというのか?

 怖い。

「どうしました砂川さん?また顔色が悪くなってますよ」

 いつのまにか僕の目の前にいた黒髪の女の子が心配そうに僕を見る。

「いや、ちょっと嫌のことを思い出してしまって」

「そうなんですか。よかったらお話聞きますよ砂川さん」

 本当になんて優しい女の子なのだろう。
 この女の子に聞いてもらえば、どうしたらいいのか教えてくれるかもしれない、何か良い案を考えてくれるかもしれない、僕の心をまた軽くしてくれるかもしれない。
 僕は女の子に今までの奇妙な出来事を話そうと口を開いて、止めた。

 なんでこの子は僕の名前を知っているんだ?

 さっきから女の子は僕の名前を発しているが、僕は女の子に名前を教えた覚えはない。
 なのに女の子は僕の名前を知っている。

 怖い。

「どうしました?」

「えっ、いや別に」

 僕は得体の知れない恐怖に襲われ、後ずさるように一歩下がる。

「顔色が一層悪くなっていますが」

 女の子は広まった差を埋めるように一歩僕に近づいてくる。

 怖い。

「な、何でもないよ」

 そう言って僕はまた一歩下がる、彼女から離れるために。
 この女の子とこれ以上一緒にいてはいけない。
 僕の身体が危ない、危険だ、と警報を鳴らしている。
 早く彼女と別れなければ。

「もう、こんな時間だし、女の子は、早く家に帰った方が、いいよ」

 なんとか彼女と別れるように途切れ途切れでも言葉を紡ぐ。

「私のことは大丈夫です、気にしないで下さい。それより砂川さんこそ大丈夫ですか?今日は辛い思いされたことですし、もしよかったら私が家まで送ってあげましょうか?」

 怖い。

「そ、そこまでしなくてもいいよ。本当にいい。ほら、もうすぐ晩御飯の時間だし、君は早く家に帰った方がいいよ。僕も準備しなくちゃダメだし」

 怖い。

「あらダメですよ砂川さん。またコンビニか外食で済ませようと思っているんじゃないですか?それじゃあ、身体に良くありません。そうだ!私が作ってあげますよ」

 怖い。

「今日は何が食べたいですか砂川さん。オムライスですか?ハンバーグですか?グラタンですか?私なんでも作れますよ。それともカレーにしましょうか、砂川さんも気に入ってくれたみたいですし」

 怖い。

「聞いてますか砂川さん?真っ青な顔をしてどうしたんですか?」

「ひっ!?」

 女の子が僕の頰に触れてきて、止まっていた思考が動き出す。
 足は震え、口は乾き、冷たい汗が背中を伝う。

「き、君はいったい、誰なんだ!?」

 恐怖のせいで思いのほかデカイ声が出てしまう。

「やだな、砂川さん。私は私ですよ。砂川さんを愛する一人の女の子です」

 僕は一歩また下がろうとして、段差に足を引っ掛けてしまい、尻餅をついてしまった。
 僕の上に一つの影が差し掛かる。
 上を向くと彼女が顔近づけて僕のことを見ていた。

「せっかく、が砂川さんの中から消えたんです。砂川さんは今度こそ私のですよ」

 女の子は口を三日月のような形にしてニヤリと笑った。

「ひっ、ひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」

 僕は絶叫を轟かせながら逃げ出した。


***


「ひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」

 男の人は絶叫しながら、走り去って行った。

「何あの人、いきなり大声で走り出して」

「幽霊でも見たんじゃないの?」

「ていうか、さっきから何かぶつぶつ言ってなかった?あそこのベンチに座ってで」

「なにそれ怖っ」

 近くでたむろっていた学生たちが走って行った男について語り合う。
 私はそんな学生たちを無視してそこから離れようとすると、私のスマホが震え出しメッセージを受信したことを伝えてきた。
 私はメッセージを一読すると、そこに書かれた場所に向かって歩き出した。

 向かった先はすぐ近くの裏道。
 人の気配はまったく感じられず、女の子が一人こんな時間に来るには少しばかり危ない場所だ。
 そんな場所に呼び出すとは本当に変な人だと私は思いながら呼び出した本人を探す。
 するとその人物はすぐに見つかけることができた。

「終わりましたよ、空乃先輩」

 空乃先輩は弄っていたスマホから、顔上げると私の方を見てニコッと笑った。

「お疲れさまぁ、三影ちゃん。ごめんね、こんな面倒なことやらせちゃって」

 空乃先輩が両手を合わせて申し訳なさそうに謝ってくるが、その顔は全然申し訳なさそうに見えずとても軽い感じだ。
 全然悪いとは思っていなさそう。

「もっと誠意が見えるように謝ったらどうですか?」

「あれ見えなかった?誠意?」

「全然。……いや、別にいいんですけど。それより、もうこういうのは勘弁して下さい。好きでもない人のもの盗んで、好きでもない人のために家事して、好きでもない人にとか口にするのは流石に心身ともに疲れました」

「最後のは三影ちゃんが勝手にしたことだと思うんだけど?」

「むぅ、そうですけど。あの変態野郎にとどめを刺してあげたんですから、感謝してくださいよ」

「うんうん。三影ちゃん、えらいえらい」

 空乃先輩がニコニコ顔で近づいてきて、私の頭をナデナデしてくる。
 家族以外の人に頭を撫でられるのは初めてかもしれない。

「それよりも約束、守ってくれますよね?」

「もちろん、そんなに心配した顔しなくてもしっかりと守るよ。あのメガネもこれでもう私にもキリヤくんにもちょっかい出してくることはないだろしね」

 空乃先輩は肩に下げている鞄から、何かを取り出すとそれを私に差し出しきた。

「はい、これ。約束のもの♪」

「ありがとうございます」

 私はお礼を言ってそれを受け取った。
 空乃先輩が私に渡してきたのは一つのUSBメモリー。
 私が空乃先輩のストーカーを撃退する手伝いを受けた理由がこれである。
 もちろんUSBメモリー本体が欲しかった訳ではない、その中に入っている写真データが欲しかったのだ。

「それにしても、これぐらいのものなら三影ちゃんの方がうまく集められると思うんだけど、本当にこれでよかったの?」

「はい、これが良かったんです。私は空乃先輩みたいに執拗に先輩に付き纏うことはできないので。それに先輩に嫌われたくありませんし」

 私は大事にそのUSBメモリーをポケットに入れる。
 早く帰って中身を確かめたい。

「嫌われたくないのにキリヤくんの写真集は欲しいんだね」

の写真が欲しいと思うのは、恋する人には当然の欲だと思いますけど」

 私は見えない自分の顔が少し赤くなっていることを自覚し、恥ずかしげもなさそうに答えた。
 空乃先輩には私の見栄はバレバレだろうけど。
 空乃先輩には初めから知られていることだから、今更恥ずかしくなることもないと頭で理解していても、心と体はどうしようもなく『好きな人』という単語に反応してしまう。
 これが恋をする人間の自然な反応なのだろうと私は密かに期待していた。

「それもそうだね。三影ちゃんは恋する乙女だもんね~」

「むぅ、茶化さないでください。それにそれを言ったら空乃先輩だって恋する乙女じゃないですか」

「……それもそうだね」

 空を見上げ、何故か声のトーンを下げて応える空乃先輩。

 乙女と聞いて、乙女座でも探し始めたのだろうか?

 そんな的外れな考えをしながら、私はどれが乙女座か分からないまま空乃先輩につられるように空の星を眺めた。
 空は暗いが雲はなく、星のきらめきと月の輝きが夜を照らしてくれている。
 明日は晴れになるだろう、と私は予想した。

 夜空を見上げて数分。

「それでは私は帰りますよ、空乃先輩」

「りょーかーい。またねぇ、三影ちゃん」

「はい、ではまた」

 空乃先輩はまだ夜空を見たまま動く様子もなく、私はそんな先輩に背を向けて帰路に立つ。
 その足取りはいつもより少し早い、私は先輩の写真集をすごく楽しみしていた。


***


「ーーではまた」

 三影ちゃんの別れの言葉を聞くと、途端に三影ちゃんからの視線がなくなった。
 さっきまで三影ちゃんがいたところを見れば、もうそこには誰もいない。
 三影ちゃんが帰る後ろ姿でさえ見当たらない。
 影も形も足音さえもなく、三影ちゃんは帰って行った。

 もうこれで、私では三影ちゃんを見つけることは難しいだろう。
 後ろを尾行しようとも監視カメラを確かめても発信機を使っても、多分無理だ。
 それだけ三影ちゃんの性質は、正直異常おかしいと言わざるを得ない。
 たとえ大勢の人の前でステージの真ん中に立ったとしても気付かれず、たとえ一人で写真を撮ったとしても写真の中から見つからず、たとえ相手との距離をゼロにし密着したとしても認識されない。
 あれはもう影が薄いとかそういう問題じゃあない。
 三影ちゃんはどこか私たちとは違う別世界で生きているのではなかろうか。

 そんな彼女を私が見つけることができたのは、ずばり偶然だ。
 私は他の一般人と一緒で彼女を見つけることができない。
 私が三影ちゃんを見つけるためには、彼女から私に見られるように立ち回るか、彼女が私に視線を飛ばさなければならない。
 でなければ、私からは三影ちゃんを認識することはできないのだ。

 でもキリヤくんだけは、どうしてか三影ちゃんを認識できるんだよねぇ。

 私はそのことに三影ちゃんに対して、ちょっと嫉妬を覚えていた。

 私はもう一度、夜空を仰ぐ。
 今日の夜空は、星が点々、月が一つに雲がない。
 こういう夜空の次の日は決まって晴れ晴れとした日がやってくる。
 理由はよく知らないけれど、キリヤくんがそう言っていた。
 あの日のこと私は鮮明に覚えてる。

 あの日のキリヤくんはいつもより少し冗舌じょうぜつだったなぁ。

 思い出し笑いに口角を抑えられない。
 これを誰かに見られたら、急にニヤニヤしだして気味が悪いと思われてしまうかもしれない。
 だけど好きな人のことを思い出してニヤニヤしてしまうのは、恋する人間として普通の反応だと思う。
 きっと三影ちゃんもそういう時があるだろう。

 だって私たちはキリヤくんに恋する異常者乙女なのだから。





ストーカー女のストーカー (終わり)

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