××男と異常女共

双人 シイタ

ストーカー女のストーカー 3

 家の玄関ドアに設置されているポストには無断で色んなものが投げ込まれる。
 スーパーや電気屋などの広告チラシにバイトの求人募集や近くのラーメン屋のクーポン券、ほとんどのものはよく読まれも見られもせずに即ゴミ箱の中に投入される。

 かく言う俺もそれらを即座にゴミ箱に入れる派だ。
 もちろん必要なものが存在するときもあるため、ひと目見ることだけはしている。
 ポストに来る新たなものをチラ見で見定めては取り扱う。
 言わばポストはゴミ箱前のフロントのようなもの。
 フロント嬢としてユウノにポストチェックをやらせたいが、あいつの場合必要なものまで捨ててしまったり何か悪戯を仕掛けたり普通に忘れてしまったり、任せるには不安要素がありすぎる。

 そういうことで、今日もポストの中身をチェックしてみると一つの白い洋封筒が入っていた。
 初めて見る届け物に中身が何なのか怪訝な面持ちのまま封を開けると中に入っていたのはーー

『××カフェ店 ドリンク一つ無料券』だった。

 どこぞの知らぬカフェ店の無料券、とりあえずスマホでカフェの名前を打って調べてみると、どうやら近くの駅から四つ先にある駅前のカフェ店らしい。
 何でそんな所にある店の無料券が家に届くのか。
 しばし考えてみたが、分からない。
 そうして無料券を見て家のドア前に突っ立っていると後ろから声を掛けられる。

「ねー、なにみてるの?」

 振り向く間も無く、隣に声の主であるユウノがやって来た。
 俺は無言で自分の手に持つ無料券をユウノに見せた。

「無料券?こんな名前のカフェ店、うちの近くにあったっけ?」

「電車に乗って四つ先の場所にあるらしい」

「よっつ先って、そんな遠くからこんな所まで無料券を届けるなんて、よっぽど人が来ないのかな?……あっ」

 無料券をまじまじと見るユウノがその裏を見て何かに気付いたような声を出した。

「この無料券、期限が今日までだよ」

「そうか、わざわざ今日までの無料券を渡すとか考えなしもいいとこだな。誰がドリンク飲むためだけにそんなとこに行くのやら」

 俺は××カフェ店がこれを届けたわけではなく、誰かが意図的にこれを届けたと気付いていながら、足を運ぶ気にはなっていなかった。

 面倒事になりそうな気がしてならない。

 無料券を捨てるためユウノの手から取り上げようとすると、掴もうとした手が空を切る。
 ユウノが取られないようにと手を遠ざけたからだ。

「……おい」

「行ってみよう!」

「は?」

「だから今から行ってみよう、このカフェに」

「……なぜ?」

「面白そうだから」

「あっそ。じゃあ、行ってこい」

「おにいさんも行こう。私じゃ場所わかんないし、無料券も使えないし」

「嫌だよ、たかがドリンク一杯のために面倒くさい」

「えー、行こうよ行こうよ行きたいよーー!」

 あー、うるさい。

 そうやって騒ぐユウノを無視して俺は部屋に戻った。
 その後、一度わがままを言い出したユウノはとても厄介だと俺は思い知った。


 ××カフェ店は俺の家からは確かに遠い場所なのだが、電車に乗るだけで一〇分かそこらで着くぐらい近い場所でもあった。
 ××カフェ店は着いた駅から徒歩五分ぐらいの場所にあり、特に迷う事なく行きつくことができた。
 木造を中心とした建築にモダンで落ち着いてる雰囲気をしたそのカフェ店は、外から中の様子を見ても人が全然来てない売れてない店のようには見えなかった。

「人が来てない様子じゃないね。むしろいるような気がする」

「そうだな」

「じゃあ、なんでわざわざ無料券を家まで届けたのかな?」

「……入れば分かるだろ」

 そう言って、俺は目の前のカフェ店へ足を進め、ユウノも黙ってついてきた。
 カフェ店のドアを押して開くと、上部に設置されたベルが鳴り響く。
 と同時に店のウェイトレスが「いらっしゃいませ」と挨拶してくる。
 俺は何処かに座る前に店内を見渡して自分を呼び出した相手を探してみた。

「おにいさん、あれおにいさんのお友だちじゃないの?」

「うん?」

 ユウノが言う場所を見てみるとそこにはこちらにてを振って笑顔でいる人物がいた。
 俺はその人物を見て心底嫌な気分になりながら、速やかにその人物が座る席から最も遠い席に座ることにした。

「あの人、手ふってるけど無視していいの?」

「いいんだよ」

 俺が席につくと隣にユウノが座り、すぐにウェイトレスがオススメのメニューを持ってきた。
 ユウノは幽霊だから飲食を必要としないため俺の分のカフェオレだけを注文した。
 ユウノも自分のことながらそれを承知しているため、羨ましそうな顔ひとつせず大人しく座っていた。
 ウェイトレスは注文を聞くと俺たちの席から離れていき、入れ替わりで先ほどの人物がやって来た。

「ひっどーい、キリヤくん。目合わせておきながら無視するなんて」

 そう言って、俺の前に座る『ストーカー女』こと空乃ひとみ。
 俺のポストにこの店の無料券を入れ、ここに呼び出した張本人がこいつなのだろう。

「キリヤくんを思う私のハートにヒビが入ったらどうしてくれるの?」

「……そんなハートそのまま砕け散れ」

「まっ、もともとキリヤくんに私のハートは射抜かれているから、多少の傷も許容範囲ドンと来いなんですけどね」

 あははと楽しそうに笑うひとみにうざってーと心の中で思う俺。
 すると先ほどのウェイトレスが注文した飲み物を持ってくると、やにわにひとみに話しかけきた。

「この人が待ち合わせしてた人なの?空乃さん」

「うん、そうなの」

「へー、てっきり女子の友達と待ち合わせしてるのかと思ったけど、男子だったんだ。……空乃さんの彼氏さん?」

「違う」

 ウェイトレスがひとみに聞いた質問に俺が即答で答える。

 こいつの彼氏など死んでもなるものか。

 俺は来たカフェオレを一口飲んだ。
 俺の間を置かない答えに唖然とした顔するウェイトレスにひとみがフォローを入れる。

「学校のお友達だよ。ちょっと相談事があって来てもらったの」

「そうなんだ。でもさっきまで向こうの席に座ってなかった?なんで移動してるの?」

「彼が私に気づいてながらここに座ったからわざわざこっちまで移動しただけだよ」

 ひとみのその言葉にウェイトレスがまた唖然とした顔をした後、ひとみの耳元で囁くように喋る。

「……それって、空乃さん相談相手間違えてるんじゃないの?」

 俺に聞こえないように配慮して耳元で話しているんだろうが、残念丸聞こえだ。
 俺は聞こえてないふりをして黙ってカフェオレを再度飲む。

 他人の評価などどうでもいいことだ。

「ねぇ、おにいさん。このお姉さんが無料券をポストに入れた人なの?」

 隣に座るユウノが俺の服をぐいぐいと引っ張りながら聞いてくる。
 俺は傍目でひとみたちの方を見るが二人はユウノの声が聞こえていない見えていない認識していない様子だ。まぁ、幽霊だから当たり前だが。
 ここで俺がユウノの質問に応えようものなら、変な目で見られること間違いなし。
 俺はポケットからスマホを取り出して、メモアプリを開き、ユウノに見えるようテーブルの下で文字を打つ。

『ああ、多分な』

「やっぱりそうなんだ。おねえさんってここでバイトでもしてくれるのかな?店員の人と仲良さそうだし」

『かもな。……それよりお前こいつのこと知ってるのか?』

「うん、でも知ってるって言っても、前におにいさんとおねえさんが二人で話してるの見かけたからだけど。何かおかしかった?」

『……いや別に』

 俺が住む部屋で殺された幽霊であるユウノは四六時中ずっと部屋にいるわけではなく、一人で出歩くことが度々あるため、俺とひとみが出会ったのを見ていたとしても皆目可笑しいところはない。
 ただユウノは間違えもとい勘違いしていることが一つある。
 それはーー

『ただ、俺とこいつは友達という関係じゃない』

 それを読んで、ユウノは首を傾げながら俺の顔を見て「違うの?」と聞いてきたが、俺は何も応えなかった。

「じゃあ、私もカフェオレ一つお願い」

「かしこまりました。それではごゆっくり」

 手を振って離れていくウェイトレスにひとみも手を振って応えた後、すぐこちらに身体を戻し膨れっ面でこちらを見てきた。

「……で、なんであんな即答で返すかな。そんなに私を彼女にするのが嫌?」

「お前の彼氏なんて死んでもなるか」

「うわぁ、すごい拒絶。これでも男子にされる告白の数は相当なんだけどなー」

「男と付き合いたいんなら、告白してくる中から適当にすればいいだろうが。お前だったら選り取り見取りだろ」

「あんな有象無象なモブキャラ達と付き合うわけないじゃない、好きでもない人と付き合うほど私は安い女じゃないんです。……あっ、でもキリヤくんがそれを見て私に嫉妬してくれるんなら、モブでも少しぐらい付き合ってもいいかなー」

「……万に一つもない」

「だよねー、そうだよねー。まっいいけど♪」

 俺がカフェオレを飲み干したところでひとみが注文した飲み物をさっきとは違うウェイトレスが持ってきた。
 それを受け取り早速一口飲むひとみ。

「それで何の用?さっき言ってた相談事とかか?」

「ん?何のこと?」

「は?」

 何を言ってるんだこのバカは?

「……」

「うそうそ、嘘ですよ~。もちろんキリヤくんに大事な用があって呼んだんだけど、それも私と今日一日一緒にいてくれたら済むことなんだ」

「……」

 今ものすごく嫌な頼みを聞いた気がする、いや間違いなく聞いた。

「なんで俺がお前と一緒に休日を過ごさなあかん。理由は?」

「えー、それを言ったらキリヤくんが頼まれてくれないかもしれないからお断りします」

「そうか」

 見切りをつけて俺が帰るために立ち上がろうとすると慌ててひとみが止めに入る。

「わー、待って待って!」

「……」

 俺は仕方なく腰を下ろして再び席につく。

「それで?」

「えーと、理由を言わないでお願いを聞いてもらうことはできないかな?」

「たとえ理由を言っても嫌だけどな」

「じゃーあ、今日一日付き合ってくれたら私からご褒美をあげるっていうのはダメかな?」

 褒美か、正直いらないけど、このままグダグダしても俺が帰ろうとしても結局こいつは勝手についてくるのだから、頼みを聞くのも聞かないのも同じことかもしれない。
 それなら、貰えるものは貰っておこう。

「で、何くれんの?」

 俺が釣りあがった途端に顔をパァァといった花が開いたように喜ぶひとみ。そして最後にガッツポーズ。
 さらにガッツポーズ。またガッツポーズ。

「おい」

「えっ、あっ、ごめんごめん。嬉しすぎてちょっとハッスルしちゃった。ご褒美は私のファーストキスをプレゼントっていうのは?」

「いらん」

「なら私の恥ずかしい写真が大量に入ったUSB」

「いらん」

「私の使用済み下着詰め合わせ箱」

「いらん」

「私のお家のキー」

「いらん」

「もう仕様がないな。ならなら私の初めてを……」

「いらん。これ以上ふざけたこと言ってんなら110番すんぞストーカー」

「はーい、ごめんなさーい♪」

 両手を上げて悪びれない謝罪をするひとみ。
 こっちのイライラ度は溜まりに溜まっている。
 さっきの「いらん」の連呼も少しずつ語気が強まってしまっていた。
 穏やかな雰囲気の店内に加えて少なからず他の客もいるのだ自重しないといけない。

「じゃあ、私に貸し一つってことでいいかな?どうもキリヤくんは私のご褒美が欲しくないみたいだし」

「どれも褒美じゃくて罰ゲームだろうが。そんでどうするん?」

「どうしようか~。私はここまま一日キリヤくんとおしゃべりするのもいいけど、キリヤくんはどうしたい?」

「今すぐ帰りたい」

「キリヤくんの家で二人っきりっ!……いいよ、行こう!直ちに出発!!」

 変な妄想でもしたのか興奮した様子で立ち上がり、俺の腕を勝手に取って連れて行こうとするひとみ。
 周りの客から少なからずの視線が俺たちに降りかかる。

 とりあえず、店に出てからこいつを絞め殺そう。

 俺はひとみに腕を引かれながらそう決めると、一瞬背筋がゾクリとした。

 そいやユウノは?

 俺の隣で座り込んでいた幽霊を思い出して、自分の後ろと先ほどいた席を確かめるがユウノはどこにもいなかった。

 飽きて帰ったか ーー 。

な幽霊め」

 俺はひとみにも聞こえない声量で恨めしくユウノに愚痴った。

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