××男と異常女共

双人 シイタ

ストーカー女のストーカー 5

 あの邪魔者に脅迫状を送ってから、一週間が経った。
 僕は変わらず、カフェ店でいつも通りの席に着き、コーヒーを飲みながらタブレットで今日のニュースを一読する。
 どうやらあの邪魔者は僕が送った脅迫状にビビって彼女のことを諦めたらしい。
 前に彼女にあの邪魔者のことを聞いてみたら、

「彼ですか彼氏じゃなくて友達ですよ。学校の行事のことで相談してたんですよ。同じ実行委員だったので」

 と特に隠しも恥ずかしげな顔もせずに教えてくれた。
 本当にただの友達らしい。
 だが彼女があの男に興味がなくても男の方はそうとは限らない。
 そのため、学校ではその男はどんな感じなのか遠回しに聞くと彼女は思い出すように教えてくれた。

「学校では特に目立たない人ですよ。一人でいることの方が多くて、たまに友達といるみたいな。私も時々話したり話しかけられたりしますけど、最近は避けられてるみたいに目も合わせてくれませんね」

 ふん、ヘタレ野郎が。

 僕は彼女からあの邪魔者の現状を聞いて、ニヤつきそうな顔を抑えるのに必死だった。
 やはりあの邪魔者は彼女のことを狙っていたのだ。
 だが僕の忠告を素直に聞き入れたらしく、邪魔者は彼女を簡単に諦めた。
 結局彼女に対する想いがそれだけだったということだ。
 利口なことだ、そこだけは褒めてもいい。と僕は勝利の愉悦に浸っていた。

 邪魔者はいなくなった、あとは僕が彼女を手に入れるだけだ。

「……今日はいないのか」

 カップに入ったコーヒーを飲み干して、僕は小さく呟いた。
 カフェ店を見回しても僕が待ち望む彼女は見当たらない。
 それだけを楽しみにしてここに来ているというのにとても残念で仕方ない。
 彼女がいないのであればここにはもう用がない。
 僕はレジでコーヒー一杯分のお金を払って店を出た。
 彼女という“癒し”を得ることができなかった僕は少々気落ちしながら店を出て、帰路に立った。

「うおっ!?」
「あっ」

 するとうわの空だったせいか前に人がいたことに気付かず、誰かにぶつかってしまった。

「すいませんっ」
「すみません」

 僕はすぐさまぶつかった相手に頭を下げて謝ると相手も同じように謝ってきた。
 顔をあげて相手をみるとぶつかってしまったのは高校生ぐらいの女の子だった。

「大丈夫ですか?すいません、僕がボーとしていた所為で」

「いえ、大丈夫です。私もよそ見をしながら歩いていたのが悪かったので」

 女の子はたれた長い黒髪を搔き上げながら、申し訳ないように言った。

「あの、道をお聞きしたいことがあるのですが、良いですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 僕は彼女に目的地を聞くと、その場所は先ほどまでいたカフェ店の近くにあるところだったため、特に迷うことなく簡単に女の子にその場所の行き方を教えることができた。
 女の子はお礼を言って、その目的地まで歩いて行った。
 人にお礼を言われたのは久々で良いものだなと思い、無意識に感慨にふけってしまった。
 そしてついさっきまで気落ちしていたことなど、僕はいつのまにやら忘れてしまっていた。


***


 はぁー。

 僕は心の中でため息を吐いた。
 なぜなら、今日も彼女がカフェ店にいなかったからだ。

 せっかく楽しみにして今日まで仕事を頑張ってきたのに、“癒し”を求めてここまで足を運んだというのに、前に会えなかったからこそ今日を待ち焦がれていたのに、本当にガッカリだ。
 まるで楽しみにしていた約束をドタキャンされた時のような、待ち望んでいたイベントが雨で中止になってしまった時のような気分だ。

 僕はコーヒーを一口含んで一息ついた。
 でも仕方ないと思うしかない、彼女はこのカフェ店でバイトしているだけの身であって、彼女にも家や学校などでの予定があるのだから。
 彼女の家が何処にあるのか分かってさえいれば、そちらに向かうというのに、そうすれば彼女に悪い虫がつかないよう密かに守ってあげられるのに。

 何度か彼女の家を特定しようとこっそりバレないようにバイト終わりの彼女の跡をつけたのだが、何故かいつも彼女を見失ってしまう。
 見失わないように注意しているのにちょっと目を離してしまった隙に彼女がいなくなってしまう。
 僕は運に見放されているのかもしれない。
 そう思って、再び心の中でため息を吐く。
 カップにまだ残っているコーヒーを眺めていると、僕は自分が掛けるメガネのレンズが汚れていることに気付いた。

 ……あれ?

「確かに今朝ここに入れたはずなのに」

 カバンの中からメガネ拭きを取り出そうといつも入れている場所に手を突っ込んだのだが、いつもの場所からメガネ拭きは失くなっていた。


***


「疲れたー」

 仕事から家に帰ってくるとどっと力が抜けたように疲れが襲ってくる。
 家の中は静かで、自分の息遣いと、歩くごとに服が擦れる音、床が軋む音しか聞こえてこない。
 家に帰ってきたというのにすごく寂しく感じるこの雰囲気。
 暗い部屋に電気をつけて明るくし、三種の神器であるテレビをつけ、暗く音が少なかった部屋が一変させる。
 僕は上着を脱いで楽な格好になると、ふいに腹の虫を騒がせるとても美味しそうな匂いがキッチンからすることに気付いた。

「この匂い、カレー?」

 キッチンまで足を運ぶとそこにはステンレス製の深鍋に入っているカレーが置かれていた。

 誰が作ったんだろう?

 今日仕事に行くまではこんなものは置かれていなかった。
 そして仕事で家を空けていた自分がカレーを作れるはずもない。

 まさか、彼女が僕のためにわざわざ家まで作りにきてくれてっ!

 そんなことがあるわけがないのに僕はエプロン姿の彼女がキッチンで僕のために料理を作ってくれている姿を想像してしまう。

「そうだったらよかったのになぁ」

 多分このカレーは親が家に来て作ってくれたものだろう。
 たまに心配になって家に来てくれる親はこうやってよく作り置きをしてくれる。
 でも何の連絡もないのは初めてことで少し気になったが、どうせ伝えるのを忘れただけだろうと僕は短絡的に考えた。

「あとでお礼のメールでも送っとくか」

 カレーの臭いの所為で腹の虫が鳴き出す。
 とにかくご飯を炊くとしよう。
 僕は米をさっと洗って、それを炊飯器に放り込み早炊きボタンを押した。
 いつもの感覚でだいたい三〇分ぐらいでご飯は炊ける。
 その間にシャワーを浴びてしまおう。

「?」

 僕は浴槽に向かい上から服を脱ぎ最後に下を脱ごうとしたところ、足元に髪の毛が落ちているのに気付いた。
 別に髪の毛が落ちていても特段おかしいことはない。
 他の所々にも髪の毛は抜け落ちて床に落ちていたりする。
 しかしその髪の毛はおかしいところがあった。

「ながっ、母さんの髪の毛か?」

 その髪の毛は他に落ちている髪の毛に比べて特段長かったのだ。
 まるで女性の髪の毛のように。

「でも母さんは短髪だったはずだけど、伸ばし始めたのかな」

 僕はその一本の長く黒い髪の毛を見ながら、物思いにふけっているとぶるっと身体が震えた。
 このままでは風邪を引いてしまう。
 僕はその髪の毛をどこぞに放り投げて考えるのを放棄した。


***


 最近、おかしい。
 何がおかしいのか疑問を持つのもおかしいぐらいおかしいことが僕の周りには起きていた。
 家に帰ってくると妙に部屋が綺麗になっていたり、家具の位置が微妙に移動していたり、いくつか物が失くなっていたり。

 これらのことだけなら気の所為かもしれないと思えるのだが、そうとも思えないことが他にも起きている。
 何処からか見られていると感じたり、後ろから付けられているような足音が聞こえてきたり、すぐ近くから誰もいないはずなのに人の気配を感じたり。
 今まではまったくこんなおかしなことを感じたことはなく、不安になるばかり。
 しかもそれが外だけでなく家の中にいる時も起こるのだ。
 心が休まる場所がない。
 そんなおかしな出来事もずっと続くわけではないのだが、忘れていた頃を見計らっているかのように襲ってくる。
 そのため忘れることができずに常に警戒し、いつやってくるのかと身構えてしまう。
 心が休まる時間がない。

「いったい、何だっていうんだ……」

 僕の心はすでに限界ピークに達していた。

 誰かに相談したら少しでも楽になるのかもしれない。
 だけど、相談できる人がいない。
 僕は昔から内気な性格なため、何でも話し合えるような気を許した友達を作ったことがなく、現在もいない。
 どうしても相手に自分のことを話すのが怖いと思ってしまうのだ。

 誰かに相談するという提案は却下して、僕はスマホを取り出して自らに起こるおかしな出来事をいくつかネット検索の部分に書き出した。
 検索結果からいくつか出てきた中で気になったのが『ストーカー被害』という項目だった。
 その項目を見てみると中には被害者が実際にストーカーから受けた被害のことやストーカーが行う主な行動のまとめのようなものが書かれていた。
 そこに書かれている被害を読んでいくと僕が受けているおかしな出来事と重なる部分がいくつかあった。

 もしかして、自分はストーカー被害に遭っているのではないか。
 そんなわけないか、といつもの自分なら呑気に考えそうなものだが、心身ともに限界が来ている今の自分にはこの事態がとても深刻なものであると感じていた。
 僕はすぐさまストーカーの対処法と検索をかけて、出てきた項目のトップにあるものを開く。
 そこに書かれている対処法は家族や友人など周知の人にストーカー被害のことを知ってもらうことで被害が減少する可能性があるということと、ストーカーを相手にせず電話やメールの被害の場合それを録音するなどしてストーカー被害の証拠として残しておくことだった。

 僕はその対処法を読んで、正直これで解決できるとは思えなかった。
 まず初めに家族や友人などの周知の人に知ってもらうことだが、先ほど話した通り僕には気を許せるほどの友人はいない。
 家族に話すことはできるがそれで被害が減るとは思えない。
 次にストーカー被害の証拠を残すといっても、自分の被害は物がなくなったりつきまとわれたりと物的証拠が残るものはまったくない。
 警察に相談しても証拠がなければあまり相手にされなさそうだ。
 またストーカーを相手にしないという方法はそれではいつ解決するか分からない。
 僕が知りたいのは、今すぐこの状況をどうにかしてくれる方法なのだ。

「……くそ。誰がこんなことを…………っ!?」

 僕は自分の呟きであることに気付いた。
 それは僕のストーカーが誰だということだ。
 僕はあまり人と関わったりしないため、女性の人と話すようなことは滅多にない。
 ここ最近も女性と話したことはほとんどなかった。
 強いて言えば、彼女にあの邪魔者について聞いた時ぐらいだ。

 ひょっとして彼女が僕のストーカー?

 そう考えるとつい顔がニヤけてしまう。
 彼女が僕のストーカーならば、これほど嬉しいことはない。
 つまり彼女と僕は両想いというわけになるのだから。
 そうだったなら、彼女の今までの行為も説明することができる。
 恥ずかしかったのだ。
 僕に気持ちを伝えたいが恥ずかしくて言えず、回りくどい真似をして気持ちを伝えてきているのだ。
 それなのに僕はすぐに気付いてあげることができなかった。
 彼女もやきもきしたことだろうが、もう安心していい。
 君の想いは届いたよ。
 それを知らせるため、僕の気持ちも知ってもらうため、僕も自分の想いを君に伝えよう。
 いつのまにか限界に達していた精神はすこぶる回復し、僕の心は晴れやかなものになっていた。
 僕は明日の休日が待ち遠しく、まるで次の日の遠足が楽しみで眠れない子供のように寝付くのに時間がかかってしまった。


「えっ、やめた……?」

「はい、二週間前に」

 頭が真っ白になった。
 そのあとどうやってどのようにどんな風に店を出たのか思い出せない。
 気が付けば僕は公園のベンチで一人座って、呆然としていた。
 思い出すのはカフェ店で黒髪のウェイトレスに聞いた言葉。
 彼女がカフェ店のバイトを辞めたという事実。
 夢ではないのかと疑い、夢であってほしいと懇願し、これは夢であるのだと自分に言い聞かせる。
 そうして最後は、夢ではないと実感する。
 それでも、否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定したくて。
 最後には結局、無駄であると分かってしまう。
 これは夢ではないということを理解してしまう。
 昨日からカフェ店に行くまであった浮かれた気分が一気に消えてなくなった。

 なぜ彼女は辞めてしまったか。
 何か深くてどうしようもない事情があったのかもしれない。
 ではそれはいったい何なのか、考えても自分には分からない。
 カフェ店の店員、さっきの黒髪のウェイトレスに聞けば何か知ってるかも知れない。
 しかしどの顔で聞けばいい、一度店を出た男が再びやって来て彼女のことをいきなり聞いてくれば、不審に思われ教えてもらえるわけがない。
 彼女に直接聞きけばいい、そうしたいが彼女が何処にいるのか分からない。
 そもそも何処にいるのか何処に住んでいるのか分かっていれば、そちらに向かって僕の気持ちを伝えに行っている。

 彼女の居場所さえ分かれば……。

 そこで僕はふとある名案を思い付いた。

「あの邪魔者から聞き出せばいい」

 善は急げ。
 僕はすぐさまベンチから立ち上がり、あの邪魔者の家に向かって走った。
 邪魔者の家は確かこの近くの駅から電車に乗って、四つ先の駅の場所にある。
 駅から家までの道筋も覚えてる。
 あの邪魔者に聞くのは癪であるが、それで彼女のところに辿り着けるのなら安いものだ。
 僕は目的の駅に着くと即座に電車を降り改札をくぐり抜けて外に出る。

 確かこっちを右に曲がって……っ!!

 そこで奇跡が起きた。
 僕の目の先に彼女がいたからだ。
 ウェーブのかかった長い茶髪にくりっとした目、人の目を惹きつけ虜にさせる整った可愛らしい容姿。
 夢でもない幻覚でもない間違いなく僕が探し求めた癒しの彼女がそこにいた。
 体の中からふつふつと嬉しさが込み上げてくるのを抑えるために胸に手を当てて服を握る。
 走ったせいで呼吸が乱れている。
 しっかりと呼吸を整えていかなければいけない、人生で一、二を争うほどの重大な瞬間になるのだ、格好悪いマネはできない。
 僕はすぅーはぁーと大きく息を吸って荒い呼吸を平常時に戻し、同時に高ぶる気持ちを落ち着かせようとする。

 よし、心の準備はできた。

 僕は彼女の方を向き急ぎたい足を抑えながら、ゆっくりと彼女の元に歩いていく。
 彼女は壁に寄りかかりながらスマホ触っていて僕には気付いていない様子だ。
 いや、本当は僕のことに気付いていて目を合わせるのが恥ずかしいから気付かないふりをしているのかも知れない。

 待っていて、もうすぐだから。

 僕は彼女の目の前にやってきた、やっと彼女の前に立つことができた。
 最初の言葉は決まっている、ありきたりでも変化がなくても面白味がなくても構わない。
 あの時、あの綺麗な先輩には言えなかった言葉を今好きな彼女に言うことができる。
 僕は噛まないように気を付け、格好良く言おうと見栄を張る。
 彼女が僕に気付いたように顔を上げた。
 目が合った。
 瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねる。

 言う、言うんだ、言うぞ、言うぞ、言うぞっ!

「好きですっ!付き合って下さい!!」

 言えた。
 僕の中で最大の目的を成し遂げたことによる満足感が膨らんでくる。
 ああ、やっと、やっと、本当にやっとだ。
 これで彼女は僕のものーー

「あの、あなた誰ですか?」

「……え」

 彼女の言葉の意味が理解できなかった。
 予想外の言葉に膨らんでいた気持ちは一気に霧散する。

 誰って、僕だよっ!
 君の唯一無二の存在である僕だよっ!!

 心が平静さを失い、狼狽えながら発しそうになった言葉。
 しかし、彼女の前でそんな恥ずかしい真似はできない。
 僕はなんとか冷静を装いながら、言葉をつむごうとする。

「あっ、えっと……」

 だけどうまく口を動かせない、何を話せばいいのか咄嗟に頭が回らない。
 落ち着け落ち着くんだ。
 さっきのは聞き間違いかもしれないじゃないか。
 あれは幻聴、幻聴だ、幻聴に違いない。
 僕は心を落ち着かせて、知らず知らずのうちに下を向いていた顔を上げて彼女を見て口を開く。

「ぼ、僕は君がーー」

「ごめんなさい。あなたが何処の誰だか知りませんが、正直ですよ」

 その彼女の言葉で僕の心はバラバラに崩れ落ちた。

「ホラー」の人気作品

コメント

コメントを書く