××男と異常女共

双人 シイタ

××男の一日

「おにいさーん」

 呼んでる。

「おにいさーん」

 すぐそこから声がする。

「おにいさーん」

 ……うるさい。

「おにいさーん」

 …………。

「おにい」

「うるさい」

 閉じていた目を開くと、目の前に小学生くらいでショートヘアの子供ガキ、ユウノが俺のことを見ていた。

「やっと起きた」

「……」

「ん?……ふぎゃ!」

 俺は無言で寝ていた身体を起こし、おもむろに目の前の鼻をつまみいじる。

「うるさいんだよ、いつもいつも。起こさなくてもいいって言ってんだろ」

「いいじゃんべつに~」

 俺が鼻をつまんでいるせいで、文字通り鼻がつまった声を出すユウノ。
 するとユウノの鼻が俺の指からすき抜けるように離れていく。
 俺はユウノの鼻を放してもいなければ、力を弱めてもいない。
 まるでそこにあったものが、触れていたものが途端に空気にでもなったかのような感覚。

「おにいさんの為にしたことなのに、感謝されるはずが何で怒られる?」

「ありがた迷惑って言葉を学べ」

「なにそれおいしいの?」

 とぼけた顔をしているユウノにイラっときた俺はユウノの顔めがけて枕を投げつける。
 しかし、投げた枕はユウノに当たるはずがそのままユウノをすき抜けて後ろの壁に衝突した。
 なにも知らない奴が見たら仰天ものだろうという光景に俺は動じない。
 そうなることを分かっていたし、そうなる理由も分かっている。
 だってこいつは、幽霊なのだから。

 ユウノは俺が住むアパートの二〇一号室の元住人であり、何年か前この部屋で殺された女の子だ。
 誰に殺されたか分からない、何故殺されたのか分からない、何故幽霊になっているのか分からない。
 分からないことだらけの『幽霊女』。
 そんな本人は何が面白かったのか、「はずれー」と言ってキャッキャっと笑っている。

 意味がわからない。

 俺はユウノを無視して学校に行くための身支度を始めた。


***


 習慣付いた流れで俺はドアの鍵を閉めた。
 部屋を出る時に中から「いってらしゃーい」という声が聞こえたが、いつも通り無視だ。

「おはよう」

「ああ」

 声を掛けられた方には、金髪ミディアムに頭の上で逆立つリボンが特徴的な女子が立っていた。
 御五智みごち姶良あいら、アパートの二〇二号室の住人、つまり俺の部屋の隣に住む女。
 そして、俺と同じ高校に通う女子高生だ。

 俺と姶良はほとんどの登校を共にしている。
 理由はすぐに分かる。
 登校中、俺たちは特に会話をすることなく淡々と歩き続ける。

「あ」

 姶良が何かを見つけて声を漏らす。
 その目が見る先には、路上に転がっている一つの空き缶ゴミ
 姶良はそのゴミを拾うと、すぐ近くにある自動販売機の隣にあるゴミ箱に入れた。

 『ゴミをゴミ箱に』

 これをモットーとする姶良は、たとえ自分が出したゴミでなくとも、ゴミそれを見ればゴミ箱に入れないと気が済まない『ゴミ女』なのだ。
 だからなのか、姶良はいつでもゴミを拾い集めることができるように軍手・黒いゴミ袋・トングを常に持ち歩いている。

 いつの間にかそれらの装備を万端にした姶良が、また落ちているゴミを見つけてそれを拾いに行く。
 見慣れた光景、いつものこと、なので特段気にかけることなどないのだが、唯一気にかけなければいけないことがある。

「早くしろよ、姶良。遅刻するぞ」

「了解」

 そう、こいつはいつもゴミ拾いに夢中になって、自分が登校中だということを忘れてしまう。
 最悪の場合は無断欠席をすることもある。
 姶良が遅刻しようと無断欠席しようと俺には関係がない、どうでもいいこと、なのだが姶良のクラス担当の先生に頼まれて、仕方なく世話を焼いてやっている。
 正直、なんで他クラスである俺がそんな面倒な世話を焼かなくてはいけないのかと愚痴ったが、理由は簡単だ。
 俺と姶良に面識があり、住むところが隣同士であるから。
 白羽の矢が立つのに十分すぎる理由である。
 俺はそれでも面倒だと訴えたが、このまま無断欠席と遅刻を繰り返すと姶良が進級できないと聞き、仕方なく了承した。
 もちろん、妥協してもらった点もあるが。
 これが俺と姶良が一緒に登校する理由だ。

 またゴミが落ちているのを見つけたのか、駆け足でそれを拾いに行く姶良を見て俺は考える。

 いっそ、ゴミを見つけないように目隠しでもさせ連れて行くか、と。

 当然、そんなことをすれば周りから奇異の目にさらされて、目隠しした姶良を連れ歩く俺は変人扱いされるため、そんなことはしない。

 だが俺は気付いていなかった。
 両手に軍手を付けて、右手にトング、左手に黒いゴミ袋を持つ女子高校生を連れているだけですでにかなり目立っていて、そんな考えも手遅れなのかもしれないということに。


***


 学校なんて退屈な場所だ。
 授業を聞いてノートに写し、知り合いから友達と言える奴らとくだらない話をして時間を潰す。
 たったそれだけをするための場所。
 これが俺の学校という名の場所の認識だ。
 そんな時間潰しのための学校もすでに放課後、俺は図書室にある隅の机で黒髪セミロングの女と向かい合って座っていた。

「先輩ってやりたいこととかないんですか?」

 向かい側に座る黒髪セミロングの女が問いてくる。

「ない」

「趣味、とかは?」

「ないな」

「じゃあ先輩は何を生きがいにしてるんですか?」

「何かを生きがいにして生きていかないといけないのか?」

「生きがいがあれば先輩の死人のような目も、辛うじで死ぬ寸前の目になるかもしれませんよ」

「俺は怪我もしていなければ、病も負っていない健康体だ。お前と違って周りから認識されて、いないもの扱いされてないからな」

「皮肉はやめて下さい」

「言い出しっぺはお前だろ」

「先輩は後輩に優しくするものだと聞きました」

「十分優しいだろ。お前みたいな異常な女と、こうやって付き合ってやってるんだからな」

「体質は仕方ないじゃないですか」

「体質だけじゃないけどな」

「あれれ、何やってんのこんなところで?」

 声がした方を振り向けば、俺と同じクラスである黒髪ロングの若林倫太郎がこちらに歩いてきていた。

「図書室でやることと言ったら、読書と睡眠しかないだろ」

 俺は自分の手にある本をぶらぶらと揺らして見せてやる。

「倫太郎こそ何やってんだよ。図書室とは縁の遠い奴だろ、お前」

「いやー、昨日見た漫画で文学少女もいいなって思って、ちょっと探しに」

「お前巨乳好きじゃなかったけ?」

「もちろん文学少女だよ」

 恥ずかしげもなく言い切る倫太郎。
 その右手のグッドサインと歯をキラリとさせるのをやめてほしい。

「それで見つかったのか?」

「残念賞。見つかったのは図書室の隅で寂しく本を読んでる級友だけだった」

 残念で仕方がないという顔で俺のことを見てくる倫太郎。

「俺は福引きの白玉かよ」

「ポケットティッシュの方が需要がありそうだ」

「皮肉ですね」

「ん?なんか言った?」

「……なんも」

 倫太郎が一人不思議がっている中、一人はくすくすと遠慮がちに笑っている。
 倫太郎はすぐそこで笑っている黒髪セミロングの女、折紙おりがみ三影みかげがいることに気付いていない。
 そして、三影は気付かれていないことに動じていない。
 気付かれないことが三影にとって普通で当たり前だから。

 影が薄い、存在感がない、彼岸人。
 そんなこいつを俺はこう呼ぶ、『陰女』と。

 逆に気付かれたならば三影は激しく動じるだろう。
 あの時のように。

「んー、まあいいや。んじゃ、文学(巨乳)少女は見つかんなかったし、俺は新たな美少女を探しに行くけど、一緒にどう?」

「興味ねーよ。女のケツを追いかけたいなら一人でやってくれ」

「いつもいつもつれないなー。じゃあまたねー」

 倫太郎が手を振って去っていくのを見送った後、俺は図書室に設置されている時計を見て時間を確認した。

「そろそろ帰るわ」

「……そうですか。今日は話のがありませんでしたが、また用意しときますから楽しみにしてて下さいね、先輩」

 まるで次会うときにする話を心待ちにするかのように嬉しそうに言う三影。
 しかし、三影が楽しみにしていることがそんなことではないと俺は知っている。

「……俺にはなよ」

「もちろん。先輩には嫌われたくないので」

 そう言って別れる間際に俺は三影の首から下の部分をチラ見した。

 ……特賞だな。
 こんな一日が俺の日常である。


***


「また出掛けるの?」

 テレビの前を陣取って、画面を独占していたユウノが問いかけてくる。
 もっとテレビの前から離れて見ないと目が悪くなるぞと注意したくなるような光景だが、ユウノにはもう縁のないことだ。

「ああ」

「いってらっしゃーい」

 朝と変わらない見送りの言葉を受けながら俺は家を出た。

 この町の夜は煩すぎず、静かすぎず、明るすぎず、暗すぎない。
 しかし、決して穏やかではないこの町の夜。
 そんな曖昧で危なげなこの町の夜を俺は歩き廻る。

 一人、ひっそりと、目的なく。

 そんな夜廻りを俺は日課とまではいかないが、ほぼ毎日行なっていた。
 通常こんな時間に学生が一人歩いているところを警官などに見られれば、補導されること間違いなしだが、俺は一度もそういうのを受けたことがなかった。
 人を見かけないわけでもなく、すれ違わないわけでもないのに。

 そんなことを考えていれば、早速前方からこちらに向かってくる人影が目に入ってくる。
 と同時にガラガラガラとキャスター付きのバックを引く時のような音が聞こえてきて、静かな夜によく響いていた。
 約五秒。
 俺と人影そいつの距離がある程度近づいてきたところで、そいつが自分の体半分ぐらいの大きな箱を引きずるのではなく、押して運んでいるのが確認できた。
 顔はまだ確認できず相手が男か女かも分からない。
 あと五歩。
 そいつと俺が交わるまでの距離。
 その交わる場所には、まるで用意されてたかのように街灯が設置されており、スポットライトのようにその場所を照らしていた。
 ゼロ。
 俺とそいつが同時に街灯の光に照らされて、その顔が露わになる。

「こんばんわ」

「おう」

 頭の上でリボンを揺らすそいつが挨拶してきたので一応返しておき、そいつが立ち止まったので俺も歩みを止めた。
 人影そいつの正体は朝にも会った、『ゴミ女』こと御五智姶良だった。
 そして姶良が持っている大きな箱は人一人が入れそうなぐらいのサイズがあるキャスター付きのゴミ箱だった。

 こんな時間に、そんなものを持って、女の子が一人、何をしているのか?

 普通の人ならそんな疑問が湧いて出てくるだろうが、俺にはない。
 何故なら姶良が何をしているのか知っているから。
 それは朝と変わらない、ただのゴミ拾い。
 ただ、朝とはまた違う夜のゴミ拾い。

「またお仕事・・・か?お前も大変だな」

「もう慣れた」

「そうかい。そんで中身は?」

「ある」

「……」

 俺は姶良が持つゴミ箱を見ながら、その中に入っているだろうゴミを想像しようとして、やめておく。
 想像しても意味がないし、どうでもいいことだ。

「ヘルプは?」

「今日は大丈夫」

「そうかい。んじゃ、気をつけろよ」

「ありがとう」

 そう言って俺は止めていた歩みを進め、姶良の横を通って彼女と別れる。
 瞬間、姶良が俺にしか聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。

「つけられてるよ」

「……」

 俺は足を止めずにそのまま歩き続ける。
 少しすると後ろの方からガラガラガラという音が聞こえ出し、やがて消えていった。


***


 姶良に出会う前の静かな夜に戻り、俺は夜廻りを再開する。
 右へ左へ時にはまっすぐ、目的がない歩みは規則性がなく、迷いもない。
 踏切を渡ろうとしたところで設置されている警報機が鳴り出し丸く赤い光が点滅しだす。
 俺は構わず進んで踏切を渡りきり、後ろを振り向くと黒と黄色のしましま棒があちらとこちらの道を遮断した。
 俺はそのまま立ち止まり、遮断機の向こうにある自分が通ってきた道を眺める。
 そこには人影の一つも見当たらず、本当にただの道があるだけ。
 左の方からけたたましい音が聞こえてくると、すぐ目の前にその音の発生源である鉄の塊が決められた路線を走って行く。
 俺はそんなものには目もくれず、電車の側面で見えない向こう側の道をひたすら見ていた。
 電車は踏切を越え、あのけたたましい音も聞こえなくなっていき、視界が開ける。
 そして先ほどまで誰もいなかった遮断機の向こうには、一人の少女が立っていた。

「あらら、バレちゃった」

 茶髪ロングの少女はそう言うと、軽い足取りで踏切を渡ってくる。

「いつから気付いていたのかな?今日はいつも以上に気を付けてついてきてたのに」

「いつもいつもついてくんなよ、ひとみ」

「い・や♪」

「……」

 こいつの名前は空乃そらのひとみ。
 俺と同じ高校に通う女であり、学校ではそれなりの有名な人物。
 そして俺に付き纏う、『ストーカー女』だ。

「だって、私の生き甲斐なんだもん。やめられないよ」

「こんな時間に歩いてたら危ないんじゃないですか?一応・・女の子でしょ」

「心配してくれるんだ。嬉しいなー」

「帰れって言ってんだよ」

「じゃあ家まで送ってほしいな」

「ふざけんな、死ね」

 俺はそう言い放ちひとみと別れようとするが、当然のようにストーカー女は俺の横に並び、ついてくる。
 どうせ言っても聞かないため、俺はもう何も言わないが悪態ぐらいはつく。

「この異常女が」

「ひっどーい。私はいたって普通の女の子だよ」

「自分で気付いてない時点で異常だ」

「……」

 ひとみが異論があると言いたそうな顔をして俺の方を見ると、一変納得したように「そうだね」とニコリ顔で言った。
 まるで俺の言い放った言葉のいい例が俺自身であるかのように。

「おい、言っとくが俺は普通で普通のどこにでもいる男子高校生だぞ」

「そうかな?」

「そうだよ」

「でも、普通で普通のどこでもいる高校生はこんな夜道を一人で徘徊なんてしないと思うんだけど」

「探せばそんな高校生もいるだろ」

「それに、普通の人はそんな目をしてないと思うけど」

「一体どんな目だよ、それ」

 急にひとみは俺の前に出てくると、まるでキスを迫るかのように至近距離まで顔を近づけてくる。
 同時に女特有の甘ったるい香りが俺の鼻腔をくすぐる。

「どんな人に会っても、どんな事が遭っても、何を見ても、何を知っても、何の感情も映さない。まるで死んでいるような、そんな目」

「……近いんだよストーカー」

「キスしていい?」

「殺すぞ」

 俺はデッカい虫を払うかのように腕を振ると、ひとみはそれを華麗な後ろステップで躱した。

「じゃあ私こっちだから、ここでお別れだね」

「清々するわ」

「じゃあね、八切やぎりキリヤくん。また学校でね」

 そう言って、ひとみは自らが指差した道に消えていった。

 残ったのは静寂と暗闇、そして俺だけ。
 ふと、何かが聞こえたような気がした俺は後ろを振り向く。
 しかし、後ろにあるのも同じ静寂と暗闇だけだ。
 俺は気の所為であると結論づけて、帰路に立つことにした。




××男の一日 (終わり)

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